異世界スロータイム

ひさら

間話 男子三人 アラカルト




◇◇◇トーイ◇◇◇



綺麗な声が聞こえた。
配達の途中に偶然通りかかった裏通りの人だかり。
近寄っていくと、二つか三つくらい年上に見える女の子がいた。

「---まずはご挨拶代わりにお味見をどうぞ!」

新しくここで商売を始めるようだ。
綺麗な声に似合うような可愛い顔。この辺では見ない黒髪黒眼。上等な空気をまとった女の子に見惚れた。
何だこれ?  おれは初めての、訳の分からない気持ちに動揺した。
女の子から目が離せなくて、仕事中だというのにそこから動けない。

「味見って、ただって事?  後からお金を取るなんてないでしょうね?」
「お味見はお味見です!  お気に入ってもらえましたら、どうぞお買い上げください!  お気に入らなかったらそのままお帰りいただいてけっこうです!」

ここいらのおばちゃんたちとやり取りをしている。
綺麗な声だな、可愛いな。
そこに立ち尽くしていると、女の子と目が合った。

「どうぞ!  これはお金はいらないから食べてみて。美味しかったら、あっちにある売り物の方を買ってくれる?」

ニッコリ笑ってトレーを差し出される。
これ……  食べていいのか?  というか食べ物なのか?
後から請求されないだろうな……。
おれは覚悟を決めて、ひとつつまむと口に入れた。
サクサク音をさせながら、もぐもぐもぐもぐ……。ごっくん。

「何これ!  すげえ美味ぇ!!  こんなの初めて食べた!!  ……もうひとつ、いい?」

初めて食べたあまりの美味さに、つい言うと

「ごめんね、大勢の人に食べてほしいから、試食はひとつなの」

女の子はすまなそうな顔で言った。
そうだよな、こんな美味いものそう食わせてくれる訳ないよな。
だけどできたら妹弟にも食わせてやりたい。

「おれ、配達の途中なんだ!  駄賃をもらったら絶対また来るから!  絶対ひとつ残しておいて!  絶対だよ!」

勢い込んでそう言うと、女の子は丁寧に尋ねた。

「はい、お取り置きしておきますね!  お客様のお名前は?」
「トーイだよ!  絶対とっといてよね!」

その日の午後はずっとそわそわしていた。早くあの美味いものを妹弟に食べさせてやりたい。銅貨一枚なら買える。あの子にももう一度会いたい。
だけどそう言う日に限って遠くの配達があったりする。いつもなら駄賃のもらえそうなお金持ちへの配達は望むところだけど、今日は早く帰りたかった。



遅くなっちゃったな。
もういないかもしれないと思いながら、できるだけ走って戻る。
いないと思っていたけど、夕焼けで赤く染まったあの場所にあの子はいた。
おれは最後の力を振りしぼって走り込むと、力尽きてへたり込んだ。
息が切れて話す事もできなかったおれに飲み物が差し出される。

「喉が渇いてるでしょ?  飲んで」

女の子の心配そうな声。目の前にはよく冷えていそうな飲み物。
金を出すような飲み物に躊躇した。後から請求されないだろうな?
そう思いつつ、張り付いた喉は声が出せない。乾ききった身体が欲するまま受け取ったものを一気飲みすると、ひと心地ついてやっと声が出た。

「遅くなっちゃってごめんなさい!  最後の配達は遠かったんだ。急いだけどこんなに遅くなっちゃって。もういないかと思ったけど、昼間のあれがすごく美味かったから、妹と弟にも食べさせてやりたくて」

あの味を思い出す。妹弟が食べたらどんな顔をするだろう。
想像してにやけていると、思いがけない労いの言葉が聞こえた。

「お仕事お疲れさま!  疲れているのに走ってきてくれたのね、ありがとう!  次からはどんなに遅くなっても待ってるよ。こんなに一生懸命な子だって知ったからね」

言われた言葉の意味がわかると……  おれは何ともいえない気持ちになった。
働くのなんて当たり前だ。こんな貧民街に生きているヤツらなんて、働けるようになったらみんな働いている。
だけど家族以外に、こんな風に労われるのは初めてだった。
……何だかこそばゆい。

それから、おれ達はクッキーと銅貨を交換した。

「ありがとうございます!  どうぞごひいきに♪」
「ありがとう!  おれ、駄賃をもらった日は必ず買いに来るから!  だいたいの日はもらえるんだ!  また明日も来るから!」

それから毎日ユアに会いに行った。
クッキを買いに行くのか、顔を見たいのか自分でもわからない。
でもユアに会えた日はすごく嬉しかった。

ユアのクッキーは好評ですぐに売り切れてしまう。だけどいつもひとつ、おれにとっていてくれてるのはかなり嬉しかった。
売り始めて何日かたったある日の事。
昼前には売り切れてしまうので、午前中に買いに来られなかった日はユアの家の方に来られるかと聞かれた。
内緒だよと言われた特別感にドキドキした。
家の場所を聞いて、大きなお屋敷だと知った時は驚いた。

あぁ、やっぱりお嬢様だったんだな……。
自分には手の届かない存在だと思ったら何だかすごく胸が痛んだ。
でもすぐ、いいじゃないか!  好きだと思う気持ちは自由だ!  と思い直した。

ん?  好き?
……なんだ、そうか。おれはユアが好きなんだ。

好きな子に毎日会える喜びに、辛い事があった日も耐えられるようになった。
働いていれば色んな事がある。そういう日もあるさ。
好きな子がいると心が強くなるんだと、家族とは違う胸の温かさにそう知った。



いつものようにお屋敷にクッキーを買いに行くと、みなさんお揃いで見た事もない物を食べていた。
ユアの家はみんな仲がいい。穏やかな空気の中にいると、短い時間でも自分もその一員になれた気がして幸せな気持ちになる。
だけど今日はちょっと変な雰囲気……。
おれは空気が読める男なのだ。

「さあどうぞ!」

不審に思いつつ、出された『カキゴオリ』を一口食べる。

「あぁ……。作ってやるのか」
「何これ!!  すごい!!」

ジェイと声がかぶった。  ん?

「トーイに食べさせてあげちゃうと思ったんだね〜」

アシュリーが残念な子を見るようにジェイを見る。  んん??

額にグーをして俯いているジェイの顔は真っ赤で、ユアの顔もどんどん赤くなっていく……。
何だか周りはニヤニヤ妙な雰囲気で……。  えっと……。

「えぇぇ!!  そういう事なの?!」
「そういう事なの」

アシュリーの言葉でおれの初恋は終わった。
おれは空気の読める男だからな。
両想いには割り込めないし、おれはユアを好きだけどジェイも好きなんだ。



その後、おれはユアと一緒に働く事になる。
もっというと未来にはお義母さんにもなるんだけど……  それはまだ先の話。
初恋の人がお師匠でお義母さん……。
人生ってわからないもんだ。

あの日、偶然ユアと出会っておれの人生は変わった。
やっと食べていけるギリギリの生活から、搾取される事のない、少しずつ余裕のある生活に変わっていった。
おれがちゃんとしたところで働いているおかげで、弟もしっかりした親方のところで働ける事になったし、妹も好いた相手と一緒になる事ができた。相手は働き者で誠実な男だ。
母さんは元気におれと弟の世話をやいている。いずれはおれも弟も所帯を持つ。誰のところで世話をやこうかと今から楽しみにしているようだ。

ユアと出会えた事は幸運だった。
十歳からずっと、おれは幸せな日々過ごしているよ。





◇◇◇ワイアット◇◇◇





古い友人の頼みで彼の屋敷に行った。
アイザックには借りがあったので、どうしても一度は頼みをきかなくてはならなかったのだ。

そこで初めてユアと会った。黒髪黒眼というかなり珍しい少女だ。文献にあった転移者だろうか。
私は初対面でのいつもの通り冷徹な表情を作り(数時間後にはあっけなく素をさらしてしまうのだけど)言われた通りに一メートル四方の氷の箱を作った。

ユアはミルクに砂糖や卵黄を混ぜ合わせたものを、何度も氷の箱に入れたり出したり繰り返した。いったい何を作っているのだろう?  食材だから食べ物だろうという事は想像つくが……。
三時間ほどたってできたそれを、みんなで試食する。ユアは私にも『アイス』というものを手渡した。

高価な物や珍しい物、時には美女を使って高位魔法使いの私を利用しようとする者は多い。しかしユアからはそんなものは全く感じられなかった。ただただ美味しいものをみんなで食べようという気持ちしかないように思えた。
実際その『アイス』はとてつもなく美味だった!

「私の魔法でこんな事ができるとは……。これは奇跡の食べ物です!  これに私が携われたなんて!」

思わず興奮して声高に言ってしまう。
今まで魔法といえば攻撃にしか使われてこなかった。魔法使いは戦で多くの命を奪ってきた。それは当たり前の事だったけれど、私には惨たらしく辛い事だった。
魔法をあんな悲惨な事に使うより、食べた者を笑顔にできるこちらの方がいい。私はとても幸せな気持ちになった。

アイスの後に食べた『プリン』というものも絶品だった!
私は甘いものが大好物なのだ。

ユアがスイーツといっている甘い菓子の他に、料理も今まで食べた事のない珍しいものばかりだった。しかもどれもすこぶる美味いのだ!
私は理由をつけてアイザックの屋敷に通った。そのうち理由がなくても通うようになった。



「食べる分は働いてもらいます!」

ユアはなかなか厳しい。高位魔法使いの私に、こんな物言いをする者はいない。
転移者だからかこの国の常識は今ひとつのようで、少し怖いもの知らずのところがある。だけどポンポンと話しかけられる事は気分がよかった。

私は平民の出だ。幼い頃に強い魔力を待っているとわかってから、ずっと宮廷で魔法の修行に励んできた。今はもう両親も他界している。
そのうちアイザックの屋敷にいる若い子たちも、ユアと同じように私に接してくるようになった。
遠い昔、幼い頃を思い出して懐かしい。

アイザックの屋敷に通ううちに菓子や料理も一緒に作るようになった。教えてもらえるならユアは師匠だ。そう呼ぶと、ユアは「ここでもか」と苦笑いした。別のどこかでも師匠だったのだろうか。この腕ならさもありなん。
私にはすでに魔法の師がいる。紛らわしいので心の中では師匠と思いつつ、声に出してはユアと呼ぶ事にした。



それから半年も過ぎた頃だろうか。
我ながら驚いた事に、どうやら私に恋人ができたようだ。
一緒に料理や菓子を作っているうちに、ユアとは違う少女と気が合うようになった。
明るい茶髪に澄んだ水色の目、スラリとした肢体。清楚な美少女は今まで周りにはいないタイプだった。見た目と違って豪快で人情家なのも好ましい。
欲やあらゆる計算が見え隠れする貴族のご令嬢ばかりを見てきた私には、損得なしのアシュリーやユアは貴重に思えた。

長い間生きてきて、女性を好きになった事はない。初めて結婚したいと思う女性ができた。アシュリーと一緒に生きていきたい。
だけど私たち高位の魔法使いは普通の人とは命の時間が違う。いつまでも姿の変わらない私をアシュリーはどう思うだろう。
それに……  二十歳くらいの容姿をしていても、私は八十年以上を生きている。
十六歳から見たら対象外のじじぃだよな……。
おっと、本音が。心からの独り言は元々の言葉になってしまう。
宮廷に上がってから矯正させられた言葉遣いはすっかり身についているのに。

求婚するには勇気がいる。
ジェイの事を笑えなくなった。



彼女たちと出会ってから、アイザックの死や、レストランの開店や、フロース祭で歌姫との出会いなど色んな事があった。
日々は新しい発見に満ちている。

我が師の時間も動き出した。
千年祭で再会……  したらしい、ジェニファーという少女と師は、どうやら二百年前からの因縁があるようだ。
師が二百年もの間、心を失くす原因になったと思われる、相手……。
らしいとか、ようだとか、私の勝手な推測なのは、師から何も聞かされないからだ。

私が大魔導師と呼ばれる彼の方に師事し始めたのはまだ三十年ほどだけれど、師はいつも遠くを見ているような方だった。身体はここにあっても心はどこか遠くにあった。しゃべりもするし教えを乞う事もできたけれど、知識を与えるだけで感情はほとんど見られなかった。
それでも他の者より親しくさせてもらえているのは、平民出という共通点と、師には及ばないけれど膨大な魔力量のおかげだと自負している。

ジェニファーと再会してからの師は、僅かでも表情が見られるようになったし、声に感情も聞こえるようになった。
二百年は長い……。
孤独にいきてきた師には幸せになっていただきたい。
アシュリーという女性を知って、幸せを知った弟子の出すぎた願いだとわかっていても。



ジェニファーとはユアたちの店で紹介された。その時にはまだ師との間柄を知っていなかった。知って驚いた。世間は狭い。本当に、縁というものがあるのかと不思議な気持ちになった。
そこでも何やらユアの影響があったようだ。

転移者だからか、ユアを中心に人が集まるように思える。そしてその人生に影響を与えているように見える。生活や生き方や未来といったものが良い方に変わっていると感じられる。

だからまた、新しく広がる未来に進もうとしているユアたちに期待する。
ユアたちは、我が師を巻き込んで国の最南の港町まで行くという。

私たちはしっかり留守をしているから。
菓子作りは魔法を作るより楽しい。
アシュリーと新しい菓子を作って待っていよう。
私は愛しい人を見て笑顔になった。





◇◇◇ジェイ◇◇◇





「俺と結婚してください!!」

言った!  ついに言ってしまった!!  俺だってやればできるんだ!!
そういえば小さい頃、やればできる子だと言われていた。
何故かそんなどうでもいい事を思い出しているのは、相当に焦っているからだ。
わかっている。ちゃんとわかっているんだ。俺は冷静な男だからな!

求婚してから一分足らずの間にごちゃごちゃ考えたけど



ユアの沈黙が辛い!

ダメだ、もう待てない!!



「もちろん今すぐじゃなくていい!!  あの……  い、い、い、やって返事、、、も、あるのか、な?」

「はい」と言ってもらえると思っていたから、沈黙は相当なダメージだったようで、返事を催促する言葉は、だんだんヘタレてきた。

はっ!  
お断りの返事だったらどうしよう!
俺は悪い方悪い方へと心が傾いていった。動悸がはんぱない!  過呼吸で死にそうだ。目も泳ぎまくっていて焦点が合わない。
どうしよう!  ユアが嫁になってくれなかったら、生涯独身どころか即死できる自信がある!!

もう一秒も生きていられないと思った瞬間、盛大に吹き出したユアの笑い声が聞こえた。

「私も結婚するならジェイがいい!  だけどもうしばらく待ってくれる?  私の感覚だと、精霊界にいった時間はカウントされてなくて、私の中身は明日で十六歳なの。十六歳で結婚って、私の常識じゃ早すぎてありえないんだ。まずは恋人でよろしくお願いします!」

赤くなったユアが頭を下げて手を差し出した。
どういう意味の行動だ?  ユアの国の求婚への返事の動作だろうか?
なんて、まず動きに目がいった。
あ。焦点合ったわ。

それから言われた意味が頭を回る。

こ、こ、恋、恋……  恋人って言った?
結婚するなら俺がいいって言ってくれた?
待ってって事は、待ったら結婚してくれるって事でいい??

「あぁぁ!!  ありがとう!!  一生大切にする!!」

俺はユアの手を引くとギュッと抱きしめた。
幸せすぎて死にそうだ!
お断りされても、承諾されても、ちょっと微妙な中間でも、どんな返事をされても死にそうになってるよ!
俺は生涯ユアには敵わないと悟った。



それからレストランの開店準備や、開店してからの色々で日々は忙しく過ぎていった。
愛しい子が想いを返してくれて、側にいてくれるという幸せな毎日。
時々、離れていた二年は夢だったんじゃないかと思うほど、ユアとの生活は満たされていた。

だから、フロース祭で歌姫と歌った時。その後連れていかれた宿屋で二人が話していた聞いた事もない言葉に、冷水をぶっかけられたような衝撃があった。
どこか懐かしそうに、少し切なそうに、嬉しそうに話すユアと歌姫。
何故か確信めいて、そうだとわかった。
歌姫は、ユアと同郷の人だ。



ユア、何を話しているのかわからないよ。
そんな顔をしないでくれ。
そんな風に笑わないでくれ。


家族を恋しがらないで
帰りたいと思わないで


ユア、どこにも行かないで……



ひどい男だよ、俺は。
ユアがどれほど家族を思っているか知っているのに、そんな風に思ってしまうんだから。

それでもユアが好きなんだ。
ユアじゃないとダメなんだ。
ぐるぐる回る言い訳の言葉。

せっかくの誕生会だけど、賑やかなみんなのところにはいられなくて、ユアとアシュリーが出て行ったタイミングで俺も食堂を出た。



月明かりに誘われるように店先の椅子に座ってぼんやりする。
ぼんやりするといっても、ずっと同じ事ばかり考えているんだけど。

どのくらいそうしていたか。ふいにユアが隣に座った。
何を話していいかわからない。
二人もと黙ったままでいると、ユアが歌を歌い出した。言葉はわからなかったけど、少し淋しいようなホッとするような曲だ。
言葉がわからないからユアの国の歌だと思って聞いたら、やっぱりそうだった。

淡い月明かりの下で、ユアは消えてしまいそうだ。
実際そんな事はないんだけど。
いや、わからない。突然こっちの世界に現れたユアは、また突然元の世界に戻ってしまうかもしれない。
あぁ、ダメだな。今俺すごく心が弱くなってるよ。

俺はユアのいなかった二年を思い出す。
真っ暗で絶望と隣同士の辛くて苦しかった日々。
またユアがいなくなったら会えるまで探し続けるけど。それしかできないけど。心が耐えられるだろうか。
あぁ、情けないな。ユアがいないと考えただけで手が震えてるよ。

「ジェイ?」

心配そうなユアの顔。今俺どんな顔をしてるんだろう?
大丈夫。俺は大丈夫だよ。だからユア、心配するな。
安心させたくてユアの手の上に自分の手を置いた。
安心させたかったのにな……。重なった手が愛しくて、弱音が零れてしまった。

「ユアが歌姫と話してる顔がすごく嬉しそうだったから……  故郷を思い出していたんだなとか……  やっぱり帰りたいよな……  とか」

みっともなく手は震えたままだし、弱音は零すし、情けなくて俯いた。
愛想つかされたらどうしよう、なんて自虐的に思っていると、突然ユアが立ち上がった。
わっ、本当に愛想つかされた?

「ユア?」

焦って見上げた俺を、ユアは抱きしめた。
え?  え?  え?  
いったいどうなってるんだ?  
愛想、つかされ……

「不安にさせてごめんね。ジェイが好きだよ。元の世界の家族と同じくらい大切に思ってるし、家族とは違う気持ちで、すごく大好きだよ」

ユアが一生懸命言葉を紡ぐ。回された腕に力が入る。
言われた言葉はすぐには理解できなくて、でも意味がわかると

俺はユアを強く引き寄せて抱きしめていた。

こんな情けない男を好きだと言ってくれた。
大切な家族と同じに思ってくれてると。
伝えてくれた想いと一緒に、抱きしめてふれ合っている柔らかさとか温かさとか、ユアの存在を強く感じる。

しっかりしろ!  
俺はユアを抱きしめたまま気合を入れた。

ユアが突然元の世界に戻ってしまうかもしれないという不安は、きっと死ぬまでなくならないだろう。
それでもユアが好きだから。ユアと一緒にいたいから。俺は強くならなくてはいけない。ユアと生涯を共にするなら、くよくよしていちゃ幸せになれない。
もしもの時も笑って見送れるくらいになれなくちゃ、好きだと言ってくれた女の子に何も敵わないままだ。

まだまだすっかり吹っ切れた訳じゃない。
強気になるには、ユアに関して俺はちょっとヘタレだからなぁ。
でも決めたからはそうなってみせるよ。
俺は心に強く誓った。



その後、たまにはちょっとビクついたりもあったけど、ユアとは死ぬまで一緒にいられた。
ユアに似た可愛い娘も三人授かったし、変わらない想いで愛する嫁さんと過ごす事ができた幸せな人生だった。

あの日、ユアと出会えて本当によかった。
神様なんて信じちゃいないけど、もしもいたなら、神様と……  やっぱり俺を幸せにしてくれたユアに感謝だな。




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