異世界スロータイム

ひさら

38話 ロートゥスへ




ジェニファーにサラの事を話した次の日には、もう二人は会えた。
思ってたより早かったな。
サラはフロース祭の仕事と、せっかくだからと観光をするのに十日間くらい滞在する予定だそうで、少しは時間に余裕があるけど、何より私と話したいとさっそく会いに来てくれたみたいだ。

オーダーを通しにきたアシュリーが

「ユア、歌姫が来たよ!」

と、こっそり教えてくれた。
見るとサラは歌姫仕様ではなくて、普通の町娘さんに見える。
それらしい衣装を着てお化粧をして歌う時のオーラみたいなものがないと、本当にどこにでもいる普通の女の子だ。
イケメンのウィル君の方が目立ってるよ!

アシュリーに二人を家の方の玄関前に連れて行ってもらう。
私はちょっと抜けるね!  と、トーイに任せて厨房から玄関に向かった。
ドアを開けて、サラとウィル君を迎え入れる。
いつものようにジェニファーたちが住居の方の食堂でご飯を食べているから、今なら会えるもんね。

『ちょうど、前に言ってた転生者さんがいるよ。あっちもサラに会ってみたいって。お店の方は人が多いから、家の食堂でゆっくり食べていって』
『え!  わぁ!  緊張する〜!』
『時間が大丈夫なら、ランチタイムが終わるまでいてほしいな。私も一緒に話したいわ』
『時間は大丈夫!  でもお初の人と……  間が持つかな〜』

サラはちょっと不安そうだ。
でもそれ以上話す間もなく食堂に着いた。ノックをする。

「ジェニファー、こちらアケルの歌姫サラね。私たちと同じ歳だから普通に話して!  サラ、こちらジェニファー。冒険者さんであちこち旅の途中だから、色んな話が聞けるよ!」

男子チームの紹介はお互いに任す。
サラとジェニファーはお互いを見て軽く会釈をした。

『優愛!  こんな綺麗な子初めて見たよ!  女同士なのに、何か興奮するわ〜!!』

私は吹き出してしまった。
吹き出した私と、通じない言葉で三人は怪訝な顔をする。

「サラが、ジェニファーを綺麗だって。綺麗すぎて興奮するって言うから」

笑って教えてあげた。
真っ赤な顔をしたサラには『優愛ったら!』と睨まれてしまったけど。

「じゃあ、サラたちの分もこっちに運ぶから。ちょっと待ってて!」

私は厨房に戻って、通されていたオーダーを出してからサラたちの分を作ると、またちょっとだけいってくる!  と料理を運ぶ。
二人分は一人じゃ持てないけど、ひとつはいつの間にかラックが持ってくれている。さり気にいつも気が回るんだよね。ラックが女の子ならさぞかしいいお嫁さんになるだろう。

ノックをして、サラとウィル君の前にご飯を置くと、サラが歓声を上げる。

『唐揚げ!  ポテトサラダ!!』

今日のメニューは、大皿の半分にたっぷりの葉野菜のサラダとポテトサラダ、もう半分には鳥の唐揚げを、これまたたくさん盛ってある。
それから根菜のスープと自慢のパンだ♪

『和食じゃないけど、懐かしい和風の味だよ!』

サラは食べ始めてそう言うと、ホロホロ涙を流した。
泣きながら食べている……。器用だな。

「泣きながら食べないの。後でデザートも持ってくるから!  ジェニファーたちも一緒でいいかな?」
「いいわよ。忙しいのに何回も運ぶの大変でしょ?」
「ありがと!  お客さんにさせちゃうのも悪いけど、よかったらそこのお茶を淹れて飲んでて」

大急ぎで厨房に戻る。すでにオーダーが入っていた。素早く出したら、しばらくお店の仕事に集中する。
全部のオーダーを出し終えると、四人分のデザートと飲み物を持って、行ってくる!  とまたまた厨房を出る。

『プリン!!  またプリンが食べられるとは……』

サラは今度は見ただけで泣き出した。
そうだね。日本で食べていたご飯に比べると、この世界のご飯はイマイチだもんね。美味しいというのもあるでしょうけど、何より懐かしい味に、きっと涙が出るほど嬉しいんだろな。わかるよ。

サラはプリンを一匙すくって口に入れた。

『美味しい……。  帰りたい……。』

思わずといった風に零れた言葉。
言い終えた途端サラの身体が淡く輝いて、まるで虹が消えるように、すうっと消えた。

「サラ!!」

焦ったウィル君が手を伸ばしたけど、何もない空間を空振りしただけだった。

え?!  何?  何が起きた??

その場にいた全員が唖然とした、次の瞬間

「あー、びっくりした!!」

消えた時と同じく、突然現れたサラ。

「サラ!!」

ウィル君が抱きしめる。
サラはちょっと離れた空間から唐突に現れた。ウィル君は直前にその下に走りこんで、落下するサラを抱き止めた。
野生の勘?  さすが獣人さん?  すごーい!!

どうしたのかと色々聞きたいところだけど、とりあえず私はまだお店がある。
時間が大丈夫だったら待っててね!  と、仕事に戻った。



クローズになって、今日もお疲れ様〜!  と遅いお昼を家の方の食堂に持って行ってみんなで食べる。
食べながら、サラとジェニファーと話す。

さっきの突然消えちゃったあれは、

「懐かしくてね、ふっと帰りたいな〜って思ったの。思った瞬間、フワ〜って身体が軽くなったんだけど、あ、これ何かまずい!  って思って。帰らない、ここにいる!  って強く思ったら戻れたの。私、もうこっちの世界に馴染んじゃってるんだわ。別れたくない人たちもいるしね」

ウィル君を見る。いや、見つめ合う。
……こっちが照れるんですけど。
そっか〜……。
私もそういう風になっていくのかな……。

「私はこっちに生まれ変わったから、ユアとはまた違うと思うわ。ユアも十六年もいたら変わってくるかもしれないけどさ」

そうだね。先の事はわからないよね。うん。
それからサラとジェニファーの、転生あるあるを聞きながら笑ったり、苦労話に同情したり。

ちなみにサラは私たちが初めて会ったあの日、ウィル君に自分が転生者だと話したそうだ。ユアの家族(といっている人たち)に話すっていう事になって、自分が身近な恋人に話さない訳にいかないと思ったんだって。話すきっかけになったっていうかね。
ジェニファーは、また別の理由から最近ルークさんに話していたんだって。

ウィル君もルークさんもきちんと受け入れてくれたって。
サラもジェニファーも普通の人とはちょっと違っていたでしょし、受け入れやすかったかもね。って、失礼か。

まぁそんな感じで、親睦会?  はすんなり、楽しく過ごしたのでした。



サラたちが帰国する日の前日。
六月はワイアットさんと、偶然にもジェニファーとルークさんのお誕生日もあって、これはもうお誕生日会と送別会も兼ねてみんなでお祝いしようという事になった。

メニューはもちろん、ハンバーグとパンケーキ。
元日本人のサラのために、和食は作れなくても日本で普通に食べていたご飯を作ってみる。
お醤油とお味噌がないからお塩だけの味付けになっちゃうけど、それでも一般家庭の食卓に上がっていたご飯は作れるはず。

オムレツには、子供っぽいけどケチャップでひとりひとりの名前をかいてみた。
シンプルにあっさりと肉野菜炒めと、キュウリの塩もみとかね!  これはお漬物だから今まで作らなかったけど、サラには懐かしい味だと思う。
後はちぎったレタスとたっぷりのマヨネーズ。私的にはマヨネーズの一番美味しい食べ方だと思っている♪
ケチャップとマヨネーズはサラにレシピを渡したよ。

それから毎度おなじみのワインと果実水。うちの男子チームの他にウィル君とルークさんも飲んでいた。
女子チームでは初、ジェニファーも!  
前世お嬢様だったからお酒も嗜めるんだそうだ。

新しく加わった四人はハンバーグとパンケーキに驚いて喜んでくれたけど、涙を流しながら喜んだのは、やっぱりサラだった。
懐かしい懐かしいと、泣きながら食べていた。
いや、わかるけど……。  なかなかシュールな光景にウィル君に任せてしまったよ。

帰り際、

『優愛に会えてよかった!  私、前世の記憶があるからどうも宙ぶらりんだったのよ。でもあの時、消えちゃうかもって思った時、私、ここに残りたいって思ったの。ウィルや、ここでの家族がとても大切だって改めて気づいたの。あっちの家族ももちろん大切だったけど、あっちではもう私は死んじゃってるしね。私はこっちで幸せになるよ!』

晴れ晴れとした笑顔で言った。
前世の記憶があったサラ。こっちの世界に違和感みたいなものがあったのかもしれない。本人も宙ぶらりんとか言ってたしね。何やら吹っ切れたようだし、これから宣言通り幸せになってほしい。

その後サラは、年に何回かうちのご飯を食べに来るようになる。
こっちの人生を受け入れたといっても懐かしい味は忘れがたかったようで、転移魔法というものの恩恵を受けてうちに通えるようになる。
けど、それはまた別の話。



サラたちが帰国して、1週間くらいの間を開けてジェニファーたちも旅立つ時がきた。せっかくだからと、夕ご飯を一緒にする。
ジェニファーたちも、旅立っても月に一度はうちのご飯を食べに来るという。こっちも転移魔法だって。
転移魔法って、まだまだ高度な魔法だと聞いてたんだけど……。

訝しむ私に、償いだから気のすむようにさせてあげるの。と笑顔のジェニファー。
訳はわからないけど、何か解決したようなすっきりしたジェニファーの言葉に、そうですかと何となく納得させた。
人には色々事情があるよね。

送別会の途中、そういえばとジェイが私に手紙を渡す。
手紙?  エマちゃんかな?  受け取って差出人を見ると、ショーンさんだった!
懐かしい、砦の私の弟子?  だ。
リーリウムのブレイディさんの宿屋経由、ロサの冒険者ギルド宛て。

さっそく封を開けると、あれからケガで砦の兵士は辞めて、故郷近くのロートゥスで食堂を開く事にしたという内容だった。
砦で私とお料理を作ったのが楽しかったらしい。
十年ほどためていたお給料でお店は開けるとの事だけど、メニューの相談にのってほしいと……  一年も前の日付の手紙だった。

いくら郵便事情が悪いといっても、一年も届かないとかないでしょ!
憤慨する私に、届いただけでもすごい事だとみんなに言われて脱力する。
こういうの慣れないわ〜。日本って素晴らしい国だったのね。

私の脱力は置いといて。
メニューの相談といっても、手紙を出しても届くかわからないんじゃなぁ。
ちなみにロートゥスまでどのくらいかかるかと聞けば、馬車で三週間との事だった。しかも乗りっぱなしで。  はぅ。

「ロートゥスは私の生まれ故郷よ」

ジェニファーが言う。

「ユア、ロートゥスに行きたいの?  行きたいなら送るわよ。転移魔法なら一瞬だから」

ちょっと悪い顔で言う。
えっと……。それ、お願いしていんでしょかね?
あまりにも艶やかな小悪魔スマイルに躊躇する。
でも、私の最初の弟子?  ショーンさんがお店を開くなら力になってあげたい。手紙は一年も前のものだから、もう開店してるかもだけど。
私はちょっと考えて、お願いする事にした。転移魔法っていうものにもめっちゃ興味あるしね!

「ジェニファーがそう言ってくれるなら、お言葉に甘えて連れて行ってほしい。お願いします!」

そうして私たちはロートゥスに行ける事になった。いきなりお店をお休みできないから二日ほどの調整の後、一週間の休業にした。
ショーンさんのところでどのくらいかかるかわからないし、真面目に三ヶ月間お店をやってきて、ちょっと疲れたというのもある。なんせこの世界では成人だろうけど、私的には未成年の十六歳だ。これからもムリなく続けたい。

ロートゥスに転移する日。
旅支度ばっちりで自宅でジェニファーたちを待っていると、見知らぬ男の人と現れた。
この人がロートゥスまで送ってくれるという。
あ……。
この人、きっとジェニファーが言ってた前世の知り合いだ。大魔導師と言われている

「大魔導師のエリック。ちょっと無愛想だけど、悪い人ではないから」

ジェニファーから簡単に紹介される。
はぁ、そうですか。

こっちは私とジェイとラックがロートゥスに連れて行ってもらう。アシュリーとアダムはお留守番だ。

そういえばリアンさんだけど、ジェイのお誕生会が終わったある日、お店も順調に営業できてるし、以前から言われていた孫のところで世話になりますと出て行った。(お子さんはもう先に旅立たれているらしい)これからは、お孫さんと、さらにその下のひ孫さんとゆっくり余生を過ごすとの事。ここにいたら何かと仕事をしちゃうもんね。お孫さんたちとゆっくり過ごしたいというならそうしてほしい。今までたくさんお世話になったしね!  長い間お疲れ様でした!!

話を戻して。

そんな訳でこっちは三人で出発だ。
久しぶりに仕事抜きで故郷に帰りたいと、ジェニファーと、ルークさんも一緒に行く事になった。

目の前には大魔導師。見た目は二十歳くらいのお兄さん。この人本当に二百歳超えなんだろか?  百歳超えのラックと雰囲気は似ている。から、本当なんだろう。
薄い水色の目の色と、焦げ茶色の髪。ローブでわからないけど痩せてそうで、冷たいような印象の男の人だった。
えっと……。お世話になります。

「行くぞ」  と、魔法陣も詠唱もなく。
破裂するカラフルなペイントの中を通り抜けたと思ったら、目に見えた風景は全く知らない海辺のものだった。
転移魔法すごーーーい!!!

こうして私たちは国の最南の港町、ロートゥスに来たのだった。




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