異世界スロータイム

ひさら

36話 フロース祭と歌姫




五月になった。
今日から一ヶ月もの間フロース祭が行われる。
うそかほんとか、今年はフロース様(女神様)が魔王を倒して千年になるという特別な年なんだとか。そこで一ヶ月もの長い間お祭りが開催られるんだって。
それにしても千年て……。長いな、よくそんなに歴史が続いてるね。

このフロース様は大陸共通の信仰神だそうで、どこの国でも大祭が行われるけど、やっぱり大陸一の大国パエオーニアが一番盛大じゃないかって、大陸中からお金持ちやら旅芸人やらが王都にやってくるらしい。
その他、各国の有名なアーチストが招かれるとか。何せ一ヶ月もあるからね。
初日から三日間は色んなパレードがあったり、中頃には剣術大会やら魔術大会やらがあったり、ラストには隣国の歌姫が歌ってくれたりと、イベントが目白押しだ。
そういった大きな催し物がなくても、毎日どこかで何があるらしい。

今年に入ってから徐々にソワソワしてきてたけど、四月になってからは王都中落ち着かない雰囲気になっていた。少し前には広場に簡易の劇場や、ちょっとした小屋なんかも建ち上がったし、お祭り気分も最高潮だ。
初日のパレードが一番すごいらしいけど、あいにく今日はお店がある。お祭りの間中遊んでいられるのはお金持ちだけで、庶民は働かないと生活していけません!
お祭りは一ヶ月も続くし、何日かはお休みになるからその時に遊びに行く予定だ。
とりあえず三日目のパレードはお休みとかぶったから見に行くのがとっても楽しみ♪

お祭り好きな日本人の血が騒ぐよ!
今までは盆踊り系の和風のお祭りとか、町内会のお祭りなんかしか行った事がない。
西洋のカーニバル(っていうのかな?)っぽいのって初めて!
お祭り気分で、何となくウキウキしながらの仕事になっちゃうのは仕方ないよね!
でもそんなウキウキ気分よりもっと嬉しくなるような人に再会した。
お昼の鐘の後、ありがたい事に今日も満席で厨房も目の回る忙しさだ。
オーダーを通しにきたアシュリーが笑顔で言う。

「ユア、懐かしい人が来てるよ!」

誰だろう?  と思いつつ、カウンターまで出て行って示された方を見ると

「ジェニファー!  わぁ〜!  いつこっちに来たの?」

リーリウムで別れたジェニファーたちだった。

「昨日の夕方よ。さっきパレードを見て、ギルドで聞いていたユアのところにお昼ご飯を食べに来たの」

相変わらず美人さんだ。いや、去年の夏に別れた時より大人っぽくなって、さらに綺麗になったような〜。なんて観察してる間はない、忙しい時間だ。
また後でね!  と、ゆっくりしていってと挨拶もそこそこに仕事に戻る。

そして今日の営業も終わり、私たちは遅いお昼を食べながら久しぶりにジェニファーと話す。アシュリーとはまた違ったタイプの美人さんに、トーイは落ち着かないようで微笑ましい。いや〜、小さくてもちゃんと男の子だね!
女子チームは近況報告がてらおしゃべりをする。

「リーリウムで食べたサンドイッチも美味しかったけど、ユアの作るものは独創的ね!  王都にいる間は毎日食べにくるわ」

あら、お得意様がまたできた。
お店は週に一日お休みがある事を伝えて、時間が合ったらお祭りも一緒に回ろうと約束した。



フロース祭三日目。今日はお休みの日なのでみんなでお祭りに行く。パレードが楽しみだ♪
ちなみに人混みが苦手なラックと、ご高齢のリアンさんはお留守番。

パレードがあるメイン通りは朝から大勢の人がいる。私たちも期待を込めて、まだかまだかと待っている。
ようやく遠くの方から演奏が近づいてきた。
メインはオープンカーならぬオープン馬車に乗っている日替わりのフロース様(役)妖精さん役の小さい女の子も同乗しているらしい。
その後ろには騎士団の精鋭部隊キリリと続いているとか。
騎士とかあまり見た事ないし!  めっちゃファンタジー!  ワクワクする!!

お店のお客さんたちの話によるとそのフロース様役、初日は王女様が真っ白なドレスで、二日目は貴族のご令嬢が真っ赤なドレスで、大いに盛り上がったって。
三日目は庶民だけど(といってもお金持ちのお嬢様ね)どんな感じだろう?

まずは楽団のみなさんが賑やかな曲を奏でながらやってきた。その後ろを、オープン馬車から手を振りながら通り過ぎていくフロース様(役)妖精さん役の女の子が色とりどりの花びらをまいている。
鮮やかな黄色いドレスのお嬢様、確かに綺麗だけど……。

(うちのアシュリーの方が可愛いよね!)

ワイアットさんとアイコンタクトでハイタッチ!
アシュリーは顔を赤く染め、アダムはうんうんと頷いていた。

騎士さんたちカッコよかったけど……。
ジェイの方がカッコいい。
なんて本人には言えないけどね!  まぁ恋のフィルター効果もあるかもだけど!
なんて思っていたらアシュリーが

「騎士様と魔法使いは違うけど、私もワイアットさんの方がカッコいいと思う」

顔を赤らめて小さく言う。あら、何か伝わりましたか?
うんうん!!  
私たちは手を取り合って悶えてしまった。
恋ってすごいね!

それから屋台の美味しそうなものを食べ歩きする。
いつの間にやらはぐれて?  しまったアシュリーとワイアットさんはほっといて、ジェイとアダムと三人でお祭りを楽しむ。
何気にイケメンなジェイとアダム。超標準な私が両手にイケメン状態はいたたまれないけど、気にしない!  なんてったって千年祭だよ!  千年に一度の大きなお祭りだもん、思いっきり楽しまなくっちゃ!!
途中で偶然会ったジェニファーたちとも一緒に、私たちはお祭りを楽しみきった。



それからまたお店を開ける。いつもとは違う客層に、大勢の観光客が訪れているんだなぁと実感する。
この国には、というか、この時代には当たり前だけどグルメ雑誌なんてないし、単純に口コミでお客様は来てくれる。嬉しい評価だ。

一見さんの観光客と思われる人たちの他に、常連さんたちの顔もちゃんと見える。
私の倫理観ではイヤな事だけど、身分制度のあるこの国では平民の中でも上下があって、通りを一本隔てて一般人と、貧民街のそれ以下の人ってはっきり線引きされている。下働きみたいなところで混ざっている人たちもいるけど、たいていの一般人は貧民街の人を見下している。
国としてそういう制度だから、それはもうしょうがないけど、私はイヤだからそういう区別も差別もしない。それは村出身のジェイたちや、奴隷だったラックも同じ気持ちで、もちろんリアンさんもそうだ。

外でまで大っぴらに刃向かってはいないけど、お店の中は私たちのテリトリーだし、元々アイザックさんの希望で貧しい人たちのためにって始めたお店だ。
その他色々な階級の人も来てもかまわないけど、私たちの大事なお馴染みさんたちを見下したり侮辱するような人にはお帰りいただいている。
そりゃあもう断固として!  だいたいお料理を出さないし!  それから出禁!!

そんな治外法権なうちのお店の中では、お客さん同士が意外とうまくやっている。
さすがにお貴族様に馴れ馴れしく話しかけるような強心の人はいないけど、思わずといったように  「これ美味しい!」  から始まって

「この前の◯◯が美味しかった!」  とか
「それを言うなら、この前の△△も美味かった!」  とか話が弾んでいき
「何それ!  どんなのだった?  食べたい!!」  とか
「どれが一番美味しいか」  なんて大盛り上がりになっていたりする。

美味しいものは人を幸せにするって、アイザックさんが言っていた。
楽しく盛り上がったり、隔てなく話す事が嬉しかったり、食事の間だけでもそういう気持ちになってもらえるこの仕事ができてアイザックさんに感謝だ。
提供する私たちも幸せな気持ちになれるもん。
そんな感じで、観光客さんたちも  「美味しい!」  話に混ざったりしてる。

ジェニファーたちもほとんど毎日来てくれている。
超美人のジェニファー、一緒にルークさんがいるのに熱い視線がガンガン向けられる。もちろんルークさんにも熱視線が飛びまくりだ。あんなにお似合いの美男美女のカップルなのに、みなさんハート強いな。
アシュリーもラックも美少女とイケメンだし。なんだろ、この顔面偏差値の高さ。
私とトーイは平凡組だから、せっせと仕事をする。ちょっと遠い目をしちゃうのはしょうがないよね……。

あんまり熱狂的になってきたから、よかったら住居の方の食堂で食べる?  と聞いてみると、そうしたいと言う。二人きりになっちゃうから、ちょっと淋しいかなとも思ったんだけど、美味しいものは落ち着いて食べたいと言われて、ならそうしようという事になった。料理を褒められるのはいつでも嬉しい。
ジェニファーたちがゆっくりご飯を食べて、ゆっくり過ごしているうちに営業が終わるから、私たちの遅いお昼を食べながらの女子トークなんかも楽しい。

そんな日も日常になってきたフロース祭も中日を過ぎた頃、ジェニファーの様子が何だか……。元気がないように見える。
そんな状態が二〜三日も続くと、さすがに気になるじゃないか。さりげに、何かあった?  と聞くと、思いつめたような目で見返された。
お?  これはなかなか深刻そうだぞ?  
私はとっておきのリンゴ林に誘ってみた。

だいぶ離れた、私たちの話が聞こえないような場所では、ラックとルークさんがリンゴの手入れをしている。ただ護衛でいるより手入れを手伝わせているラックに、ちゃっかりしてるな〜と意外な一面を見た。
おっと、今はそっちじゃなくてジェニファーだ。
私は五月の爽やかな風を感じながらジェニファーの言葉を待った。

「ユアの元いた国では、こういう時ってどんな考え方をするもの?」

やっと口を開いたジェニファーの話とはこんなものだった。
ジェニファーを傷つけた事、死なせてしまった事、実際は事故だったけど引き留めておけば死なずにすんだという後悔で二百年自分を責め続けている前世の知り合いがいるんだそうだ。ジェニファーはその人に失恋をしたけど、その時にすっきり気持ちを切り替えたし、前世の事は自分の中では終わった事だからそんな風に思われていた事に、どうしていいかわからなくなってしまったらしい。

「ていうか!  二百年って何?!」

ひっくりしていると、ジェニファーは吹き出した。

「そっち?  ユアったら!  深刻に悩んでいるのに笑っちゃったじゃない!  ……その人ね、今ではこの国で大魔導師っていわれてる人なの。魔法使いって、その魔力に応じて寿命が長くなるらしいわよ?  私もたぶんそうだと思うわ」

魔法も使えて、その上寿命まで長い。魔法使いすごいな。
まだ笑顔のまま、どこか遠くを見ているようなジェニファー。金と薄い茶色の色違いの瞳が綺麗だなと見惚れていると

「ふふふ。いきなりこんな事を言われても困るわよね。ごめんなさい、忘れて」

私を見ている瞳には、困った顔の私が映っていた。
う〜ん……。これが答えになるかわからないけど。私は話してみた。

「私には経験がないから、それがどんなものかわからないけど。元の国で読んだ本に、人生で一番辛い事は自分を責めながら生きる事だって書いてあったのを思い出したよ。それが本当なら、その人二百年も辛かったね」

ジェニファーは何かをぶつけられたみたいな驚いた表情をした。
それから、一度、二度……。ゆっくり瞬きをして

「そう……。そういう風に考えた事はなかったわ。  そうね……。  ありがとう、ユアに話してよかった」

夢から覚めたような、壮絶に美しい顔で笑った。

そらからのジェニファーは、何か吹っ切れたようにまた一段と綺麗になった。
何にしても元気になったようで、よかったよかった。



そういえば、私がジェニファーを気にして、何をどうしたかジェニファーが元気になった頃。
フロース祭の中日頃は、剣術大会やら魔術大会やらがあって、ジェイとアダムは剣術大会を見に行った。かなり興奮する試合だったらしく、珍しく二人で飲んで帰ってきたりした。白騎士団より黒騎士団の方が実力は上だ!  とかご機嫌で盛り上がっていたのが微笑ましい。男の子っていくつになってもそういうのが好きなんだね。弟たちも戦隊モノにハマっていたな〜と、懐かしく思い出す。ちょっと違うか。

それから、魔術大会にワイアットさんが出ると聞いたアシュリーは気になってソワソワしてたけど、出場じゃなくて優勝者に賞品を渡す役だとかで、それならまぁいいやとなったり。
お祭りに参加していてもしていなくても、なかなか楽しくフロース祭は過ぎていく。



そして五月最後の日。今日はジェイのお誕生日だ。ちょうどお休みもかぶって、夜のお誕生祝いまで最終日のお祭りにみんなで出かける事にする。
今日がラス日のフロース祭。せっかくだからと、いつもお留守番のラックとリアンさんも誘ってみる。ラックは来たけど、リアンさんはやっぱりお留守番してるって。

さてさて、最終日のメインは隣国から来たという歌姫の歌だ。
市井の大広場の特設ステージの公演に、ものすごい数の人が集まっていた。
昨日の夜には王宮ですでに歌声は披露されたそうで、それはもう素晴らしいものだったとか。歌姫の歌を聞くと、涙が止まらなくなったり、幸せな気持ちになれたり、などなど大勢の人の中では色んな噂話が乱れ飛んでいる。
庶民の公演はお昼からだ。私たちは朝早くから並んだので、前の方のわりといい場所を確保できた。交代でトイレに行ったり、食べるものを買って来たり、それなりに楽しく待つ事ができた。

そしていよいよその時がきた。
軽やかな演奏でエスコートされた歌姫が壇上に現れる。
獣人と人が仲良く暮らしているという隣国の歌姫は、ちょっと期待した獣人ではなくて人だった。
ココアブラウンといわれる柔らかい茶色い髪に、透明な空色の瞳。配色的にはアシュリーと同じなのに、全然違って見える色味だ。
同じ歳くらいの、歌姫というより可憐な少女だった。見た目の雰囲気によくあった、ふんわりしたピンクのワンピースを着ている。
意外にも、見た目と違ってご挨拶する声は落ち着いた少し低いものだった。あぁでも、耳に心地いいかも。

「初めまして、お隣のアケルからお招きいただきましてやってきました、サラと申します。何曲か歌わせてもらいます。短い時間ですが、よろしくお願いします」

歌姫というには素人っぽい挨拶に親近感がわく。
というより……  何だか日本人っぽい言い回し……。
私は懐かしいような控えめな話し方に、まだ歌も聞いていないのにとても引き込まれた。
歌は……  アカペラなのかな?  壇上には演奏者が誰もいない。
歌姫はタンバリンのようなものを持っている。

「今は春と夏の間なので、春と夏にちなんだ私の好きな歌を歌います」

え……。
歌い出した、この歌。

「アケル語?  何語なんだろう?  初めて聞くね」
「何て言ってるのかわからないけど、何だか元気になるような歌だね!」

アケル語じゃないよ、これって……。
え?  わからないの?  私わかるよ?  あれ?  今までだって、私みんなと言葉を交わしてたよ?  普通に会話できてたし、何なら文字も読み書きできたよ?
日本語とかそうじゃないとか、そういう風に全然思ってなかったけど……。
もしかして私、こっちの世界の言葉をしゃべっていたんだろか?

だけどこれは『日本語』で歌われている、日本の歌だ。何故かそうわかった。
誰なの?!  この人!!
見た目は全然日本人じゃないのに、外国訛りのない綺麗な『日本語』で歌っている。

ワンコの種類がグループ名の、そのまんま春の歌。
脳内大混乱のまま、サビのところにきて無意識に口ずさんだ。

ザワリ……  
周りが揺らめく。
歌姫と私を交互に見る集まった人たち。

「ユア……  何で歌えるの?」

驚いたジェイたち。

問われても答える余裕がない。  
日本語だ!  日本語だ!!
私は泣きながら一緒に歌っていた。
気づいた歌姫が、壇上から目を見開いて私を見ている。
でも歌は止まらない。さすがプロ?
一曲歌い終わると、歌姫が私をまっすぐ見た。

「あなた……  よかったら一緒に歌いましょう」

ニッコリ笑いかけられる。
戸惑う私は、周りの人たちにどんどん押されてステージ下まで来てしまった。
護衛らしい騎士さんに壇上までエスコートされる。
わぉ!  この人?  獣人さんだ!  頭の上にお耳がある!!

いや、今はそれじゃない!!
私はステージ中央の歌姫の隣に並んだ。

それから歌姫に  「この歌知ってる?」  と確認されながら一緒に歌う。
どれも有名な曲で、歌えなくても誰でも知っているというものばかりだった。
ラストの、柑橘系なグループ名の夏の代表曲を歌う頃は広場中ノリノリで、歌姫が振りまくるタンバリンに合わせて集まった人たちみんな手拍子までしていた。頭の上で。

いや〜、私はコンサートに行った事はないけど、きっとコンサートってこんな感じなんだろうな〜。テレビで見るフェスとかの映像はこんな感じに大盛り上がりしてたもん。

ラストの歌が終わると、めちゃくちゃ惜しまれながらステージを後にする。

「喉が渇いたでしょ?  一緒に休憩しましょ。お互い話したい事もある……  わよね?」

ニッコリと歌姫からお誘いがかかる。
そりゃあもう、もちろんです!!  
頭の中は疑問・質問でいっぱいです!!

ところで……  あなたはいったい誰(何?)ですか?




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