異世界スロータイム

ひさら

29話 転機




さて。他にお弁当屋さんが出てくるのは想定内といっても、気にならない訳ではない。お昼のデリバリーのため、冒険者ギルドと、道をはさんでお向かいの商業者ギルドに行って様子を見る。

お弁当は需要と供給のバランスが合ってなかったからなぁ。
私たちだけでは、ほしい人の数のサンドイッチは作れない。だけどムリはしたくなかった。お医者のいないこの世界、安全第一でやりたい。私たちの作ったものを食べて具合を悪くしたり、万一にも死んじゃったり……  なんて事がないように!
幸い今の売り上げは、日々の生活分とジェイへの返済分にはなっている。借金が終わったら、その分で貯金もできるようになると思うし、あまり欲張る気はない。

ギルドでの注文は数を受けての販売だから売れ残りの心配はない。まぁ、そうでなくても売れ残る心配はないんだけどね。お昼にお届けをして、翌日の注文を受ける。
ギルドの中にもお弁当屋さんと思われるお兄さんお姉さんがいた。ほぉほぉ、接客はあんな感じなのね。肝心のサンドイッチの味はどうだろう?

「商品は余ってますか?  ひとついただきたいんですが」

私は、売りに来てると思われるお姉さんに声をかけた。お姉さんとアシュリーの顔がちょっと引きつっている。え?  私おかしな事してるかな?  商売相手の事は知っておきたいじゃない?  こそこそするのもイヤだしさ、悪い事をするでもない、堂々といこうよ!

「え、えぇ……。  それじゃ私にもそっちの商品を売ってほしいんだけど」

お!  お姉さんしっかり切り返して来た!  そうそう、堂々がいいよね!  だけどごめんね、お姉さん。

「すみません、この商品は全部注文を受けてのお届けなんです。明日の朝でしたらギルド前でうちの者が販売しておりますので、その時でよろしいでしょうか」

商売相手とはいえ、買ってくれるならお客様だ。私は丁寧に対応する。

「明日の朝ね、わかったわ。こっちも売れ残りは困るから、まぁいいわ。じゃあ、はいこれ」

銅貨六枚は同じ値段だ。もしかして合わせたかな?
それからまた別の、今度はお兄さんにもサンドイッチを売ってもらって、翌日の注文を受けて買い物をして帰った。

注文、少し減ってたな。しょうがないか。新しいものが出たら試してみたいのは人情だ。好みも人それぞれだしね。よそに目を向けたお客さんが、やっぱりうちの味がいいと戻って来てくれたら、かなり嬉しい事だよね!

家について、さっそく三人でよそのサンドイッチを食べてみる。
一言でいうと……  勝った!
もちろん自分で作った食べ慣れた味だからというのは大きいけど、元々はジェイたち親しい人にお弁当を作ろうと思ったのが始まりだ。せっかくなら冷めてても美味しいものがいい。美味しいと思ってもらえるように色々考えて心を込めて作っている。それは、販売している顔なじみになった冒険者の皆さんにも、お世話になっているギルド職員さんにも同じで。うまくいえないけど、たぶんそういう事なんじゃないかな。

よそのサンドイッチは、当たり前だけど営利目的の販売用のものだ。不味くはないけど、美味しいという程でもなく、小さい頃から食べ慣れた味が一番!  という人には美味しいかもしれないけど。誰かのためにと心を込めて作ったものと、ただの売り物では思いが違うと思うんだな。それに私には、美食意識の進んだ現代日本からのスキルがあるからなぁ。

「う〜ん……。やっぱりうちの方が美味しいわね」

アシュリーはモソモソとよそのサンドイッチを食べならが言う。ラックも深く頷く。

「そうね、私もそう思う。これ、このまま食べるのつらいね」

私はまだ残っているサンドイッチを見て、席を立つ。味が薄ぼんやりしてるんだよね。お弁当なんだから、ちょっと濃い味でもいいと思うんだ。肉体労働系の人なら、なおさら汗もかくしさ。という事で、私は味を付け足して二人にサンドイッチを渡した。

「わっ!  すごく変わった!  これならまぁまぁいけるわ」

アシュリーが驚いたように言って、さっきより食べるスピードが上がる。
だてに家でお料理担当をしてた訳じゃないよ。そりゃあ失敗もたくさんあったさ。そこからの、何とか食べられる味への復活創作料理!  捨てちゃうのは材料がもったいないもんね。そうしてスキルは磨かれたのだった。なんちゃって。

まぁ、しばらく様子を見よう。味覚の好みはどうしたってあるもんね。私たちにできる事は、うちのサンドイッチを食べたいと思ってくれる人に心を込めて作る事だけだ。



さてさて。六月になって本格的に暑い季節になってまいりました。
そこで私は  『美味しいサンドイッチ屋さん』(屋号ね)の従業員に(二人だけど)厳かに通達します!

「みなさん!(二人だけど)暑い季節は食べ物が悪くなりがちです!  なるべくいたみにくい食材を選んで調理も気をつけますが、その上で衛生面も徹底してください!  食中毒が出ないように、みんなで気をつけましょう!」

チョクチュウドク?  と不思議そうな二人に、食中毒が何かを説明する。
実家?  で私が作っていたお弁当、特に夏でも普通に食べられたけど、ここではお客さんの保存状態がわからないからなぁ。そういえば野球部のみんなは、直射日光ガンガン浴びまくりのバックの中に入っていたお弁当をガツガツ食べていたっけ。意外と大丈夫なのかな〜。
でも安心・安全第一でいくのは食品を扱うんだもん、当たり前だよね!

本当は暑い時期はお休みにしようかとも思ったんだけど、ジェイたちには渡すし、それを見た人が作ってくれと言ったら作らない訳にいかないもんね。

よそのお弁当屋さんが出始めて注文が減った日もあったけど、何日かするとお客さんが戻って来てくれた。朝一の販売の方は変わらず売り切れてたし。今まで買えなかったお客さんが買ってくれたりとかね。お弁当屋さんが増えて売られるサンドイッチも増えたけど、大国第二位の都市の冒険者さんの数はそれより多い。町の中ならお昼に合わせて辻売りされてるお弁当屋さんも結構見かけるようになってきた。こんなに一気に増えちゃって、ちょっと心配。

そんな事を思いながら、また何日かたった。
お昼のデリバリーの帰り、家に着く少し前に道に座り込んでいるおじいさんがいた。

「大丈夫ですか?  どうかされましたか?」

駆け寄ると、おじいさんの息は乱れていた。

「うち、すぐそこなんです。休んでいってください」

私は、ラックにおじいさんを背負ってもらって家に案内した。
これが新しい出会いになるというか、今後の人生の岐路になるとは思わなかったよ。

歩いて数メートルの家に着くと、ラックはおじいさんをソファーにおろした。
今はお昼のデリバリーの帰りだ。一日で一番暑い時間帯だから、もしかしたらおじいさんも暑さにやられたのかな?  私はラックに井戸から水を汲んできてもらって、冷たいタオルでおじいさんの汗を拭く。

「迎えにきてくれる人はいますか?」

おじいさんはいい身なりをしてるからお金持ちと思われる。お金持ちなのに馬車も使わず道端に座り込んでいるというのも謎だけど。

汲みたての冷たい水に、ハチミツとレモンを少し搾って塩を少々。スポドリもどきを作っておじいさんに渡す。迎えが来るまで横になって休んでほしいけど、先に水分補給しなくちゃね!

「ゆっくり飲んでください」

ご高齢だから誤嚥したら困るし!
おじいさんはスポドリもどきを飲み終わると、やっとひと心地ついたように

「助かったよ、ありがとう。迎えはおらんよ。少し休ませてもらったら帰れるから心配無用じゃ」
「あら……  そうですか。では、帰りは送ります。家の者が帰って来るまで休んでいてください」

おじいさんは、世話になるねと横になった。それ程悪そうには見えないけど、ご高齢だし、しんどいのかも。まったく、お医者がいないって困るよ!

それから三人で遅いお昼を食べる。そういえば、おじいさんお昼は食べたのかしら?  気になったけど、よく眠っているようだからそのまま寝かせておいた。
おじいさん、よっぽど具合が悪かったのか、全然起きない……。こわいから、何度か息をしているか確認したよ!
夕ご飯の支度を始めても起きない。そろそろ本気で心配しだした頃、帰宅してきたジェイたちの声で目を覚ました。

「気分はどうですか?」

私は心から安心して声をかけた。ちゃんと生きてたよ〜!  よかった!!

「あぁ、だいぶよくなったよ、ありがとう」
「薄暗くなってきましたけど、起きてすぐ動くのはよくなさそうですから、もう少し休んでいってください」

私は熱くない、私好みの飲み頃のお茶を渡した。アシュリーがジェイとアダムにおじいさんの事を話している。
おじいさんはゆっくりお茶を飲んで、家の中と私たちを見渡した。

「いい匂いがしておるね」
「夕ご飯を作っている途中なんです。そういえばお昼は召し上がったんですか?  お腹が空いているようなら、よかったらご一緒にどうですか?」

空腹で倒れられたら困るし、一応おじいさんの分もと多めに作っているから量的には大丈夫!  ジェイもアシュリーたちも人見知りはない。ラックは人見知りというのじゃないと思う、けどまぁ大丈夫でしょ。自分から話しかけないし。

おじいさん、名前はアイザックさんだって。私たちも自己紹介をする。
宿屋暮らしで誰も待ってる人はいないと言う。ならぜひ食べていってくださいと、一緒に夕食の席に着いた。椅子が一つ足りないから、ちょっとどうかと思ったけど小卓に座っちゃう。アイザックさん、やっぱりお昼を食べていなかったって。美味しそうに食べてくれた。

我が家は今日あった色んな事を話しながら賑やかに食事する。ご年配にはちょっとうるさいかなと心配したけど、こんなに賑やかな食事は初めてだと嬉しそうだったからよかった。またおじゃましてもいいだろうかとまで言ってくれたよ。
そして本当に度々くるようになった。来るたび美味しそうなお土産を持ってきてくれる。そのうち好みを聞いて、アイザックさんの好物も食卓にのるようになった。それを作るための香辛料とか甘味なんかも持ってきてくれた。ご相伴できるのはラッキーだ♪

アイザックさん、体調のいい日は家の先にある霊園に来てるらしい。亡くなった奥様の御墓参りで、もう二年ほど通っているとの事。運動不足だからって、行き帰りは歩きなんだって。
それならお帰りは私たちの帰宅時間に合わせて、ちょっと遅いお昼もご一緒にどうですか?  とお誘いしてみた。みんなはおじいさんと暮らした経験はないし、そういう私もお泊まりに行った事しかないけど、私はおばあちゃんおじいちゃんが大好きだった。もう会えないと思うと淋しい……。という訳じゃないけど、何となく知り合いの少ないこの世界でのご縁を大切にしたい。

そしてアイザックさんとお昼もご一緒するようになって、そのまま用のない日は夕ご飯も一緒に食べて、男子チームの誰かが送るという日に慣れて来た頃。

六月も後半になって、ここのところさらに暑い日が続いていた。
心配していた事が起こってしまいました、食中毒です!
うちのお客さんじゃなかったし、軽症だったらしいし、ジェニファーが治してくれたらしい。もちろん治療代はもらったけどね、と本人から聞いた。ジェニファーは治癒魔法使いで治療を生業にしているから、それは当然だ。お医者のいないこの世界で、ほとんど民間に治癒魔法使いもいないから、その人ラッキーだったよ!  あ、食中毒になったからアンラッキーか。


当然ながらこの世界にSNSはない。ないけど、口コミっていうのもすごい速さで広がっていく。悪い事ならなおさらね。
今までだって食中毒とか、そこまでじゃなくてもお腹を壊すような事もあったと思う。けど、お弁当屋さんは新しい事だったから悪い方に目立ってしまったのかも。
……売り上げがだいぶ落ちてしまったよ。うちは真面目で安全第一っていうのをわかってくれてるお客さんや、ジェイたちと一緒のパーティーの人なんかは買ってくれるけど、売上数は元の半分になっている。
元々暑い時期はお休みしようかなんて思っていたし、本当にそうした方がいいのかもしれない。
というより!  衛生だよ!!
きちんと衛生管理ができてなかったら、暑くない季節だってあやしいわ!  そんなところのせいで、うちまで一緒に見られるのは心外だよ!!

なんて事をアイザックさんに愚痴っていたら

「それなら依頼をひとつしようかね」

と言いだした。
アイザックさん、余命宣告された日々を生まれ故郷で過ごしたいと言う奥様の願いで、三年前にリーリウムにやって来たんだって。奥様とは一年ほど一緒に過ごして、その後はこの二年ほどひとりでお墓参りをして過ごしていた。奥様との間にお子さんはなくて、子供がいたらとか、孫がいたらこんなに賑やかにすごせていたのかなと、私たちの家に来るようになってから楽しかったって。

「そろそろ妻が迎えに来てくれるらしい。半年ほど五人と過ごす事を依頼したい。治癒魔法使いが言うには冬は越せないだろうとの事だから、そんなに長くはならんよ」

いきなりの爆弾発言にビックリしすぎてみんな固まったよ!
何て言ったらいいかわからないし!!

「時期と、場所も指定したい。わしも生まれ故郷のロサで死にたい。妻と同じ墓に入りたいというロマンチストではないからな。人間やっぱり最後は生まれ故郷じゃよ」

アイザックさんは穏やかに笑った。
というか!  アイザックさん、そんな重病人に見えないんだけど!  半年でお亡くなりになるようにはとっても見えないよ!
だけどこんなのジョーダンで言う事じゃないし……  きっと本当の事なんだろう。
みんなもツッコムところがありすぎるアイザックさんの話にまったく反応できてない。

「私、アイザックさんの依頼受けたい」

本当に余命半年なら、アイザックさんがひとりなら、私は最後に一緒にいたい。
初めてあった日に  「迎えはおらんよ」  と言っていたのを思い出す。ひとりぼっちの最後なんて淋しすぎる。想像しただけでも涙目になるよ。

「ユアがそう言うならオレも」

おっ!  最初の賛同はラックだったか。
それからみんなも

「ロサに行く予定が早まっただけだしな」
「私もアイザックさんの依頼受けたい」
「依頼は五人だしな。男手も必要だろ?」

と、すぐ決まった。この国スピード契約が普通なんだろか?

それから色々と決めていく。アイザックさんの体調をみながらゆっくりの旅にしようとか、もっと暑くなる前に旅立とうとか。
ロサはパエオーニアの王都ね。リーリウムからは馬車で早くて十日の道のりだ。でもゆっくり行く予定だから、もうちょっとかかるね。

ロサにはアイザックさんの家があるんだって。アイザックさん、引退してるけど実はかなり大きな商会の社長さん?  会長さん?  だったらしい。お子さんがいなかったから後継者は商会の誰かに譲ったとの事だけど、死ぬまで苦労しない財産はあるから報酬は心配するなと笑って言った。いや、何か笑えませんよ。

慌ただしく準備は進められていく。正式なものにするために、ギルドに依頼を通したり、お弁当屋さんの店じまいをお知らせしたり。ジェニファーにも、ロサに行く事を告げる。約束だからね!

「あら、じゃあ来年のフロース祭にはロサで会えるわね」
「そういえはそうね!  ロサのギルドに居場所は知らせておくから!」

わりとあっさり別れたなぁ。まぁもう二度と会えない訳じゃないしね。
ジェニファーには妙なご縁を感じる。アシュリーやエマちゃんとも違う、友達だと思う。

何だか怒涛の二ヶ月だったなぁ……。やっとジェイに会えて、シェアハウスに住みだして、お弁当屋さんを始めて、アイザックさんと出会って、また人生の転機になりそうな予感。
何にしても、一生懸命生きていれば何とかなるよね!




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