異世界スロータイム

ひさら

24話 リーリウムへ




別れの朝、エマちゃんは涙ながらに見送ってくれた。
本当はずっとここにいてほしいけど、あのジェイを思うと彼の元に行かせない訳にはいかないと、目を真っ赤にして言った。
ありがとう、エマちゃん、ブレイディさん。私に仕事をくれて、働く自信をくれて。私たちに寝る場所と食べるものを与えてくれて。このご恩は生涯忘れません。握手をして、抱き合って、たぶんもうなかなか会えないだろう別れを告げた。



さて、私たちは乗り合いの駅馬車でリーリウムに向かっている。
駅というと、電車のあの駅を思い浮かべるかもしれないけど、電車じゃなくて馬車だからね。町と町を結ぶ馬車は、駅といわれる待合の建物と発着時間が決まっていてそのシステムに驚いた。結構ちゃんとしてるのね。

駅ごとに、次の行程を走る元気なお馬に付け替えられる。その間の短い時間がお客の休憩時間になる。おトイレに行く人食べ物を買う人、ちょっとした運動をする人。私たちもそんな感じで過ごして来たけど、三日目にもなると飽きてきた。
最初、馬車の中ではずっと寝ていた。五日間働きづめだったからね。それにやる事もないし。
それにしても十日は長い。働きづめだった五日分眠ると、もう寝てばかりいられなかったよ。

という事で、私は休憩時にこつこつボードゲームを作ってみた。白と黒の、日本人にはお馴染みのアレである。
四角い盤に十字線を描いていく。八×八でよかったかな〜。改めて考えると意外と覚えてないものだ。まぁいいや、だいたいそんな感じで。それから裏表に白黒の色をつけた丸いコマを六十四個作る。私たちは四人だから、それを二セット。

走る馬車の中でルールを説明する。といっても、挟んでひっくり返して最後にコマが多い方が勝ちという、単純明快なルールだから三人はすぐ覚えた。
作る時もそうだったけど、遊び出した三人はとても楽しそうだ。砦でもそうだったけど、娯楽が少ないこの世界、ゲームはめっちゃ盛り上がる。

ところがせっかく遊び出したのに、下を向いていた私は馬車酔いしてしまった。
下を向かないで遊べるカードを作ってみたけど、こっちも酔ってしまう。いったん乗り物酔いをするともうダメみたい。私が。他の三人は元気だった。私が遊べなくなった分のオセ◯と、これだけは教えたババ抜きで、乗合馬車のみなさんと楽しそうに遊んでいたよ。
あ、三人といっても、ラックはゲームに混ざらず私を介抱してくれてたけどね。

ラックに寄りかかって、ひたすら吐き気に耐える。食べると戻しちゃうので食べられない。というか、まったく食欲がない。そのうち飲み物も喉を通らなくなってきた。脱水を心配してムリやり飲んでも戻してしまう。
ここまでくるとアシュリーたちも遊んでいられなくなった。二人も心配そうに寄り添ってくれる。すまないねぇ、暇でしょうに。

そんな状態が二日もした頃、アダムが、いったん馬車を降りて回復するまでどこかの町で休もうと言い出した。
や、それは困る。こんなのエマちゃんに聞いていたジェイに比べれば大した事ないよ。早く私の無事な姿を見せたいし、私もジェイに会いたい。

でもみんなの心配もわかるんだな。私だって反対の立場だったら心配するし。
それに今のこの私、無事な姿とはいえなくなっているような……。
気持ちは焦る。不甲斐ない自分に涙がにじむ。零れそうになる涙を気合で止めた。泣いてもいい方に変わるでもなし!余計みんなに心配かけちゃう。

一瞬気合を入れたけど、すぐに猛烈な吐き気に襲われる。
うぅぅ、気力がなくなるなぁ……。
アダムの言う通りにした方がいい事はわかっている。でも急ぎたい。それに余計なお金もかかる。所持金に余裕はないのだ。
どっちにも決められず迷っていると、上から涼やかな女の子の声がした。

「ごめんなさい、聞こえてしまって。  そんなに具合が悪いのに急ぐのはよっぽどの理由があるのね。治してあげましょうか?」

見上げると、同じ歳くらいの可愛い女の子がいた。濃い茶髪は豊かに波打っていて、将来の美人さん要素になりそうだ。何より印象的なのは、窓から入る光で金色にも見える薄い茶色の左眼と、それよりもう少し濃い茶色の右眼で、これは完全な色違いじゃないけど、オッドアイというものじゃないだろうか?  初めて見たよ。

ひどい乗り物酔いをしてる最中に、ずいぶん余裕だなと思われるかもしれないけど、余裕というのじゃなくて、何というか……  女の子には不思議な何かを感じたのだ。今まで会ってきた人たちとは明らかに違う、一番近い感覚なら、転移者の私に似ている空気感というか……。
そんな事を考えながらの観察だった。

「ありがとう、これ治せるの?」
「えぇ。私、回復魔法使いなの」

女の子は私の耳元でこっそり囁いた。

回復魔法!  魔法使い!!

ちゃんとした魔法初めて見る〜!  こんな状態なのに、めっちゃテンションが上がったよ!!  ……我ながら単純だなぁ。

「ありがとう、お願いします。  もう死にそう……」

女の子は私の胸に手を置いた。すると、だんだんと吐き気が治まってきた。
何か詠唱した訳でもなし、手がほんのり光ったでもなし。って、私の勝手な魔法のイメージだけどね!
今まで実際に魔法を使っているところを見た事がないから、この世界ではこういうものなのかもしれない。

「ありがとう!  落ち着いてきたよ!」
「よかった。  顔色も少しマシになったみたいよ」

心配をしていた三人もホッとした顔になった。ごめんね、私ずいぶん心配かけちゃってたんだね。改めてちゃんと三人に謝る。
体調管理も自己責任だよね!

それから恩人と話をした。
彼女の名前はジェニファー。思った通り同じ年の、来月十六歳だって。
あ、私の実年齢、本当は十五歳なのか十七歳なのか微妙なところなんだけど。感覚的には同じ年という事で。

十五歳で生まれ故郷を旅立って、世界を見て回る旅の途中なんだって!
すご〜い!  何かめちゃくちゃファンタジーじゃない?  魔法も使えるし、他人事ながらテンション上がるわ〜!!

連れの、静かに後ろに立っていた男の……子?  人?  名前はルークさん。
うちのラックといい勝負の美形なお兄さんだ。歳もラックと同じくらいに見える。聞けば十九歳だそう。ラックは百歳オーバーだから見た目だけだけどね。
初めて見た、銀色にも見えるグレーの髪と、綺麗な緑色の眼をしている。ジェニファーを見る眼差しは優しい。ルークさん、ジェニファーの護衛なんだって。恋人を守りながらの二人旅……。
きゃ〜!  ロマンチック!!

話しているうちに、私の黒髪黒眼的に異世界からの転移者という話題になった。別に隠している訳ではない。見た目でバレバレだしね。
そしたら驚く事に、ジェニファーは転生者というではないか!  といっても異世界からではなくて、この世界でのなんだそうだけど。約二百年前の、前世の記憶持ちなんだって。

はぁ〜……  そりゃまた不思議な事があるものだ。まぁ、ファンタジーの世界だからありだけど!
どうりで何か似た雰囲気を感じると思ったよ。聞けばジェニファーも同じように感じていてくれたらしい。だからのカミングアウトだって。これは私にしか話してないそうで、ルークも知らない事なんだって。

そのルークさん、ラックとオセ◯をしている。私以外の誰かにラックから接するのを初めて見たよ。ルールだけ説明してあとは無言ってとこがラックらしいけど。ルークさんもおしゃべりな感じじゃないから合ってるのかな。
私たちが二人で話したそうにしてるのを察して、ラックとルークさんは少し離れたのだった。での、オセ◯のようだ。
アシュリー兄妹も熱戦している。覚えたてって一番楽しいもんね!

ジェニファーたちもリーリウムに向かっているんだって。そこでしばらく滞在したら、また次の町に旅に出る。
来年開催されるフロース祭を王都で見たいから、それまで王都周辺を回る計画らしい。

フロース祭?  と尋ねると、フロースとは大昔に魔王を倒してこの世界に平和をもたらせた女神様の名前なんだって。来年はその魔王を倒してから千年にあたる年だそうで、そりゃあ特別に祝うんじゃないかと大陸中の人は楽しみにしているらしい。きっとそれぞれの国で盛大なお祭りになると思うけど、大陸一の大国パエオーニアがやっぱり一番だろうと。

ん?  ちょっと待って。  大陸規模なの?  その女神伝説?
あら、ユアは何も知らないのね。と、ジェニファーは追加の説明をしてくれる。
大陸には大小幾つもの国があって、その国での神様もいるところはいるけれど、フロース様は大陸で共通に崇められている女神様なんだって。なんたって魔王を倒してくれた女神様だからね。だから来年は大陸中どこの国でも盛大にフロース祭をするだろうと。

ついでに、大陸共通語というのもあってそれは今私たちが話しているパエオーニア語なんだそうな。地球でいうところの英語みたいなものかな?
へえぇぇ。  今更だけど、何かこの世界の基礎的な事を知れたよ。

それにしてもフロース祭かぁ。そんなに大きなお祭りなんて楽しみだわ。私もぜひ見てみたい!
私が行った事のあるお祭りって日本のだから和風?  だし。西洋風なのって初めて!  お祭りっていうより、カーニバルってイメージに近いのかな。来年どこでどうしてるかわからないけど、余裕があったら王都に行ってみたいな。

それからリーリウムにつくまで、私たちは六人で過ごした。駅馬車は大小の町をつなぐ馬車で、たいていは一つ二つの町までの移動に使われる。中には私たちのように大きな都市まで移動するのに使う人もいるけどね。そんな中でご一緒するとは、これも何かのご縁だと思う。馬車酔いを治してくれた恩人だし。いや〜、あれにはホントまいったよ。

そしてとうとう明日はリーリウムに着くという前の日、私はジェニファーにオセ◯のセットを一つ渡して言った。

「ジェニファー、馬車酔いを治してくれたお礼と、ちょっと珍しいご縁の記念にこのゲームの権利をあげるよ。元々これの名前はオセ◯っていうんだけど、ジェニファーがこの世界の名前をつけていいよ」

この世界は魔法で満ちている。目には見えないし、特別何かを感じるって訳じゃないんだけど、言葉での約束もちゃんとした契約になるほどの効果を持つ。
日本で口約束っていうと、ちょっと軽い感じがするところだけど、この世界では口約束もちゃんとした効力を持つ契約になるのだ。契約を解除するのもちゃんと言葉にして、相手が了承すれば成立するという。
実はラヴィーニアさまとの交渉も言葉だけで行なっているんだな。
あ、言葉だけでなく、文字での契約もちゃんとあるよ。

「ユアありがとう!  これからの旅がずいぶん楽しく過ごせると思うわ」

ジェニファーは喜んでくれた。

「私は今現在の回復しかできないから、今の時点では何もあげられるものはないんだけど……。  もしもこの先大きな病気やケガをしたら私を呼んで。どこにいるかで時間は変わると思うけど、きっと駆けつけるから!」
「どこにいてもって、どうやって連絡つけるのよ〜。気持ちだけもらっておくよ」

私が笑って言うと、

「何となくだけど、ルークとラックって妙に繋がれるような気がするのよね……」
「あ。そう言われてみれば私もそう思えるかも……。あの二人何なんだろうね」
「ね〜!」

しばらくリーリウムに滞在するのは同じだから、会おうと思えばいつでも会える。どこか移動する時は教え合おうねと約束をした。
私たちもジェニファーたちもギルドで仕事をする事になる。きっとほぼ毎日、朝か夕方には会えるでしょ。



そしてとうとうリーリウムに着いた。
宿屋に向かうと言うジェニファーたちと別れて、私たちはギルドに向かった。
着いたのはもう夕方だったから依頼達成報告の人たちが帰ってくる時間だ。ギルドには大勢の冒険者がいた。

ギルドの建物の造りはどこもだいたい同じらしく、一階には受付カウンターと併設して食事処?飲み処?がある。
仕事帰りの人たちが早めの夕食をとっていたり、労いの乾杯をしていたり、それはもう賑やかだった。

建物に入った私はキョロキョロとジェイを探したけど、それらしき人は見当たらなかった。なので、受付のお姉さんに聞いてみる事にする。ここのお姉さんも獣人さんで、キツネのような尖った白いお耳をした美人さんだ。

そういえば旅の道中に聞いた話だけど。
この世界は、人だけの国と、人と獣人が仲良く暮らしている国と、ドワーフの国と、エルフの国と……  なんて風にだいたい分かれているらしい。それでもそれぞれの国に色々な種族が少数だけど混ざって暮らしていて、そういう人たちは冒険者だったりが多いんだって。
ギルドの職員もそうで、よその国を見てみたいなんて理由で、よその国に配属される事が多いらしい。だから人の国のギルド職員は獣人さんとか、私はまだ見た事がないけどドワーフとかエルフが多いんだって。

話を戻して。

私は、お姉さんに聞くために報告の列に並ぶ。
住所?  とか、教えてくれるのかな〜。この国でも個人情報は厳しく守られてるのかな。教えてもらえなかったらどうしよう。そしたら毎日張り込めば、遠征でもしてない限り数日のうちには会えるだろう。心配かけっぱなしで心が痛むけど、ジェイ、もう少し待っててね。

わりと長い時間待って、やっと私の番になった。さっそくジェイの事を聞く。

「ジェイは……  今日はまだ帰ってきてないから、待ってたらそのうち帰ってくるわよ」

今日の分の報酬の支払いがまだだからとお姉さんは教えてくれた。
よかった。今日会えるんだ。  
ホッとした、その時。

こんなにもうるさい中で、ポツリと零れた声が聞こえた。

「ユア……」




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