異世界スロータイム

ひさら

23話 プリュネ再び




もう夕日がだいぶ傾いてきた頃、ようやく私たちはプリュネの外壁にたどり着いた。飲まず食わずでヘトヘトだ。とりあえず水がほしい。
あ、まずい!  壁門が閉まろうとしている!  私たちは最後の力を振り絞って駆け込んだ。……  何かこんな事あったな。懐かしい。

「身元がわかるものを出して!」

不機嫌な守衛さんの声にも思い出し笑い。この後、私の黒髪黒眼に驚くのかも。
アダムとアシュリーはギルドカードを持っていたからすんなりパス。私は荷物が馬車のカバンの中に入れてあったのでないし、ラックはプリュネのギルドで登録しようと思っていたからない。ケイトさん、プリュネの領館にいるのかな。そこに私の荷物もあると思うし、ラックは元々登録予定だったから、それを守衛さんに言うと、三日以内に身分証を持ってくるよう言われた。これまた懐かしい。
閉門間際で早く帰りたい守衛さんは、わりとザックリだった。おかげで私たちはそれ程時間がかからず町に入れた。

ここまでの間にケイトさんには会わなかったけど、何か手続きとかあるのかもしれない。貴族って何かとめんどくさそうだもんね。心配をかけているケイトさんには悪いけど、もう体力気力の限界だったので、先にブレイディさんの宿屋に行く事にする。ジェイやエマちゃんにも心配をかけてるから早く顔を見せたいし、何より水がほしい!  乾き死んじゃう!!

壁門からそんなにしない所にある、懐かしの(っていう程でもないか)ブレイディさんの宿屋に倒れるように転がり込んだ。

「エマちゃ〜ん、心配かけてごめんね!やっと帰ってきたよ〜!」

かすれた声でそれだけ言うと、ビックリ顔のエマちゃんがすっ飛んできた。

「ユア!  無事だったの!  よかった!  いったい二年近くもどうしてたのよ!!」

エマちゃんはギュウギュウ私を抱きしめて盛大に泣き出した。
ごめんね〜、そんなに心配かけてたなんて。もっと早く帰れればよかったと、思わずこっちまでもらい泣きしそうになったけど……。  何やら聞き間違えのような言葉があったような?

「エマちゃん、二年って言った?二ヶ月じゃなくて?」
「二ヶ月って何よ!  二年でしょ!  はっ!  もしかしてユア、記憶喪失とか、何かひどい目にあってたの?」
「あってないけど。  二年って、二年って……  一年二年の二年?  何でそんな事になってるの?  二ヶ月が、何で二年になってるの?」

私たちは時間のすれ違いに軽く混乱している。  いったい何が起こった?!
私とエマちゃんが床に座り込んで抱き合ったままでいると、おずおずといった風にかすれた声がかかる。

「お取り込みのところすみませんが……  できれば水を一杯いただけませんか」

そうだった!  乾き死ぬところだったんだ!!

「エマちゃん、話は後で、お水をください!  私たち朝から何も食べてないし、飲んでないの!  死にそう!!」



時間は夕食時で食堂にはそこそこお客さんがいたけど、私たちは隅のテーブルにつかせてもらった。四人とも一杯では足りず、二杯三杯と水をがぶ飲みする。
あぁ、カラカラに乾いていた身体が潤っていくわぁ。

エマちゃんは、なみなみと水が汲んである大きな水差しを置いたら、ちょっと待っててね!  と接客に戻っていった。
忙しい時間に申し訳ない。手伝いたいけど疲れ切っていて、いったん座った身体はもう立ち上がる力がなかった。

今すぐ寝れる……。  瞼が閉じそうになるけど、これだけは聞かなければとクルクル働くエマちゃんを目で追う。
一緒のテーブルについているアシュリーはウトウトし出しているし、ラックとアダムはボ〜っと、どこかを見ている。

少したつと、料理を出し終えたエマちゃんが戻ってきた。後はお酒の追加だけだから、ブレイディさんに任せられるとの事。そのブレイディさんも大皿料理を持ってきてくれて、私の無事を喜んで厨房に戻っていった。

「エマちゃん、ジェイは?  ジェイはあの後どうなった?  元気だよね?  ここにはいないの?」
「ユア、ジェイはここにはいないよ。ここというか、プリュネにはいないの」

三人には先にご飯を食べてもらって、私はエマちゃんと話をする。気になってとてもご飯を食べる気になれないよ!  プリュネにいないってどういう事?

エマちゃんはあの日からの事を話してくれた。

ユアが誰かに連れて行かれたと、あの辺を探し回り情報を聞きまくって宿屋に戻ってきたジェイはすぐにでも私を追おうとしたけど、もう夕方になっていた事もあって朝まで待つようにブレイディさんに止められた。朝までの間にブレイディさんも伝手を使って情報を集めてくれてたけど、自分を責めるジェイは見ていられないほど痛々しかったって。

私を連れ去った馬車は南の方に向かったという情報にとにかく行けるだけ行ってくると朝一で飛び出したジェイは、三ヶ月ほど経ってボロボロで帰ってきた。ジェイは故郷を通り越して、国の最南の貿易都市ロートゥスまで行ってきたんだって。
私はいまいち地理がわからなかったけど三ヶ月で行って帰ってくるのはとんでもなく過酷だったろうと言うエマちゃんに青ざめた。だって私は徒歩で過酷なひと月半の南方向じゃなくて、馬車で四日の西方向の町にいたんだもん。

帰ってきたジェイは半月ほど寝込むくらいひどい状態だった。私を見つけられなかった焦心もあったみたい。ひどく自分を責めていたって。
起き上がれるようになると、ジェイはブレイディさんの宿屋に滞在して、魔獣や危険な野獣の討伐依頼をこなしてランクを上げながら、遠征しては私を探したりしていた。
そして半年ほどたった頃、別れ際に一緒にリーリウムに行こうと言っていたのを思い出して、もしかしたらリーリウムにいるかもしれないと、可能性がなくはないというくらいの希望にすがって旅立っていったんだって。

それが一年と三ヶ月くらい前の事。以来私が見つかってないか手紙のやり取りをしてるけど、郵便事情はあまりしっかりしていないので、いったい出した何通がお互いの手元に届いているかわからないけど、とりあえず今までは私は見つかってないのが共通認識だった。だけど今日二年ぶりにひょっこり私が帰ってきた、と。

ちょっと待って。さっきも混乱した、その二年、いったいどういう事?
私的には、二ヶ月ちょっとだよ?  どうして二年になってるの?
それから手紙!  私、手紙出したよ?!  あ。あてにならないのか……。
エマちゃんとウンウンうなっていると、ラックがポツリと、

「精霊界に行ったからかもしれない。あそこは時間の流れが人間界とは違うって聞いた事がある……  ような」

私はがっくりテーブルに突っ伏した。  一晩で二年近くたったってか!

「俺、いくつになったんだろ?」
「見た目変わってないけど、どこか成長したのかな〜。  あ!  ラックは成長したね!」
「そういえばそうだ!  俺たちは?」

兄妹の会話に、今それ?!  と心の中で突っ込んだ。

「ところでユア、この人たちは?」

エマちゃんの最もな質問に、遅ればせながらみんなを紹介する。

「驚くほど美形だけど……。弟って、ユアの方が小さいじゃない!」



すぐにでもリーリウムに行きたかったけど、何せ先立つものがない。リーリウムまでは、ずっと駅馬車を乗り継げば十日程で着くらしい。徒歩ならひと月くらい。そりゃあ駅馬車でしょ!  でも先立つものが……。

各町ごとにひと駅分ずつ働きながら行くより、ここで十日分の馬車代を稼いでから行った方が効率がいいよ!  と言うエマちゃんのアドバイス通りにする。
ジェイを思うと気が急いてしまうけど、目標が決まれば今やる事をしっかりやるだけだ。

プリュネに着いた翌日は領館に行って事情説明をした。
ケイトさんはいなかったけど当時の事は記録されていて、保管されていた荷物も受け取れたし、すぐにプルヌスに知らせてもらえる事になった。よかった。ケイトさんにもすごく心配させてしまったろうから。
これで心置きなくリーリウムに旅立てるよ。お金が貯まってからだけど!

それから冒険者ギルドに行ってラックの登録をして、守衛さんに身元証明をしに行った。これも懐かしい。

もちろん滞在はブレイディさんの宿。ブレイディさんが、朝ご飯を手伝ってくれたら宿代はいいよと言ってくれたし、何よりプリュネにはエマちゃんとブレイディさんしか頼る人がいないからね。
太っ腹な事に、ラックとアシュリーとアダムも色々な手伝いを宿代にしてくれた。

ラックに、リーリウムに一緒に行こうと話していたら、アシュリーたちも一緒に行くと言う。
え。だって二人はここ、プリュネを目指していたんじゃなかった?
それはそうだけど、一緒に行くと言う。
そっかぁ。初めての友達と早々にお別れしなくてすんで嬉しいと笑顔になったら、アシュリーが抱きついてきた。えへへ、アシュリーも喜んでくれて嬉しい。
アダムも嬉しそうに見える。妹思いのお兄ちゃんだ。私もそういう気持ち、よ〜くわかるよ!  とほっこりする。

という事で、四人分の馬車代がいる事になった。そこでブレイディさんの申し出だったのだ。ありがたい。心を込めて働きます!

領館に行って、ギルドに行って、身元証明をしに行った夕方から、さっそく宿の厨房に立つ。
ブレイディさんに、砦で大好評だった枝豆と鳥唐を教える。夜の営業はお酒が出るから、こういうおつまみ系は喜ばれるだろう。
私には約二ヶ月前、ブレイディさんたちには約二年前、ちょうどお世話になった頃の季節で、今は初夏。この時期は美味しい新モノがたくさんあるんだ♪

ビールに合う、ポテトメニューも提案する。
新じゃがなら、皮つき熱々に十字に切れ込みを入れて、たっぷりバターをのせた定番のじゃがバターは外せない!  バターだけじゃなくてマヨネーズも美味しいよね!  個人的にはシンプルにお塩だけなんかも好き♪
くし切りにした皮つきポテトフライもいいね〜♪  ちょっと塩多目で♪
じゃが芋とベーコンとアスパラガスなんかをオリーブオイルで炒めて、塩コショウも美味しいよね〜!
おっと!  バターとマヨネーズの作り方も伝授しておく。

あ。それと、私が教えたレシピはブレイディさんの宿の中だけ、他には秘密にしてもらう事を伝える。
今回教えたレシピと、前回この宿で作った、なんちゃってオニオングラタンスープとかカリカリベーコンの半熟目玉焼きなんかはラヴィーニアさまにお譲りしているレシピになっている。この世界に特許があるかはわからないけど、お料理のレシピも財産なんだそうだ。ラヴィーニアさまという事は、このカメッリア領の財産という事らしい。

転移者の私は狙われているという話だったけど、レシピのやり取りでラヴィーニアさまの庇護下におかれる事になった。なので、それほど用心しなくてもよくなったと思われる。契約しているより所有権?  は弱いけど、私と契約するにはラヴィーニアさまに筋を通さなければならないくらいには効力があるらしい。大陸一の大国パエオーニアの辺境伯の権力は強いのだ。
それに、未だに信じられないけど二年もたってるしね。とはいえ、この黒髪黒眼は目立つから、わかる人には転移者だとわかってしまうけどね。

という訳で、本当なら守秘義務があるんだけど、お世話になったブレイディさんの宿には他には漏らさない事を条件に教えていい事になっている。というか、それは条件にしたしね。それから、将来自分でお店を開いたとしたら、自分のお店に出す事も。

どうも私の生業は料理関係がいいような気がする。他を試した事はないけど、冒険者で剣を使うような事はできそうにないし、お料理は好きだし楽しい。美味しいと言ってもらえれば嬉しい。ジェイも褒めてくれて、二年?  前それでやっていこうと思った事もあったしね。



さて。プリュネに着いて三日目、朝から張り切って厨房で朝ご飯の手伝いをする。ブレイディさんがベーコンを薄〜く切る。カリカリベーコンの半熟目玉焼きは二年前からこの宿の定番朝ご飯なんだって。特許?  といっても、これは見れば誰でも作れるけどね。

朝ご飯は、毎日炊きたてご飯におみそ汁に納豆でも……  いや、毎日は飽きる。ご飯とおみそ汁はいいけど、毎日納豆は飽きる。
きっと連泊のお客さんも、毎日ベーコンエッグは飽きるだろう。

という事で、甘くないフレンチトーストを提案する。甘くないのは朝ご飯だからね。それに厚切りの熱々ベーコンをつけるのでどうでしょう?  ウインナーとかあったらそっちでもいい♪
あとは、サンドイッチは朝から大変かな。だったらそれより手抜きな、ハムチーズのホットサンドなんかどうでしょう?ハムあったかな。あったら二年前にサンドイッチにしたと思うんだけど……。なかったら代わりに焼きベーコンで!
その三つをローテーションで日替わりにしたら、連泊のお客さんも飽きないと思うし、ブレイディさんの宿屋の売りになると思う♪

私とアシュリーが朝ご飯の手伝いをしている間、ラックとアダムは宿の掃除や修理をしていた。親子二人の経営だから、普段なかなか手が回らない所の掃除や、後回しになっていた壊れ物なんかの修理が結構あって、男子チームは意外にも器用にこなしていた。
エマちゃんという女手があるから、まぁまぁ清潔な宿ではあったけど、やっぱりできる事には限度があるもんね。シーツとかカーテンとか大物洗いも大変だもん。男子チームは空室のそれらもやってくれた。二人ともいいお婿さんになるよ!

宿での仕事が終わると、日中はギルドの仕事だ。私とラックとアシュリーは高額な依頼はできなかったけど、アダムは私たちより高給な依頼を受けていた。
ラックは私と一緒じゃないとイヤそうだったから、二人で受けられる依頼にした。見た目は大人になったけど、ちょっと前まで奴隷だったから人前に出るのはまだこわいみたい。
アシュリーは、今でも精霊が寄ってくるようだけど、前のようにされるがままにはならず強気でがんばっている。積極的に仕事にも出て行ってイキイキしてるよ。

早朝と日中めいっぱい働いてるから、夕方宿に帰るとご飯もお風呂もそこそこに倒れるように眠る。そしてまた早朝から働く。そんな事を五日もしていたら必要な金額になった。

さぁ、十日間連続馬車の旅を始めるか!




「異世界スロータイム」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く