異世界スロータイム

ひさら

22話 精霊界




気がついたアシュリーに簡単に説明して……私たちは途方にくれていた。

これからどうしよう?  どうすれば帰れるんだろう?  どっちに行こう?  四人で悩む。
こういう時って、年長者がリーダーっぽくなるもんだと思うんだけど、何だかアダムってちょっと頼りない……。おっと失礼、本音が。
ここは精霊に馴染みのある?  ラックかアシュリーってとこかな?  といってもアシュリーはイヤかも。という事でラックに聞いてみる。

「ラック、どうしよう?」

あ、年長者っていったら百歳オーバーのラックだったか。

「オレも精霊界には来た事がないからわからない。ごめん」

あら、困った。
そしてまた、どうしようどうしようとなる。でも幸いな?  事に、すぐに悩まないですむようになった。何故なら、空中に浮かんでいるモノが、スィ〜とやって来たからだ。

「アシュリー!  急にいなくなるから探したよ!」
「わぁ!  アシュリー以外にも人間がいる!」

これ、精霊だよね?  イメージ通りの、神秘がかった美形な生き物。空中に浮かんでいるって事は、風の精霊?
アシュリーはアダムの後ろに隠れた。蒼白な顔をして可哀想なほど震えている。
私はいきなり頭にきた。か弱い女の子になんて思いをさせるんだ!

「ほら!  アシュリー行こうよ!」
「精霊王さまにお会いしなくちゃここにいられないよ」

精霊Aがアシュリーの腕に手をかけた。ビクリと跳ねるアシュリー。

「触るな!  アシュリーの腕から手を離せ!!」

大声で怒鳴ると、精霊Aは驚いて手を離した。ちなみに精霊はふたりいるので、区別のために勝手に命名。ほんのり緑っぽい方がAで、白っぽい方がB。Aの方が仕切っているように見える。

「な、な、なに」
「うるさい!  アシュリーに聞いたよ!  君たちアシュリーに散々ひどい事してきてその上まだ勝手にさらうとか、いい加減にしろ!  アシュリーに金輪際関わるな!  それから、私たちを元の場所に戻せ!!」

Aが言い返すのにかぶったけど、言い勝った!
……  なんか私、キャラが変わってきたような。こんな女の子だったかな〜と、一瞬遠くにいきかけた。いやいや、こんな世界だ。平和な日本じゃないんだから強気でなければ生きていけない!  と思いなおす。

精霊ふたりは唖然。人間三人も唖然。効果音があったら  『チ〜ン』  と鳴っていた事だろう。
先に我に帰ったのは人間側だった。私の威勢に触発されたのか、アシュリーは小さい頃からのひどい仕打ちの苦情を延々ぶちまける。アダムもどんなに苦労したかを切々と言いまくる。長年積もった怒りは収まらない。二人のあまりの勢いにAとBはヒィ〜!と逃げ出した。

待って!  こんなところに置いていかないで!  どうやって帰ればいいっていうのよ〜!!  私たちは必死に追う。追われるAとBは悲鳴をあげて逃げていく。

「精霊王さま!  精霊王さま!  お助けください!!」

たまらずAが叫んだ、その瞬間。
周りがパァッと輝いた。あまりの眩しさに瞼を閉じて、次に開けた時にはさっきまでいた森っぽいところじゃなくて、淡い光の空間にいた。

一目で偉い存在だとわかる……  精霊王さま?  がいた。ABよりもっと神々しい美しさ。王さまっていってたけど、女性にも見えるような中性的な姿だった。
見回したけどAとBはいなかった。まぁいいけど。精霊王さまに聞いた方が話が早そうだし。

四人とひとりで向き合う。……  無言の間が、何か辛い。
誰か何か言ってくれないかな。
年長者!  とラックを見ると、ジッと王さまを見ている。そうだった、ラックは基本無口なんだった。
じゃあ、アダム!  とアダムを見ると、こっちもまた呆然と王さまを見ている。
アシュリー……  は、ダメか。アダムの後ろに隠れている。
……  私か。しかたない。私はひとつ気合を入れた。

「あの……  初めましてでいきなりお願い事すみませんが、私たちを元いた場所に帰してくださいませんか」

王さまは、私を見て、アダムの後ろにいるアシュリーを見て、微笑んだ。

「アシュリー、よくきましたね」

アシュリーはビクリと跳ねる。顔面蒼白今にも泣きそうだ。
それから王さまは私を見て、やっぱり微笑んだ。

「あなたは……。この世界の子ではありませんね。初めまして、歓迎します」
「ありがとうございます。でもすぐに帰りたいんです。元いた場所に帰してください」

歓迎をスルーして再度お願いする。  王さまも私の願いを笑顔でスルー。

「せっかく別の世界に来たのですからね私たちの……  あなた方の言う、精霊界にも滞在されてはどうですか?」
「せっかくのご招待ですが、お断りします。心配させている人がいるので帰ります」
「人の子がそう言う時の相手とは……  恋人ですか?」
「ユア、恋人がいるの?!」
「お兄ちゃん……」

何やら兄妹も入ってくる。
王さまは楽しそうに、ふふふと笑った。やっぱりこの王さま、女の人じゃないかな〜。恋バナって、女子っぽいもんね。

というか……  恋人……  じゃあないな。うん。私はジェイを思い浮かべる。
この気持ちが恋心なのか、はっきりわからない。好きだなとは思うけど……。
命の恩人だし、最初からそばにいてずっと助けてくれた人だし……  もしかしたら鳥の刷り込み的な?  そういうものかもしれない、なんて風にも思ってみたりする。ジェイに会って、自分の気持ちを知りたいと思う。そのためにも、早く帰らねば!

「恋人ではありませんが、……早く安心させてあげたい人です」

それに、散々アシュリーを苦しめてきた精霊たちのいる世界なんて、アシュリーには辛いだろう。

王さまは黙ってしまった。私たちをジッと見る。……デジャヴ?

負けるもんか!  私はラックとアシュリーと手を繋いだ。それから睨むくらいに強く王さまを見た。
帰してよ!  私たちを元いた場所に帰して!  と強く思う。

そうだ!  ついでだからと、もうひとつお願いしてみる。

「精霊たち、アシュリーに関わらないようにしてもらえませんか?  アシュリー、まともに人並みの生活ができないんです」

おせっかいかなとも思う。本当ならアシュリー本人か、お兄さんのアダムが言う事だもんね。でもアシュリーはとても王さまに話しかけられる感じじゃないし、アダムも同じようで……。もしかして、私はこの世界に生きてきたんじゃないからこの非日常に反応できるのかもしれない。

「精霊を見る事ができる人間はとても稀です。私たちは人と仲良くしたいので、私たちを見られるだけで特別になります。とても愛おしい存在になるのです」

王さまは、ちょっと哀しそうな、愛おしそうな、何とも言えない顔をしてアシュリーを見た。

「精霊は、より強い思いが優先されます」

ん?……  どういう事だろう?

そういえばと、さっきのABを思い出す。私の怒りの感情、アシュリーの怒りの感情、アダムの激しい苦情。それでABは逃げ出した。
怒りの感情が勝つって事?  でもアダムは怒りって感じじゃなかったけどな……。
う〜ん。怒りって、感情の中でも強いものだと思う。でも安直に怒りが勝つっていうのではなさそうで……。

あ。強い  『思い』  って言った?もしかしたら……。

「アシュリー、今まで精霊に対して何かを  『しないで』  みたいに言ってた?  そばに寄らないで、関わらないで、みたいに」

「え?  えぇ、そう言われてみたらそうだったような……」

合ってるかわからないけど、もしかしたら。

「アシュリー、次に精霊が来たらしないでほしい事を言うんじゃなくて、自分がしたい事を強く思いながら言ってみて!」
「え?  ユア、どういう事?」
「試しにやってみるね!  これが合っていればいんだけど……」

迷うな!  
私は繋いだ両手に力を込めた。

「王さま、私たちは帰りたい!  元の場所に帰して!」

王さまは淋しそうに微笑んで、淡い光で私たちをつつんだ。

「……アシュリー、会えて嬉しかったですよ、健やかに。  異世界の子、アシュリーを頼みますね」

淡いくせに眩しくて、私は手で光を遮るように瞼を閉じた。
次に瞼を開けた時は、元いた?  木がまばらに生えている草原の中だった。
帰れた〜!  ホッとしたところで、アダムの鋭い声がした。

「誰だ!  おまえ!」

見ると、十八〜十九歳くらいに見える、背の高い美形なお兄さんがいた。
お兄さんというか……。

「ラック、いきなり大きくなっちゃって」
「ラック?!  これが?  だってさっきまで小さかったのに?!」

私は、きつくなっていた首のハンカチをほどいて結び直してあげる。
それにしてもいきなり育ったもんだ。きれいな子とは思っていたけど、成長したらすこぶるイケメンさんだ。これはモテそうだな。お姉ちゃん心配。

「本当にラックなの?  ていうか、なんでユアはすんなり受け入れられてるの?  こんな急に成長しておかしいでしょ!」
「だって黒い髪に赤い眼に褐色の肌だし首に私があげたハンカチを巻いてるし、何よりラックだって思うんだもん。お姉ちゃんの愛よ♪」
「お姉ちゃんって……  どう見てもユアの方が小さいけど」

まぁ、見た目はそうかもしれないけど、すでに姉弟でやってきてるし。本当はラックは百歳オーバーだから兄かも(おじいちゃん?)しれないけど……。いやいや私はお姉ちゃんがいい!  妹とか、立ち位置がわからないし。

「ラック、私がお姉ちゃんでいい?」
「ユアが望むなら」

OKOK、問題な〜し♪  今まで通りでいくよ〜!
私たちの間では話はすんだ。アシュリーとアダムはまだ混乱している。私的にはそもそもがファンタジーの世界だから、不思議な事もありになっちゃうってだけなんだけどね。

「それにしても、何で急に成長したの?」

アシュリーたちのために聞いてみる。私も知りたいしね。

「よくわからないけど……  精霊界に行った事で止まっていた成長が進んだのかも」

エルフはある程度成長すると、それ以降見た目が変わらなくなるらしい。ラックは過酷な奴隷生活で成長がストップしてたみたいで、本当ならもっと前にこのくらいの見た目になってるはずだったんだって。また何年かしたら、もうちょっと見た目年齢が上がるらしい。  それまでに追いつかねば!

アシュリーたちは納得したような、何となく釈然としないような……  結局エルフの生態はわからないから、わからないものはもういいや!  という事になった。

それから、あぁそうだと忘れないうちにおさらいをする。

「アシュリー、さっき試してたぶん合ってると思うんだけど。精霊には、しないでっていうんじゃなくて、私はこれをする!  ってジャマするな的に強気でいけばいんじゃないかと思う」
「そうなんだ……。うん、わかった!  次はそうしてみる!  もう負けない!」
「うん!  アシュリーにはアダムも私も……ラックも(いい?  と聞いてみる。一応頷いてくれた)いるから強気でいこう!」

と、落ち着いたところで……。
辺りは明るくなっている。夜中に精霊界に行って、夜が明けちゃったのね。
ケイトさんはどうしただろう。馬車がある所に戻る事にする。

「ここら辺だったと思うけど〜。……ケイトさんいないね」
「もしかしたら、助けを呼びに行ってくれたのかな?」
「馬車もないし、とりあえず歩いていく?  ケイトさんが助けを連れて戻ってくるなら、一本道だからすれ違う事はないし」

という事で歩き出す。
朝になってプリュネまで馬車を走らせたなら、それから助けを連れて戻ってくるとしても、まだだいぶ後だと思われる。もしもケイトさんに会わないままなら、一日くらい歩かなくてはならないけど、この場で待っていてもしょうがないもんね。

どうやらお日さまは昇ったばかりのようだ。時間はたくさんある。アシュリーとお喋りをしながら歩く。たまにアダムも混ざる。ラックは通常の無言だ。
喋り続けていると喉が渇いてきた。これはまずい。残り後半はみんな無言になった。
喉が渇いたな〜、お腹が空いたな〜。プリュネに着いたら、まずはブレイディさんの宿屋でお腹いっぱいご飯を食べよう!
そんな事を歩く力に変えて、私たちはひたすら歩いたのだった。






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