異世界スロータイム
17話 砦へ 2
私は男の子を抱き上げると、私に与えられている部屋まで運ぶ。少し距離があったのに、一度も休まずに運べるくらい男の子は軽かった。怒りの馬鹿力もあったかもしれない。
慌てて追いすがるショーンさんに、
「お湯をたくさん沸かして!」
否を言わせない剣幕で言いつけると、ショーンさんは砦の中にダッシュしていった。
私が使わせてもらっている部屋は、料理をするのに都合がいいよう一階の厨房のそばにある。二部屋続きで、一部屋はお風呂を置かせてもらっている。戦地に近いところで贅沢は申し訳ないけど、これが私の報酬だと思ってお願いしたのだった。
みんなはまだお祝いの真っ最中。大盛り上がりで、灯りの届かないような端を歩く私には誰も気づかなかった。
部屋に戻った私は、男の子をソファーに寝かせる。包んでいた毛布をとって、ボロボロの服を脱がす。
私はお医者さんじゃないから診る事はできないけど、どのくらいのケガをしているの知らなければ何もできない。
男の子は乾いた血と泥で汚れていた。これじゃどこにどんなケガがあるかわからない。それに、こんなに汚れていたら治るものも治らないんじゃないだろか。化膿とかこわいわ。
額に手を当てる。今まで抱いて来たけど、特に熱いとは思わなかった。今も手に当たる体温は熱いとは思わないけど、人と違う身形の子に人と同じ平熱で考えていいものか悩む。男の子は褐色の肌に尖った耳、ファンタジーに登場するダークエルフのように見えた。
「ユアちゃん、お湯沸いたよ」
ショーンさんが顔を出す。
「ありがとう。白湯を一杯とスプーンをお願い。それからお風呂にお湯をためてください」
ショーンさんは何も言わずお願いした事をしてくれた。あ後でお礼をしなくては。
その前にこの子だ。やれるだけやる!
ショーンさんがお風呂にお湯を入れてくれてる間、私は男の子に白湯を飲ませた。抱きかかえて、スプーンで一杯ずつゆっくりと。
唇がカサカサだったし、何日も放置されてる話の内容に脱水を心配した。
「いい子ね。これを飲んでね。大丈夫、ゆっくりね……。  上手ね。もう一口……」
意識を失ってる子に聞こえてるかわからないけど、できるだけ優しく聞こえるように話しかける。敵意はないよ。飲んでも安全だよと伝えるために。
ゆっくりゆっくり、カップの半分くらいまで飲ませると、ちょっと考えた。衰弱してると思われる状態で、お風呂に入れて大丈夫だろうか?
でもこんなに汚れていたらケガがわからない。化膿もこわい。
間違っているかもしれないけど、私は男の子をお湯に入れた。なるべく素早く洗って優しくふき取ると、ベッドに寝かせてゲガの具合を見る。
……ケガらしいケガはないと思う。もう塞がっているような傷跡や、褐色の肌で分かりづらいけど、薄い痣のような跡があるくらい。内臓とかいわれたら、それはもう私にはムリだけど、外見的には何の手当てもいらなそうだった。
男の子の服なんてないから私の服を着せて、また白湯を飲ませる。
ゆっくりゆっくり……。さっきと同じように声をかけながら。またカップの半分くらい飲ませると、ベッドに横にした。医療知識のない私は、弱ってる時はとにかく寝るのが一番!  くらいしか思いつかないのだ。
次の日の朝、ケイトさんに男の子を見ててもらって私は厨房で朝ご飯を作っていた。
ケイトさんには、きつく注意された。こちらの常識では奴隷を部屋に入れるなんてありえない事だし、その上ベッドに寝かせるなんてもってのほからしい。
でも私はこの世界の人間じゃない。私の常識では、ケガ人や病人がいたら救急車を呼ぶとか、看病をするのが当たり前の事だ。この世界には救急車がないから看病しようと思っただけだし。何より、弟と歳のかぶる小さな子をほおっておくなんてできない。
だいたいの支度ができたら、後は調理見習いの助手さんたちに任せて、白湯とスープを持って部屋に戻る。
「ケイトさんありがとう。もう少ししたら食事の準備ができるから先に食べてきて」
ベッドわきの椅子に座っていたケイトさんは、まだ不機嫌なままの声を出す。
「ユアさんは?」
「私は後からいただきます」
「では先にいただいてきます」
ケイトさんは、理解できないというような呆れた声で出て行った。
しょうがないよね。全くないとはいわないけど、日本では差別はいけない事と教えられていた。こういう価値観の違いって理解し合えないんだろな。
私は気を取り直して男の子を抱きかかえると、最初に白湯を飲ませた。
それから、白湯だけじゃ栄養がないと、スープも飲ませる。本当はこういう時って点滴なんでしょけど、ここにはないし。
意識がないから具はなしで、栄養が溶け出してるお汁だけね。
ゆっくりゆっくり、優しく声をかけながらスプーンを口に運ぶ。少しずつだけど飲んでくれてるのが嬉しい。元気になってほしい。
本当なら今日にはここを立ってプルヌスに戻り、それからプリュネに送ってもらう予定だったけど、この子をほおってはいけない。元気になったのを見届けたい。死なないで。元気になってと願う。
食事の支度の時は、男の子をケイトさんに頼んで(ケイトさんには嫌々ながら頼みを聞いてくれた)私が選んだ調理見習いの兵士さんたちにお料理を教える。これから先不調になって困らないように、栄養の大切さを伝えながら一緒に調理する。
それ以外は男の子の看病をする。といっても、意識が戻らないから寄り添う事しかできないんだけど。それから白湯とスープを飲ませる事くらい。
でも、人の思いって力になると信じて、手を握って声をかける。
そんな感じで二日たった。男の子は眠り続ける。お願い、死なないで。
そして三日目の朝。
この三日、ベッドに寄り添って手を握ったまま椅子に座って眠る夜を過ごしている私は、ふと何かの気配を感じて目を覚ました。
寝起きの霞んだ眼で気配の方を見ると、男の子が私を見ていた。  見ていた!
「おはよう!」
思わず朝の挨拶をする。返事はない。
「体調はどう?  ちょっとごめんね」
私は男の子の額に手を当てる。男の子はビクッと身体を震わせた。
「あぁ、ごめんね。  ……熱はないようだけど、君の平熱はわからないからなぁ。熱っぽくない?」
男の子は答えず、ちょっと後ずさりをした。私はとっさに抱きとめる。
「落ちちゃうよ。  大丈夫だから……。大丈夫。  いい子だから、まだ寝ていてね」
男の子は感情の読めない眼で私を見ていたけど、言われた通り動かなくなった。
「喉は乾いてない?」
私は今まで通り、男の子を抱きかかえて白湯を飲ませる。
「お腹は空いてない?」
それから、返事のない男の子にスープを飲ませる。
身体を固くして緊張している男の子に、敵意はないよと優しく声をかける。男の子はされるがまま、口元に運ばれた白湯を飲み、スープを飲んだ。
髪をなでて横にする。病気の時の弟と同じように接しているけど……。  この国でもこれでいいのかな?
横にされた男の子は、ジッと私を見ている。私は安心してもらいたくて話しかけた。
「ほら、お揃いだね。私と君、同じ黒い髪だよ」
共通点というか親近感というかを期待して、私は自分の髪を一房持って振ってみた。笑顔で言うけど返事はない。
死にそうになってたみたいだし、体調とか体力も戻ってないんだろう。
あ、それとも状況がわかってないのかも。
とにかく意識を取り戻しただけでも嬉しい。私はホッと息をつくと、ニコニコしながら男の子を見た。男の子も私を見てたけど、笑顔の私に安心したのか、体力の限界だったのか寝てしまった。
よかった……。このまま元気になってくれたらいいな。
何だか弟たちを思い出して、弟ラブのお姉ちゃん魂がメラメラしてしまう。
私はそれからも過保護なくらいお世話をした。
そういえば(上の弟)優依にはうざがられたなぁ……。遠い眼をして思い出す。(下の弟)優羽にも、やりすぎると逃げられたっけ。
男の子は、最初に見た時に思ったけど十歳くらいかな?優依と同じくらいだ。ただし痩せすぎ。ケイトさんには、奴隷だからと言われたけど、胸が痛んだ。
男の子が目を覚まして、さらに二日たった。二日くらいでは、まだ立ったり歩いたりできる程回復してない。消化にいいものを作って食べさせる。食べさせるといっても、もう自分で食べられるようになっていたけど。
ちょっと残念。いや、これも順調に回復している証拠だ。喜ばなくては。
ケイトさん曰く、エルフだから回復は早いだろうとの事。あと一週間もすればすっかりよくなるんじゃないかって。よかった。
ベッドでご飯を食べている男の子を見ていると、私は同じ年頃の弟を思い出してしまう。優依、どうしてるかな……。優羽もどうしてるだろ……。お母さん……。お父さん……。
「私ね、君と同じくらいの歳の弟がいるの。それからその下にも」
食べ終わった男の子は、ジッと私を見る。返事が欲しい訳ではないから、そのまま話し続ける。
「すごく可愛いんだよ。君と同じくらいの方はちょっと生意気になってきたけど。下の弟はまだ全然ただ可愛いだけでね」
思い出して笑顔になる。彼なんて別に欲しいと思わなかったくらい可愛がっていた。自他共に認める姉バカだった。
「もう会えないのかなぁ……。会えたとしても、ずっと先なのかな……。可愛い頃を見逃して、いきなりおじさんとかイヤだな〜」
小さく笑う。笑い声は涙の代わりだ。泣いたら本当になっちゃいそうで、私は泣かないように笑った。
「お願いがあるの。  イヤかもしれないけど、君の事ギュッてしていい?」
男の子は答えない。無表情に私を見てるだけだけど、何となく大丈夫な気がして、私は優しく抱きしめた。
「ありがとう」
それから相変わらず、私はお料理教室と男の子のお世話をしている。
そういえば、お祝いをした次の日にフラヴィオさんがやってきた。
フラヴィオさんは、溜まった仕事を片付けてからこちらに向かったけど、最初の砦で戦が終わったと報告を受けて、驚きながらも色んな手配をして急いでやってきたそうだ。
奴隷の子を看病する事、それに対してお料理を教える事を交換条件に、もうしばらく砦にとどまる事を了承してもらった。
プルヌスの領館にいる時にも思ったけど、やっぱりこの国でお料理スキルは私の価値になる。うろ覚えだし、そんなに知ってる訳ではないけど食育もね。
この国は、食に対して発展途上と思われる。でも、お金のある貴族なら食材は集められるし、美味しいものは食べたいだろう。今まであった料理ではなく、今まで食べた事のない料理。しかも、たぶん美味しい。
私はまだ作ってない料理がたくさんある。お醤油がないから数は多くないけど。なんちゃってだし。
ジェイや、今まで私の料理を食べたみんなが褒めてくれた。自信を持って取引しよう。これからこの世界で生きていくために、知識と技術と情報は私の武器だ。
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