異世界スロータイム
14話 プルヌス 3
ここに連れてこられて半月が過ぎた。私は情報収集のため領館内を歩き回って人々と親しくなったけど、最初の対面から一度もフラヴィオさんには会っていない。このままほっとくなら帰してくれてもいいじゃないか。なのに相変わらず見張りはいる。
もう少しかな〜。ひと月くらいたてば見張りもいなくなるかな?
なんて思っていたけど、色々話しているうちに、どうも脱出は難しいと思うようになってきた。
馬車で一日の距離は、徒歩ならどのくらいかかるか聞いてみた。体力にもよるけど、二日〜三日かかるらしい。馬車で四日なら、単純計算で十日くらい。これはまっすぐ道を進んでの事で、追っ手から逃げながらだともっとプラスされるだろう。
逃げる間に森に入る事もあるかもしれない。そしたら魔物もいるかもしれない。夜の野宿も一人では怖い。総合的に考えて、一人で脱出はかなり難しい。難しいというかムリだな。
そうとなったら作戦変更だ。
まずは、私が期待に応えられない無力な存在だとわかってもらう事。これは本当の事だから、フラヴィオさんが納得してくれればOKだ。でも最初のあの感じではどうだろう。
次に、私の価値を認めさせて交換条件をする事。価値といっても、フラヴィオさんに価値があると思ってもらわなければダメだけど。私には、お料理スキルと平成の知識くらいしかないからなぁ……。
何をすれば認められるんだろう。
考えたけど浮かばない。
だってフラヴィオさんに求められている力って何?  戦地に近いっていうんだし、やっぱ戦力かな?  そんなのないし!
そういえば読んでいた異世界ものでは、めちゃくちゃ強い魔法で敵を一掃するとか、一振りで一小隊薙ぎ倒すとか、みなさんド派手に活躍されていた。その方が盛り上がるっていうかね。
私には今のところラッキースキルさえ見当たらない。どうすりゃいいんだ〜!
答えの出ない問題を考えながら、さらに何日かたった。
相変わらず館内を歩き回っている。他にやる事もないからね。
あ、ひとついい事があった。ステラさんね、まだ何日かしかたってないのに症状が軽くなってきたんだって。早いな!
お薬を飲んだ事がないって言ってたから効きがいいのかもしれない。
お薬どころか、お医者にもかかった事がないんだって!  この国、というか、この世界がなのかな?大丈夫か?
そういえばジェイが平均寿命は四十年くらいとか言ってたもんね。長寿で。
病気やケガですぐ死ぬって言ってたしね。医療も進んでないのかもしれない。私も気をつけよう。医療の知識なんてないし。うがい手洗い、風邪の時はビタミンをたくさんとる!  くらいしか知らないもんね。
洗濯場のおばちゃんはみんな似たような年齢で、という事は、多かれ少なかれ何かしら身体に不調をもっている。ホルモンバランスが崩れてくるお年頃というヤツで、確かイソフラボンがいいとお母さんが言っていた。我が家の冷蔵庫にも常に豆乳があった。私も牛乳より好きだった。
そういう事なんだろか?  そういう事なら豆乳がおすすめかもだけど、この世界に来て豆乳を見た事はなかった。ないなら作ってみればいいんだけど、私は作り方を知らない。
大豆を茹でて潰して絞る……  でいいのかな?
それとも潰してから煮て絞る……  わからない。
パックで売ってるのしか見た事ないもん。わからないなら両方やってみればいっか。
両方作ってみる。味気ないと飲みづらいから、少し塩味をつけてみた。本当は甘みの方がいいんだけど、お砂糖は高価なものだからと使わせてもらえなかった。
大豆も【物】物交換だ。交換といってもこの豆乳レシピだけど。料理長の奥さんもそういうお年頃だから、効能を説明したらノッテくれたのだ。愛妻家でよかった。
これを、ステラさんたち洗濯場のおばちゃんに味見してもらう。味が気に入ったら、後は自分で作ってもらう。材料は水と大豆と塩だけだから大豆と塩なら安価だし、冷蔵庫のない世界だから自分のペースで作って飲んだらいいと思う。
ハーブティや豆乳のおかげか?
まだ何日かたつうちに、だんだん皆さんの体調が良くなってきたようだ。気のせいかもしれないけど病は気からというし、いいような気がするというだけでもいい効果があると思う、単純な私。
親しくしているおばちゃんたちが少しずつ元気になった頃には、ここに連れられて来てからそろそろひと月になろうとしていた。
最初の変な作戦の区切りがひと月だったな〜と思ううちに、もう考えるのはやめた!  と、直談判する事にした。
最初からそうしてればよかった。もともと私は頭脳派ではないのだ。行動してから考える派。まぁちょっとは考えるけどさ。
という訳で、ケイトさんにフラヴィオさんに会って話がしたいと伝えてもらう。
ところがせっかくやる気満々?  話す気満々?  だったのに、フラヴィオさんは不在だという。戦地に近い砦に行ってるんだって。だからひと月近くも放っておかれたのか。
はぁ……  戦争ね……。
日本生まれの日本育ちの私には、戦争なんて想像もつかない。歴史で習ったけど、教科書に載っている歴史上の出来事としての認識しかない。
今回の戦はこの春から始まって、三ヶ月近く膠着状態なんだって。元々隣国と接している領地の中でも、プルヌスと相手国の領地は互いに攻め込みやすい地形になっていて、一年から二年に一回くらいの頻度で戦は起こっているんだとか。今のところ領主同士の戦にとどまっているけど、お互いに領地を取られたら相手国に攻め入る足がかりになるから負けられない戦だとか。
というような事を、ケイトさんは私にわかるように話してくれた。
ていうか、そういう情報って部外者の私なんかに話しちゃっていいの?  ちょっと心配しちゃう。
「ユアさんには正しい情報を知っていてもらった方がいいですからね。もちろん話せる事と話せない事はあるし、私も全て知っている訳ではないですけど。  ユアさんにはできれば助けになってほしいから」
「助けったって……  私、戦い方なんて知らないし、ろくにケンカもした事ないくらいだよ?  戦いならケイトさんの方が全然役に立つって」
ケイトさんには、ユア様付けから何とかユアさん付けにしてもらった。ちなみにおばちゃんたちからは、ちゃん付けで呼ばれている。ユア様とか、落ち着かないし。
「それでも、正しい情報は何かの時の役に立ちますから」
どうも転移者の存在って頑なに特別すぎる。このひと月くらいケイトさんとは一緒に過ごしているから、私が特別すごい人じゃないってわかったでしょうに。
助けね……。
それをしないと、解放してくれないんだろか。
フラヴィオさんとは会えなかったけど、別の方からお茶のご招待があった。女領主のラヴィーニアさんだ。どういったご用件だろう?  何の呼び出しかわからないけど、フラヴィオさんがダメならラヴィーニアさんに訴えてみよう。
案内されたラヴィーニアさんの私室は、品のいい家具と女性らしい柔らかな色彩の落ち着いた造りだった。高級そうなソファーもなかなか座り心地がいい。
目の前にいるラヴィーニアさんは、何ていうか……。
これぞ貴族のお嬢様というか奥様というか……。
奥様は奥様なんだけど、お嬢様といいたいような可憐な方だった。
薄い金色の髪は明るく輝いているようで、紫色の眼って初めて見たけど!これぞファンタジーだと思わせる、菫色って感じ。全体的に、フワフワしているような、妖精さんのような……。
ボキャブラリーのなさに、我ながらイヤになるけど、イメージ通りのお姫様って感じだった。
一目でラヴィーニアさんではなくて、ラヴィーニア様になる。
高貴な方って、どこの世界でも高貴なオーラなのね。今まで高貴な方と会った事ないけど!
ほぇ〜と見惚れている間に、メイドさんがお茶の用意をしてくれた。
庶民な私は高級なお茶とかわからないけど、何やらいい香りがしている。
メイドさんが下がると、ラヴィーニア様が先に声をかけてくださった。
「いらしてくれてありがとう。ラヴィーニア・プルヌスです」
「はじめまして、木崎優愛です。ユアと呼んでください」
私が見惚れている間、ラヴィーニア様も私を見ていた。ただしあちらは見惚れるんじゃなくて観察って感じだったけど。
「本当に黒い髪に黒い眼なのですね……」
それは独り言のようで、返事をすべきかちょっと迷ってしまう。
結局私は返事はせずに曖昧に笑った。日本人スマイルだ。
女領主として、ラヴィーニア様も忙しい身。さっそく本題になった。
「ここのところ使用人たちの話題に知らない名前がありました。調べさせましたら、どうやら転移者様らしいと。  皆の不調を治してくださってありがとうございます」
ふんわり笑顔も美人さんだな〜。女同士なのにうっとりしちゃう。
「いいえ、大したことはしてません。私は医師ではないので、気休めくらいな事ですよ」
私は慌てて言った。
「それでも皆は調子がいいようです。それは事実ですから。  私もちょうど皆と同じくらいの年齢です。健康でいられるためにどうすればいいか、ユア様にお聞きしたいとお出でいただいたのですよ」
この妖精さんのようなラヴィーニア様が、洗濯場のおばちゃんたちと同じくらいの歳!  うっそ〜!(おばちゃん失礼!)
イヤイヤ、じゃなくて!
ユア様きた!  高貴な方から様付け!  焦ってしまう!!
「ラヴィーニア様、ユアと呼んでください。様はいりません」
これ、この世界にきてから何度目のやりとりだろう。
生粋の日本人の私は、年上の人からの敬称は違和感ありまくりなのだ。
それからいつものやりとりがあって、何とか落ち着いて、やっと本題になった。
「私の生まれ育った国では、というか世界規模でかな?  健康の基本は、適度な運動と、栄養バランスのとれた食事と、良質な睡眠といわれています。  ラヴィーニア様は体調でお困りな事はありますか?」
ラヴィーニア様は、適度な運動と、栄養バランスのとれた食事と、良質な睡眠……  と低く繰り返している。
「それぞれは、どういう事なのでしょうか?  私は今までそのような事は聞いた事はありませんでした」
あら、そこからか。
とはいえ、私だって詳しくはない。生まれてたかだか十五年の、ただの学生だもんね。私は、私の知る範囲でと、何とか説明した。
それからご自身の不調には、冷え性と寝つきの悪さをあげられた。
冷えなら血行をよくすればいいのかな?  それならマッサージなんかいいかも。寝つきの悪さは、冷えが改善されれば少しはよくなるかもだし。やっぱりリラックス効果が一番じゃないだろか?
「ラヴィーニア様、今夜入浴される時に私を呼んでください。マッサージをしてみましょう。私のやり方を覚えてもらえば、明日からはメイドさんにやってもらえばいいですし。  では!  私はその他の支度があるのでいったん失礼します!  また後でまいります」
さて、忙しくなるぞ!
私は頭の中で色々計画しながら、足早に行動開始した。
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