未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

いつか作れるといいんだけど

 神殿の旗の色が青緑から朱に変わった。
 3歳の夏。雲ひとつない青空の下、カラッとした風が吹き抜いては草木の緑を揺らす。

「約束通り、今日から先生に来てもらうことになった」
「とうさん、ありがとう」
「うむ。しっかりと勉学に励むようにな」

 父さんは鋭い目をギラリと光らせ、俺を見た。
 実は今日から、俺に家庭教師がつくことになった。春の上旬に俺が両親に頼み込んだのだ。
 普段わがままを言わない俺の望みとあって、両親はどこからか先生を見つけてきてくれたらしい。

「大変でも、男なら一度決めたらやり通すことだ」
「うん、わかった」

 静かに頷く父さんは、厳格な魔道具職人。
 大工房の責任者でもあり、我が家の意志決定者だ。
 俺は父さんを見ながら、昨日の夜中にこっそり聞いた両親の会話を思い出していた。

『母さん、母さん』
『あなた、落ち着いてくださいな』
『母さん、息子は、リカルドは大丈夫かなぁ?』
『大丈夫ですよ、あの子はしっかりしています』
『でもだって、あんな小さいのに勉強なんて』
『大丈夫ですよ、あの子は早熟ですから』
『心配だ……あの方が先生でうまくやれるかなぁ』
『大丈夫ですよ、私たちの子供なんですから』
『そ、そうだよな……俺の息子だもんな……』
『うーん……そう言えば、あなたの息子でしたね』

 世の中、知らない方が良いこともある。父さんの威厳のためにも、ここは知らないフリを決め込もう。
 俺は黙ってパンを飲み込んだ。

 そんな俺の隣では、グロン兄さんとミラ姉さんが何やら言い合いをしていた。なんだか最近良く見る光景だ。

「リカルドは立派よね、リカルドは」
「……何か言ったか?」
「別に? 兄さんには何も言ってないけど」
「……ちっ」
「あら、何か言われるような自覚あるんだ」

 ミラ姉さんはまだ7歳だが、口では10歳のグロン兄さんを圧倒している。よくあんなにクルクルと舌が回るものだといつも感心する。

「兄さんさぁ、この調子じゃリカルドにすぐ追い抜かれちゃうんじゃないの?」
「……うるさいな」

 グロン兄さんはこの頃、魔道具職人の修行に行き詰まっている。そんな中、ミラ姉さんは兄さんを煽りに煽り、両親に嗜められては舌を出している。ここ最近はずっとそんなやりとりばかりだ。
 ミラ姉さんはクルッとこちらを向くと、俺の頬を突いた。

「ねぇねぇ、リカルドはなんで勉強したいの?」
「ほんをよみたいんだ」
「本? 絵本なら読んであげてるじゃない」
「とうさんのほん。いろいろ、しりたい」
「いろいろ知ってどうするの?」
「んーと……」

 勉強をしたい理由。
 説明が面倒なこともあるけど、シンプルなこともある。
 前の世界には存在せず、この世界にあるもの。

「まどうぐ、つくりたいんだ。とうさんみたいに」
「へぇ、そっかぁ」

 ミラ姉さんはニヤニヤしながら父さんを見る。
 父さんは「とにかくしっかりな」と言い残し、ゴツゴツした手で後頭部を掻きながら部屋を去っていった。表情が緩んで耳たぶが赤くなっていたことには触れないでおこう。
 前の世界では魔法も魔道具もなかったから、とにかく触ってみたかったんだ。研究のしがいがある。父さんやサルト兄さん達も楽しそうだし、それに……。

 やっぱり脳内に人工知能親友がいないと、寂しいもんな。
 いつか作れるといいんだけど。



 慌ただしい朝食の時間が終わり、しばらく。
 日の高くなった頃に家庭教師がやってきた。

「連れてくるから、待っていなさい」
「はい、とうさん」

 少しソワソワしながらリビングで待っていると、程なくして扉がガチャリと開いた。まず父さんが、その後ろから家庭教師が部屋に入ってくる。
 その姿に………………俺の思考が停止する。

 鋭い眼光。硬そうなクチバシ。黒い体毛。
 言うなれば、直立二足歩行のカラスだ。
 これは……。

「なんだよ、子守は俺の仕事じゃねぇぞ……」
「しゃ、しゃべった!?」
「お、おぅ? なんだ藪から棒に」
「ごめんなさい。トリさんとはなすの、はじめてで」

 彼は俺をギロっと睨むと、ため息をついた。
 ゆっくりとしゃがみ、俺に視線を合わせる。

「はぁ……お前名前は?」
「リカルド・リバクラフです」

 先生は左手を出すと、俺の左手を掴んで上下に振った。
 俺は父さんをチラリと見た。威厳のある表情でウンウンと頷いている。

「俺は竜族のカ・ルーホだ。ルーホ先生、と呼べ」
「はい、ルーホ先生」
「今日からお前は俺の生徒だ、リカルド」
「はい、よろしくおねがいします」
「俺の言うことをちゃんと聞けよ?」

 見た目に度肝を抜かれたけど。
 なんだ、優しそうな先生じゃないか。
 ルーホ先生は、どんなことを教えてくれるんだろう。
 俺はワクワクしながら先生を見た。
 先生は俺の顔を覗き込みながら言った。

「最初の授業は、竜族についてだ。いいか、竜族に対して鳥だのトカゲだのと言うのは侮辱だ。それとな、竜族はどの種族よりも誇り高い。誇りだけじゃない、能力だって至高よ」

 先生はおもむろに背負袋から木の棒を取り出す。
 なんだろう……目が笑っていない。

「だからなぁ、そんな竜族を侮辱したものは報いを受けなければならない。たとえ子供であってもな。ははは……てめぇ、よくもこの俺を鳥扱いしてくれたなぁ……」

 ピシャリ。
 左手に持った棒を、思い切り床に叩きつけた。
 うわぁ。

「……庭を12周、走れ。全速力でだ」

 周りを見る。
 気がついたら父さんがいない。
 どこにいったのだろう。

 その後、俺は広い庭をヘトヘトになるまで走らされた。
 3周で力尽きた。

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