未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

血肉になるまで定着させるのが勉強だ

 神殿の旗の色が朱から白に変わった。
 木の葉は少しずつ色づき始めていて、風も少しずつ冷たくなってきている。
 3歳の秋。この世界に生まれてもうすぐ丸2年になる。

 ルーホ先生の授業は、夏の90日ほどをかけて基礎的なカリキュラムをみっちり行った。

 語学の授業では、ロムル語と共通語の勉強。
 24文字からなる共通文字を覚えた後は、ひたすらに本の音読をした。
 単語によって変則的な読み方があったり、よく分からない構成の文もあったけど、特に体系立った理論を教わることはない。丸一冊を暗記するほどひたすらに読み続け、実例を体で吸収していく学習方針だ。
 ちなみに、ロムル語はこの地域の人族が普段使っている言葉。一方の共通語は、どの種族も発音・聞き取りがしやすいように神殿が制定した言語だ。

「お前、覚えるのが早すぎるぞ……内容を知っている様子はないが、勉強のコツは分かっているようなスピードだ」

 などと言われたけど、前の世界では必修で11言語ほど、研究分野次第ではさらに数言語は皆が普通に使えたから、ようはやり方の問題なのだと思う。

 次に計算の授業。これは少し戸惑った。
 というのも、この世界では十二進法が一般的に使われているため、十進法をベースにした前の世界の数学知識がすごく邪魔だったのだ。
 仮に数字を0~9、a、bの12文字で表現する。

 そうすると
  2 × 6 = 10
 になったり、
  10 ÷ 3 = 4
 になったりする。
 身につくまでケアレスミスを連発した。

 これも、数字を暗記したあとはただひたすらに四則演算をし続けた。
 何も考えなくても反射的に答えが出るほど血肉になるまで定着させるのが勉強というものだ、というのがルーホ先生の言葉。俺もそれは正解だと思う。
 ちなみに、3で割っても4で割っても割り切れる十二進法は、思いの外使い勝手が良かった。

 そうそう、語学、計算の他には運動もしていた。
 勉強休みと称しては庭を走らされたんだけど、「休み」という名目にしてはなかなかにハードだった。工房にいる職人、弟子、職人奴隷などの兄さんたちは庭を走る俺をよく応援してくれた。
 頑張れば12周は走れるようになったから、多少は持久力がついたと思う。

 語学も計算も運動も、まだまだ訓練は必要。
 でも、基礎は概ねできてきたようだ。
 そろそろ次の段階に進む頃らしい。


 そんなわけで、秋のはじめの日。
 俺はルーホ先生とともに今後の授業方針について話をしていた。

「リカルド。お前、友達とかいないのか?」
「……なんですか、先生」

 授業とは関係ない話が始まった。

「いや、毎日勉強漬けだからな。授業のない時間に家から出て遊びに行っている様子もないだろう。なんというか、3歳といったら通常は近所の兄さん姉さんに手を引かれて遊んでいる時期だと思うが……」
「うーん、たしかにそういうのはないですけど」
「友達は?」
「いないですね」

 工房の兄さんたちは友達とは違うし。
 実は、何度か家の外には遊びに出ていて、近所の子供と顔を合わせたこともある。
 ただ、同じくらいの年の子は一緒に遊ぶというより「同じ空間でバラバラに遊ぶ」といった様子だ。
 少し年上の子とも春くらいに遭遇したんだけど、積極的に仲良くしたい性格でもなかったからスルーしてた。

『初めて見る顔だな。お前、仲間に入れて欲しかったら家から菓子でも持ってこいよ』

 そんなことを言って、脂肪の多い体で取り巻き2人とゲラゲラ笑っていた。まるでアニメ作品に出てくるガキ大将のようだ。
 特に菓子折りを持っていったりはしなかったけど。

「ガキ大将は置いておいてもいても、友達はもう少し作っといた方がいいんじゃないか」
「そうですか?」

 別に「友達を作ろう」って無理して行動する必要はないと思うけどなぁ。普通に人生を歩む中で自然と人とは触れ合うものだろうし、結果的に仲良くなったら友達になると思うし。
 逆に無理して友達を作ろうとして、余計なことを考えてしまうほうが本当の友達になれない気がするけど。

「ふむ。お前の考えは、竜族のそれに近いものがあるな」
「そうですか」
「ただ、お前はいささか優秀すぎる。竜族の同じ年の子供と比べても、お前ほどできるやつはそういないもんだ。そういうやつは……なんというかな、何気ない一言が嫌味として捉えられたりして、な。放っておくと孤立しがちなんだよ」

 それは少しわかる。
 先生は純粋に俺の孤立を心配してくれている。
 頭を掻きながら話すルーホ先生の言葉は、なんだか実感がこもっていた。プライドの高い竜族だから、これまでもいろいろな経験をしてきているんだろうな。

「それでだ。基礎勉強は続けるとして、秋の授業は少し家の外に出よう。お前にはお前の考えもあるだろうから、無理に友達を作れとは言わない。ただ、いろんな人と話をすることもまた勉強だ」
「はい、わかりました」

 これまでは、出かけても近場だった。
 親も忙しいから、なかなか外出もしないし。

 明日は先生が街を案内してくれるそうだけど、いったいどんな場所があるんだろう。
 その日の俺は、旅行の前日のようなソワソワした気持ちで、眠りに落ちるのにいつもより時間がかかった。

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