未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

全く役に立たなかった

 春になり、俺は5歳になった。
 ミラ姉さんは9歳、グロン兄さんは12歳だ。母さんのお腹の子も順調に成長し、もういつ生まれてもおかしくない状態になっている。

 外は天気もよく、いろいろな花も咲き始めていた。

「はぁ……」

 兄さんが何度目かになるため息をついた。俺とミラ姉さんは顔を見合わせて首をひねる。
 母さんは、食の進まない兄さんを心配そうに眺めた。

 どうしたんだろう。
 ひとまず、俺が聞いてみよう。

「兄さん、何か悩み事?」
「ん? いや、特に悩みはないぞ」
「でも、最近ため息ばかりついてるよ」
「そうだったか? すまない、疲れが溜まっているのかもしれないな」

 そう言うと、またため息をついてはボーッとしている。一応、魔道具職人の修行については行き詰まってはいないそうだから、前と似たような悩みではないんだろうけど。

 グロン兄さんが紅茶を口に含んだところで、ミラ姉さんが思いついたように呟いた。

「兄さん……想い人はどんな娘なの?」

 兄さんはブホッと紅茶を吐き出す。

 俺はむせる兄さんの背中を叩きながら、ミラ姉さんを見る。
 やっぱり恋ね、と言って胸を張る姉さんを、母さんが嗜めていた。家事奴隷のお婆さんが布巾を持ってきて床を掃除する。心なしかお婆さんの顔も笑っていた。

「ミラ、そんな顔しないの……正解のようだけど」
「ごめんなさい、すごく分かりやすい反応だったものだから、つい」
「か、かか勝手なこと言うな!」
「あぁ、私のお義姉様はどんな人なのかしら……チラッ」
「んぐっ……」

 なるほど、それでずっとぼんやりしてたのか。
 ある意味納得だけどさ。

 わからないのは、今現在身の回りに、それほど出会いってものがないと思うんだ。
 特に兄さんは、去年はずっと職人の修行や研究をしているか、貴族の会合に忙しなく参加していた。それどころじゃないと思うんだけど。

 近くにいる、身内以外の女性と言えば。

 家事奴隷のお婆さんが目に入る。
 家事奴隷のお婆さんが微笑んでいる。

 俺は戦慄する。

「兄さん……」
「リカルド、たぶんお前の想像は間違っている」

 なぜそこに行き着いた、と兄さんが脱力した。
 違ったか。

 ミラ姉さんは根掘り葉掘り聞く姿勢だ。
 ニヤニヤして兄さんにまとわりついている。
 兄さんは懸命に抵抗する。
 これは白状するまでしつこそうだ。

 そんな中、母さんがボソッと呟いた。

「あ、生まれそうだわ」

 数秒。
 俺たちは静止した。
 お互いの顔を見る。
 ど、どうしよう。

「お産婆さんを、呼んできてくれるかしら」

 その言葉に、俺たちは走り出した。
 俺は別館で待機する産婆さんを呼びに。
 姉さんはキッチンでお湯を沸かしに。
 兄さんは工房にいる父さんを呼びに。



 家中が騒がしくなった。
 バタバタと時が過ぎた。

 俺は落ち着かず、右往左往した。
 キッチンに行き、果実水をコップに入れた。
 それを母さんのもとへと持っていく。

 父さんと兄さんも同じコップを持っていた。

「ふふ。三人とも少し落ち着いて」

 母さんは可笑しそうに肩を揺らした。
 そして、時折辛そうな顔を浮かべた。


 辛そうな顔をする間隔がだんだんと短くなっていき、ついに俺たち男は部屋の外に出された。
 姉さんだけが、母さんに寄り添っていた。

 窓の外は暗い。
 俺たちは無言で、誰も眠らない。
 一秒が千日のように過ぎる。
 それでいて、数時間が一瞬で過ぎた。


 大丈夫なはずだ。
 順調に育っているって聞いていた。
 でも、この世界の医療レベルは低かったよな。
 出産で母子が無事な割合ってどの程度なんだろう。

 答えのない問いを繰り返す。



 空がほんのり白くなってきた頃。
 小さく弱々しい泣き声が家に響いた。
 部屋の扉が開く。

「生まれたわ、女の子よ。母さんも元気だし、問題ないだろうって」

 俺たちは大きく息を吐くと、その場にへたり込んで互いの顔を見合わせた。

 あぁ、俺たち、全く役に立たなかったな。
 小さく苦笑いをしながら、産婆さんが呼びに来るのを揃って待っていた。


 しわくちゃの顔で寝ている妹は、とても可愛かった。
 じわじわと喜びが込み上げてくる。
 父さんが、フローラ、という名前をつけた。

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