未来人は魔法世界を楽しく魔改造する
気にしすぎても仕方ない
例年、成人式は春の下旬に行われる。
みな各地の神殿に集まって神官の説法を聞き、パーティーを開催して祝い合う。貴族と平民は別日だけど、内容は大きく変わらないらしい。
ただ、王都の貴族成人式だけは規模が段違いだ。
俺たち王都に暮らす下級貴族の他に、上級・中級貴族は地方ではなく王都で成人式に参加するのが通例。偉い人が大集合するイベントなのだ。
ミラ姉さんは真新しいドレスを着てご機嫌そうにしている。お気に入りらしいけど、確かによく似合ってるな。
「リカルド、あそこにいるのが上級貴族タイゲル家の当主よね」
「そうみたいだね。噂通り白い髪……女の子にばかり声をかけているのも噂通りだ」
兄さんは神殿で説法を受けている。
神殿前の広場では、新成人の家族たちが簡単な立食パーティーを行っていた。祝いの場だから政治絡みの話はそれほど行われないけど、なにせメンバーの身分が高いからみんなソワソワしていた。
我が家は成り上がりの下級貴族。
それほど目立つような立場ではない、と思っていたんだけれど。
「これはこれは、クロムリード殿。貴殿の作られた車椅子は本当に素晴らしいですなぁ。新モデルにしてから、乗り降りが楽になったと我が母も機嫌が──」
「新作の魔導ペンだが。あの中身は魔導インクでなくて通常のインクでも問題なかろうか。我が配下の筆記具職人協会から突きが来てな。ついては──」
「ご子息が発表されているいくつかの音魔法陣ですがなぁ。是非あれの研究に加わりたいと、うちの三男が──」
「いやはやクロムリード殿。驚きましたぞ、あの保冷倉庫の新作──」
来るわ来るわ、次から次へと名だたる貴族の面々。中級貴族も数人が父さんに話しかけてくるし、下級貴族でも歴史の長い名家から声がかかる。
すべてが好意的な話ではなかったし、巧みに自分の派閥に取り込もうとする声もあった。でも、父さんは思いの外のらりくらりとしながら堂々と振る舞っている。
そんな父さんを横目に見ていると、以前マナー講師をしてくれたマリエールさんが別の方向から歩いてくるのが見えた。
「ふふ、二人とも貴族らしくなったじゃない」
「あら、マリエールさん。ごきげんよう」
「ごきげんよう、ミラさん。お母様のご体調はその後いかが?」
「えぇ、お陰様で変わりなく。今日は妹のフローラと一緒に留守番をしておりますわ。今度顔を見にいらして?」
「うふふ、近いうちにぜひ」
二人とも気持ち悪いくらい芝居がかったやり取りで楽しそうに遊んでいるが、このパーティーの場ではさほど違和感がない。
グルッとあたりを見渡す。
すごい人数だけど、ここにいる全員が揃って芝居がかった振る舞いを意識してるということだろうか。冷静に考えると、なかなかに滑稽な構図だ。
そんなことを考えて、俺は一人ニヤニヤしながら過ごしていた。
パーティーも終盤。
壁際であくびをする俺のもとに、一人の貴族が話しかけてきた。
「クロムリード家のリカルドくんかな」
「えぇ。失礼ですが、あなたは」
「挨拶が遅れたね。はじめまして、サルソーサス家の当主、サーダという者だよ」
「北の中級貴族の方ですね。これは、お顔を存じ上げず失礼を。クロムリード家の次男、リカルドです」
「よく家名を知っていたね。噂に違わず聡明な子だ」
子供らしい表情を繕いながら警戒する。
俺自身、魔道具開発などでいろいろと動いてはいるが、表面上は父さんの顔を借りて活動している。それに5歳の子供が動いているなどと聞いても普通は信じないだろう。
俺を狙って話しに来る。
つまり、誰かかから「5歳の次男が聡明だという情報」を得ているということだ。
考えられるルートはいろいろとあるけど。
「君も辛い立場だな。こんなに優秀なのに、君の功績は全て父上と兄上に献上しているんだろう?」
「はぁ……」
「例えば、君の能力を存分に活かせる場所があるとしたら、行ってみたいと思わないかい?」
「……どういうことですか?」
遠回しな勧誘、かな。
彼は俺の顔を覗き込みながら、勝手にうんうんと頷いている。なんなんだろう、こちらの質問には答えてくれないし。
怪しい。
少し探ってみようか。
「ところで、そちらに行った彼は元気ですか?」
「……なんのことかな」
一瞬の動揺。あたりかな。
彼とは誰のことか、とも聞かれない。
弟子のヘゴラ兄さんが失踪した時から、どこかでこういう接触があるんじゃないかと思っていたんだ。持ち去った魔法陣の研究資料やヘゴラ兄さんの証言があれば、俺が賢いという話にも信憑性が出る。
それにしても、ヘゴラ兄さんは無事なんだろうか。
「兄のように慕っていた人がいなくなって、心配していたんですよ。家族もみな、優秀な彼にいろいろと頼っていた部分がありますからね。彼に何かあったらと、皆心配して何日も眠れず、ご飯も喉を通らずに……」
「おやおや、弟子一人にずいぶん大げさなことですな」
「あれ──」
おかしいな。
「私、弟子なんて言いましたか?」
「あ、いや……」
こんなのに引っかかるなんて……。
本格的な引っ掛けはこのあとの予定だったのに。
相手が子供だからって油断しすぎだ。
北の中級貴族、サルソーサス家。
ヘゴラ兄さんを連れ去ったのはこの家の関係者だろう。単独犯なのか、裏に誰かいるのか。ひとまずこのことは父さんに報告して、ドルトン家に相談だ。
「いえ、失礼しました。ただ、我が家の弟子がサルソーサス家に拐われた、などとあらぬ噂を立てられては、貴殿も面倒でしょう」
「う、うむ」
「ここはひとつ、取引と行きませんか」
「……取引?」
腐っても中級貴族当主。
この人はどの程度の立場なんだろう。
「父からこう伝えるように言われております。弟子ヘゴラの無事を確認したい。彼の状態に応じて価格を設定し、高額で買い取りましょう。以降、我が家への余計な詮索をしなければ、それ以上ことを荒立てることもしません。いかがです? あなたに不利益はない、破格な取引かと思いますが」
「……すぐには決められん。持ち帰らせてくれ」
即決はできない、か。
裏に誰かいるのか、組織内で力が弱いのか、単純にもう返せる状態じゃないのか。
あぁ、相手がドルトン家傘下の下級貴族だったら一番対処が楽だったのにな……せめて西のタイゲル家の傘下であればドルトン家にお願いして内々になんとかできたかもしれないけど。北だもんな。
仮に、サルソーサス家が単独犯でないとすると、寄り親である北のトータス家も何か絡んでいるかもしれない。上級貴族が絡むと話が複雑になりそうだ。
肩で風を切り去っていくサルソーサス家当主の背中を見ながら考える。相手次第ではいよいよ俺の身も危なくなるかもしれないな。
最悪は拐われて飼い殺されるか、利害関係者に消されるか。それまでに、いろいろと手を打てるといいんだけど。
「面倒だなぁ……でもほんと、ヘゴラ兄さん無事かな」
何事もなく幸せに暮らしていましたとさ、だったらいいんだけどな。
新成人達が神殿から出てきた。
グロン兄さんも、最近付き合いのある下級貴族の友人と雑談しながら階段を降りてくる。表情は明るい。
俺は前の世界から生まれ変わって、親兄弟というものを初めて知った。結婚して自分で築く家族とはまた異なる、掛け替えのない大切な存在だ。家族に手は出させないように、できる限り手は尽くしていこう。
「おかえり、グロン兄さん。成人おめでとう」
まぁ、気にしすぎても仕方ない。
可能な限り手を打って、あとはなるようになれ、だ。
みな各地の神殿に集まって神官の説法を聞き、パーティーを開催して祝い合う。貴族と平民は別日だけど、内容は大きく変わらないらしい。
ただ、王都の貴族成人式だけは規模が段違いだ。
俺たち王都に暮らす下級貴族の他に、上級・中級貴族は地方ではなく王都で成人式に参加するのが通例。偉い人が大集合するイベントなのだ。
ミラ姉さんは真新しいドレスを着てご機嫌そうにしている。お気に入りらしいけど、確かによく似合ってるな。
「リカルド、あそこにいるのが上級貴族タイゲル家の当主よね」
「そうみたいだね。噂通り白い髪……女の子にばかり声をかけているのも噂通りだ」
兄さんは神殿で説法を受けている。
神殿前の広場では、新成人の家族たちが簡単な立食パーティーを行っていた。祝いの場だから政治絡みの話はそれほど行われないけど、なにせメンバーの身分が高いからみんなソワソワしていた。
我が家は成り上がりの下級貴族。
それほど目立つような立場ではない、と思っていたんだけれど。
「これはこれは、クロムリード殿。貴殿の作られた車椅子は本当に素晴らしいですなぁ。新モデルにしてから、乗り降りが楽になったと我が母も機嫌が──」
「新作の魔導ペンだが。あの中身は魔導インクでなくて通常のインクでも問題なかろうか。我が配下の筆記具職人協会から突きが来てな。ついては──」
「ご子息が発表されているいくつかの音魔法陣ですがなぁ。是非あれの研究に加わりたいと、うちの三男が──」
「いやはやクロムリード殿。驚きましたぞ、あの保冷倉庫の新作──」
来るわ来るわ、次から次へと名だたる貴族の面々。中級貴族も数人が父さんに話しかけてくるし、下級貴族でも歴史の長い名家から声がかかる。
すべてが好意的な話ではなかったし、巧みに自分の派閥に取り込もうとする声もあった。でも、父さんは思いの外のらりくらりとしながら堂々と振る舞っている。
そんな父さんを横目に見ていると、以前マナー講師をしてくれたマリエールさんが別の方向から歩いてくるのが見えた。
「ふふ、二人とも貴族らしくなったじゃない」
「あら、マリエールさん。ごきげんよう」
「ごきげんよう、ミラさん。お母様のご体調はその後いかが?」
「えぇ、お陰様で変わりなく。今日は妹のフローラと一緒に留守番をしておりますわ。今度顔を見にいらして?」
「うふふ、近いうちにぜひ」
二人とも気持ち悪いくらい芝居がかったやり取りで楽しそうに遊んでいるが、このパーティーの場ではさほど違和感がない。
グルッとあたりを見渡す。
すごい人数だけど、ここにいる全員が揃って芝居がかった振る舞いを意識してるということだろうか。冷静に考えると、なかなかに滑稽な構図だ。
そんなことを考えて、俺は一人ニヤニヤしながら過ごしていた。
パーティーも終盤。
壁際であくびをする俺のもとに、一人の貴族が話しかけてきた。
「クロムリード家のリカルドくんかな」
「えぇ。失礼ですが、あなたは」
「挨拶が遅れたね。はじめまして、サルソーサス家の当主、サーダという者だよ」
「北の中級貴族の方ですね。これは、お顔を存じ上げず失礼を。クロムリード家の次男、リカルドです」
「よく家名を知っていたね。噂に違わず聡明な子だ」
子供らしい表情を繕いながら警戒する。
俺自身、魔道具開発などでいろいろと動いてはいるが、表面上は父さんの顔を借りて活動している。それに5歳の子供が動いているなどと聞いても普通は信じないだろう。
俺を狙って話しに来る。
つまり、誰かかから「5歳の次男が聡明だという情報」を得ているということだ。
考えられるルートはいろいろとあるけど。
「君も辛い立場だな。こんなに優秀なのに、君の功績は全て父上と兄上に献上しているんだろう?」
「はぁ……」
「例えば、君の能力を存分に活かせる場所があるとしたら、行ってみたいと思わないかい?」
「……どういうことですか?」
遠回しな勧誘、かな。
彼は俺の顔を覗き込みながら、勝手にうんうんと頷いている。なんなんだろう、こちらの質問には答えてくれないし。
怪しい。
少し探ってみようか。
「ところで、そちらに行った彼は元気ですか?」
「……なんのことかな」
一瞬の動揺。あたりかな。
彼とは誰のことか、とも聞かれない。
弟子のヘゴラ兄さんが失踪した時から、どこかでこういう接触があるんじゃないかと思っていたんだ。持ち去った魔法陣の研究資料やヘゴラ兄さんの証言があれば、俺が賢いという話にも信憑性が出る。
それにしても、ヘゴラ兄さんは無事なんだろうか。
「兄のように慕っていた人がいなくなって、心配していたんですよ。家族もみな、優秀な彼にいろいろと頼っていた部分がありますからね。彼に何かあったらと、皆心配して何日も眠れず、ご飯も喉を通らずに……」
「おやおや、弟子一人にずいぶん大げさなことですな」
「あれ──」
おかしいな。
「私、弟子なんて言いましたか?」
「あ、いや……」
こんなのに引っかかるなんて……。
本格的な引っ掛けはこのあとの予定だったのに。
相手が子供だからって油断しすぎだ。
北の中級貴族、サルソーサス家。
ヘゴラ兄さんを連れ去ったのはこの家の関係者だろう。単独犯なのか、裏に誰かいるのか。ひとまずこのことは父さんに報告して、ドルトン家に相談だ。
「いえ、失礼しました。ただ、我が家の弟子がサルソーサス家に拐われた、などとあらぬ噂を立てられては、貴殿も面倒でしょう」
「う、うむ」
「ここはひとつ、取引と行きませんか」
「……取引?」
腐っても中級貴族当主。
この人はどの程度の立場なんだろう。
「父からこう伝えるように言われております。弟子ヘゴラの無事を確認したい。彼の状態に応じて価格を設定し、高額で買い取りましょう。以降、我が家への余計な詮索をしなければ、それ以上ことを荒立てることもしません。いかがです? あなたに不利益はない、破格な取引かと思いますが」
「……すぐには決められん。持ち帰らせてくれ」
即決はできない、か。
裏に誰かいるのか、組織内で力が弱いのか、単純にもう返せる状態じゃないのか。
あぁ、相手がドルトン家傘下の下級貴族だったら一番対処が楽だったのにな……せめて西のタイゲル家の傘下であればドルトン家にお願いして内々になんとかできたかもしれないけど。北だもんな。
仮に、サルソーサス家が単独犯でないとすると、寄り親である北のトータス家も何か絡んでいるかもしれない。上級貴族が絡むと話が複雑になりそうだ。
肩で風を切り去っていくサルソーサス家当主の背中を見ながら考える。相手次第ではいよいよ俺の身も危なくなるかもしれないな。
最悪は拐われて飼い殺されるか、利害関係者に消されるか。それまでに、いろいろと手を打てるといいんだけど。
「面倒だなぁ……でもほんと、ヘゴラ兄さん無事かな」
何事もなく幸せに暮らしていましたとさ、だったらいいんだけどな。
新成人達が神殿から出てきた。
グロン兄さんも、最近付き合いのある下級貴族の友人と雑談しながら階段を降りてくる。表情は明るい。
俺は前の世界から生まれ変わって、親兄弟というものを初めて知った。結婚して自分で築く家族とはまた異なる、掛け替えのない大切な存在だ。家族に手は出させないように、できる限り手は尽くしていこう。
「おかえり、グロン兄さん。成人おめでとう」
まぁ、気にしすぎても仕方ない。
可能な限り手を打って、あとはなるようになれ、だ。
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