未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

優しい人だな

 6歳の春も下旬になり、暖かい日が続いていた。
 俺は今ドルトン家の一室にいる。

 兄さんの想い人であるマールディアさん。
 彼女は現在、布一枚を体に巻きつけただけの状態で俺のことを見つめている。
 その後ろには、同じ格好をした三人の少女が椅子に座っていた。マールディアさんの世話役の少女たちだ。

「すぐに終わります。楽にしていて下さいね」
「はい。よろしくお願いします」

 俺は一冊の本を取り出すと、テーブルの上に置いた。表紙の魔法陣に魔石を乗せる。

 魔導書グリモワール
 前世の論理と今世の魔道具をもとに作成した魔導コンピュータだ。

 ミラ姉さんが改良した魔導インクを使うことで、最低限の機能を持つ正式版として完成した。まだまだ改良の余地はあるが、俺の今後の魔道具作りの中核を担う重要な道具だ。

 本の表紙には8つの接続口が開いていて、様々な魔導機器を接続できるように設計している。今日はこれに、モノクロ表示のみの試作モニタ、簡易なキーボード、ポインタと体内命力測定器を接続している。

「どこか体でお辛いところは?」
「肘が少し曲げづらいかもしれませんわ」

 エディタアプリを起動。
 メモリキューブにアクセスして、マールディアさんの体調を記録しているファイルを読み込む。キーボードを叩いて今日の日付を入力した。

「では、ちょっと見てみますね」

 俺は魔導書グリモワールに有線で繋がった体内命力測定器を手に取る。マールディアさんは体に巻きつけた布を取り去り、一糸まとわぬ姿になった。
 体の主要な関節付近に測定器をあてる。その状態で測定器のボタンを押すと、体の各部に溜まった命力量の数値データがテキストとして入力される。たったそれだけの簡単な装置だ。順番通りに計測を続け、今日のデータを収集する。

「ざっと見ました。右膝に痛みはありませんか?」
「そういえば、多少違和感が」

 再び布を纏ったマールディアさんと、数値を見ながらあれこれ話をする。


 魔力硬化症。
 マールディアさんや奴隷少女達が患っている病気だ。一般には魔力が溜まる病気と言われているが、実は魔力ではなく命力が体内に過剰に蓄積する病気である。
 放っておくと関節や筋肉がどんどん固くなっていき、いずれ心臓まで達すると死に至る。

 対策として、空になった魔石に触れていると体への蓄積速度が多少は鈍化することが分かっている。また、魔道具の利用などで一時的に命力を消費することも効果はある。
 いずれも金持ちにしか縁のない方法だし、一日中そうしているわけにもいかない。それに、どうやっても命力を消費するより溜っていく方が速い。

 過去に最長で生きた人は、暇さえあれば庭にファイアーボールの魔道具を撃ち続けたらしいけれど、それでも24歳で命を落としている。そもそも、ファイアーボールを撃つだけの人生など望む人もいないだろう。


 俺はキーボードをカタカタ打ちながら、奴隷の少女たちの体調を順にチェックしていく。彼女たちはドルトンさんが集めた奴隷たちで、これまでも効果的な治療方法を探るための被験者になっていた。今も数値を図りながら様々な方法を試してはいるが、未だ効果的な手段は見つかっていない。
 投薬でもできれば良いのだろうが、あいにく俺はそちらの知識もない。

「今回の結果で、光のネックレスを常用している方が、空になった魔石を持ち替えながら過ごすより効果が高いことが分かりました。全員これに切り替えた上で、各種の案を併用して行きましょう」

 正直、どの案も劇的な効果は生んでいない。
 複数の魔石で急激に命力を吸っても気分が悪くなるだけだし、命力を通しにくいフィルタ付きのマスクは息苦しくて耐えられない。結局はどれも蓄積速度が多少緩やかになる程度だった。
 それでも、俺が不安な顔をするわけにはいかない。

「データを見ると、いろいろな傾向が分かってきましたね。また10日後まで頑張っていきましょう。このあとグロン兄さんも来ますから、皆さん服を着てくださいね」

 みんなにそう言い残し、俺は部屋を出た。
 兄さんは今日、新作の楽器魔道具を持ってくるんだったな。既に様々な音色を再現できていて、甲殻族のお墨付きももらっているはずだ。
 俺は結果を持ってドルトンさんの執務室へと向かう。


 ドルトンさんは、マールディアさんの診察に合わせて在宅してくれている。領地管理も含め実務の多くは既に独立した四人の息子さん達に任せているようだ。
 部屋に入ると、随分とにこやかに俺を出迎えてくれた。

「やあ、リカルドくん。よく来たね」
「どうも。今日は暑いですね」

 俺の前に氷の浮いたお茶が運ばれてくる。同じものがドルトンさんの前にも置かれている。
 溶けた氷がカランと小気味いい音を立てた。

「魔導製氷機、だったね。これマジでちょーいいよ」
「本当ですか。確かにかなり多くの方が買っていってますけど……冷凍庫でも氷は作れますし」
「うん、従来の冷凍庫は維持費がね……必要なとき、必要なだけ氷を作れるって、いいよ。今年の夏はマジで暑くなりそうだし」

 正直、思った以上の売れ行きに驚いている。

 冷蔵庫や冷凍庫といった魔道具は以前から存在している。ただ維持費がネックだ。大きい魔石を次々と交換する必要があるため、それこそ裕福な貴族や大商人にしか利用されていない。
 冷やし方も、気圧を操作して作られた冷たい場所に長時間放置する原始的な方式である。当然、水は凍ると膨張するわけで、瞬冷しなければ細胞が破壊されて食材は劣化する。

 前の世界のように電子レンジに「冷やす」ボタンがあるわけでもないからね。

 遠隔地では味の落ちたものしか提供できない。それに不満を感じて、俺は以前から瞬冷処理を再現しようと試みていた。
 その実験の中で生まれたのがこの魔導製氷機である。欲しい氷の量に合わせてダイヤルを調整すれば、最低限の魔石消費だけで数秒で氷を作れる。

 前に発売した保冷倉庫と合わせて、製氷機は結構な人気を博していた。


 お茶を飲みながら、なんとなく友達のようなノリでのんびりと雑談をする。製氷機のこと、最近王都で見かける虫のこと、獣族農家の野菜のこと、話題は尽きない。
 つい忘れそうになるけど、うちを庇護する中級貴族の当主なんだよなぁ。

「ずいぶんと脱線しましたね。では、マールディアさんの病状を説明します」
「うん、よろしくね」

 俺は魔導書グリモワールを起動する。
 今日取得したデータを追記し、過去分を含めて折れ線グラフを作る。持ってきていたプリンタを接続して、紙に出力。ポケットから赤いペンを取り出し、書きながら説明する。

「今回の平均命力量はここです。前回より増加量は抑えられました。他の三人のパターンと比較すると、光のネックレスでの命力消費の効果だと思われます。次回はこれをベースに──」

 生活の注意点、次回の目標数値を伝える。グロン兄さん、ミラ姉さん、レミリアと出し合った案をいくつか話しながら、今後の治療方針を打ち合わせた。
 ドルトンさんは深く頷く。

「こんな風に数値で話せると、違うもんだなぁ」
「そうですか」
「マジでね……他の医者はさ、根拠のない気休めしか言わんのよ。最近は体調も良さそうですね、なんてさ。僕が知りたいのは、現実なんだ。それがどんなに辛くてもね」

 ドルトンさんはお茶を一口流し込む。
 ふぅ、と息を吐いて、俺を見た。

「君たち家族は優秀だ。ここだけの話、古い家ほど使えないヤツが多くてさ……クロムリード家は全員、マジで頭一つ二つ飛び抜けてるよ」
「あはは、ドルトンさんからそう言っていただけるとみんな喜びますよ。特に兄さんは」
「……グロンくんね。まぁ、彼も優秀なのは認めるけどさぁ」

 ドルトンさんの顔が大きく歪んだ。
 父親としては、マールディアさんとの仲がいいのがかなり悔しい。いつもそうやって俺に漏らしている。
 ただ、本当は他にもいろいろ思うところがあるんじゃないだろうか。

「マールディアはいい娘だ。昔なんかは、パパと結婚するんだ、なんて言って周囲を困らせたものだよ」
「……そうなんですか」
「どんなに辛くても、周囲にそんな顔は見せない。本当にな、本当にいい娘なんだよ」

 そう言って、お茶のコップをテーブルに置く。
 カラン、と氷が揺れる。

「話題のクロムリード家。その優秀な次期当主が、いつまでも婚約者不在、というわけにもいかんだろう。だが、マールディアはやれん。病気の娘を、配下の家に押し付けたとしか見られんだろうさ。本人たちの気持ちがどうあれな」

 やっぱりそうだよな。
 ドルトンさんが、それを考えないはずがない。

「悲しませたくないんだよ。今ならまだ傷が浅い……」

 ドルトンさんと目が合う。
 それでもきっと、俺は兄さんを応援する。
 ドルトンさんもそれを分かっている。


 どこかから、魔導楽器の音が聞こえてくる。
 爽やかで、少し寂しげで、でも前向きな。

「いや、忘れてくれ。娘を嫁にやりたくない父親の、ちょっとした戯言だ。マジでさ」

 ドルトンさんは冗談っぽく笑うと、お茶をぐっと飲み干した。俺は資料をトントンと揃えると、ドルトンさんに手渡した。
 口には出さないけど、きっとグロン兄さんの将来のことも考えてくれている。

 優しい人だな、と思う。

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