未来人は魔法世界を楽しく魔改造する

まさかミケ猫

すっかり失念していた

 風がすっかり冷え切り、冬も中旬になった。
 父さんは相変わらず忙しく飛び回っていて、母さんのところへは知人からの手紙や来訪が相次いでいる。母さんが手紙を書く横では、妹のフローラが真似して紙に何かを書いていた。

「あら、何書いてるの?」
「りーにぃに、おてがみー」
「うふふ。きっとリカルドも喜ぶわ」

 俺は緩む頬を引き締めながら、今日も研究室へ向かう。来年からは王都を出て、領地での生活になる。そのためのいろいろな準備を冬のうちに済ませておきたかったのだ。


 レミリアの実験に付き合っている時だった。
 部屋のドアが雑にノックされたので、レミリアは扉を開けに行く。ノックの仕方から想像した通り、部屋の外に立っていたのはカエル顔のマッチョ。鬼族のナーゲスだった。

「おう、仲良く絡まってるとこ悪いな。レミリア、ちょっとお前のリカルド貸してくれ」
「……いいけど、いろいろ語弊がある」
「そうか? まぁいいや、すぐ返すからよ」

 そう言いながら、強引に俺のことを連れ出すナーゲス。どうも鬼族の文化では、夫を連れ出すときには必ず奥さんの許可を取る必要があるのだそうだ。特に夫婦二人で過ごしている場から連れ出す場合には、奥さんには相当気を使うものらしい。

 俺とレミリアは夫婦ではないんだけど……と説明はしてるんだけど、ナーゲスはいつも笑うだけで聞いてくれない。少し頬を赤らめたレミリアに手を振られ、俺はナーゲスと共に庭へと向かった。


 庭にある樹木の実験場。
 俺はそこでいろいろな遺伝子パターンの木を育てていたのだけど、冬のはじめ頃にはどれも完全に葉が落ちてしまった。季節柄、こればかりは仕方がないと思っていたのだが……そこに待ったをかけたのが他でもないナーゲスだ。

 葉が落ちたのは季節のせいではない。
 俺の育て方が悪い。
 それが彼の主張だ。

「オレの言った通り、復活したろう?」
「うん……これは完敗だ」

 試しにナーゲスに任せてみたところ、この木は冬にも限らず青々と葉を茂らせていた。驚いている俺の横で、ナーゲスは水の入った瓶をいくつか取り出す。そのうちの二本を俺に差し出した。

「種明かしするとな、水が悪いんだ」
「水?」
「おうよ。ほれ、まずはこれがお前が木にあげてた水。ひとくち飲んでみろよ」
「うん…………水だな」
「な? 酷い味だろ……それでだ、これがオレのあげた水だ。さぁ、飲んでみろ」
「うん…………水だな」
「そう、これが本当の水ってもんだ。わかったか?」
「全然わかんない」

 本当に全く違いが分からなかった。
 確かに鬼族は水にうるさいと言われる。なにせ、彼らは水の中で卵を産むし、孵って二〜三年は水の中で過ごす。大人になっても頻繁に水浴びをする習慣があるから、細かい水の違いに敏感なのだ。結果的に彼らの作る酒が段違いに美味くなるのも頷けるというものだ。

「ったく、こんなに違うのによぉ」
「流石に、人族にはちょっと難しいよ」
「だけど木の育ちは全然違っただろ? ほらほら、約束通りオレにも魔導書グリモワールくれよ」

 この水は後でアルファに解析してもらおう。そう思いながら、俺は少し頑丈めに作った魔導書グリモワールをナーゲスに手渡す。
 あまり器用でない鬼族で、しかも魔道具職人の勉強を始めたばかり。実は、彼は弟子の中で唯一引き取り手が見つからなかったのだ。本人も他の職人のもとへ行くことは望まなかった。
 彼の勉強や今後の研究のために、魔導書グリモワールを渡すことは前々から父さんと相談していたんだ。

「ところでナーゲスは何作りたいの?」
「いろいろあるけど、まずは水の魔道具だな。どうも都会の水は肌に合わねぇ……ほら見ろよ、肌も結構カサカサしてんだろ?」
「意外とプルプルだけど……でもそれはいいね。人族にはなかなか出来ないことだよ」
「だろぉ。はっはっは」

 彼は豪快に笑い声を上げながら、魔導書グリモワールを抱えてウキウキと去っていった。楽しそうだな。

 俺はポケットから試作中のを取り出した。
 よし、俺も頑張ろう。


 夕飯時、我が家に来訪者があった。
 俺と兄さんだけが呼び出され、応接室に通される。父さんの向かいには、一人の男性がいた。

 やたらギラついた目が印象的な、恰幅の良い男性だった。高そうな服だが、上下の色がチグハグ、靴はボロボロ。父さんにはペコペコしているのだが、なんとなく俺や兄さんに向ける視線がねばついている。
 父さんが俺たちに男性のことを紹介する。

「こちらは現在、海沿いの町リビラーエで代官をしている、モリンシー家のご当主だ。この度ドルトン家より買い取り、我が家の傘下になった」

 なるほど。挨拶に来たのか。
 春からクロムリード領になる場所は、一つの町と小村がいくつかあるだけの小さい領地だ。海沿いの町リビラーエは、その唯一の町である。人口は3000人程。春には俺達もそこに引っ越し、領都となる予定だ。
 確か王都からは猪車で七日ほどかかるはず。冬で移動が大変な中、ご当主自ら足を運んでくれるとはご苦労様だ。

 モリンシーさんが挨拶をすると、兄さんも笑みを浮かべて握手する。

「これからいろいろと教えて下さい。私も、より住みやすい領地を目指して、領主一族として尽力するつもりです」
「いえいえ、めっそうもない」

 モリンシーさんは笑顔を貼り付けたまま、兄さんの手をギュッと握る。

「クロムリード家は非常に優秀な職人の家系だと伺っております。ですが領地運営は初めてでいらっしゃいましょう。面倒ごとも多い。ここは、ぜひ今まで通り我が家に任せていただければ、何もご不便をかけることもなく──」

 自分を下に言ったり、俺たちをだいぶ持ち上げたりしながら、いかに領地運営が面倒かを熱弁するモリンシーさん。つまりは領地運営に俺たちを関わらせたくないのだろう。そういう意図の透ける話し方だった。

 あぁ、すっかり失念していた。
 この人が今まで町を見てたんだもんな。そりゃ、何も知らないポッと出の成り上がりに、領地で好き勝手されたらたまらないよな。俺は自分の考えの足りなさに申し訳なくなった。

 モリンシーさんが熱弁を振るう中、兄さんの表情はどんどん不機嫌になってゆく。兄さんも、将来マール姉さんと暮らす町だからって、いろいろ考えていたもんな。

「兄さん、挨拶はそのくらいにして、もっといろんな話を聞こうよ。海沿いの町ってことは、海族とも交流が──」

 ひとまず領地のことは後で考えるとして、俺は気になっていた海沿いの生活のことを聞いていった。モリンシーさんはなかなかに話上手だ。できれば、俺としては仲良くしていきたいんだけどな。

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