未来人は魔法世界を楽しく魔改造する
面白かったな
慌ただしい冬が過ぎ、春になった。
グロン兄さんは14歳になり、気づけば去年よりだいぶ背が伸びていた。ミラ姉さんは11歳、来年は成人だ。俺とレミリアは7歳、フローラは3歳になった。早いものだな。
中央議会の開催まであと15日ほど。その冒頭に任命式があり、我が家は晴れて中級貴族になる予定だ。
最近は父さんも覚悟が決まってきたのか、夜中に母さんに泣きつく頻度は減ってきていた。
そういえば秋頃、昼寝をしながら「メイラ、メイラ……」と手を伸ばし、弟子のナーゲスに抱きついたまま寝ていた、という事件もあったな。
ナーゲスは「鬼族のオレでもこれは興奮できねぇ」となぜか少し悔しそうなコメントを残していた。あの頃に比べれば、父さんの顔はキリッとしている。
「ふむ……もうすぐ任命式か……ぉぇ……」
今も四つん這いになって吐いてるけど、顔だけはキリッと出来るようになっていた。本番には強い人だから、まぁ大丈夫だろう。
職人街にある我が家の工房の前には、二台の猪車が停まっていた。長距離の移動時によく使われているもので、力の強い猪に車を引いてもらうのだ。
専用に育てられた猪は、野生のものよりも体が大きくて力があるが、その割に気性は大人しくて頭もいい。御者の言うこともよく聞くし、ずんぐりむっくりな体でフルーツを食べる様子は見ていて微笑ましい。
車の中には様々な荷物が運び込まれていた。各種機材や食料、衣料品、身の回りの細々したものなど、その品目は多岐にわたる。
「リカルド、レミリア……気を付けてね。絶対に無理はしないこと。何かあったらすぐに連絡するのよ」
「ありがとう、母さん」
母さんは膝をつくと、俺とレミリアに抱きついた。いつも気丈な母さんには珍しく、その目は潤んでいる。俺はその背中をポンポンと叩くと、笑顔で答えた。
「大丈夫、信じて待ってて。みんなが来る頃には、少しは住みやすい領都になってるはずだから」
父さんは任命式のあと、春の中旬までは中央議会に参加する。もちろん初めての政治参加だ。そして、春の下旬は、配下になった下級貴族や協会員との交流がある。貴族子女の成人式やお披露目会、各事業の経営計画をまわりくどく擦り合わせる社交パーティ、その年の税に対する取り決めなどもしなければならない。
ちなみに、そのあたりの流れはどの貴族も例年同じだ。雪や寒さで移動が困難な冬が明けると、貴族や商人は活発に活動するようになり、経済が回る。
兄さんは、跡継ぎとして父さんのサポートをしながら、中級貴族との交流の輪を広げていく必要がある。幸い、ドルトン家の娘であるマール姉さんとの婚約を発表したから、横のつながりが徐々に出来つつあるようだ。
また、貴族街に新しく作るクロムリード家の屋敷についても、兄さんが責任者となって作っていくことになっている。
もちろん、家族や人工知能を交えて既に計画は立て終えている。兄さんらしい、なかなかに素敵な家に仕上がっていると思う。
「兄さん、こっちは頼んだよ」
「あぁリカルド。領地の方も計画通りにな」
「うん。秋にまた会おう」
領地は俺が担当することになっていた。言葉少なに兄さんと激励し合う。お互いのやることは冬の間に散々話し合ってきたし、春が終わるまでには魔導書での遠距離会話も安定して出来るようになっているだろう。
話している俺たちの間に、小さな影が割り込んできた。俺の足にギューっと抱きついてくる。妹のフローラだ。可愛い。彼女はポケットからなにやら大事そうに紙を取り出した。
「りーにぃ、おてがみ!」
「ありがとう。ここで読んでいいかな?」
「うん!」
こみ上げてくる愛おしさに胸を締め付けられながら、俺は手紙を開いた。
『おいしい ぎょかいるい たべたい』
あぁ、魚介類か。
魚好きだもんな。
領地は海に面している。王都にいるよりも新鮮な魚介類が手に入るだろうから、フローラが来る頃までには美味しい魚介料理をたくさん食べられるように手配しておこう。
「お手紙ありがとう、がんばるよ」
「うん!」
あぁ、天使による最高の激励だ。
この手紙は大事にお守りにしておこう。
そうだ、海といえば、リビラーエの町を管理している下級貴族のモリンシーさんだよな。冬の間に、町の職業組合の組合長連名で、父さん宛に挨拶の手紙が届いたんだ。たしか、あんまりリビラーエの町を引っ掻き回したりしないでね、という意図が透けて見える文面だったな。
兄さんはあまり彼を好きではないらしいけど。俺としては、あの人はなかなか面白い人だと思う。魚介類を手に入れるためにも、仲良くできるといいな。
「いいなぁ、私も領地に行きたい……」
そう言って拗ねているのはミラ姉さんだ。
でも、ミラ姉さんには重要任務が一つある。
婚活だ。
俺たちは猪車に乗り込む。
俺とレミリア、鬼族のナーゲス、護衛として竜族のトリン、アリーグ、ニシュの三名。それに御者奴隷二名を加えた計八名が先発隊のメンバーだ。
「じゃあ、行ってきます」
みんなに見送られながら、王都を後にする。王都での暮らしも面白かったな……方角は南西、天気は良い。のんびりと六日ほどの旅になる予定だ。
猪の歩く速度に合わせ、広い道をのんびりと進んでいく。
車職人協会とは車椅子の関係で一緒に仕事をした。その時に車の衝撃吸収についても提案したのだが、どうやらこの車にもその技術がふんだんに取り込まれているらしい。以前の旅より振動が少なく、ずいぶんと快適だ。
暖かさを含んだ春の風は柔らかく頬を撫で、ついそのままウトウトと眠ってしまいそうになる。
寝転がった俺の頭がそろりと持ち上げられ、なにやら柔らかいものの上に乗せられる。視線を上げると、穏やかな顔をしたレミリアが俺の顔を覗き込んでいた。
膝枕、か。
「少し……寝てていいよ……?」
「ん、ありがとう、レミリア……」
俺は目を閉じ、そのままゆっくりと意識を落としていった。
グロン兄さんは14歳になり、気づけば去年よりだいぶ背が伸びていた。ミラ姉さんは11歳、来年は成人だ。俺とレミリアは7歳、フローラは3歳になった。早いものだな。
中央議会の開催まであと15日ほど。その冒頭に任命式があり、我が家は晴れて中級貴族になる予定だ。
最近は父さんも覚悟が決まってきたのか、夜中に母さんに泣きつく頻度は減ってきていた。
そういえば秋頃、昼寝をしながら「メイラ、メイラ……」と手を伸ばし、弟子のナーゲスに抱きついたまま寝ていた、という事件もあったな。
ナーゲスは「鬼族のオレでもこれは興奮できねぇ」となぜか少し悔しそうなコメントを残していた。あの頃に比べれば、父さんの顔はキリッとしている。
「ふむ……もうすぐ任命式か……ぉぇ……」
今も四つん這いになって吐いてるけど、顔だけはキリッと出来るようになっていた。本番には強い人だから、まぁ大丈夫だろう。
職人街にある我が家の工房の前には、二台の猪車が停まっていた。長距離の移動時によく使われているもので、力の強い猪に車を引いてもらうのだ。
専用に育てられた猪は、野生のものよりも体が大きくて力があるが、その割に気性は大人しくて頭もいい。御者の言うこともよく聞くし、ずんぐりむっくりな体でフルーツを食べる様子は見ていて微笑ましい。
車の中には様々な荷物が運び込まれていた。各種機材や食料、衣料品、身の回りの細々したものなど、その品目は多岐にわたる。
「リカルド、レミリア……気を付けてね。絶対に無理はしないこと。何かあったらすぐに連絡するのよ」
「ありがとう、母さん」
母さんは膝をつくと、俺とレミリアに抱きついた。いつも気丈な母さんには珍しく、その目は潤んでいる。俺はその背中をポンポンと叩くと、笑顔で答えた。
「大丈夫、信じて待ってて。みんなが来る頃には、少しは住みやすい領都になってるはずだから」
父さんは任命式のあと、春の中旬までは中央議会に参加する。もちろん初めての政治参加だ。そして、春の下旬は、配下になった下級貴族や協会員との交流がある。貴族子女の成人式やお披露目会、各事業の経営計画をまわりくどく擦り合わせる社交パーティ、その年の税に対する取り決めなどもしなければならない。
ちなみに、そのあたりの流れはどの貴族も例年同じだ。雪や寒さで移動が困難な冬が明けると、貴族や商人は活発に活動するようになり、経済が回る。
兄さんは、跡継ぎとして父さんのサポートをしながら、中級貴族との交流の輪を広げていく必要がある。幸い、ドルトン家の娘であるマール姉さんとの婚約を発表したから、横のつながりが徐々に出来つつあるようだ。
また、貴族街に新しく作るクロムリード家の屋敷についても、兄さんが責任者となって作っていくことになっている。
もちろん、家族や人工知能を交えて既に計画は立て終えている。兄さんらしい、なかなかに素敵な家に仕上がっていると思う。
「兄さん、こっちは頼んだよ」
「あぁリカルド。領地の方も計画通りにな」
「うん。秋にまた会おう」
領地は俺が担当することになっていた。言葉少なに兄さんと激励し合う。お互いのやることは冬の間に散々話し合ってきたし、春が終わるまでには魔導書での遠距離会話も安定して出来るようになっているだろう。
話している俺たちの間に、小さな影が割り込んできた。俺の足にギューっと抱きついてくる。妹のフローラだ。可愛い。彼女はポケットからなにやら大事そうに紙を取り出した。
「りーにぃ、おてがみ!」
「ありがとう。ここで読んでいいかな?」
「うん!」
こみ上げてくる愛おしさに胸を締め付けられながら、俺は手紙を開いた。
『おいしい ぎょかいるい たべたい』
あぁ、魚介類か。
魚好きだもんな。
領地は海に面している。王都にいるよりも新鮮な魚介類が手に入るだろうから、フローラが来る頃までには美味しい魚介料理をたくさん食べられるように手配しておこう。
「お手紙ありがとう、がんばるよ」
「うん!」
あぁ、天使による最高の激励だ。
この手紙は大事にお守りにしておこう。
そうだ、海といえば、リビラーエの町を管理している下級貴族のモリンシーさんだよな。冬の間に、町の職業組合の組合長連名で、父さん宛に挨拶の手紙が届いたんだ。たしか、あんまりリビラーエの町を引っ掻き回したりしないでね、という意図が透けて見える文面だったな。
兄さんはあまり彼を好きではないらしいけど。俺としては、あの人はなかなか面白い人だと思う。魚介類を手に入れるためにも、仲良くできるといいな。
「いいなぁ、私も領地に行きたい……」
そう言って拗ねているのはミラ姉さんだ。
でも、ミラ姉さんには重要任務が一つある。
婚活だ。
俺たちは猪車に乗り込む。
俺とレミリア、鬼族のナーゲス、護衛として竜族のトリン、アリーグ、ニシュの三名。それに御者奴隷二名を加えた計八名が先発隊のメンバーだ。
「じゃあ、行ってきます」
みんなに見送られながら、王都を後にする。王都での暮らしも面白かったな……方角は南西、天気は良い。のんびりと六日ほどの旅になる予定だ。
猪の歩く速度に合わせ、広い道をのんびりと進んでいく。
車職人協会とは車椅子の関係で一緒に仕事をした。その時に車の衝撃吸収についても提案したのだが、どうやらこの車にもその技術がふんだんに取り込まれているらしい。以前の旅より振動が少なく、ずいぶんと快適だ。
暖かさを含んだ春の風は柔らかく頬を撫で、ついそのままウトウトと眠ってしまいそうになる。
寝転がった俺の頭がそろりと持ち上げられ、なにやら柔らかいものの上に乗せられる。視線を上げると、穏やかな顔をしたレミリアが俺の顔を覗き込んでいた。
膝枕、か。
「少し……寝てていいよ……?」
「ん、ありがとう、レミリア……」
俺は目を閉じ、そのままゆっくりと意識を落としていった。
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