嬉しくなった

「今日はこれから中央広場、世界樹ユグドラシル、農場、最後に皆さんの家を案内しますね」

　説明しながら、中央広場までやって来た。

　広場の真ん中には大きな噴水がある。
　水路には橋や飛び石が置かれ、その周囲は緑の芝生に覆われている。小さな林になっている場所、屋根付きの休憩所もある。

　早速、獣族や人族の子どもたちが駆け回り、大人たちをホッコリとした気分にさせていた。
　長旅のあとなのに、元気だなぁ。

　俺は大人たちとのんびり会話を続ける。

「ここが中央広場になります。そのうち落ち着いてきたら、ここでお祭なんかもやりたいですね」
「いいなぁ、屋台なんかも出してよ──」

　子どもたちを脇目に見つつ、ゆっくりと中央の噴水のそばへ向かった。みんなリラックスした様子で、辺りを見ながら雑談をして歩いている。
　しばらくすると、空の高いところから雨音がポツポツと聞こえてきた。

　空を見上げる。
　雨が街を避・け・て・いった。
　皆が口を開いて固まる。

「この都市は、透明なドームに覆われています」

　そう説明すると、みんなが俺に視線を向ける。
　いろいろと疑問があるのだろうが、何を聞けば良いかわからない、といった様子だ。

「このドーム──都市結界アルフヘイムを生み出しているのは、【聖域結界】という陣型結界魔法を応用した魔道具です。ちょうど皆さんの足下、中央噴水の地下にその設備があるんですよ」

　今度はみんなが地面を見る。
　上を見たり下を見たり大忙しだ。

　初期に設置した、五層からなる複雑な魔法陣。それが、広い領都の空を覆う巨大ドームを形作っていた。これは前の世界でよく滞在した衛星保養地ムーンリゾートの環境技術を簡易に模したものだ。

　世界樹ユグドラシルからの命力放出。
　都市浄化装置ウルザルブルンによる空気清浄機能。
　それらを効果的に働かせるためには、外気を遮断する必要があったんだ。

　もちろん衛星保養地ムーンリゾートほど厳密である必要はないから結界壁も2枚だけだし、都市の出入りに必要な地上10メートルほどの範囲はただの空気扉エアドアだった。

「都市結界がある限り、大雨や雷、突風などを気にする必要はありません。元が魔物避けの結界なので、開発中の区画でも魔物に襲われる心配は不要です。ただ、いずれにしろ工事中は危ないのでなるべく近寄らないでくださいね」

　説明をするが、みんなはまだ上を見たり下を見たり大忙しだ。神官さんたちの目がギラギラ光ってるから、後で根掘り葉掘り聞かれるんだろうな。

「さて、次は世界樹ユグドラシルです。皆さん行きますよ」

　呼びかけるも、まだ皆は呆けているようだ。
　雨は徐々に強くなり、結界壁を伝って都市の外に流れていく様子がくっきりと見えていた。

　次は世界樹ユグドラシルだ。
　俺はみんなを急かすと、広場の北東へと向かった。



「やあ、世界樹ユグドラシル」
『こんにちは、マスター・リカルド。今日はお客様が大勢いるんだね』

　世界樹ユグドラシルと軽く挨拶をする。
　背後でどよめきが聞こえた気がするけど、どうしたんだろうか。

「みんな今日からここの住人になるんだ。さっき皆の住民情報を君の保存領域ストレージに送ったと思うけど」
『あぁ、そうだったね。何やら皆、口を開けて固まってるけど……どうしたの？』
「あぁ。都市結界アルフヘイムを見て驚いているんだ」
『確かに、この結界は壮大だからね』

　世界樹ユグドラシルと話をしていると、後ろにいた神官の一人が俺に声をかけてきた。

「あの……ははは、何かの見間違いですかね」
「どうしました？」
「まるで木が喋っているような……」
『あ、はじめまして、神官のコレインさんですよね。僕は世界樹ユグドラシルといいます。見てのとおり、少し大きめの木です』
「うぁ……よ、よろしくお願いします」

　神官さんがペコペコと頭を下げている。世界樹ユグドラシルは気さくだから、そんなにへりくだらなくてもいいのに。

　世界樹ユグドラシルの中にはもちろんニューラルコアが仕込んであるし、大規模高速ストレージや中央並列計算処理装置にあたるものも内部に自己組織化されている。生体ベースだから破損しても自己補修できる。まるでメンテナンスフリーの大型魔導書グリモワールのようだ。
　ちなみに、この都市のデータはすべて世界樹ユグドラシルのストレージに保存されている。もしものために領主館でも圧縮データのバックアップはしてるけどね。

　樹木にヘコヘコしている神官さんを見ていると、ちょいちょいと袖を引かれた。
　振り返ると、兎獣族の女の子……ピテルちゃんが俺を見ていた。

「ねぇ、どうして木が喋るの？」
「え？　だって木だよ。喋るさ」
「え、そうなの？」
「うん。喋れるなら、喋ったほうがいいでしょ」
「……うーん」

　何やら難しく頭をひねっているな。
　もっと簡単に考えればいいのだ。

「さて、次は農場に行きますよ」

　俺はまだ復活しない皆を連れ、街の東側の区画へと向かった。それにしても、随分長く呆けてるなぁ。

　そんなに都市結界アルフヘイムは衝撃的だっただろうか。



　街の東区画。農業には水を大量に使うため、浄水場に最も近いこの区画を農業街にしている。

　農業街と呼ぶだけあって、ここには既に30階建てほどのビルが三棟そびえ立っている。
　現在は世界樹ユグドラシルよりも背が高い。将来はここに高層ビルが立ち並び、領都の第一次産業・食品加工業の中心地になる予定だ。

　俺はビルの一つに話しかける。

「やあ、第一農場ファーム・ワン」
『はい、マスター・リカルド。お客様ですか』
「領都の新しい住民だよ」
『皆さん口を開けて固まっていますが』
「うん、都市結界アルフヘイムに驚いたみたい」
『確かに、大きいですからね』

　第一農場ファーム・ワンと話をしていると、後ろにいた獣族のロップさんが話しかけていた。

「いや、あの……」
「どうしました？」
「何から聞けばいいのか。まず、この巨大な四角い建物が……農場、ですか」
「えぇ。簡単に言うと、上の階で種植えをすると、成長につれてどんどん下の階に降りてきて、一階で収穫できます」
「いや、全く理解できないのですが」
『マスターは説明が下手すぎます』

　割り込んできた第一農場ファーム・ワン。
　兎獣族のロップさんは、なんだかんだと質問しながら少しずつ理解していってるようだ。

　ちなみに各農場ファームの中はだいたい同じ構造だ。
　最上階では各種作物に合わせた栄養液の作成を行う。また、その養液の中で作物の種となる最初の細胞を作成する。光刺激、電気刺激、養液などを成長度に合わせて切り替えながら、成長のステージが進むと下の階に移動してくる。
　成長しきった段階で、すぐに消費するものは出荷処理、しばらく保管するものは瞬冷処理が行われて一階で収穫されるのだ。

　現在は三棟の農場が稼働していて、第一農場では肉・魚類、第二農場では根菜・葉菜類、第三農場では調味料類を作っている。早く果物農場も作りたいが、現在は領主館の裏庭に植えたヒメリンゴの木でしのいでいた。

　肉などは部位ごとに培養できる。
　これで意志ある生き物を殺生しなくて済む。俺としてはかなり気が楽になった。
　やっぱり農業はこうでなくちゃな。

　第一農場ファーム・ワンと話しながら唸るロップさんを見ていると、ちょいちょいと袖を引かれた。
　振り返ると、兎獣族の女の子、ピテルちゃんが俺を見ていた。

「ねぇ、どうして建物が喋るの？」
「え？　だって建物だよ。喋るさ」
「……」
「喋れるなら、喋ったほうがいいでしょ」
「……」

　何やら険しい顔をしている。
　もっと簡単に考えればいいのだ。

「さあ、お疲れ様でした。最後は皆さんの家をご案内しますよ」

　俺はなんだかぐったりしている皆を連れ、領都南東の居住区画へと向かった。



　南東の居住区画は、現在10階建ての集合住宅が二棟建っている。住民はここに全員無償で入居できる。土地も限られているので、旧来の戸建て住宅を望む人には将来自分のお金で購入してもらう予定だ。
　俺が集合住宅の入り口に向かおうとする。

　俺を追い越して小さい影が建物に走り寄っていった。
　兎獣族の女の子、ピテルちゃんだ。

　彼女は長いウサギ耳をピクピクさせる。
　そして大きい声で集合住宅に話しかけた。

「こーんにーちはー！」
『こんにちは、小さなレディ。入居者かしら？』
「やっぱり喋るのね！　私はピテル！」
『ふふ、私は集合住宅A棟よ。よろしくピテル』

　おぉ、仲良くなるの早いなぁ。
　俺は少し嬉しくなった。

　可愛らしい交流をしばらく眺めた後、俺は皆を集合住宅の中へ案内した。

　大人たちは疲れ切った顔をしている。
　そんなに都市結界アルフヘイムは衝撃的だったかな。

　俺はみんなの顔を見ながら、魔導家具の細かい説明はまた今度にしようと決める。
　サルト兄さんの自信作が標準配備されているし、各部屋の人工知能がサポートしてくれるから、そこまで生活に困ることはないだろう。

　さて、早めに来てくれたみんなには申し訳ないけど、まだ最低限の都市機能しかつくれてないからね。

　もっともっと頑張らなくちゃ。
　俺は頬を叩き、あらためて気合を入れた。