魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

23話 理解できぬ魔王

 ある日の夜、オリヴィン2階のレアの寝室にて。

「ではいきます」

 ニコルが両手を天に掲げ、ふうと息を整える。私、そしてレアがそれを見つめていた。

「『イナイ・イナイ・ナイ』っ!」

 短い呪文と共にニコルの体から拒絶的な魔力が漏れ出した。レアには見えないだろうが、霞にも似た魔力の層はすーっと部屋全体に広がっていき、やがて壁や天井をコーティングするように滞留した。

「はい、OKです。これでこの部屋の中のことは誰が見ても誰が聞いても『なんでもないこと』としか思えなくなりました」
「ほ、ホントですか? じゃあ試しに……」

 レアは大声でスピネルを呼んでみた。たしかにレアの声は響いたが、しばし待ってもスピネルが返事をしたりドアを開けたりすることはなかった。

「すごい……本当に……」
「認識阻害魔法、作為的かつ強力な精神干渉を設置する形で行う極めて高度な魔法だ。私でもここまでのことはできない、さすがだなニコル」
「えへへ、シャイちゃんに褒められると嬉しいなー」

 本当にこいつは天才的だ……逃げることに関しては。この魔法をうまく使えば私の寝首をかくことすらひょっとしたら可能だったかもしれんというのに、こ奴ときたら逃げるため隠れるため以外にこの魔法を使えない上、とっさの場面では慌てて存在自体を忘れるときている。

 まあ何はともあれ、これで秘密の話をする舞台は整った。この日はレアの要望で、私やニコルのこと、そしてこの村に起きている異常について話すために、わざわざニコルを呼び寄せてこの場所を用意したのだ。

「すごいですね、これが魔法……私にも、使えるでしょうか」
「訓練次第だな。だがニコルはエルフ族の天才、そして私は魔王。参考や目標にするにはちと遠すぎることは覚えておけ」
「むぅ……シャイさんはともかく、ニコルさん……」

 シャイはなぜかじとっとした目でニコルを睨みつける。それを私とニコルが怪訝に思っていることに気付いた後、「オホン」と咳払いの音を口で言った。

「本題に、入りましょう」

 レアの態度を妙に思うところもあったが、ニコルの認識阻害魔法も無限ではないのでレアの提案に従うことにした。

「うむ、よいだろう。しかしどこから話したものか……」

 本題とは、レアが知りたがっている事項のことだ。レアは私とニコルの話を盗み聞きし私の正体を知ったが、盗み聞きはそれだけであり私のニコルの真の関係性や私たちが直面している村の問題については知らない。

 レアはそれらについても知りたいと、私を脅迫してきたのだ。もっとも具体的には『私とニコルの間の秘密を教えろ』というものだったが。

 幼女に脅迫される魔王というものに疑問を感じる私だったが、この際仕方がないと、全て話してやることにしたのだ。

「ではまずはニコルのことだな。こ奴はそもそも……」



 ……少しして、私は全てを伝え終えた。エルフのニコルが魔王に仕える理由、ついでに姉と偽ったこと、また(これについて語るのをニコルは嫌がったが)極度の臆病であり逃げる魔法にだけ特化した天才だということ。

 そして今、この村に訪れようとしている危機のこと。

「……わかりました。シャイさんがこの村に来た時に使った魔法の影響で空いた穴から、その魔界という場所の危険な生物がこっちに来る可能性があり、その穴を閉じなければいけない……ということですね」

 うむ、と私は頷く。さすがにレアは察しがよく、一度の説明で完璧に理解してくれた。

「道具さえ整えば対処は可能だ、その道具もサニやマナミに依頼してありあと数日で揃えられる。ただし今なお時折魔界の生物が現れており、片っ端から私が駆除しているのが現状だ。一応は村も魔法の防壁で覆ってはいるがな」
「あ、じゃあシャイさんが時々夜中にいなくなるのは……」
「気付いておったのか、いかにもそのためだ。理由は知らんが、奴らは夜中に出現することが多いのでな」
「なるほど……」

 レアは言葉をかみしめるようにして、自分の頭の中で情報を整理しているらしかった。いかに理解できても見知らぬ情報が無数に飛び込んできたのだ、さすがのレアも多少混乱しているらしい。
 ただレアはパニックに陥ったり事態を必要以上に深刻に受け止めたりすることはなかった、その辺りは予想通りである。

「私が撒いた種だ、必ずや私が片付ける。この村の、この村の皆にも、髪の毛ほどの傷も負わせはしない。ゆえに安心して待て、事態が収まればまた話そう」

 レアを安心させるべくポンポンと頭を撫でてやる。だがレアはそれで心を緩めることはせず、むしろ厳しい目で私を見上げた。

「……私にも」

 できることはないでしょうか、と続けようとした唇を、私はそっと指で抑えた。その指に驚いて見開かれたレアとじっと目を合わせ、私は真っ直ぐに言った。

「レアよ、心遣いはわかるが、この件は私に任せろ。あくまでもこれは我々の問題なのでな」
「で、でも……」
「私は責任を感じておるのだ、恩義あるこの村と村の皆を、少なからず危機に晒したことに。自らを恥じていると言ってもいい。その口惜しき感情を消すには、私自らの手でやらねばならぬ。お主らの手を借りることは、私の心を戒めを永く続けることを意味する……わかるか?」

 要は、村を救うのは村のためでもあるが、私の心にある罪悪感を消すためでもあるということだ。そしてそれはレアの手を借りたりしては意味がない、私がやらねばならぬのだ。

 聡いレアは私の言いたいことが分かったのだろう、しばし押し黙る。だがやがて顔を見上げた時、その表情にはなぜか……怒りにも似た、複雑なものが浮かんでいた。

「……それでしたら、ニコルさんはどうなんですか」

 てっきりレアは納得してくれると思っていた私は面食らった。ニコル? なぜここでニコルが出てくる。

「シャイさんが問題を解決しなきゃならないなら、なんでニコルさんは協力してるんですか。私が協力しちゃいけないのにニコルさんはしていいのは不公平です、納得いきません!」

 レアはいつになく子供じみた怒りっぽい感情を私にぶつけてきた、レアの心情が分からず私はしどろもどろになる。

「い、いや、ニコルは村の住民じゃないし、私の部下だし……」
「でもニコルさんがいいなら私もいいはずです! 仲間外れは許しません! 私も協力しますから、さもないと言いふらしますよ?」
「ここで脅迫を持ち出すな、よいかレア、私はお主のためを思って……」

 とここで、それまで黙っていたニコルが急に私とレアの間に割り込んできた。そして私を見て、ニヤッとおかしな笑みを見せる。

「シャイちゃん、ここはちょっとお姉さんに任せて、一旦部屋の外に出てくれない?」
「は? なぜだ?」
「いいからいいから、きっとレアちゃんも私と2人で話したいだろうし……ね?」

 そう言ってニコルはなぜかレアへ挑発的な視線を向けた。レアもレアで私をよそにその挑発の意図を理解したらしく、明らかにカチンときた様子を見せる。

「ええそうです、2人で話しましょう」
「というわけでシャイちゃんは一旦外へ! すぐ終わりますからね~」
「え、ちょ、ちょっとお前ら……」

 ぐいぐいとニコルに押されるまま、結局私は部屋から閉め出されてしまった。室内はニコルの魔法が効いているので、私でも何が話されているのかを理解することはできない。

「なんなのだあいつらは……」

 私はひたすら首を傾げつつ、ひとまず自室へと戻り……ここ数日の夜更かしがたたったのか、ついそのまま寝てしまうのだった。
 レアの部屋で行われていたとある争いのことも知らずに――

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