魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

17話 師事されし魔王 その②

 少女、ルチル・ティタニアは悩んでいた。

 薄暗いルチルの自室。彼女は大抵いつもそこで1人、本を読んで過ごしている。時折漏れる「ふひひ」「ぐへっ」という笑い声を両親に気味悪がられたりしながら……本はもっぱら親に街で買ってきてもらったものだ。

 理由がない限り部屋から出ない。引きこもりという程ではないが極度の出不精だ。住民100人程度しかいないミネラルの村なのに、ルチルの顔を知らない者がいるくらいである。

 不摂生がたたり髪はぼさぼさ服はだるだる、生活リズムは不安定で目の下にはくま。およそ年頃の少女にはあるまじきだらしない格好をしていた。

「ふひっ……はぁ」

 本を読んでいたルチルはふとため息をつき本を閉じた。そのままぽんと投げ捨て、自身は一年中しきっぱなしの布団に横になる。散らかされたままの、やはり女子のものとは思えない部屋の中、ルチルはまた深くため息をついた。

「こんなんじゃなぁ……」

 薄暗い部屋でルチルは呟いた。

 彼女自身、このままじゃいけないとはわかっている。わかっているが、半ば諦めかけていた。

「私もあの人みたいに……なれたらなぁ……」

 ルチルが頭に浮かべるのはある少女の顔だった。その少女は堂々として力強くて……臆病で小さな自分とは大違い。そんな風になれたらいいなと思ってはいるが、面と向かって話すこともできなかった。

 これじゃああの人みたいになるなんて夢のまた夢だな、と、ルチルはまたため息をついた。

「ルチルちゃーん?」

 ドアの外から声がする。幼馴染のサニ・ディーンの声だった。サニはルチルとはまったく違う社交的な性格で(かなりの天然だが)、内気なルチルを心配してよく遊びに来てくれている。ルチルもそんなサニに心を開いていて、ルチルの『聖域』たる自室に通すことを許した数少ない存在の1人だった。

 また様子を見に来たのだろうと、ルチルは重たい腰をのそのそと上げてドアに向かった。

「ルチルちゃーん? 入るわよー?」
「今あけるよ……」

 サニの訪問は半分面倒くさくもあったが、ルチルにとってごくわずかな友人との貴重な機会でもある。なんだかんだ楽しみにしてるところもあり、ルチルは渋々といった風を装いつつドアを開けた。

 ドアの先ではサニがいつものお嬢様風ファッションのぽんやり顔で「ルチルちゃーん」と手を振っている。変わり映えしない顔にうんざり半分安心半分……と、ルチルが油断していると。

 その後ろに、小さな人影がひとついることに、気付いた。

「邪魔しておるぞ。オリヴィンで会って以来だな、ルチルよ」

 ひょこっとサニの背から顔をのぞかせたのは、ついさっきルチルが夢想していたその人。金色の髪、幼げだがたくましさを併せ持った顔立ち。

 ルチルとは正反対な、強くて、かっこよくて、かわいい……憧れの存在。

「せ、せせせせ先生!? なななななんでこっ、こ、こここ!?」
「先生と呼ぶな、そして落ち着け」

 その後、取り乱しまくったルチルはすったもんだの挙句、シャイを部屋に通したのだった。



 スピネルから言伝を頼まれてサニの道具屋を訪れていた私は、「ついでだから」とサニに誘われ、このルチルの家にやってきていた。

 初対面のルチルの母からは娘の友達と紹介されるだけで感激されて、すんなり2階にあるルチルの部屋へ通された。

 そして私を見るなりひどく狼狽したルチルにより部屋に通され、今に至る。

「ま、ままま、まさか先生がここ、こんな汚いところに来るなんて……! ごごごめんなさい汚いですよね臭いですよね、すみませんすみません」

 私の前で正座し勝手に謝り始めるルチル。たしかに部屋は本や服など様々なものがとっ散らかっているっていたが、これといって異臭はない。ルチルの気にし過ぎである。

「大丈夫よー、ルチルちゃんの部屋は汚いけど臭くはないから」

と私が思っていたことをサニがあっさりと口に出した。悪気は微塵もないようでにこにこ笑っている。

「私もこれといって臭気は感じない。ルチルよ、頼むから楽にしてくれ、こちらが疲れてしまう」
「は、ひぃぃ、ごごごごめんなさい許してください!」
「それをやめろというのに」

 結局、サニがそばについてまあまあと宥め、ようやくルチルは落ち着いた。初めて会った時もそうだったが、極端な人見知りとあがり症の娘のようだ。目つきも怖い。

「ふーっ、ふーっ……お、お騒がせしました。そ、それで、先生はなぜこんなところに……?」
「まあ私はサニに連れてこられただけだが……お主とは一度話したきりだからな、改めて話す機会が欲しいとは思っておった」

 オリヴィンの店内でルチルと会った時は、ルチルが一方的にまくし立てたあと逃げるように去っていってしまったので、気になっていたのは本当だった。だがそれをルチルに伝えると。

「せ、先生が私とまた話したいと……!? ふ、ふひひ、ふははっ」

 突然ルチルは頬を歪め奇声に近い笑い声を出す。どこか恍惚としてるようにも見えて、私はふと魔界にこんな感じのモンスターがいたなと思い出した。

「わあ、ルチルちゃんのこんなうれしそうな顔初めて見たわ」
「はっ……!? み、見るなよサニ! し、失礼いたしました先生」

 サニの声でやっと我に返ったルチルは、また私の事を『先生』と呼んだ。私は首を傾げた。

「ルチルよ、その先生というのはなんなのだ? 私はお主になにごとか教えた記憶はないが」
「あ、そ、それは、その……!」

 ルチルはあわあわと目を泳がせてどもり始める。だがやがて、ふと諦めたように視線を落とすと、ためらいがちに切り出した。

「……私、本当にダメなんです。臆病で、自分に自信が持てなくて……外に出るのが怖くて恥ずかしくて、ずっと部屋に閉じこもってるくらいなんです。友達といえばサニくらい。こんな自分、ダメだと思ってるんですけど、変えられなくて……」

 でも、とルチルは私を見た。

「そんなとき、サニから先生の話を聞いたんです。私より小さいのにすっごく堂々としてて、力強くって、明るくて。最近この村に来たばかりでもう村のみんなと打ち解けてるって。私なんてずっとここに暮らしてて、まだ外に出るのが怖いのに……」

 それで、とルチルは続ける。だんだんと口調が早口になっていた。

「恐る恐る見に行ったんです、先生のことを。そしたら噂に聞いた通り、いえ噂以上のすごさでした先生は! 本当に堂々としててたくましくって! 私なんかとは大違いで! だから先生なんです、私先生みたいになりたいんです! どうすれば先生になれるんですか? 教えてください先生! せんせぇーっ!」

 興奮したルチルはじりじりと私に迫り寄ってきた。ただでさえ怖い顔が薄暗い部屋でより一層怖くなり、私も思わずひっと声を出していた。

「ええい、わかったから一旦落ち着けィ!」
「へぶっ」

 その額にチョップをくらわせる。ルチルはひとまず撃沈し大人しくなった。あらあら大丈夫? とサニが駆け寄る。

 そんなルチルたつをやれやれと呆れて見て、私はあることに気付いた。どうもこのルチルの態度には既視感があると思っていたが……そうだ、間違いない。

 こいつ……似ている。臆病なところといい、私に対し一方的に慕う感じといい……本当によく似ている。

 ふむ、ならば。

 私はひとつ思いつき、ニヤリと笑った。それは久方ぶりの、魔王らしい悪めいた笑みだった。

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