魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

幕間 ある男の家族

 ミネラルの村から遠く遠く、遥か遠く。

 人の世ながら魔物たちが闊歩する魔界との臨界そばの草原を行く一団がいた。

 年若い少年に同程度の少女、老爺に中年など老若男女様々な6人の集団。

 各々が各々の武器を持ち、馬車を伴いつつ魔物の出没する草原を堂々と歩いていく。

 その中心にいる少年の肩書は、勇者。

 魔王を討ち、世に平穏をもたらす使命とそのための力を持った、希望の戦士。

 草原を行く一団は勇者の一行、魔王を討つための冒険の途中だった。

「よし、ここらで休憩にしよう」

 草原の開けたところで勇者が仲間に提案し、仲間も応じた。勇者とその仲間たちは腰を休めたり間食をとったりして束の間の休憩をとる、ただし武器を手放す者はいなかった。

「まったく、ここのとこ歩き通しで疲れたわ~、勇者肩揉んで」

「勇者に頼むことじゃないだろ。自分でやれ」

「まったく今どきの若い者は情けない、老体のわしがこんなにがんばっているというに」

「あなたを老人のカテゴリに入れるのはかなり無理が……」

 休憩しつつ会話する勇者一行。危険な旅の道中だが信頼関係もあってか一行の会話は軽やかだった。

 だがその輪から少し外れて、鋭い目線を送る男が1人。

「おい、お前ら。休むのは結構だが気を抜きすぎるなよ」

 武骨な大男は一行にぴしゃりと言い放つ。「あ、ああ」と勇者が返事すると、これといった感情も見せずに背を向けた。

 そして近くにあった岩に座り込むと、無言のまま背の大剣を抜いて手入れを始める。その背からは険しい雰囲気がありありと見て取れた。

「相変わらずねーあの人、堅物というかストイックというか……」

 勇者一行の1人、魔法使い女がその背を見てひそひそと勇者に語り掛ける。勇者はやや困り顔をしつつも、目は真剣に頷いた。

「でもウッディさんの言う通りだ、このところ魔王軍の動きが活性化してきている、気は抜けないよ」

 そうだのう、と老爺も髭を撫でつつ勇者に同意して言葉を継いだ。

「今までは人間へ侵攻しているのは末端の一派だったのだが、ここ最近は明らかに組織だった動きが増しておる。魔王軍全体が、いよいよ人間への侵攻に本気になったということじゃの」

 ……勇者一行はまだ知らないが、元魔王シャイターンは魔王ながら闘争を好まず、人間との争乱も他の魔族が勝手に始めた事なので、侵攻するどころかまったくの不干渉だった。
 だが今の魔王になってからは魔王自らが積極的に人間を滅ぼさんとしているので、侵攻が激化するのも当然だ。一方でかつての魔王シャイターンは辺境でのほほんと村娘をしているのだが。

「俺らもうかうかしてられない。休憩もいいけど、いつでも戦えるようにしておこう」

 勇者の檄に一同は応じ、大男を真似るように武器の手入れなど始めるのだった。



 勇者たちに喝を入れた武骨な大男、ウッディ。

 彼は仲間たちを背にして武器を整備しながら、そっと懐に手を差し入れた。

 取り出したのは1枚の写真。庶民には貴重品である写真だが、この旅に出る前に彼は1枚だけ写真を撮っていた。

 映っていたのは彼とその家族。初めての写真に緊張した様子で立つウッディと、それとは対照的に堂々と笑顔を向ける豪胆な女性。

 そしてその女性に手を引かれ、写真というものがよくわかっていないのか不思議そうに上を見上げている、幼い娘。

 故郷に残してきた、家族だった。

 男はしばし家族写真を手に思いを巡らせる。妻はうまくやれているだろうか。娘はどれくらい大きくなっただろう、もう自分の顔も覚えてはいないだろうが。

 魔王を討ち、世界に平和をもたらすためのこの旅……いつ命を落としてもおかしくはない危険な旅。

 だが、必ず帰る。男はそう強く誓うと、また写真を懐に収めた。

「よしみんな、そろそろ行こうか」

 背後から聞こえた勇者の声に応じ武器を収めて立ち上がる。

 旅は続く。魔王を討つまでは――

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