魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

15話 偽りし魔王

 私たちが駆けつけた時、レアは1人で立ち尽くしていた。毛布を肩からかけてはいるが
服装は寝間着のまま、所在なさげに突っ立っている。私を見つけてようやく動きを見せた。

「あ、シャイさん……」

 こちらを見て驚くような顔をする。私は走って乱れた息をはあはあと整えつつ彼女に駆け寄った。

「レア! よし、無事なようだな」

 私はレアの肩を掴み全身を確かめる。幸い外傷はどこにもなく、魔術的な干渉もされていないようだった。
 ついさっき魔界最上位生物を見たばかりなのだ、あの空間の歪みから出てきた魔獣が私が見た2体だけとは限らない。レアの無事な姿にひとまず安堵した。

「どうしたというのだこんな時間にこんな場所で……いったい何があった?」

 私はレアに問い詰める。時は深夜で場所は森、レアが1人で来ることはありえない、何かあるはずだ……
 と思いきや、レアはきょとんとして問いを返した。

「どうしたもなにも、シャイさんがいきなりいなくなるから探しに来たんです」

 あっ、と私は間の抜けた声を出してしまった。考えてみれば当たり前だ、何かあるもクソも私が夜中にいきなりいなくなるのは『何か』にあたるだろう。レアからすれば私はちと口調が尊大なだけの少女なのだから。

「お、シャイちゃんいたの?」

 さらにその時、別の茂みからスピネルも現れた。どうやら私がいないことに気付いたレアがスピネルを起こし共に探しに来ていたらしい。
 そしてそこで私はある失策に気付いた。

「おんや、そこにいるのはどなた?」

 スピネルが見たのは私の後ろ。ハッと気付き振り返ると……私が魔王だった頃の部下のエルフ、ニコルが額に汗を浮かべていた。
 しまった、レアが危険だと思い咄嗟にニコルも付いてくるように言ってしまった。スピネルたちにこいつを見られたら面倒なことになるとわかりきっているのに。

「ひょっとしてシャイちゃんがこんな夜中に外に出たのってその人に会いに行ってたからなのかい?」
「どうなんですか? シャイさん」

 オリヴィン親子に問い詰められ私は言葉を迷った。まさか『私が魔王だった頃に命を救ったエルフです』などと正直に言えるわけがないのでなんとかごまかさねばならない、だが今は『ニコルの正体』と『深夜に森に出た理由』の二点で怪しまれており、少しでも誤れば齟齬が齟齬を生み疑惑は増していく。とにかくなんとかして2人を言いくるめなければならない。

 ニコルは救いを求めるように私を見ていた、『平穏が魔王の望み』と言うことを理解し、どうすればいいかを頼っているのだろう。私は必死に頭を捻った。

 そうしてひとつ、案が浮かんだ。

「こ……こ奴の名は、ニコル。私の、姉だ!」

 私の告白にレア、スピネル、そして当然ではあるがニコルが目を丸くした。

「あ、姉……!? シャイちゃんの、お姉さん? ほ、ホントかい」
「うむ、そうだ。よく見てみろ、似ているだろう」

 私は堂々と嘘をつき胸を張った。幸い今の私とニコルは顔こそ似ていないがよく似た色のブロンドの髪をしている、身長差がかなりあることを考えれば姉妹として十分ごまかしは利く。

「え、あ……は、はいっ! そうですっ! しゃ、シャイ? ちゃんの姉の、ニコルですっ!」

 ニコルの方は最初しどろもどろだったがすぐに力強く頷いた。私を信頼し、私の話に合わせれば大丈夫と考えているのだろう。

「私とこ奴は生き別れの姉妹でな……偶然、このニコルがミネラルの村の近くを通り、私の存在に気づいてくれたのだ。見ての通りこ奴はエルフ、魔法の扱いには長けておるのだ」
「は、はい! エルフです私、エルフ」

 ニコルはエルフ特有の尖った耳を触ってわかりやすくエルフであると主張した。とはいえこんな辺境だとエルフについては本で読んだ程度にしか知らない、せいぜい『魔法に詳しい』といった具合の認識だろう。そういった曖昧な認識はごまかしに利用するには最適なのだ。

 実際にスピネルはほぼ納得しているようだったが……レアはなぜか私に鋭い視線を送っていた。

「エルフについては本で読んだことがあります。でも姉妹ならシャイさんもエルフのはずですが、シャイさん、耳が尖ってないですよね。なんでですか?」

 うっ、と私は言葉に詰まった。さすがはレア、鋭い。もちろん私はエルフではない、よく見れば誰でも私とニコルが嘘だとわかるだろう。

 もちろん私もそこを突かれるとはわかっていた……ではなのになぜ、この場をごまかすのに姉妹であるなどと言ったのか。

 それは、この『必殺技』を使えるからだ。

「……レア」

 私はそっと顔を背け、顎を引き視線をやや下に向ける。そうして顔に影を作りつつ、物憂げな表情をして、努めて無感情に言った。

「私の出自には……様々な、事情があるのだ。父や母がおらぬことも、この話し方も、村に来るまでのことも……あまり、詮索はされたくない……家族のことは、特に」

 スピネルとレアが息を呑むのがわかる。これが私の『必殺技』だ。

 無論これは全て演技だ。だがこれまでの経緯から、ミネラルの村の者たちは私の境遇に同情的な目を向けていることはわかっている。こと両親がいないと語れば誰もが皆同情してくれた……それを利用すれば誰も不必要には詮索しない。

 つまりは私はあえて『秘密にしたい』と公言することで、謎のベールでニコルの正体ごと全てを覆ってしまったのだ。同時にその中を覗くことは私の心を傷つけることになるぞと相手に突きつける、いわば悲観的恐喝。

 優しいレアやスピネルを騙すことに気は引けたが背に腹は代えられなかった。実際に、この『必殺技』でレアもスピネルも納得してくれたらしい。

「そうかい、色々苦労してきたんだね……もうわかった。レアも、いいね?」
「……うん」

 頷くオリヴィン親子を見て、私は密かに安堵の息をついていた。なんとかごまかせた、これでまだ私の平穏は安泰……そう油断していた時。

「シャイちゃ~~~~んっ!!」
「へぶっ」

 突然、ニコルが私に抱き着いてきた。

「寂しかったんだね~! これからは大丈夫だよ、お姉ちゃんがいっしょだから! よしよし、よーしよしよし~!」
「な、なな、な……!」

 まるで本当の妹にするように愛情たっぷりに頭を撫でて頬ずりして……突然のこと対応できず、オリヴィン親子の目の前でこんなことをされてることにワンテンポ遅れて気付いた私はまた激しく赤面した。

 慌てて抗議しようとしたが、その瞬間にニコルが魔力による念話(脳内で直接会話する魔法)を送ってきた。

『魔王様、こうやってごまかすんですよね? 任せてください、私は全力で魔王様の姉をやりますから!』

 愛撫は私の指示に則った演技、と言われては私もぐうの音も出ない。どうもニコルは激しく愛でれば愛でるほどいいと考えているらしく、姉としての私への愛撫がみるみるエスカレートしていった。

「よしよし、もう大丈夫だからね! 泣かないでシャイちゃん、よしよしよし~!」
「ば、や、やめろニコルッ! もうよい、もうよいわァ!」

 体格差で負ける私は無理矢理振り切ることもできずニコルの腕の中で顔を真っ赤にして暴れるばかり。レアとスピネルはそんな私を見て微笑ましいと言わんばかりに笑っているのだった。



 その後、一同はニコルも含めひとまずは寒い森から村に帰ることになった。

 だが村に戻るべく森を歩く道中……レアはなおもじゃれあうニコルとシャイの背をじっと見つめていた。

 レアが密かに手の平の中に隠していたのは、鮮やかな羽根飾り。

 それはサニの家の道具屋の商品のひとつで、ただの羽根飾りではなく特殊な魔法がかけられた魔法具だ。

 その効果は、羽根飾りを耳に当てることで……遠くの音が聞こえる、というもの。

 レアは森の中にいるであろうシャイを探すべく、この羽根飾りを使用していた。

 そして、聞いてしまったのだ。

 シャイが魔王であるということを。

「シャイさん……あなたは……」

 レアは先程聞いた魔王とその部下の会話を胸で何度も反芻しながら、じっとシャイを見つめていた。

 様々な思いが渦巻いており、レアは混乱していた。だがひとまず思うのは。

「ほらシャイちゃん、暴れると落ちちゃうよ? おとなしくしててねー」
「だからだっこなどせんでいいと言っておるだろうがニコル! 降ろせ! 降ろせぇ~!」

 ……あんなにシャイさんと楽しそうに……シャイさんも顔を真っ赤にして、かわいくて……羨ましい。

 シャイさんは私のお姉さんなのに……

 と……目の前でシャイと楽しそうに戯れるニコルへの、嫉妬だった。

 少なくとも確かなのは、ニコルはレアが知らないシャイの素性を知っているということ。シャイと一番仲がいいのは自分だと思っていたレアにとってそれはとても嫉ましいことだった。

 だがふと、あの会話の内容を使ってシャイを弄れば……とレアは思いつく。

 そうすれば自分もニコルと同じ土俵に立てるし、何よりも『シャイが魔王だと知っている』と明かされた時のシャイの反応を想像すると。

「……ふふふ」

 レアは自然と笑みを浮かべていた。ずいぶんあくどい笑みだったが。

 少なくともレアにとってシャイはシャイである、元魔王だとかはこの際関係ない。

 むしろ、ニコルの腕の中でもうほぼ涙目で恥ずかしがるシャイと、それを眺めつつ彼女の秘密を握ったとほくそ笑むレアのどっちが魔王なのかわからないくらいだった。

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