魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります
13話 駆除する魔王
深夜。
私は部屋のベッドから抜け出し、オリヴィンの村周辺の森を散策していた。今回は防寒着もしっかり着ている。勝手ながらレアのクローゼットから拝借した。
「……ここだな」
魔法で視力を強化し薄闇の森を行く。見つけたのは土にわずかに残る足跡……日中に私が下したゲイズ・ベアのものだ。
ゲイズ・ベアは魔界の生物、本来ならばこんなところにいるわけがない……死骸を見たスピネルたちも『見たことがない』と言っていたし、調理法がわからないということでそのまま埋めてしまった。残念である。
魔界の生物を見たことがないスピネルたちはちょっと変わった熊程度の認識で済ませていたが、私はそれが魔獣であることも、魔獣がいかに危険かも、そしてこんな場所にいることがありえないということも知っている。
ありえないものがいたのならばその『理由』は探らねばならない。理由を突き止めぬまま捨て置いてはいつ想定外の事態が起きるかわからず、平穏は脅かされる。
解決できるか否かは別として、まずは原因究明だ。そしてそれは私の仕事。
「よし……『残り香』はあるな」
魔界の生物は多かれ少なかれ魔力を持っている。強い生物ならば尚更だ。このゲイズ・ベアの足跡にも、その魔力の残り香がかすかに残っていた。
この残り香に私の魔力を注入し、増幅させる。それによりゲイズ・ベアの魔力を辿ることが容易になり、ここに来るまでの足跡を完璧に見分けることができるのだ。
魔力を注がれた足跡は光の塊となって浮かび上がり、来た時とは逆回しに動き始めた。
足跡は森の奥へと向かっている。私はそれを追い始めた。
ほどなくして足跡は止まった。さほど距離を歩かずに済んで私も安堵する、身体能力を魔力で強化することはできるが、スタミナは使えば目減りするのでごまかしが効かず、あまり長い距離は歩けないのだ。魔女め、もう少し体を鍛えておけばよかったものを。
「ここが終点か……?」
足跡が止まったのは森の中腹……これといって何があるというわけでもない、木々に囲まれた至って普通の地点だ。足跡の光はそこで地面に下りて消えた。
ゲイズ・ベアの足跡はここからスタートしているらしい。これではまるで、あの熊が空から降ってきたみたいではないか。いくら魔獣とはいえ空を飛ぶほどの筋力はあるまい。
となると考えられるのは、転移魔法。
「何者かが転移魔法で送り込んだ……? まさか、魔界の奴らが……」
そうして考え込んでいたその時。
私は頭上に嫌な気配を感じとった。
「くッ!?」
すぐさま後ろに飛び退く。それと同時に、巨大な影が地響きを立てながら私の前に落下した。
それは蛇。だがただの蛇ではない、折り畳まれた体でさえ見上げるほどの巨体を誇る、大蛇。
太い胴体はゲイズ・ベアを数体まとめて捻り殺す。
金属光沢を持つどす黒い鱗は逆立ち、触れただけで切り裂かれる鋭さを併せ持つ。
目は暗黒の中でも地平線までを見通し、また温度・圧力・魔力などを感じとる器官を全身のあちこちに持つため死角という言葉をこの蛇は知らない。
牙から絶えず生成される毒は触れれば失神、粘膜に入れば激痛にのたうち死に至る。大蛇はそれを高圧力で射出する能力をも持っている。
背には無数の翼。蛇の身で竜よりも早く飛び、全身のしなやかな筋肉と合わせればその速度で落下する隼を悠々と一飲みにしてしまう。
尾の辺りには逆立った毛がびっしり。一本一本が鋼鉄の強度を持ち、地に振るえば一瞬で地中へと逃げる穴を掘り、獲物に向ければ肉塊を穿つ。
深淵王蛇……そう呼ばれる、凶悪な生物の揃う魔界の生態系でも最上位に位置する怪物。
だが。
「くだらぬわッ!」
私は瞬時に魔法を使っていた。
腐食の魔法で金属質の鱗を腐らせ崩壊させ。
魔力の矢でその目と全身の感覚器官を破壊。
牙は凍結魔法で毒ごと凍らせ、根元から叩き折った。
背に乗って飛び回り、片っ端からその翼をもいだ。
鋼鉄製の体毛は火炎魔法でドロドロにしてやった。
「去ねいッ!」
最後に急所である脳天を一撃。
時間にしてほんの10秒足らず、深淵王蛇は絶命した。
「フン、驚かせおって」
私はパンパンと手を掃った。魔界での食物連鎖の頂点クラスがいきなり出現したのは驚いたが……
そもそも魔界における生物の頂点はこの私、魔王シャイターンだ。魔物程度、いくら凶悪であろうと私の敵ではない。
「これで間違いないな。これは転移魔法だ」
私は天を見上げた。じっと目を凝らし、夜闇を見通すと……そこにわずかながら空間の歪みが見えている。その先からは、魔界の瘴気が漏れ出さんとしているのを感じた。
「『閉じよ』」
私はその歪みを『閉じ』た。空間の歪みは口を閉じて消え失せる、これでもう魔界の生物がこちらに現れることはない。
ひとまずゲイズ・ベアが現れた理由はあの歪みのせいとわかった。次に探らねばならぬのはあの歪みがこんな場所にあった理由……
この辺境と魔界を繋ぐような空間の歪みが自然に生まれる訳はない。
ならば考え得るのは……何者かの手により、魔界よりこの地へと扉が作られたということ。
「誰かは知らんがふざけたことを、この地に災いをもたらすことはこの私が……」
私はひとまず元来た道を引き返そうと振り返る。
その時、道を阻むように私の前に立っていたのは……分厚い布服を着こんだ、あの男だった。
私は部屋のベッドから抜け出し、オリヴィンの村周辺の森を散策していた。今回は防寒着もしっかり着ている。勝手ながらレアのクローゼットから拝借した。
「……ここだな」
魔法で視力を強化し薄闇の森を行く。見つけたのは土にわずかに残る足跡……日中に私が下したゲイズ・ベアのものだ。
ゲイズ・ベアは魔界の生物、本来ならばこんなところにいるわけがない……死骸を見たスピネルたちも『見たことがない』と言っていたし、調理法がわからないということでそのまま埋めてしまった。残念である。
魔界の生物を見たことがないスピネルたちはちょっと変わった熊程度の認識で済ませていたが、私はそれが魔獣であることも、魔獣がいかに危険かも、そしてこんな場所にいることがありえないということも知っている。
ありえないものがいたのならばその『理由』は探らねばならない。理由を突き止めぬまま捨て置いてはいつ想定外の事態が起きるかわからず、平穏は脅かされる。
解決できるか否かは別として、まずは原因究明だ。そしてそれは私の仕事。
「よし……『残り香』はあるな」
魔界の生物は多かれ少なかれ魔力を持っている。強い生物ならば尚更だ。このゲイズ・ベアの足跡にも、その魔力の残り香がかすかに残っていた。
この残り香に私の魔力を注入し、増幅させる。それによりゲイズ・ベアの魔力を辿ることが容易になり、ここに来るまでの足跡を完璧に見分けることができるのだ。
魔力を注がれた足跡は光の塊となって浮かび上がり、来た時とは逆回しに動き始めた。
足跡は森の奥へと向かっている。私はそれを追い始めた。
ほどなくして足跡は止まった。さほど距離を歩かずに済んで私も安堵する、身体能力を魔力で強化することはできるが、スタミナは使えば目減りするのでごまかしが効かず、あまり長い距離は歩けないのだ。魔女め、もう少し体を鍛えておけばよかったものを。
「ここが終点か……?」
足跡が止まったのは森の中腹……これといって何があるというわけでもない、木々に囲まれた至って普通の地点だ。足跡の光はそこで地面に下りて消えた。
ゲイズ・ベアの足跡はここからスタートしているらしい。これではまるで、あの熊が空から降ってきたみたいではないか。いくら魔獣とはいえ空を飛ぶほどの筋力はあるまい。
となると考えられるのは、転移魔法。
「何者かが転移魔法で送り込んだ……? まさか、魔界の奴らが……」
そうして考え込んでいたその時。
私は頭上に嫌な気配を感じとった。
「くッ!?」
すぐさま後ろに飛び退く。それと同時に、巨大な影が地響きを立てながら私の前に落下した。
それは蛇。だがただの蛇ではない、折り畳まれた体でさえ見上げるほどの巨体を誇る、大蛇。
太い胴体はゲイズ・ベアを数体まとめて捻り殺す。
金属光沢を持つどす黒い鱗は逆立ち、触れただけで切り裂かれる鋭さを併せ持つ。
目は暗黒の中でも地平線までを見通し、また温度・圧力・魔力などを感じとる器官を全身のあちこちに持つため死角という言葉をこの蛇は知らない。
牙から絶えず生成される毒は触れれば失神、粘膜に入れば激痛にのたうち死に至る。大蛇はそれを高圧力で射出する能力をも持っている。
背には無数の翼。蛇の身で竜よりも早く飛び、全身のしなやかな筋肉と合わせればその速度で落下する隼を悠々と一飲みにしてしまう。
尾の辺りには逆立った毛がびっしり。一本一本が鋼鉄の強度を持ち、地に振るえば一瞬で地中へと逃げる穴を掘り、獲物に向ければ肉塊を穿つ。
深淵王蛇……そう呼ばれる、凶悪な生物の揃う魔界の生態系でも最上位に位置する怪物。
だが。
「くだらぬわッ!」
私は瞬時に魔法を使っていた。
腐食の魔法で金属質の鱗を腐らせ崩壊させ。
魔力の矢でその目と全身の感覚器官を破壊。
牙は凍結魔法で毒ごと凍らせ、根元から叩き折った。
背に乗って飛び回り、片っ端からその翼をもいだ。
鋼鉄製の体毛は火炎魔法でドロドロにしてやった。
「去ねいッ!」
最後に急所である脳天を一撃。
時間にしてほんの10秒足らず、深淵王蛇は絶命した。
「フン、驚かせおって」
私はパンパンと手を掃った。魔界での食物連鎖の頂点クラスがいきなり出現したのは驚いたが……
そもそも魔界における生物の頂点はこの私、魔王シャイターンだ。魔物程度、いくら凶悪であろうと私の敵ではない。
「これで間違いないな。これは転移魔法だ」
私は天を見上げた。じっと目を凝らし、夜闇を見通すと……そこにわずかながら空間の歪みが見えている。その先からは、魔界の瘴気が漏れ出さんとしているのを感じた。
「『閉じよ』」
私はその歪みを『閉じ』た。空間の歪みは口を閉じて消え失せる、これでもう魔界の生物がこちらに現れることはない。
ひとまずゲイズ・ベアが現れた理由はあの歪みのせいとわかった。次に探らねばならぬのはあの歪みがこんな場所にあった理由……
この辺境と魔界を繋ぐような空間の歪みが自然に生まれる訳はない。
ならば考え得るのは……何者かの手により、魔界よりこの地へと扉が作られたということ。
「誰かは知らんがふざけたことを、この地に災いをもたらすことはこの私が……」
私はひとまず元来た道を引き返そうと振り返る。
その時、道を阻むように私の前に立っていたのは……分厚い布服を着こんだ、あの男だった。
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