魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります

八木山蒼

12話 師事されし魔王

 視線を感じる。

 私はハンバーグを客へと運びつつ窓の外を睨みつける……姿はない。だがたしかに視線を感じていた。

「どうかしましたか、シャイさん」
「いや……なんでもない」

 レアやルカは気付いていない、それはある意味当然で、影からの視線は真っ直ぐに私へと向けられていたからだ。

 私の脳裏に浮かぶのは私がオリヴィンに来た日に現れた姿を隠した謎の男。その目的はまだわからないが、狙いが私であることは間違いない。

 どうやら……いよいよ行動に出たようだ。

 ここまで近づくとはいい度胸だが……私を前には迂闊なだけだ。

「すまぬレア、ちと出るぞ」
「え? あ、はい」

 私は一言ことわりを入れて店より出た。そして後ろ手に扉を閉めるのと同時に。

「『閉じよ』ッ!」

 魔力を解き放つ。一瞬料理屋オリヴィンの周囲が光り、すぐに収まった。他人が見ても日光がおかしな反射したな、くらいにしか思わぬだろう。

 私は料理屋オリヴィンを不可視の結界で覆ったのだ、これで入ることはできても、私が許可するまでは何者も出ることはできない。魔王の結界ともなれば転移魔法も無力化され、私以上の魔力の持ち主でない限り脱出は不可能だ。

 さらに結界を張ると同時に探知も行っていた、店の裏に怪しい気配がある。

「フハハハハ、この私を侮ったな下郎が! 魔王の手から逃れられると思うな!」

 私は意気揚々と店の裏手に回り込んだ、さあ正体を見てやろう、鬼が出るか蛇が出るか、あるいは……

「そこだッ!」

 店の裏に飛び出す。私を見てひっ、と声を上げ、震えているものがいた。

 それはあの謎の男……ではなかった。

 結界にもたれかかるようにして倒れているのは私と同年代くらいの少女だった。紫色の髪はぼさぼさであちこちはねており妙に長い。

 服装だけはなぜか上品な浅葱色のスカートスタイルだが派手に足を開いて倒れているのでせっかくの服も台無しだ。髪の雑さと服のギャップもひどい。

 そして何よりは顔。私に怯えているはずだが、目が怖い。目付きが悪い上に三白眼、目の下には濃いくまもあって睨まれているようにしか見えない。顔立ち自体は美人に見えなくもないが、とにかく目が怖かった。

「む……?」

 私は少女を見て思案した。この少女が先程私に送られていた視線の主というのはまず間違いない、それは私の魔力に誓って確信できる。だがどうもこの少女が、あの怪しい服の男の正体だとは思えない。

「お主、何者だ。なぜ店内をチラチラと伺っていた?」

 少女に詰め寄って問い質す。少女ひどく慌てた様子だった。

「あ、わあ、わあわた、わた、その、私、えと!」

 怯えて慌てた少女はろれつすら回っていない、目も激しく泳ぎまくっていてせわしないくらいだ。なんだこいつ、というのが正直な私の感想だった。
 するとその時、店の裏口が開いてスピネルがひょっこり顔を出した。

「おや、なんか騒がしいと思ったらルチルちゃんじゃないか。シャイちゃんとなにやってんの?」

 ルチル、と呼ばれた少女は「ひぃっ」と声を上げ、やはりどもって何も言えていなかった。



 少し経って、私たちは店内へと戻った(結界も解いた)。

 怪しい少女、ルチルはテーブル席に座っている。かなり身を固くしており、ガチガチに緊張しているようだった。

「はい、ホットココア」
「ひゃ、ひゃいっ!」

 ルカにココアを差し出されただけでビクッと肩を跳ね上げるルチル。視線は常に下向きで机を睨みつけていた。

「珍しいなあルチルが来るなんて、お目当てはやっぱりシャイか?」
「ひ、はひぃ……」
「まあまあとりあえずココア飲んで落ち着きなよ。ちょうどいい温度にしといたから」

 ルカと話すルチル、私はカウンターの裏に隠れるようにして見ていた。レアも一緒に見ていたが、ルチルを見守るといった表現が近かった。

「レアよ、あのルチルとやらはどういう娘なのだ?」

 なんとなく本人にも聞けず、隣にいるレアに尋ねた。

「ルチル・ティタニアさん、16歳です。あんまり人と話さないからよくわかんない人なんです、目も怖いですし私もちょっと苦手で……いつも家に閉じこもってて、昔馴染みのサニさんがちょっと面倒を見てるって感じです」

 どうやら色々と難儀な娘らしい。ぼさぼさの髪や目元のくまはいかにも不衛生な感じがする、着ている服が妙に上品なのはサニに貰ったものを着ているからなのだろう。

「そういえば言っていたな、この村にいる娘は私覗き7人、レア、ルカ、マイカ、ポルとクル……サニと、あと1人と」
「はい。残り1人がルチルさんです。ルチルさんは出不精みたいなので、シャイさんのことを聞いても来るかどうかわかりませんでした」
「なるほど……」

 逆にいえばこのルチルで村にいる若い娘は全員というわけだ。ようやく全員を知れて安心するやら、ルチルを見て不安に思うやら複雑だ。

 とその時、ルカが私を手招きしているのに気付いたので私は出ていった。

「シャイ、ルチルがお前と話したいんだそうだ」
「私と?」
「あ、ひ、はいっ!」

 相変わらずルチルはガチガチに緊張しているが、どうも私に対しは特に緊張しているように見える。当初私にはそれが怯えだと思っていた。

 話したいのならば都合がいい、私もルチルに聞きたいことがあった。

「ルチルといったな、まだお主がこそこそと隠れて私を見ていた理由を聞いておらぬ。教えてはくれぬか」
「あ、そ、そ、それは、そのぉ……」

 尋ねたがルチルは視線を泳がせてもじもじとしていて要領を得ない。私は少しイラついて声を荒げた。

「黙るだけでは埒が明かぬわ! 明かせぬなら明かせぬと言え、話すならば早急に話すがよいわぁっ!」

 やや大きな声で怒鳴りつけた、その時だった。

「それですッ!!」

 突然、ルチルは椅子から飛び降りると跪くようにして私の手を握った。へっ、と言葉を失う私の前でルチルの目はキラキラと輝きながら私を見ていた。

「まだ小さいのにその堂々とした姿勢! 喋り方! すごい、すごいです! ほんとにすごい、尊敬してるんですっ!」
「は、はあ……?」

 今までの消極的な姿勢はどこへやら、ルチルは私を圧倒する勢いでまくし立てた。そしてとんでもないことを言い出した。

「ぜ、ぜひっ、先生と呼ばせてください!」
「は、はあっ!?」
「わ、私、先生みたいになりたいんです! いつもいじいじとしてばかりで、臆病で……そんな自分を変えて、先生みたいに堂々としていたいんですッ!!」

 ぶんぶんと私の手を振り回し叫ぶように言うルチル。あんまりに唐突で、私も他の皆もただただ唖然としていた。
 そんなリアクションに気付いたのか、ハッとルチルが顔を上げる。そしてその顔が一瞬で真っ赤に染まった。

「す、すすすみませ、わ、わ、わ、私、舞い上がっちゃって……! きょきょ、今日はこれで失礼します! 先生、また今度お会いしましょうッ!」

 ルチルは跳ね上げられるように立ち上がると、ほとんど逃げるように去っていった。嵐のように消えた彼女の後姿を、私はただただびっくりして見送る。

 こうして、私に妙な友人が……かつ、唐突な弟子ができたのだった。

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