魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります
幕間 それはかつての魔王とエルフ
それは魔王シャイターンが村娘シャイとなる以前……魔王がまだ魔王だった頃。
シャイターンは魔王城の玉座に鎮座し、暇を持て余していた。
「……フン」
半ば眠るように瞑想する。魔界には娯楽の類はほとんどない。魔王としての仕事がない時も、何をするというわけでもなくこうしてただ座っていることが多かった。
シャイターンが魔王たる所以はその強さである。しかし逆を言えば、彼は強さのみで魔王へ祀り上げられた。
シャイターン本人は闘争を好まないし、人間たちへの恨みつらみもない。ただ魔王の座にいれば外敵などから部下が勝手に守ってくれるし何かと楽だから魔王として君臨している。
この頃、配下の魔族たちは何やら人間との戦争を始めるつもりのようだが、魔王はそれも一切意に介していなかった。
戦争なんて勝手にやればいい。万が一魔族側が負けて魔王のところまで攻め入られたら叩き潰すのみだし、なんなら逃げ去ってもシャイターンはなんら困らない。むしろそれを望むふしすらあった。
まあどの道、魔王城の最深部にあるこの玉座までそう簡単にたどり着けるはずはないが……シャイターンがそう思いふと目を空けた時。
唐突に、足元で魔力の光が集まり始める。それは人の形になり姿を現す。転移魔法だった。
「っとっとっと……こ、ここは……?」
それはエルフだった。杖を携えたか細い体のエルフの女はきょろきょろと辺りを見渡す。
やがてシャイターンの足を見て、ゆっくりと視線を上げ、それが魔王の巨体の一部だとわかると。
「ひっ、ひえええええええええっ!?」
悲鳴を上げて慌てて後ずさった。
魔王はこのエルフの出現に正直驚いていた。エルフが現れたのは転移魔法、瞬間的に遠距離を移動する魔法。だが魔王シャイターンにすら直前まで気配を悟らせず、また魔界の奥の奥にあるこの場所にあっさりと転移するなど並の魔導士ではできないことだ。このエルフ、相当な魔法の使い手とみえる。
「まままままま、魔王っ!? お、お命頂戴しますッ!?」
しかしエルフは激しく動揺しているようだった。震える体でなんとか立ち上がり、簡素な木の杖をシャイターンに向ける。宣戦布告の言葉はなぜか疑問調、明らかに魔王に恐怖しているようだった。
「ふうむ……? 見たところ、私を討つために転移魔法で侵入した刺客のようだが……貴様本当に、私と戦うつもりなのか?」
シャイターンとしては不必要な戦いをする気はしない、このエルフはどう見ても魔王に怯え切っている。だがそれでも、エルフは半ばやけくそ気味に戦いに臨むつもりのようだ。
「で、できれば戦いたくは……い、いや! 私の魔法でお前を倒しますっ! えーい」
エルフは杖を振った。意外ととんでもない魔法が飛び出すかもしれない、とシャイターンは一応警戒し構える。
だがエルフの杖から放たれたのはごく普通の火球だった。どう見ても低級魔術、シャイターンは指一本でそれを消し飛ばす。エルフは恐れおののいて尻餅をついた。
「も、もうやだぁ。だから無理だって言ったんだぁ、帰る! 帰るぅ!」
エルフの体が光を放つ。転移魔法だ。やはりこの転移魔法だけは一級品で、目にも留まらぬ間に魔王の目の前から消えようとしていた。
「まあ待て」
シャイターンは特殊な魔法を放ちその転移魔法を掻き消した。ひっ、とエルフが恐怖する。いかに転移魔法の質が高いと言えど、シャイターンの魔力をもってすれば無効化くらいはたやすいのだ。
もはやどうしようもないと悟ったのか、エルフは泣きながら土下座を始めた。
「お、おおお願いします、殺さないでください~! 無理矢理やらされたんです~! ひ~ん!」
小物そのもののその姿に魔王は呆れかえる。どうもこのエルフの素性が見えない、あれほどの転移魔法の技術、そうそう身に着けられるはずはないのだが……魔王は少し興味を持った。どうせ暇なのだ、こいつのことを聞いてみよう。
「死にたくなくば話してみろ、貴様の素性、なぜここへ来たか、全てな」
問いかけるとエルフはあっさりと全てを話し始めた。
このエルフがいる村は魔族との抗争中で劣勢、そこで魔族のトップたる魔王を直接討つことで一挙大逆転を狙った。
しかし魔王がいるのは魔界の奥も奥、そう簡単にたどり着けるわけがない……白羽の矢が立ったのがこのエルフの少女だった。
曰く、このエルフは村の中でも天才的な魔法の使い手で、こうして魔王城にも一瞬で転移できている。魔王にも対抗しうる力が充分にあると目されていた。
……が。
「……私、得意なのは転移魔法とか透明魔法とか、『逃げる』魔法だけなんです。生まれつきものすごい怖がりで、怖いものから逃げようとするあまりに逃げ魔法だけ特化してすごくなっちゃって……でも村のみんなは私が魔法全般天才だって勘違いしちゃってるんです。それでその、あれよあれよという内に、こんなとこに……あううぅぅぅ、私が魔王を倒せるわけないのにぃ」
エルフは涙目でそう語った。つくづく情けない女である。
「お願いします殺さないでくださいぃ、言われてやっただけなんです。降伏しますからぁ」
エルフが哀願する。シャイターンはしばし考え込んでいた。
このエルフの転移魔法の腕前は本物……それに話によると転移魔法だけでなく数多くの逃げ魔法を習得しているらしい。
実は逆にシャイターンはそう言った魔法は不得手だった。というのも、このエルフが生来の臆病から逃げる才能を開花させたならば、シャイターンはその逆で生まれつき逃げる必要がまったくなかったからだ。敵対する者は正面から叩き潰せばいいので、必然的に逃げる能力を発達させることもなかった。
おそらくはこれからもそうだろう、が……魔王シャイターンは周囲が思うよりも慎重だった。
万が一ということがある。この先、自分が『逃げる』必要がある場面が訪れるかもしれない。それこそ転移魔法で遠く、遠くへ逃げる必要が……
「面白い。貴様、これから私に魔法を教えるがいい。貴様が持つ魔法、興味がある」
シャイターンがそう告げると、「へっ」とエルフが目を丸くする。
「そ、それって、殺さないってことですか……?」
「当然だ、元より殺す意味などない」
エルフは残虐な魔王のイメージから恐怖していたのだろうが、そもそもシャイターンは闘争を好まないし敵対心のない相手を殺しても後味が悪いだけだ。最初から殺すつもりなど毛頭なかった。
だがすっかり死に怯え切っていたエルフの方は、魔王のその言葉に飛び上がるほど喜んでいた。
「あ、ありがとうございますっ! 慈悲深い魔王様、本当にありがとうございます! 一生ついていきますぅっ!」
「御託は良い、さっさと教えろ」
「は、はいっ! 全身全霊を持って教えさせて頂きます、魔王様ぁっ!」
狂喜し魔王へ崇拝にも似た眼差しを向けるエルフを、魔王はややうっとうしく感じていた。
それから、このエルフは魔王城に住み魔王軍の一員となった。
命を救われたと感じたエルフはすっかり魔王に惚れこんでしまい、むしろ魔族よりも魔族らしく魔王に忠誠を誓う存在となった。
日々魔王に尽くし、そして持ちうる魔法技術の粋を魔王に教えた。
そしてまた、魔王が興味を持った際は、魔界の外の暮らしなども魔王に伝えたりもした。
初めはうっとうしく思っていた魔王もエルフの献身的な姿勢を気に入り、次第に重用するようになっていった。
側近の黒装束はそれをあまり快く思っていなかったようだが……
そんなある日。
突然、エルフは姿を消した。
転移魔法で外の世界へと逃げ帰ったのだ。
魔王はやや落胆したが、考えてみれば当然か、と思い直す。別に魔法の使用を縛ったりはしていない、エルフの転移魔法をもってすれば、魔王の目の届かない場所からならばいつでも逃げ出せたのだ。
あの間の抜けたエルフのことだ、大方魔王に救われたと思い込み舞い上がっていたが日を追うにつれて冷静になり、その時ようやく逃げだせばいいと気付いたのだろう。
魔王もそれを咎める気はなかった。便利な存在ではあったが本来魔界にいていい身ではない、本人が望むならばそれでいい、と。転移魔法などの習得もほぼ終わっていたし。
こうして魔王の前に突如現れたエルフのことはシャイターンも時が経つにつれ忘れていった……
シャイがまだシャイターンだった頃の話。
シャイターンは魔王城の玉座に鎮座し、暇を持て余していた。
「……フン」
半ば眠るように瞑想する。魔界には娯楽の類はほとんどない。魔王としての仕事がない時も、何をするというわけでもなくこうしてただ座っていることが多かった。
シャイターンが魔王たる所以はその強さである。しかし逆を言えば、彼は強さのみで魔王へ祀り上げられた。
シャイターン本人は闘争を好まないし、人間たちへの恨みつらみもない。ただ魔王の座にいれば外敵などから部下が勝手に守ってくれるし何かと楽だから魔王として君臨している。
この頃、配下の魔族たちは何やら人間との戦争を始めるつもりのようだが、魔王はそれも一切意に介していなかった。
戦争なんて勝手にやればいい。万が一魔族側が負けて魔王のところまで攻め入られたら叩き潰すのみだし、なんなら逃げ去ってもシャイターンはなんら困らない。むしろそれを望むふしすらあった。
まあどの道、魔王城の最深部にあるこの玉座までそう簡単にたどり着けるはずはないが……シャイターンがそう思いふと目を空けた時。
唐突に、足元で魔力の光が集まり始める。それは人の形になり姿を現す。転移魔法だった。
「っとっとっと……こ、ここは……?」
それはエルフだった。杖を携えたか細い体のエルフの女はきょろきょろと辺りを見渡す。
やがてシャイターンの足を見て、ゆっくりと視線を上げ、それが魔王の巨体の一部だとわかると。
「ひっ、ひえええええええええっ!?」
悲鳴を上げて慌てて後ずさった。
魔王はこのエルフの出現に正直驚いていた。エルフが現れたのは転移魔法、瞬間的に遠距離を移動する魔法。だが魔王シャイターンにすら直前まで気配を悟らせず、また魔界の奥の奥にあるこの場所にあっさりと転移するなど並の魔導士ではできないことだ。このエルフ、相当な魔法の使い手とみえる。
「まままままま、魔王っ!? お、お命頂戴しますッ!?」
しかしエルフは激しく動揺しているようだった。震える体でなんとか立ち上がり、簡素な木の杖をシャイターンに向ける。宣戦布告の言葉はなぜか疑問調、明らかに魔王に恐怖しているようだった。
「ふうむ……? 見たところ、私を討つために転移魔法で侵入した刺客のようだが……貴様本当に、私と戦うつもりなのか?」
シャイターンとしては不必要な戦いをする気はしない、このエルフはどう見ても魔王に怯え切っている。だがそれでも、エルフは半ばやけくそ気味に戦いに臨むつもりのようだ。
「で、できれば戦いたくは……い、いや! 私の魔法でお前を倒しますっ! えーい」
エルフは杖を振った。意外ととんでもない魔法が飛び出すかもしれない、とシャイターンは一応警戒し構える。
だがエルフの杖から放たれたのはごく普通の火球だった。どう見ても低級魔術、シャイターンは指一本でそれを消し飛ばす。エルフは恐れおののいて尻餅をついた。
「も、もうやだぁ。だから無理だって言ったんだぁ、帰る! 帰るぅ!」
エルフの体が光を放つ。転移魔法だ。やはりこの転移魔法だけは一級品で、目にも留まらぬ間に魔王の目の前から消えようとしていた。
「まあ待て」
シャイターンは特殊な魔法を放ちその転移魔法を掻き消した。ひっ、とエルフが恐怖する。いかに転移魔法の質が高いと言えど、シャイターンの魔力をもってすれば無効化くらいはたやすいのだ。
もはやどうしようもないと悟ったのか、エルフは泣きながら土下座を始めた。
「お、おおお願いします、殺さないでください~! 無理矢理やらされたんです~! ひ~ん!」
小物そのもののその姿に魔王は呆れかえる。どうもこのエルフの素性が見えない、あれほどの転移魔法の技術、そうそう身に着けられるはずはないのだが……魔王は少し興味を持った。どうせ暇なのだ、こいつのことを聞いてみよう。
「死にたくなくば話してみろ、貴様の素性、なぜここへ来たか、全てな」
問いかけるとエルフはあっさりと全てを話し始めた。
このエルフがいる村は魔族との抗争中で劣勢、そこで魔族のトップたる魔王を直接討つことで一挙大逆転を狙った。
しかし魔王がいるのは魔界の奥も奥、そう簡単にたどり着けるわけがない……白羽の矢が立ったのがこのエルフの少女だった。
曰く、このエルフは村の中でも天才的な魔法の使い手で、こうして魔王城にも一瞬で転移できている。魔王にも対抗しうる力が充分にあると目されていた。
……が。
「……私、得意なのは転移魔法とか透明魔法とか、『逃げる』魔法だけなんです。生まれつきものすごい怖がりで、怖いものから逃げようとするあまりに逃げ魔法だけ特化してすごくなっちゃって……でも村のみんなは私が魔法全般天才だって勘違いしちゃってるんです。それでその、あれよあれよという内に、こんなとこに……あううぅぅぅ、私が魔王を倒せるわけないのにぃ」
エルフは涙目でそう語った。つくづく情けない女である。
「お願いします殺さないでくださいぃ、言われてやっただけなんです。降伏しますからぁ」
エルフが哀願する。シャイターンはしばし考え込んでいた。
このエルフの転移魔法の腕前は本物……それに話によると転移魔法だけでなく数多くの逃げ魔法を習得しているらしい。
実は逆にシャイターンはそう言った魔法は不得手だった。というのも、このエルフが生来の臆病から逃げる才能を開花させたならば、シャイターンはその逆で生まれつき逃げる必要がまったくなかったからだ。敵対する者は正面から叩き潰せばいいので、必然的に逃げる能力を発達させることもなかった。
おそらくはこれからもそうだろう、が……魔王シャイターンは周囲が思うよりも慎重だった。
万が一ということがある。この先、自分が『逃げる』必要がある場面が訪れるかもしれない。それこそ転移魔法で遠く、遠くへ逃げる必要が……
「面白い。貴様、これから私に魔法を教えるがいい。貴様が持つ魔法、興味がある」
シャイターンがそう告げると、「へっ」とエルフが目を丸くする。
「そ、それって、殺さないってことですか……?」
「当然だ、元より殺す意味などない」
エルフは残虐な魔王のイメージから恐怖していたのだろうが、そもそもシャイターンは闘争を好まないし敵対心のない相手を殺しても後味が悪いだけだ。最初から殺すつもりなど毛頭なかった。
だがすっかり死に怯え切っていたエルフの方は、魔王のその言葉に飛び上がるほど喜んでいた。
「あ、ありがとうございますっ! 慈悲深い魔王様、本当にありがとうございます! 一生ついていきますぅっ!」
「御託は良い、さっさと教えろ」
「は、はいっ! 全身全霊を持って教えさせて頂きます、魔王様ぁっ!」
狂喜し魔王へ崇拝にも似た眼差しを向けるエルフを、魔王はややうっとうしく感じていた。
それから、このエルフは魔王城に住み魔王軍の一員となった。
命を救われたと感じたエルフはすっかり魔王に惚れこんでしまい、むしろ魔族よりも魔族らしく魔王に忠誠を誓う存在となった。
日々魔王に尽くし、そして持ちうる魔法技術の粋を魔王に教えた。
そしてまた、魔王が興味を持った際は、魔界の外の暮らしなども魔王に伝えたりもした。
初めはうっとうしく思っていた魔王もエルフの献身的な姿勢を気に入り、次第に重用するようになっていった。
側近の黒装束はそれをあまり快く思っていなかったようだが……
そんなある日。
突然、エルフは姿を消した。
転移魔法で外の世界へと逃げ帰ったのだ。
魔王はやや落胆したが、考えてみれば当然か、と思い直す。別に魔法の使用を縛ったりはしていない、エルフの転移魔法をもってすれば、魔王の目の届かない場所からならばいつでも逃げ出せたのだ。
あの間の抜けたエルフのことだ、大方魔王に救われたと思い込み舞い上がっていたが日を追うにつれて冷静になり、その時ようやく逃げだせばいいと気付いたのだろう。
魔王もそれを咎める気はなかった。便利な存在ではあったが本来魔界にいていい身ではない、本人が望むならばそれでいい、と。転移魔法などの習得もほぼ終わっていたし。
こうして魔王の前に突如現れたエルフのことはシャイターンも時が経つにつれ忘れていった……
シャイがまだシャイターンだった頃の話。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
4
-
-
3087
-
-
314
-
-
1
-
-
439
-
-
140
-
-
127
-
-
1512
-
-
969
コメント