魔王をやめさせられたので、村娘になって辺境でスローライフを送ります
7話 同衾せし魔王
夕食を終え、軽く体を拭った頃にはもうすっかり日が落ちていた。
わずかなランプの光が灯る薄闇のミネラルの村、料理屋オリヴィンは完全に営業をやめルカも帰宅する。幼いレアはうつらうつらと夢心地、夜の時間だった。
歯を磨き服を着替え就寝の準備をする。幸いにも部屋を与えられた私は風雨をしのぐ心配などする必要もなく、柔らかなベッドに安心して身を横たえる……
はずだったのだが。
私はなぜか、まったく安心のできない状況に追い込まれていた。
「……ぐむむ」
私は視線を泳がせてその部屋の中を見回した。家具といえばベッドと机、鏡台やクローゼット程度の小さな部屋。
だが円形のカーペットにはネコの模様があしらわれ、要所要所に小さくもかわいらしい装飾が見られる。いわゆる『女の子の部屋』……なのだろう、他の例を見たことがない私には推測するよりないが。
そしてその部屋の真ん中。薄いひらひらとした寝間着に身を包み、髪を上に束ねてうなじを露出させた、レアが不思議そうに私を見ていた。
「シャイさん、どうしました。私の部屋、何か変でしょうか」
そう、ここはレアの部屋だ。だが女子の部屋に邪魔しているだけでは私はここまで所在なく落ち着きを失ったりはしない……レアの部屋にいる理由が問題だった。
「早く寝ましょう、少し狭いでしょうけど我慢してください」
レアはベッドの布団をまくり平然と言った。そう、私はこれからレアと同じベッドで寝るのである。
本来ならば私にはこの隣の部屋が与えられているのだが、スピネル曰くその部屋は長いこと空き部屋で埃が積もっているらしく、「明日ちゃんと掃除するから、今日はこっちで」となぜかレアの部屋に通されてしまったのだ。
「どうしましたシャイさん、早く来てください。私もう眠いんです」
いつの間にかレアはベッドに横になり布団の半分を開けぽんぽんとベッドを叩き催促している。その顔は笑いをこらえているようで、私にとっては実に忌々しく、楽しげだった。
「……ひょっとして、恥ずかしいんですかぁ?」
レアは口に手を当てて挑発的に笑った。その顔に私のプライドがカチンと音を立てる。
「フ、フフフフ……この私を挑発するか、よかろう! これしきのこと、我が覇道の前にはどうということもないわぁ!」
半ばヤケになった私はずかずかとベッドに近づき、そのまま身を横たえた。柔らかな綿の感触を薄い寝間着越しの肌が感ずるのと同時に、レアが持ち上げていた布団がふわりとかけられる。
気付けば私たちは同じ布団の中で、向かい合っていた。息遣いすら感じそうな距離にレアの顔がある。途端に私の反骨心はしゅるしゅると萎み、代わって羞恥心が私の顔を真っ赤にした。
「ふふふ。シャイさん、かわいいです」
レアは赤面する私を見てほくほく顔だった。ぐぬぬ、とまたやりこめられた私は恥ずかしいやら、間近でレアの笑顔を見てて嬉しいやら。
どうもレアは私を弄ぶのが癖になっているらしい、ここらで少し反撃してやらねば。
「おのれ、この私を侮るとどうなるか思い知らせてやるぞ。そらっ!」
私は布団の中で手を動かし、レアの脇腹をくすぐってやった。弱点だったのか途端にレアが笑いだす。
「ひゃっ、あはははは! やめ、やめてくださいぃ」
「フン、我が力を思い知ったか! そらそら」
「きゃはははっ、お、お返しですっ!」
「ひっ、ばっ、やめ……あはははは!」
レアに脇をくすぐり返され、『くすぐったい』という慣れない感覚に私は身をよじる。だが負けじとレアを責める手も止めなかった。
狭い布団の中で私たちはしばしくすぐり合いをしていたが、やがてスピネルに「仲いいのは結構だけどそろそろ寝なよ」とやんわりと叱りを受けた。
いく分か緊張も和らいだ私たちは枕元のランプを消す。
「それではシャイさん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
私たちは静かに目を閉じる。全身に平穏を感じつつ温もりの中まどろむ、私は幸福だった。
深夜。
ミネラルの村周辺の山林で、怪しく動く影があった。
それは日中に料理屋オリヴィンを訪れた謎の男だった。相も変わらずボロボロのローブと厚い布服で体を隠している。
こんな深夜に、こんな辺境の村の周囲で月光から隠れるように木々の影をうろつき回る男。どう考えてもまっとうな理由があるとは思い難かった。
男はゆっくりとミネラルの村へと近づいていく。その目的はわからない、だがその身には――邪悪な魔力が少しずつ膨らみ始めていた。
だが、その時。
「そこまでだ、下郎がッ!!」
木の裏に潜み待ち伏せをしていた私は男に飛び掛かった。瞬間的にブーストした身体能力で跳躍し、そのまま男の首を抑え、地面に叩きつけ捻じ伏せる。男は全身を驚愕と困惑に震えさせていた。
実は私はつい少し前にふと目を覚ましていたのだ。日中にマナミの馬車で眠ってしまったせいか眠りが浅く――この男の気配を感じ取ったからだった。
私はあえて自ら打って出た。この平穏、絶対に守り抜く!
「フン、貴様が何者かは知らんが、ようやくつかんだ私の『平穏』を……このミネラルの村とその住民たちを脅かすものは、この私が許さん!」
体重をかけ、私は男への圧迫を強める。男はろくな抵抗もできていないが私は油断せず、いつでも魔王の魔力を解き放つ準備をしていた。
「まずはその顔を晒し、目的を教えてもらおうか! フッハハハ、さあ邪魔な服は……」
男の顔を拝もうとそのローブに手を伸ばした瞬間だった。
突然、男の姿が消えた。
「ひゃっ!?」
体重をかけていた相手がいきなり消えたことで私は地面に倒れ込んでしまった。慌てて起き上がり辺りを見渡すが男の服の欠片すら落ちていない、どうやら転移魔法を使い瞬時に移動したらしい。
念のため探知をしてみたが反応はなかった。私は転移魔法を使えないのでこれでは追いようもない。
「逃がしたか……フン、まあよいわ」
逃げたということは逆にいえば私に対抗する自信がなかったということ。十分に警告はできただろう、私とこの村に手を出せばどうなるか。
私の顔を見られたかもしれないがこの夜闇、きちんと確認できたとは思い難い。それに仮に見られ、私の正体がバレたとしても私はまったく構わない。
なぜなら、正体がバレやしないかとびくびく怯えつつ今後暮らすのは『平穏』ではないから……不安要素はことごとく排除してこそ真の『平穏』だ。
いずれ必ず尻尾を掴んでやる。私はそう強く決意した。
「うぅ、しかし夜風はこの身にはこたえる……」
私は思わず身を震わせる、薄い寝間着に夜の空気は酷だ。さっさとレアが待つ暖かい布団に帰ることにした。
しかし……とその道中、私は考える。
「奴が一瞬見せた魔力、それにあの転移魔法。あいつ、もしや……? いやまさかな」
私は自ら浮かべた疑惑を否定しつつ帰路につく。ちと心当たりがあるがその可能性は低かろう、しかし万が一そうならば……唯一言えるのは、ひょっとしたらだが……
存外この一件、拍子抜けするほどにあっさり、笑い飛ばすように解決するのではないかということだった。
私は屋根伝いに渡り窓からレアの部屋に戻った。すると、
「んん……」
とレアが小さく呻く声がして、ベッドの上でのそりと起き上がる。しまった起こしてしまったか、と私は慌てたが……
「お姉ちゃん……? どこ、行ってたの……?」
寝ぼけているのかレアは私にそう語り掛けた。お姉ちゃん、という言葉がレアから投げかけられるのに、私は胸が高鳴るのを感じた。
「だ、大丈夫だ、もう済んだ。さ、いっしょに寝よう」
「んー……うん……」
私は極力静かに歩きまたベッドにもぐりこみ布団をかけた。するとこれまた寝ぼけているのか、レアは抱き枕にそうするように私に抱き着いてきた。
私の頭から先程の一件などあっさりと掻き消えて、幸福の中にまた平穏なる眠りに落ちるのだった。
わずかなランプの光が灯る薄闇のミネラルの村、料理屋オリヴィンは完全に営業をやめルカも帰宅する。幼いレアはうつらうつらと夢心地、夜の時間だった。
歯を磨き服を着替え就寝の準備をする。幸いにも部屋を与えられた私は風雨をしのぐ心配などする必要もなく、柔らかなベッドに安心して身を横たえる……
はずだったのだが。
私はなぜか、まったく安心のできない状況に追い込まれていた。
「……ぐむむ」
私は視線を泳がせてその部屋の中を見回した。家具といえばベッドと机、鏡台やクローゼット程度の小さな部屋。
だが円形のカーペットにはネコの模様があしらわれ、要所要所に小さくもかわいらしい装飾が見られる。いわゆる『女の子の部屋』……なのだろう、他の例を見たことがない私には推測するよりないが。
そしてその部屋の真ん中。薄いひらひらとした寝間着に身を包み、髪を上に束ねてうなじを露出させた、レアが不思議そうに私を見ていた。
「シャイさん、どうしました。私の部屋、何か変でしょうか」
そう、ここはレアの部屋だ。だが女子の部屋に邪魔しているだけでは私はここまで所在なく落ち着きを失ったりはしない……レアの部屋にいる理由が問題だった。
「早く寝ましょう、少し狭いでしょうけど我慢してください」
レアはベッドの布団をまくり平然と言った。そう、私はこれからレアと同じベッドで寝るのである。
本来ならば私にはこの隣の部屋が与えられているのだが、スピネル曰くその部屋は長いこと空き部屋で埃が積もっているらしく、「明日ちゃんと掃除するから、今日はこっちで」となぜかレアの部屋に通されてしまったのだ。
「どうしましたシャイさん、早く来てください。私もう眠いんです」
いつの間にかレアはベッドに横になり布団の半分を開けぽんぽんとベッドを叩き催促している。その顔は笑いをこらえているようで、私にとっては実に忌々しく、楽しげだった。
「……ひょっとして、恥ずかしいんですかぁ?」
レアは口に手を当てて挑発的に笑った。その顔に私のプライドがカチンと音を立てる。
「フ、フフフフ……この私を挑発するか、よかろう! これしきのこと、我が覇道の前にはどうということもないわぁ!」
半ばヤケになった私はずかずかとベッドに近づき、そのまま身を横たえた。柔らかな綿の感触を薄い寝間着越しの肌が感ずるのと同時に、レアが持ち上げていた布団がふわりとかけられる。
気付けば私たちは同じ布団の中で、向かい合っていた。息遣いすら感じそうな距離にレアの顔がある。途端に私の反骨心はしゅるしゅると萎み、代わって羞恥心が私の顔を真っ赤にした。
「ふふふ。シャイさん、かわいいです」
レアは赤面する私を見てほくほく顔だった。ぐぬぬ、とまたやりこめられた私は恥ずかしいやら、間近でレアの笑顔を見てて嬉しいやら。
どうもレアは私を弄ぶのが癖になっているらしい、ここらで少し反撃してやらねば。
「おのれ、この私を侮るとどうなるか思い知らせてやるぞ。そらっ!」
私は布団の中で手を動かし、レアの脇腹をくすぐってやった。弱点だったのか途端にレアが笑いだす。
「ひゃっ、あはははは! やめ、やめてくださいぃ」
「フン、我が力を思い知ったか! そらそら」
「きゃはははっ、お、お返しですっ!」
「ひっ、ばっ、やめ……あはははは!」
レアに脇をくすぐり返され、『くすぐったい』という慣れない感覚に私は身をよじる。だが負けじとレアを責める手も止めなかった。
狭い布団の中で私たちはしばしくすぐり合いをしていたが、やがてスピネルに「仲いいのは結構だけどそろそろ寝なよ」とやんわりと叱りを受けた。
いく分か緊張も和らいだ私たちは枕元のランプを消す。
「それではシャイさん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
私たちは静かに目を閉じる。全身に平穏を感じつつ温もりの中まどろむ、私は幸福だった。
深夜。
ミネラルの村周辺の山林で、怪しく動く影があった。
それは日中に料理屋オリヴィンを訪れた謎の男だった。相も変わらずボロボロのローブと厚い布服で体を隠している。
こんな深夜に、こんな辺境の村の周囲で月光から隠れるように木々の影をうろつき回る男。どう考えてもまっとうな理由があるとは思い難かった。
男はゆっくりとミネラルの村へと近づいていく。その目的はわからない、だがその身には――邪悪な魔力が少しずつ膨らみ始めていた。
だが、その時。
「そこまでだ、下郎がッ!!」
木の裏に潜み待ち伏せをしていた私は男に飛び掛かった。瞬間的にブーストした身体能力で跳躍し、そのまま男の首を抑え、地面に叩きつけ捻じ伏せる。男は全身を驚愕と困惑に震えさせていた。
実は私はつい少し前にふと目を覚ましていたのだ。日中にマナミの馬車で眠ってしまったせいか眠りが浅く――この男の気配を感じ取ったからだった。
私はあえて自ら打って出た。この平穏、絶対に守り抜く!
「フン、貴様が何者かは知らんが、ようやくつかんだ私の『平穏』を……このミネラルの村とその住民たちを脅かすものは、この私が許さん!」
体重をかけ、私は男への圧迫を強める。男はろくな抵抗もできていないが私は油断せず、いつでも魔王の魔力を解き放つ準備をしていた。
「まずはその顔を晒し、目的を教えてもらおうか! フッハハハ、さあ邪魔な服は……」
男の顔を拝もうとそのローブに手を伸ばした瞬間だった。
突然、男の姿が消えた。
「ひゃっ!?」
体重をかけていた相手がいきなり消えたことで私は地面に倒れ込んでしまった。慌てて起き上がり辺りを見渡すが男の服の欠片すら落ちていない、どうやら転移魔法を使い瞬時に移動したらしい。
念のため探知をしてみたが反応はなかった。私は転移魔法を使えないのでこれでは追いようもない。
「逃がしたか……フン、まあよいわ」
逃げたということは逆にいえば私に対抗する自信がなかったということ。十分に警告はできただろう、私とこの村に手を出せばどうなるか。
私の顔を見られたかもしれないがこの夜闇、きちんと確認できたとは思い難い。それに仮に見られ、私の正体がバレたとしても私はまったく構わない。
なぜなら、正体がバレやしないかとびくびく怯えつつ今後暮らすのは『平穏』ではないから……不安要素はことごとく排除してこそ真の『平穏』だ。
いずれ必ず尻尾を掴んでやる。私はそう強く決意した。
「うぅ、しかし夜風はこの身にはこたえる……」
私は思わず身を震わせる、薄い寝間着に夜の空気は酷だ。さっさとレアが待つ暖かい布団に帰ることにした。
しかし……とその道中、私は考える。
「奴が一瞬見せた魔力、それにあの転移魔法。あいつ、もしや……? いやまさかな」
私は自ら浮かべた疑惑を否定しつつ帰路につく。ちと心当たりがあるがその可能性は低かろう、しかし万が一そうならば……唯一言えるのは、ひょっとしたらだが……
存外この一件、拍子抜けするほどにあっさり、笑い飛ばすように解決するのではないかということだった。
私は屋根伝いに渡り窓からレアの部屋に戻った。すると、
「んん……」
とレアが小さく呻く声がして、ベッドの上でのそりと起き上がる。しまった起こしてしまったか、と私は慌てたが……
「お姉ちゃん……? どこ、行ってたの……?」
寝ぼけているのかレアは私にそう語り掛けた。お姉ちゃん、という言葉がレアから投げかけられるのに、私は胸が高鳴るのを感じた。
「だ、大丈夫だ、もう済んだ。さ、いっしょに寝よう」
「んー……うん……」
私は極力静かに歩きまたベッドにもぐりこみ布団をかけた。するとこれまた寝ぼけているのか、レアは抱き枕にそうするように私に抱き着いてきた。
私の頭から先程の一件などあっさりと掻き消えて、幸福の中にまた平穏なる眠りに落ちるのだった。
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