本日は性転ナリ。

漆湯講義

After Story…My Dearest.23

随分と歩いた気がする…そりゃそっか、実際、バスで通っていた距離だもん。
私は力の入らない膝に手を当て、久しぶりに訪れたこの"聖英病院"の前で立ち止まった。
今、隣に莉結が居てくれたらどんなに心強かっただろう、なんて考えてしまう自分の気持ちと行動の矛盾が私の胸をまた締め付ける。そしてふと見上げた嶺ちゃんの居たあの部屋を見て唇を噛んだ。
そして俯きながらもドアを抜け、ロビーを進んだ時『如月さん』と言う声が横から届く。
声の方へと顔を向けると、担当の先生が手を上げて小走りに駆け寄ってきた。

『こっちで話、聞くからね』

そう言って連れてこられたのはいつもの診察室ではなく、長机の並べられた…会議室だろうか。先生は入り口の近くの椅子を二つ引き出すと『こんな所でごめんね』と椅子に腰掛ける。そして"ごほん"と咳払いをすると、神妙な、それでいて優しい面持ちでこう言った。

『電話、ありがとうね。どうかしたのかな?恋愛相談かな?』

冗談を言ったつもりだろうけど、今の私はそこで笑顔を作れるような余裕は無かった。

「馬鹿な事って分かってます。軽い気持ちでもありません」

先生は口元だけ微笑んだまま、机の方に視線を落として頷くと、何も言わずに視線を止めたまま、私の言葉を待っているようだった。

「その…まだ私は」

『前の自分に戻れるか…かな?』

私の言葉を遮ってそう言った先生の視線が私の瞳の奥深くに突き刺さった。
先生の真剣な眼差しに、私は視線を足元へと移すと、唇を噛み締めて深く頷いた。
しんと静まり返った部屋の雰囲気に押し潰されそうになる。
何も言わない先生の答えはきっと私の想像通りなんだと思う。いっそのこと答えを聞いてしまう前にこの場から逃げてしまおうか…でもそんな事したって事実は変わらない。私は瞼をぐっと閉じてから、ゆっくりとその顔を上げた。
すると…私に真っ直ぐ向けられた先生の視線が再び私の瞳の奥へと突き刺さった。

『瑠衣くん…いや、瑠衣ちゃん。本当に…申し訳ない』

低く、小さなその声は、私の心の奥底で何かを壊すと遠く何処かへ飛んでいった。
残ったのは、妙な清々しさと、後悔と絶望、そして寂寥感が混ざり合ったような感覚だけだ。

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コメント

  • 漆湯講義

    是非読ませていただきます!!(。^ω^。)

    0
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