After Story…Aya.9

するとそこへ先程の兄妹が姿を現し、この異様な雰囲気に周囲を見回すと、こわばった表情で『お姉ちゃん…どうしたの…』と妹の手を引き寄せる。

『シュン！！来ちゃダメ！！ハヅキと逃げて！！』

するとそのシュンという子は妹の身体をぐっと抱き寄せると、私を獣でも見るかのように怯えた様子で睨み、こう言ったのだ。

『も…もしかしてお姉さんが姉ちゃんをいじめてたヒトなのッ！？』

いじめてた…か。ごめんね、だけれどそれよりもっと酷いことをしてしまったの私は…

『黙ってないでなんか言えよッ！！』

『シュンッ！！お願いだから早く逃げてよッ！！』

そんな彼女の声にも耳を貸さず、その小さな身体は地面にグッと足を踏み留める。

「そうよ、本当にごめんなさい。」

私の言葉を聞くと、男の子は一瞬目を見開き、への字になってしまいそうな口元をギュッと強く一文字に結ぶと『昔の姉ちゃんを返せッ！！』という泣きそうな声と共に"ペチンッ"と小さな拳が私の腹部へと放り込まれた。


『お前のせいで姉ちゃんは笑わなくなったんだ！！姉ちゃんだけじゃない…僕の家族みんな…』

「本当に…ごめんなさい…」

そう言うと私は無意識にも近い感覚で太陽の熱を帯びたコンクリートへと額を打ち付けていた。

『ちょっ…彩！！何があったか分かんないけどやめなよッ！！』

「止めないで！！これは私が今しなければならない事なのッ！！」

こんな事で許される筈がない。だけれど、それでも私はこうしなきゃいけない。
本当に…ごめんなさい。

すると頭の先から小さな小さな声が呟かれる。

『なら…でよ。』

「えっ？」

私が顔を上げると、涙ながらに微笑んだほのかさんが立ち上がり、私を見下ろした。

『本当に償ってくれるのなら…死んでよ。』

胸を射抜く矢の如く、ソレは私の場合に突き刺さる。しかしその言葉は"答え合わせ"をしたかのようなすっぽりと空いた穴に収まるような感覚を与えた。
…そうね。やはり私はそうするべきだった。
産まれた時から私は幸せになってはいけない人間だった。幸せは他人が感じるモノ。私はそれを遠目から眺めているだけでいい。社長令嬢…その肩書きは誰もが憧れ欲するモノ。そんな環境に産まれた私が更なる幸せなど求めてはいけなかった。
夜空に浮かぶ月に手を伸ばした時点で私はもう、イカロスのように深い深い闇へと堕ちなければならなかったんだわ。
私が幸せを求めたせいで彼女は堕ちてしまった。ならせめて私が出来ることは彼女の元へこの身体をもって"蜘蛛の糸"を垂らすこと…

『そうでもしてくれなきゃ、私…安心できない…』

『何言ってんの！！いい加減にしないと…』

「わかったわ。それで貴女が陽の光を浴びることができるのなら…」

『ちょっと彩！！馬鹿じゃないのッ！！なんでこんな子のいうこと聞く必要あるの…さ…彩…？』

波一つない湖面に墨汁が注がれていくように私の意識がだんだんと薄れていく。

そんな中、私を呼ぶ声が聞こえた。

"彩…彩…会いたかったわ。突然"扉"に鍵を掛けてしまうなんて寂しかったわ。私となら幸せになれる…さぁ、一緒に行きましょう。これからはずーっと一緒よ…ふふっ♪"

そこで私の意識は完全なる闇の中へと堕ちていった。