After Story…Aya

"コンコン"

ドアのノック音が室内へと響く。

『お嬢さん、失礼致します。』

そして無機質な声と共にドアが開いた。

『あらっ、今朝も早いお目覚めですね。』

"メイド気取りの家事手伝い"、"死ねよクソババア"…昔の私は彼女に対してそんな感情しか抱いていなかった。ジブンでも"どうしようもない人間"だったんだなってつくづく思う。
だけど今は、仕事だとはいえこんな家に毎日働きに来ている彼女に少しだけ尊敬の感情すら感じるようになった。

「おはようございます。折角の夏休みですから…あと…前々から思っていたんですが、"お嬢さん"って呼び方変えていただけません？」

そう、私は"お嬢さん"じゃない。そんな呼称、地位なんてモノ望んでない。私は"天堂彩"それ以外の何者でも無いのだから。

困惑している様子の彼女を横目にカーテンを開けると、眩い陽射しが私を包み込んだ。そして透き通った窓を横へと開くと生暖かい風と草花の香りがフワッと室内へ流れ込む。
その風にハッとした様子の彼女が『では何と呼べば…』と眉を下げた。

別に何とでも呼べばいい。
"私だけ"を指す呼称であれば何でも。
彩、彩ちゃん、彩さん、あややん…コレは無いわね。

「お好きにどうぞ。」

そう言うと、吃る(どもる)彼女の横を通り過ぎ1階へと階段を降りた。

相変わらず静かな家ね…

ダイニングには彼女の作った朝御飯が並べられラップが掛けられている。

『あのおじょ…彩ちゃん…すいませんっ彩さんッ！！温めますからッ！！』と慌てて後を追ってきた彼女に「その必要は無いわ。この際だからもう１つ言わせて頂きますけど、私はただの高校生なので。そんな身分でもない私なんて放っておいて下さって結構ですので。」と会釈をした。

ポケットの携帯が鳴り、画面に表示されたバナーを見てつい頬が緩む。

…あの日、たった1人の女の子との出逢いで私の人生は変わった。

真っ黒に染まった闇の中、私の元へと飛んできた"1匹の蛍"を逃さないよう必死になっていたあの頃の私。そしてあの時、その蛍の仄かな光をかき消してしまうように現れた月、それが衣瑠だった。
私はその月を壊そうとしたのだけれど…気がつけば私はその優しい月明かりに包まれ、闇に照らし出される銀色の道が目の前に広がっていた。

そして私は導かれるままに恋に落ち、月の魅力に溺れ…その道を歩むのをやめた。




"月と太陽"…そう思った。

全てが許されてしまいそうに優しい光を放つ"月"。そして、その暖かで眩しい光で辺りを照らし出す"太陽"。
太陽は月に光を与え続け、月はそれに呼応するように自身を艶美に輝かせる…

それに気づいた瞬間…私は月明かりの影へと身を隠し、空に浮かぶ月と太陽を見守るコトにした。