本日は性転ナリ。

漆湯講義

153.母

家に帰ると母さんがキッチンのテーブルで頭を抱えていた。

「どうしたの?」

母さんは徐に顔を上げた。
その顔には疲れが顕著に残っている。

『どうしたのって、瑠衣の事よ。何もしてあげられなくてゴメンね。』

私は冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐと、母さんの前に置いた。

「ううん。昨日だけで良かったのに今日だって仕事休んでくれてるじゃん。」

『ありがと…それは…当たり前じゃない。こんな時なんだから。』

こんな時…か。

「"前の母さん"だったら、こんな時でも側に居てくれなかったよ?」

しばらくの沈黙が続いた。
すると、母さんは突然立ち上がり私をぎゅっと抱きしめたのだ。

『今まで…本当にごめんね。』

懐かしい匂いがした。
身体の緊張がほぐれていく。

「私ね、自分がこんなんになって良かったなぁって思ってるの。」

『えっ?』
母さんが身体から離れ、その瞳が私を見つめた。
私は少し恥ずかしくなり視線を下に移す。

「だって私がこうなったらお陰で今の私たちがあるんじゃん♪だから今の自分が好きなのかもしれない。」

『瑠衣……そうねっ…お母さんも瑠衣見習わなきゃね。』

「だから…」

私は母さんを引き離し、両肩に手を乗せ潤んだ瞳を見つめる。

「私、治療は受けないっ。」

…この決断に後悔しないなんて保証はないけど、いま治療を受ければ必ず私を悩ませ続けることになるだろう。

『うん…"1人娘"の決断、応援するわ。』

その一言はどんな有名な応援団のエールよりも私を勇気付けた。

「ありがと。そうだ、莉結にも言ってくる♪」

『うん…そうしなさい。それじゃぁいってらっしゃい。』




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