本日は性転ナリ。

漆湯講義

74.お花見

 頭上には薄いピンク色の可愛らしい桜の花が咲き乱れ、風が吹く度にひらひらと舞う綺麗な花びらが景色を輝かせている。それはまるで色鮮やかな珊瑚礁を下から見上げているようだった。
 春の陽気に恵まれた休日、私は莉結と共に地元でも随一の桜の名所と言われる"浜松城公園"を訪れていた。
 そこでお花見のシーズンに合わせて催される"さくらまつり"。色々な出店やお花見をする人たちで賑わうさくらまつりへと私たちはやってきた。
 人集りが苦手な私が何故こんな所に来ているかというと、それなりの理由があるからだ。
 動物園での出来事以後、彩ちゃんから連絡が来る事は無かった。あれから二度彩ちゃんの家に行ったけど、結果は変わらず。ただ、あの日置いていったぬいぐるみが無くなっていた事だけが唯一の成果になり得るものだった。初めは"きっと何とかなるだろう"といつもの如く楽天的に考えてはいたものの、それからも進展のない毎日に不安は募っていった。
 そんな時、莉結から一通のメッセージが届いたのだ。それは私をお花見に誘う内容だったが、人の多い場所が苦手な私はすぐに断りのメッセージを送った。するといつもなら二つ返事の莉結から意外にもこんなメッセージが返ってきたのだった。

 "えぇっ……もうオッケーしちゃったし、ずっとうだうだ考え込んでても前には進まないよっ? だから行こうよっ"

 そんな事は分かってる。でもわざわざそんな人の集まるような所に行っても気は紛らわないと思うのだ。しかも"オッケーしちゃった"という第三者の存在を匂わせる文言が気になった。

 "そんなん分かってるけど、行きたくない。てか他に誰か来るの?"

 返信は一分と待たずして返ってきた。そして私はその文面を読んで莉結にしてやられた事を理解したのだ。

 "麗美ちゃんとかだよ! あ、そうそう、まぁ来ないのはいいけど役割分担決まっちゃってるし、一人じゃ荷物持ってけないからぜっっっったい代わりの人用意してよ"

 友達の居ない私に"代わりの人"なんて見つけられるわけがない。それを一番良く知ってるのは莉結なのに。
 無理矢理断る道はあった。でもその時の私は彩ちゃんの事もあり、何も変わらない毎日に息が詰まりそうだった。それに麗美だけなら別にいいか、なんてよく考える事もせず、私は莉結に肯定するようなメッセージを送ってしまった。今思えば莉結のその言葉からして"それだけじゃない"事くらい分かった気もするけど、もう遅い。

 浜松城を中心に造られているこの公園は昔の地形をそのまま利用したのか、小高い山のようになっていて公園の入り口から緩やかな坂道が始まる。すぐに目に飛び込んできたのは頭上にぶら下げられた提灯の列や桜の樹の下に所狭しとシートを広げた花見客。そのそれぞれがどれもみんな楽しそうに宴会を開いている。そんな人たちを横目に、私たちは更に急な階段や坂道を上っていく。そして樹々に囲まれた木漏れ日と桜の花びらが彩る道をしばらく進むと、ここ浜松城公園のメイン会場となる広場へと辿り着いた。

「見てっ! 凄いよ」

 莉結の視線の先を見ると立派な石垣の上に聳え立つ浜松城の姿が見えた。といっても小学生の時に遠足かなにかで来たことがあったし、お城といっても天守閣があるだけで昔と変わらずに城の全てが現存しているわけじゃないのだ。しかも色々な形で目にする事の多いその姿に、私は今更感動する事はなかった。

「凄いけどなんかすごい既視感だよね」

「もう、瑠衣はホントに。桜とお城の風情ってやつを感じなよ」

「だってなんか浜松城って見飽きた感じ。だってこの前ポストに入ってた……」

 とその時、私は目を疑った。花見客の中から私たちの方へと手を振る麗美の姿だ。でも問題はそこじゃ無い。

「莉結……、なにあれ」

 私がそう言うと莉結は不敵な笑みを浮かべこう言った。

「今日のお花見メンバーの皆さんですっ」

 私の視界に映ったのは麗美を含め四人の女子の姿だった。麗美だけならと付いてきたのに、そんな話はこれっぽっちも聞いていない。私は咄嗟に立ち止まるも、それが分かっていたかのように背後へと立ち位置を変えていた莉結に背中を押され、強制的にその足を進められる。そう、莉結は初めからこれが狙いだったのだ。
 次第にはっきりとしていく麗美の周りの人物はどれも見覚えの無い顔だ。そういえば"瑠衣も女の子の友達増えるといいね"なんて莉結が言っていた事もあったけど、こんな強制的に友達を作るなんて間違ってる。とはいってもこんな風にしなければ自分から友達を作るような私じゃない事を知っての策なんだろうけど……。

「騙したなっ」

 私がそう言うと、莉結に平然と否定をされた。そしておもむろに顔の前に携帯が差し出され、その画面には莉結が私に送ったメッセージが映し出されていた。

 "麗美ちゃんとかだよ! あ、そうそう、来ないのはいいけど、役割分担決まっちゃってるし、一人じゃ荷物持ってけないからぜっっっったい代わりの人用意してよ"

 確かにこれは読んだ覚えがある。だけどこれが何……。

 麗美ちゃん"とか"だよ!

「私はちゃんと言ってるでしょっ?」

 何で私は気付かなかったんだろう。これも莉結は計算して……いる訳がない。ただの私の早とちりだったのだ。それにしてもそんな大事な所をこんな誤魔化したように伝えるのはどうなのか。

「ちゃんと言ってくんなきゃ分かんないよ!」

「はいはいっ、これから気をつけますっ」

 その言葉と共に私の身体が前に押し出される。そしていつの間にか到着してしまっていた麗美たちのシートに座る四人の視線が私へと集まっていた。

「ど、どうも。よろしくお願いします」

 転校生の初日の挨拶みたいに窄まる喉から声を絞り出した。すると、麗美が大きな笑い声を上げてから口を開く。

「衣瑠ちゃん固いってぇ。あ、この子が同じクラスの衣瑠ちゃんと、この子が莉結ちゃんっ」

 麗美の紹介に私は軽く頭を下げるも、私へと向けられ続けている視線から今すぐにでも逃げ出してしまいたい気分だった。そんな私を他所に、三人は優しげに微笑んだままこちらを見つめている。

「よろしくねっ」

 初めにそう言ったのは、ショートヘアの女の子だった。スポーツでもやっているのか、ティーシャツにジーパンというラフな格好に締まった身体。それに健康的にほんのりと日焼けした肌が似合っている。

「えっとねぇ、この子は幼稚園の稚にハナ、難しい方の華って書いて千華っ。同じ小学校だったんだ。稚華は久しぶりなんだけどそっちの二人はいつメンのミホとカナっ。ミホは美しいにぃ……」

 とそんな感じに麗美の長々とした紹介が終わると、私たちは空いたスペースへと腰を下ろした。落ち着かずにふと目をやったシートの上には桜の花びらがいくつも落ちていて、ただの青いシートなのになんだかそれは特別なシートみたいに彩られていた。









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コメント

  • 漆湯講義

    コメントありがとうございます(。TωT。)

    本当に嬉しすぎて堪らないです!!これからもつまらない作品にならないよう頑張っていきますのでどうかよろしくお願いします!!(。>ω<。)ノ♪

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  • ノベルバユーザー528

    いつも楽しみにしてます!

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