本日は性転ナリ。
29.トラウマ
「衣瑠を良く思ってる沢山の人間の中の一人は私だっ、忘れんなっ」
先生を真似て親指を立てた莉結が言う。
「そんなの昔から分かってる。忘れんな」
私が笑ってそう返すと、保健の先生が「山田先生ったらキザな事言うわねぇ」と微笑んで呟いた。
昔はちょっとした事で泣いてばかりで、"俺"に守られてばっかだった莉結が全然泣かなくなって、"俺"の姉ちゃんみたいに振る舞いだしたのは、"あの時"からだった。
今尚、私の脳裏に焼き付いて離れないあの"トラウマ"。人に囲まれたり、人集りに入るのが苦手な原因となった"あの出来事"。
それは、俺が小学五年生の時だった。
その日は何でだったか、学校が早く終わって、隠れんぼしたいって言い出した莉結に渋々付き合う事なっていつもの公園に行った。でも、その日は不良みたいな中学生が何人かたむろしていて、少し怖くなった"俺達"は場所を変える事にしたのだ。
すると莉結が、人の来ない公園を知ってるとか言い出して、俺達の家から少し離れた所にある、古い神社の敷地内に造られた小さな公園にやって来た。
その辺りは、古い住宅地で、子供の姿は少なく、人や車も滅多に通らない、まさに"穴場"だった。
最初は気乗りしてなかった俺も、誰の視線も気にならない状況のせいか、二人だけの隠れんぼが楽しく思えてきて、気が付く頃には陽が落ち始め、少し肌寒い風が紅葉し始めた葉を揺らし始めていた。
その時は莉結が"オニ"になって、俺は隠れる場所を探していた。
……今思えばずっと"そいつら"が見ていた気がする。
公園のトイレの横に生えた垣根の影に隠れていだ俺は、莉結が真逆の方に歩いて行ったのを見て、くすくすと一人笑っていた。すると背後から落ち葉を踏み締める足音が聞こえてきたのだ。
そして俺がふと振り返ると、"アイツ"が立っていた……
色褪せた紺色のジージャンに、膝の破けたジーパン姿のその中年男は、「ねぇねぇ、ちょっとお話があるんだけどこっち来てくれる?」と俺に笑みを浮かべ、ゆっくりとトイレへと歩いていく。そして、馬鹿で、無知で、純粋だったその頃の俺は、何の疑いもなくそいつについて行ったのだった。
そして俺はトイレの入り口を入った所でで立ち止まった……何故なら、トイレの奥の暗闇に、二つの人影が見えたからだ。
するとそいつは微笑んでこう言った。
「怖くないからさぁ、こっちおいでよ」
すると、強引に手を引っ張られ、俺はトイレの奥へと連れ込まれてしまった。
その瞬間、俺は恐怖に飲み込まれ手足の感覚が抜けていく。そして、身体全体が心臓になったみたいに鼓動が高鳴っていく。
……三人の大人に囲まれた俺は、追い詰められたうさぎのように身体を硬直させ、なす術もなく震える事しかできなかった。
そして、その内の一人が気持ちの悪い笑みを浮かべて「ちょっとごめんねぇ」と言うと、俺のズボンに手を掛けた。
その時。
「お父さんっ! こっち来て! 早くっ!」
トイレの外から莉結の声が聞こえて、男達が表情を変えた。そして俺のズボンから手が離れると、「またねっ」と言う気味の悪い言葉を残して男達は去って行った。
もちろんその頃の俺と莉結には"お父さん"なんて居なかったのだが……俺はそのお陰で事なきを得たのだった。
俺は、安堵から大粒の涙を流した。
……冷たく、汚れたコンクリートの床にうずくまった俺に、拭きれない恐怖が渦巻き続ける。
「衣瑠っ!」
少しして、莉結が息を切らしてトイレに入ってきた。その時の莉結は、まるで自分の姿を鏡で見ているような……恐怖と、後悔と、安堵が入り混じった表情をしていたのをはっきりと覚えている。
そして莉結は俺に駆け寄ると、俺の身体をギュッと抱きしめ、「守ってあげられなくてごめんね……」と呟いたのだった。
……忘れられない人生の汚点。思い出すだけで嗚咽が走る最悪な出来事だった。
……それから莉結は、嫌がっていた合気道の練習を自分から進んでやるようになって、私がどこかに行く時は毎回付いてくるようになった。
そんな前向きな莉結とは反対に、私は男女関係無く大人数に囲まれるとその記憶が蘇るようになって……人気のある場所を避けたり、人との関わりを拒絶するようになってしまった。
……そんな私も全部理解した上で、私の側に居てくれる莉結は、私にとって"特別なヒト"なのかも知れない。
先生を真似て親指を立てた莉結が言う。
「そんなの昔から分かってる。忘れんな」
私が笑ってそう返すと、保健の先生が「山田先生ったらキザな事言うわねぇ」と微笑んで呟いた。
昔はちょっとした事で泣いてばかりで、"俺"に守られてばっかだった莉結が全然泣かなくなって、"俺"の姉ちゃんみたいに振る舞いだしたのは、"あの時"からだった。
今尚、私の脳裏に焼き付いて離れないあの"トラウマ"。人に囲まれたり、人集りに入るのが苦手な原因となった"あの出来事"。
それは、俺が小学五年生の時だった。
その日は何でだったか、学校が早く終わって、隠れんぼしたいって言い出した莉結に渋々付き合う事なっていつもの公園に行った。でも、その日は不良みたいな中学生が何人かたむろしていて、少し怖くなった"俺達"は場所を変える事にしたのだ。
すると莉結が、人の来ない公園を知ってるとか言い出して、俺達の家から少し離れた所にある、古い神社の敷地内に造られた小さな公園にやって来た。
その辺りは、古い住宅地で、子供の姿は少なく、人や車も滅多に通らない、まさに"穴場"だった。
最初は気乗りしてなかった俺も、誰の視線も気にならない状況のせいか、二人だけの隠れんぼが楽しく思えてきて、気が付く頃には陽が落ち始め、少し肌寒い風が紅葉し始めた葉を揺らし始めていた。
その時は莉結が"オニ"になって、俺は隠れる場所を探していた。
……今思えばずっと"そいつら"が見ていた気がする。
公園のトイレの横に生えた垣根の影に隠れていだ俺は、莉結が真逆の方に歩いて行ったのを見て、くすくすと一人笑っていた。すると背後から落ち葉を踏み締める足音が聞こえてきたのだ。
そして俺がふと振り返ると、"アイツ"が立っていた……
色褪せた紺色のジージャンに、膝の破けたジーパン姿のその中年男は、「ねぇねぇ、ちょっとお話があるんだけどこっち来てくれる?」と俺に笑みを浮かべ、ゆっくりとトイレへと歩いていく。そして、馬鹿で、無知で、純粋だったその頃の俺は、何の疑いもなくそいつについて行ったのだった。
そして俺はトイレの入り口を入った所でで立ち止まった……何故なら、トイレの奥の暗闇に、二つの人影が見えたからだ。
するとそいつは微笑んでこう言った。
「怖くないからさぁ、こっちおいでよ」
すると、強引に手を引っ張られ、俺はトイレの奥へと連れ込まれてしまった。
その瞬間、俺は恐怖に飲み込まれ手足の感覚が抜けていく。そして、身体全体が心臓になったみたいに鼓動が高鳴っていく。
……三人の大人に囲まれた俺は、追い詰められたうさぎのように身体を硬直させ、なす術もなく震える事しかできなかった。
そして、その内の一人が気持ちの悪い笑みを浮かべて「ちょっとごめんねぇ」と言うと、俺のズボンに手を掛けた。
その時。
「お父さんっ! こっち来て! 早くっ!」
トイレの外から莉結の声が聞こえて、男達が表情を変えた。そして俺のズボンから手が離れると、「またねっ」と言う気味の悪い言葉を残して男達は去って行った。
もちろんその頃の俺と莉結には"お父さん"なんて居なかったのだが……俺はそのお陰で事なきを得たのだった。
俺は、安堵から大粒の涙を流した。
……冷たく、汚れたコンクリートの床にうずくまった俺に、拭きれない恐怖が渦巻き続ける。
「衣瑠っ!」
少しして、莉結が息を切らしてトイレに入ってきた。その時の莉結は、まるで自分の姿を鏡で見ているような……恐怖と、後悔と、安堵が入り混じった表情をしていたのをはっきりと覚えている。
そして莉結は俺に駆け寄ると、俺の身体をギュッと抱きしめ、「守ってあげられなくてごめんね……」と呟いたのだった。
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