本日は性転ナリ。
5."瑠衣"と"衣瑠"
「ちょっと瑠衣……、まだぁ?」
    店舗から響くBGMに莉結の呆れ声が混ざる。
俺はというと、ランジェリーショップの向かいに置かれたベンチで長い間項垂(うなだ)れ続けていた。
そうなるのも当然だ。つい二日前まで男として生きてきた俺が、すんなりとこんな店に入れる訳が無いのだ。
「莉結……、頼むから代わりに買ってきてよ」
俺がそう言って必死に助けを求めているというのにも関わらず、莉結は"サイズも測ってないのにどうやって買うのさ"と言って冷たい目を向けた。
    どうにも勇気が踏み出せず、状況が変わらないまま時は過ぎていく。頭の中では"女が女の下着を買う事は別におかしな事では無いのだ"と分かっていても、未だ自分を女だと認められずにいる"俺"がその一歩を踏みとどめさせていた。
そして痺れを切らせたのか、横に立っていた莉結が溜息と共に俺の横へと腰掛けた。
……その時、俺たちの前に一つの影が立ち止まる。
「えっ、莉結ちゃん? 学校サボって何してんのっ?」
    その瞬間、俺の心臓が大きく鼓動するのが分かった。だって莉結の知り合いということは同じ学校の生徒だという確率が高いから……。
俺はベンチに腰掛けて下を向いたまま、横目でそっと声の主へと視線を向けた。
「あ……」
    俺は胸の内で自分の不運を哀れみながらもゆっくりと顔を背ける。
"何でよりによってこんな時に出会すんだよ……、天野麗美(アマノ レミ)!"
天野麗美……、こいつはその金色に輝く髪、そして相手が誰だろうと歯に衣着せぬ物言い。つまり一般的に"不良"と位置付けられている、クラスの大半の生徒から"苦手なタイプ"に分類されている女だ。
そして、俺が高校に入学したばかりの頃、まだ面識も無い俺に対してしつこく告白を繰り返してきた女子が居た。そいつは何度断ってもまたその翌日には何も無かったかのように俺に"付き合って下さい"と俺に告白をしてきた諦めの悪い奴だった……。
そしてその女子こそがこの天野麗美なのだ。
"何でよりによってコイツに会うんだよ……。しかも今学校のはずだろ……"
    突如訪れた最悪の展開に、俺はただこいつが静かに立ち去ってくれるのを待つしか無かった。
「あ、麗美ちゃん! 別にサボってるつもりじゃ無いんだけど……、まぁ私はちょっと買い物のお手伝いってとこかな」
莉結がそう答えた時だった。ふと嫌な視線を頬に感じる。冷や汗が頬に伝っていく。俺は心の中で神様に誓った。
"ブラジャー買います。だからこいつを帰してください"と。
「この子誰? 他校の子? ねぇ、キミ名前は?」
身体中から変な汗が噴き出るのが分かった。神様はそんなに暇じゃないのだ。顔なんて上げたらこいつには俺の正体がバレてしまうかもしれない……。
    そしてそんな俺の気持ちを他所に麗美の声が俺の髪を揺らす。
「ねぇ聞いてる? 私、麗美っていうの! よろしくっ! ……っておーい」
    麗美が俺の肩に手を乗せた。その瞬間、俺の身体は硬直し、この逃げ場の無い状況に"もうダメだ"と目を瞑った。
「あっ、麗美ちゃん! その……、この子今ちょっと体調悪くてね、あの……、そう! 生理痛が酷いんだって! 結構重いみたいだからそっとしてあげて」
救いの手を伸ばしたのは莉結だった。よく意味は分からなかったけど、その言葉を聞いた麗美が莉結の隣へと大人しく腰を下ろす。
「そっか、ごめんね! 重いと辛いよねっ、私もこの前終わったばっかだから」
意外も意外。麗美はそれ以上追求する事無くすんなりとその口を閉じたのだった。
この状況を納得させる事ができてしまう"生理痛"というものはそんなにも痛いものなのだろうか……。莉結は俺の生理痛が"重い"と言っていた。人によって差があるみたいだが、俺は"重い"奴を演じるべきだということは分かる。
「麗美ちゃんごめんっ! もうちょっと話してたいんだけど……、私たち、もうちょっとここで休むからまた学校でねっ」
    
多少、無理矢理な感じもしたが、莉結
の俺を想った対応に、"やれば出来る子だったんだな"と目頭を押さえる。あとは麗美がこの場を去れば全て上手くいく。
「あっいいのいいの! 全然気にしないでっ、私暇だからさっ!」
「いや、でも……」
「全然いいって! 莉結ちゃんと私の仲じゃんっ」
    人の気持ちを"全然気にしない"麗美。
そうだった。それは俺がよく知っていたはずなのに……。
そんな麗美をどうにか帰せないかと考えた末、俺も加勢しなければと策を練った。そして思いついた作戦を実行に移す。
先ずは微かな呻き声あげつつも腹部を両手で押さえた。そして死にそうな声で主演男優……いや、女優賞を獲ってしまいそうな演技力を発揮させる。
「うぅ……、重いよぉ。お腹が重くて閉店まで立ち上がれないかも」
「えっ?」
麗美の小さな声が聞こえた。きっと俺の重症さにやっと気付いたんだろう。流石の麗美も閉店までずっと一緒に居る気にはなれないはずだ。
「えっと……、何が重いのっ?」
何故か半笑いの麗美が俺にそう尋ねる。
「だから……、お腹が重いの、生理痛で」
「生理痛……で?」
そして俺は、更に追い討ちをかけるように膝に額を乗せて"限界アピール"をする。
すると何故かクスクスと笑い声の様なものが俺の耳へと響いたのだ。疑問に思った俺は垂れ下がった髪の間からそっと莉結の方を見る。
すると、顔を伏せた莉結の口元が髪の隙間から見えた。その口元は小刻みに震え、それを隠す様に頬に当てた手のひらがその奥に見える。
すると、莉結が震える息をそっと吐き出してから口を開いた。
「もう……。麗美ちゃん、この子もう大丈夫だから、良かったらこの子のブラ一緒に選んであげてよっ。サイズも測ってないからそこからお願いっ」
    俺は耳を疑った。突然手のひらを返された意味が分からない。
顔を上げ呆然と莉結の横顔を見つめていると、その横顔の影から麗美の顔が現れた。そしてその顔は花が咲いたかの様にキラキラと輝いていた。
「任せて! 体調良くなったら行……」
突然私を見て目を見開いた麗美がゆっくりと私を指差してこう言う。
「あれ……、もしかしてキミは如月……」
そう言われた瞬間、目の前が真っ白になった。心の何処かでは"このままバレないかも"なんて楽観的な考えがあったのは否定できない。しかし確実に麗美は俺の正体に気付いてしまった。そして俺の頭には、もうこの状況を打開できる程の言い訳は浮かばなかった。
「そっかぁ!」
すると耳を塞ぎたくなる程大きな麗美の声が辺りに響き渡る。そして興奮冷めやらぬ様子のまま俺の目の前へと躍り出た麗美は、突然俺に身体を密着させたかと思うと、そのまま両腕を背中へと回した。
俺の身体に麗美の腕の力が強く伝わる。するとその力がふっと緩み、両肩にポンという感触が伝わると、立ち上がった麗美が再び口を開いた。
「まさか瑠衣くんに妹が居たなんて! 顔がそっくり! ねっ、そういう事でしょっ?」
    突然のハグ、そして意外過ぎる展開に混乱が解けずにいたけど、正体がバレていないという事だけは間違いなさそうだった。……結果良ければ全て良し。
俺はここぞとばかりに麗美の"勘違い"に話を合わせ、"架空の妹"として振る舞う事を決めた。
「そ、そう! 私は瑠衣の妹の……、衣瑠っ! そんな似てるっ? ははは……」
「似てるよっ! 瓜二つ! イルちゃんっていうのかぁ。あれっ、ところで体調はもう大丈夫なの?」
そう言うと麗美が俺の顔を心配そうに覗き込んだ。
「うん、へっちゃらだからっ! もう軽くなったよ」
そう言って不器用にウィンクして見せると、麗美は目を見開いて何故かゆっくりと視線を逸らしたのだった。
すると莉結がクスクスと笑いだし、俺にウィンクをすると、こう言った。
「それじゃぁイルちゃん。早くお買い物しちゃおうねっ」
    嫌らしくニヤつく莉結を睨みつける。そしてベッと舌を出すと、ベンチを立った俺は意を決してランジェリーショップへと足を踏み入れた。
しかし、入ったはいいもののまともに商品を見る事も出来ずに二人の後をついて回るだけ。そんな俺に「ねぇ、自分の物なんだからちゃんと自分でも見てよね」と莉結が呆れ始める。
それを横で聞いていた麗美は、何枚か手に取って「ねぇ、イルちゃんは普段……どんなの着けてるの?」と少し照れ臭そうに言った。しかし、そこで動揺してしまった俺は、つい「そっ、そんなん着けてる訳無いじゃん」と口を滑らせた。
「えっ……」と、目を点にして俺の胸元へと視線を向ける麗美。
焦った俺は莉結へと視線で助けを求めたが、莉結は何故か不敵な笑みを浮かべると、上を向いて一言。
「衣瑠は"着けない派"だからねぇ」
    有り得ない……。やっぱり莉結は性悪だ。無性に怒りを覚えた俺は嫌味を込めて口を開く。
「そうなんだよね、私は莉結ちゃんみたいに"胸だけ"に栄養行ってる訳じゃないから」
俺がそう言って鼻で笑ってやると、莉結の耳が"ピクン"と反応するのが分かった。
「常識的に考えて胸だけに栄養なんて送られないと思うけどなあ?」
「実際そうなんだから常識も何も無いんじゃない?」
「じゃぁ衣瑠の栄養は何処に消えちゃってるんでしょうね」
    そんなやり取りを繰り返しているうちに、苦笑いを浮かべた麗美が俺たちの間へと割り込んで来た。
「まぁまぁ、二人ともさ……、人は見た目なんて関係無いって。 ねっ? 私なんて胸も無ければ可愛くも無いし頭も良く無いじゃん? 二人とも私なんかよりずっと可愛いんだからそれだけで充分じゃんっ、そんな喧嘩やめよ?」
    見た目に似合わず俺たちより余程大人な対応だった。妙に気恥ずかしくなった俺は、敢えて莉結から視線を逸らして"ごめん"と謝ると、小さな"ごめん"という声が続いた。
「それじゃ、気を取り直して可愛いの選ぼうね」
麗美の手が背中を押し、俺は仕方無く本題の下着選びへと戻る事にした。
悩みに悩んだ結果、何枚か候補が上がり、莉結が若そうな店員のお姉さんに声を掛けた。
店員さんに"フィッティングルーム"とやらに案内された俺は、靴を脱ぎその小さな空間に上がると、莉結達は"じゃっ"と一言その場を去っていき、特に説明も無いまま選んだ商品と共に置き去りにされてしまった。
訳も分からず下着を凝視して立ち尽くす。無駄に細かい装飾のされたパステルカラーの"それ"は、俺の知る下着とはかけ離れていた。見える訳でも無いのにこんなデザインが必要なモノなのか……。そしてその値段。俺が選んだ物ですら普通に服の一着や二着買えてしまいそうな値段だった。
"女の価値観ってのは分からん"
すると突然メジャーを持った店員が"お待たせしました"と言って入って来たのだ。驚いた俺が動揺しつつも店員の様子を伺っていると、徐にカーテンが閉められる。
「それではサイズの方測りますので服を脱いで下さい」
「えっ?」
「サイズの方測りますので……」
「あっ、はい」
俺は店員が出て行くのを待った。この人は常識が無いのか、服を脱げと言った癖に立ち去る様子が無い。
すると店員は困った顔で「あの……」と申し訳なさそうな声をだした。
「脱げばいいんですよね?」
俺は少し口調を強めて言った。あなたが出ていかないと脱げないよね? という気持ちを込めて。
「ですから服を脱いで頂かないと正確なサイズが分からないので……」
    俺は真顔で「そうですよね?」と答える。流石に苛立ってきた俺は、この非常識な店員に「早く脱ぎたいので出てってもらえませんか?」と言ってやった。
すると、苦笑いを浮かべる店員の後ろ、カーテンの向こう側から莉結の声が響いた。
「その人に測ってもらうんだからそこで脱ぐのっ!」
"その人に……?"
    店員と目が合い、暫くの沈黙の後、俺は満面の笑みで誤魔化した。
"それならそうと先に言えよ!"
俺は恥ずかしい気持ちを押し殺しながらも、冷静を装ってゆっくりとズボンを下ろす。
「あっあのっ……、ブラジャーの採寸ですのでっ!」
焦った様子でそう言った店員を見て、俺は慌ててズボンを上げ弁解する。
「履き直しただけです!」
心臓が飛び跳ねるように大きな鼓動を繰り返している。それが店員に知られないように、俺は真っ赤に染まっているだろう顔を見られないよう、顔を背けてゆっくりと上着を脱いだ。
そして肌着のティーシャツを脱いだ時だった。「あっ……」という店員さんの微かな声が響く。
店員に目をやると、何故か動揺した様子でメジャーを少し伸ばしたまま硬直していたのだ。
「あの……、どうかしました?」
そう言うと、店員が遠慮がちに口を開く。
「大変申し上げにくいのですが……、普段はブラジャーは着けられてないんですか?」
"男がそんなん着ける訳ねぇよ!"
そう叫びたくなったが、今は女。グッと堪えて店員に微笑みを向ける。
「いえ、たまたまです。ほら、今日は暑いですし……」
「そ、そうですよね! 暑いですもんね!」
    再び沈黙に包まれる室内。気不味い空気の中、採寸が始まった。
言われるがまま腕を上げ、無防備な胸部が露わになる。店員の手が背後に回り、ひんやりとしたメジャーの感触が伝わった。こんな状況にも慣れているのか、店員は私の気持ちなど他所に、淡々と作業を採寸を進めていく。……恥ずかしさで全身がムズムズとするような変な感覚に包まれている。こんな辱めは二度とごめんだ……。心からそう思った。
採寸が終わると、更衣室から出た俺に莉結が"どうだった?"と尋ねてきて、俺は店員の言った数字をそのまま伝えた。
……すると莉結は、俺の肩にそっと手を当てこう言ったのだった。
「大丈夫っ……、種類はたくさん選べるからっ!」
["魅惑のブラ"を装着しますか?]
→  はい
    いいえ
イルの防御力が1あがった。
イルの忍耐力が10あがった。
イルの女子力が30あがった。
イルの胸が2cmあがった。
イルの自尊心が50さがった。
イルに会心の一撃。心の小傷を負った。
    店舗から響くBGMに莉結の呆れ声が混ざる。
俺はというと、ランジェリーショップの向かいに置かれたベンチで長い間項垂(うなだ)れ続けていた。
そうなるのも当然だ。つい二日前まで男として生きてきた俺が、すんなりとこんな店に入れる訳が無いのだ。
「莉結……、頼むから代わりに買ってきてよ」
俺がそう言って必死に助けを求めているというのにも関わらず、莉結は"サイズも測ってないのにどうやって買うのさ"と言って冷たい目を向けた。
    どうにも勇気が踏み出せず、状況が変わらないまま時は過ぎていく。頭の中では"女が女の下着を買う事は別におかしな事では無いのだ"と分かっていても、未だ自分を女だと認められずにいる"俺"がその一歩を踏みとどめさせていた。
そして痺れを切らせたのか、横に立っていた莉結が溜息と共に俺の横へと腰掛けた。
……その時、俺たちの前に一つの影が立ち止まる。
「えっ、莉結ちゃん? 学校サボって何してんのっ?」
    その瞬間、俺の心臓が大きく鼓動するのが分かった。だって莉結の知り合いということは同じ学校の生徒だという確率が高いから……。
俺はベンチに腰掛けて下を向いたまま、横目でそっと声の主へと視線を向けた。
「あ……」
    俺は胸の内で自分の不運を哀れみながらもゆっくりと顔を背ける。
"何でよりによってこんな時に出会すんだよ……、天野麗美(アマノ レミ)!"
天野麗美……、こいつはその金色に輝く髪、そして相手が誰だろうと歯に衣着せぬ物言い。つまり一般的に"不良"と位置付けられている、クラスの大半の生徒から"苦手なタイプ"に分類されている女だ。
そして、俺が高校に入学したばかりの頃、まだ面識も無い俺に対してしつこく告白を繰り返してきた女子が居た。そいつは何度断ってもまたその翌日には何も無かったかのように俺に"付き合って下さい"と俺に告白をしてきた諦めの悪い奴だった……。
そしてその女子こそがこの天野麗美なのだ。
"何でよりによってコイツに会うんだよ……。しかも今学校のはずだろ……"
    突如訪れた最悪の展開に、俺はただこいつが静かに立ち去ってくれるのを待つしか無かった。
「あ、麗美ちゃん! 別にサボってるつもりじゃ無いんだけど……、まぁ私はちょっと買い物のお手伝いってとこかな」
莉結がそう答えた時だった。ふと嫌な視線を頬に感じる。冷や汗が頬に伝っていく。俺は心の中で神様に誓った。
"ブラジャー買います。だからこいつを帰してください"と。
「この子誰? 他校の子? ねぇ、キミ名前は?」
身体中から変な汗が噴き出るのが分かった。神様はそんなに暇じゃないのだ。顔なんて上げたらこいつには俺の正体がバレてしまうかもしれない……。
    そしてそんな俺の気持ちを他所に麗美の声が俺の髪を揺らす。
「ねぇ聞いてる? 私、麗美っていうの! よろしくっ! ……っておーい」
    麗美が俺の肩に手を乗せた。その瞬間、俺の身体は硬直し、この逃げ場の無い状況に"もうダメだ"と目を瞑った。
「あっ、麗美ちゃん! その……、この子今ちょっと体調悪くてね、あの……、そう! 生理痛が酷いんだって! 結構重いみたいだからそっとしてあげて」
救いの手を伸ばしたのは莉結だった。よく意味は分からなかったけど、その言葉を聞いた麗美が莉結の隣へと大人しく腰を下ろす。
「そっか、ごめんね! 重いと辛いよねっ、私もこの前終わったばっかだから」
意外も意外。麗美はそれ以上追求する事無くすんなりとその口を閉じたのだった。
この状況を納得させる事ができてしまう"生理痛"というものはそんなにも痛いものなのだろうか……。莉結は俺の生理痛が"重い"と言っていた。人によって差があるみたいだが、俺は"重い"奴を演じるべきだということは分かる。
「麗美ちゃんごめんっ! もうちょっと話してたいんだけど……、私たち、もうちょっとここで休むからまた学校でねっ」
    
多少、無理矢理な感じもしたが、莉結
の俺を想った対応に、"やれば出来る子だったんだな"と目頭を押さえる。あとは麗美がこの場を去れば全て上手くいく。
「あっいいのいいの! 全然気にしないでっ、私暇だからさっ!」
「いや、でも……」
「全然いいって! 莉結ちゃんと私の仲じゃんっ」
    人の気持ちを"全然気にしない"麗美。
そうだった。それは俺がよく知っていたはずなのに……。
そんな麗美をどうにか帰せないかと考えた末、俺も加勢しなければと策を練った。そして思いついた作戦を実行に移す。
先ずは微かな呻き声あげつつも腹部を両手で押さえた。そして死にそうな声で主演男優……いや、女優賞を獲ってしまいそうな演技力を発揮させる。
「うぅ……、重いよぉ。お腹が重くて閉店まで立ち上がれないかも」
「えっ?」
麗美の小さな声が聞こえた。きっと俺の重症さにやっと気付いたんだろう。流石の麗美も閉店までずっと一緒に居る気にはなれないはずだ。
「えっと……、何が重いのっ?」
何故か半笑いの麗美が俺にそう尋ねる。
「だから……、お腹が重いの、生理痛で」
「生理痛……で?」
そして俺は、更に追い討ちをかけるように膝に額を乗せて"限界アピール"をする。
すると何故かクスクスと笑い声の様なものが俺の耳へと響いたのだ。疑問に思った俺は垂れ下がった髪の間からそっと莉結の方を見る。
すると、顔を伏せた莉結の口元が髪の隙間から見えた。その口元は小刻みに震え、それを隠す様に頬に当てた手のひらがその奥に見える。
すると、莉結が震える息をそっと吐き出してから口を開いた。
「もう……。麗美ちゃん、この子もう大丈夫だから、良かったらこの子のブラ一緒に選んであげてよっ。サイズも測ってないからそこからお願いっ」
    俺は耳を疑った。突然手のひらを返された意味が分からない。
顔を上げ呆然と莉結の横顔を見つめていると、その横顔の影から麗美の顔が現れた。そしてその顔は花が咲いたかの様にキラキラと輝いていた。
「任せて! 体調良くなったら行……」
突然私を見て目を見開いた麗美がゆっくりと私を指差してこう言う。
「あれ……、もしかしてキミは如月……」
そう言われた瞬間、目の前が真っ白になった。心の何処かでは"このままバレないかも"なんて楽観的な考えがあったのは否定できない。しかし確実に麗美は俺の正体に気付いてしまった。そして俺の頭には、もうこの状況を打開できる程の言い訳は浮かばなかった。
「そっかぁ!」
すると耳を塞ぎたくなる程大きな麗美の声が辺りに響き渡る。そして興奮冷めやらぬ様子のまま俺の目の前へと躍り出た麗美は、突然俺に身体を密着させたかと思うと、そのまま両腕を背中へと回した。
俺の身体に麗美の腕の力が強く伝わる。するとその力がふっと緩み、両肩にポンという感触が伝わると、立ち上がった麗美が再び口を開いた。
「まさか瑠衣くんに妹が居たなんて! 顔がそっくり! ねっ、そういう事でしょっ?」
    突然のハグ、そして意外過ぎる展開に混乱が解けずにいたけど、正体がバレていないという事だけは間違いなさそうだった。……結果良ければ全て良し。
俺はここぞとばかりに麗美の"勘違い"に話を合わせ、"架空の妹"として振る舞う事を決めた。
「そ、そう! 私は瑠衣の妹の……、衣瑠っ! そんな似てるっ? ははは……」
「似てるよっ! 瓜二つ! イルちゃんっていうのかぁ。あれっ、ところで体調はもう大丈夫なの?」
そう言うと麗美が俺の顔を心配そうに覗き込んだ。
「うん、へっちゃらだからっ! もう軽くなったよ」
そう言って不器用にウィンクして見せると、麗美は目を見開いて何故かゆっくりと視線を逸らしたのだった。
すると莉結がクスクスと笑いだし、俺にウィンクをすると、こう言った。
「それじゃぁイルちゃん。早くお買い物しちゃおうねっ」
    嫌らしくニヤつく莉結を睨みつける。そしてベッと舌を出すと、ベンチを立った俺は意を決してランジェリーショップへと足を踏み入れた。
しかし、入ったはいいもののまともに商品を見る事も出来ずに二人の後をついて回るだけ。そんな俺に「ねぇ、自分の物なんだからちゃんと自分でも見てよね」と莉結が呆れ始める。
それを横で聞いていた麗美は、何枚か手に取って「ねぇ、イルちゃんは普段……どんなの着けてるの?」と少し照れ臭そうに言った。しかし、そこで動揺してしまった俺は、つい「そっ、そんなん着けてる訳無いじゃん」と口を滑らせた。
「えっ……」と、目を点にして俺の胸元へと視線を向ける麗美。
焦った俺は莉結へと視線で助けを求めたが、莉結は何故か不敵な笑みを浮かべると、上を向いて一言。
「衣瑠は"着けない派"だからねぇ」
    有り得ない……。やっぱり莉結は性悪だ。無性に怒りを覚えた俺は嫌味を込めて口を開く。
「そうなんだよね、私は莉結ちゃんみたいに"胸だけ"に栄養行ってる訳じゃないから」
俺がそう言って鼻で笑ってやると、莉結の耳が"ピクン"と反応するのが分かった。
「常識的に考えて胸だけに栄養なんて送られないと思うけどなあ?」
「実際そうなんだから常識も何も無いんじゃない?」
「じゃぁ衣瑠の栄養は何処に消えちゃってるんでしょうね」
    そんなやり取りを繰り返しているうちに、苦笑いを浮かべた麗美が俺たちの間へと割り込んで来た。
「まぁまぁ、二人ともさ……、人は見た目なんて関係無いって。 ねっ? 私なんて胸も無ければ可愛くも無いし頭も良く無いじゃん? 二人とも私なんかよりずっと可愛いんだからそれだけで充分じゃんっ、そんな喧嘩やめよ?」
    見た目に似合わず俺たちより余程大人な対応だった。妙に気恥ずかしくなった俺は、敢えて莉結から視線を逸らして"ごめん"と謝ると、小さな"ごめん"という声が続いた。
「それじゃ、気を取り直して可愛いの選ぼうね」
麗美の手が背中を押し、俺は仕方無く本題の下着選びへと戻る事にした。
悩みに悩んだ結果、何枚か候補が上がり、莉結が若そうな店員のお姉さんに声を掛けた。
店員さんに"フィッティングルーム"とやらに案内された俺は、靴を脱ぎその小さな空間に上がると、莉結達は"じゃっ"と一言その場を去っていき、特に説明も無いまま選んだ商品と共に置き去りにされてしまった。
訳も分からず下着を凝視して立ち尽くす。無駄に細かい装飾のされたパステルカラーの"それ"は、俺の知る下着とはかけ離れていた。見える訳でも無いのにこんなデザインが必要なモノなのか……。そしてその値段。俺が選んだ物ですら普通に服の一着や二着買えてしまいそうな値段だった。
"女の価値観ってのは分からん"
すると突然メジャーを持った店員が"お待たせしました"と言って入って来たのだ。驚いた俺が動揺しつつも店員の様子を伺っていると、徐にカーテンが閉められる。
「それではサイズの方測りますので服を脱いで下さい」
「えっ?」
「サイズの方測りますので……」
「あっ、はい」
俺は店員が出て行くのを待った。この人は常識が無いのか、服を脱げと言った癖に立ち去る様子が無い。
すると店員は困った顔で「あの……」と申し訳なさそうな声をだした。
「脱げばいいんですよね?」
俺は少し口調を強めて言った。あなたが出ていかないと脱げないよね? という気持ちを込めて。
「ですから服を脱いで頂かないと正確なサイズが分からないので……」
    俺は真顔で「そうですよね?」と答える。流石に苛立ってきた俺は、この非常識な店員に「早く脱ぎたいので出てってもらえませんか?」と言ってやった。
すると、苦笑いを浮かべる店員の後ろ、カーテンの向こう側から莉結の声が響いた。
「その人に測ってもらうんだからそこで脱ぐのっ!」
"その人に……?"
    店員と目が合い、暫くの沈黙の後、俺は満面の笑みで誤魔化した。
"それならそうと先に言えよ!"
俺は恥ずかしい気持ちを押し殺しながらも、冷静を装ってゆっくりとズボンを下ろす。
「あっあのっ……、ブラジャーの採寸ですのでっ!」
焦った様子でそう言った店員を見て、俺は慌ててズボンを上げ弁解する。
「履き直しただけです!」
心臓が飛び跳ねるように大きな鼓動を繰り返している。それが店員に知られないように、俺は真っ赤に染まっているだろう顔を見られないよう、顔を背けてゆっくりと上着を脱いだ。
そして肌着のティーシャツを脱いだ時だった。「あっ……」という店員さんの微かな声が響く。
店員に目をやると、何故か動揺した様子でメジャーを少し伸ばしたまま硬直していたのだ。
「あの……、どうかしました?」
そう言うと、店員が遠慮がちに口を開く。
「大変申し上げにくいのですが……、普段はブラジャーは着けられてないんですか?」
"男がそんなん着ける訳ねぇよ!"
そう叫びたくなったが、今は女。グッと堪えて店員に微笑みを向ける。
「いえ、たまたまです。ほら、今日は暑いですし……」
「そ、そうですよね! 暑いですもんね!」
    再び沈黙に包まれる室内。気不味い空気の中、採寸が始まった。
言われるがまま腕を上げ、無防備な胸部が露わになる。店員の手が背後に回り、ひんやりとしたメジャーの感触が伝わった。こんな状況にも慣れているのか、店員は私の気持ちなど他所に、淡々と作業を採寸を進めていく。……恥ずかしさで全身がムズムズとするような変な感覚に包まれている。こんな辱めは二度とごめんだ……。心からそう思った。
採寸が終わると、更衣室から出た俺に莉結が"どうだった?"と尋ねてきて、俺は店員の言った数字をそのまま伝えた。
……すると莉結は、俺の肩にそっと手を当てこう言ったのだった。
「大丈夫っ……、種類はたくさん選べるからっ!」
["魅惑のブラ"を装着しますか?]
→  はい
    いいえ
イルの防御力が1あがった。
イルの忍耐力が10あがった。
イルの女子力が30あがった。
イルの胸が2cmあがった。
イルの自尊心が50さがった。
イルに会心の一撃。心の小傷を負った。
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2,431
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1.5万
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1,301
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3.1万
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9,173
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2.3万
コメント
漆湯講義
コメントありがとうございます!!(。>ω・。)b
気づくのが遅れました。返信遅くなりすいません!
おっしゃる通りです!(。TωT。)笑
私も少し他と違った小説もいいのでは…と、顔文字を入れて感情を分かりやすく表現したつもりですが、
やはりという小説は文章で想像させてナンボですよね!(。TωT。)
少し自分でも周りの方の意見を聞きたかった所なので、率直なコメントとても嬉しいです♪
表現力で勝負したいと思います!!(。>ω<。)ノ
コメント本当にありがとうございました!!
楽しく読んでいただける小説を書けるよう努力させていただきます!!
おじいちゃん
まだ、少ししか読んでませんが内容は面白いなと思いました!!
ただ、顔文字を小説に使うのはどうなのかな?と思ったりします(笑)
小説はその風景や、主人公の表情等を言葉で表すので個性があり楽しいと感じると自分は思うので顔文字が少し残念でした
ですが、上記した通り、内容はいいと思います!これからも頑張ってください!