3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件

みりん

17 捜索

 目の前に、学ランを来た2人組みの……こいつらは、確か間瀬の取り巻き1と2じゃねえか。名前は忘れた。ニヤニヤしながら、こっちを見てくる。低脳が。間瀬の金魚の糞以外に才能はないのかよ。鬱陶しいんだよガキが。

『ああん? なにガンたれてんだチビが。やんのかこら、ああん?』

 取り巻き1は、そう言うと俺に近づいて来た。

『すぐそうやって暴力に訴える癖、やめたほうがいいぞ。わざわざ自分の低脳を披露してまわることないだろ?』

 俺の口がそう言った。黙っとけばいいものを、短気だったから我慢できなかったんだ。しかし、短気なのはお互い様だ。取り巻き1と2もブチギレた。俺は胸ぐらを掴まれ、取り巻き1が振りかぶった拳を顔面に
――受けなかった。

 いつもなら、ここからリンチに入るところなのに。痛みを予期して瞑っていた目を開くと、間瀬が取り巻き1の腕を掴んで止めていた。そして、その後ろには、土岐みくるの姿が。

『間瀬、なんで止めるんだよ』

『こいつはな、いま俺にみくるを盗られて傷心なんだ。可哀想だから放置してやろうぜ』

 口の端を上げてしたり顔で嗤う間瀬。取り巻きたちは、それを聞き、吹き出して爆笑し始める。俺は叫んだ。

『っは! もうみくるのことなんて忘れたよ! いつまでも引きずってると思うなタコ! 殺すぞ!』

 俺の言葉にさらに腹をよじると、取り巻きたちと間瀬は満足したように目配せした。

『あれから一ヶ月も経ってないのに忘れるなんて、みくるへのアイも大したことねえなあおい!』

『行こうぜ』

 間瀬の号令を合図に、間瀬と取り巻きたちは踵を返す。

 掴まれていた胸ぐらを開放された俺は、恨みのこもった目でやつらを見送る。しかし、土岐みくるは、悲しそうな顔でこちらを見つめていた。

『あのね、ゆう君――』

『――黙れ! お前と話すことなんて何もねえよ! 同じクラスだから仕方ないが、本当は顔も見たくない。無駄に話しかけてくんな!』

 はっきりとそう言うと、土岐みくるは、傷ついた顔をした。柳眉を寄せ、長いまつげを震わせる。そして、凛と透き通った声を悲しみにくぐもらせて、呟いた。

『――ごめん』

 蚊の鳴くような小さな声が俺の鼓膜を震わせたときには、土岐みくるは間瀬を追いかけて走り出していた。

 ◇

 スマホのアラームが、俺を悪夢から救い出した。

 最低な目覚めだった。時間を確認する。2限目の講義に十分間に合う時間帯。

 俺は深く息を吸い、吐いた。

 いまのは……中2の、土岐みくると別れたばかりの頃の夢だった。鮮明に蘇った土岐みくるの傷ついた顔が脳裏にこびりついて離れない。

 もしも、もしもあの時、みくるとまともに話せていたら、簡単に誤解が解けていたかもしれない。だが、俺はそれをしなかった。必死に去勢を張って、自分の殻にこもり、大事な大事な自分のプライドを守るのに死に物狂いだった。

 まさか、土岐みくるが俺を守るために嘘をついていたなんて、そんなこと想像もできないだろ! クソが!

 俺は暴れだしたい気持ちを抑えて、なんとか起き上がるとシャワーを浴び、大学へ向かった。

 ◇

 講義が終わり、夕方からは、バイトに入る。

 新入りのバイトも仕事に慣れてくれたので、俺が無理してまでシフトに入る必要はなくなったが、レストランで働くこと自体は気に入っているのでやめたくない。いつも通り出勤した。

 勤務後、ディナーの片付けをしながら、ふと思いついて店長に声をかけた。

「あの、店長。土岐みくるのことなんですけど……。店長、警察に届け出を出したりしました?」

 すると、レジを数えていた店長は驚いたように目を見開いた。

「お前からみくるちゃんの話をふるとは、どういう風の吹き回しだ?」

「いえ、ただ、音信不通なんで心配になってきただけです……」

「はあん。まあいい。面白そうだが、深く突っ込まないでやるよ。そうだな。最近、行方不明届なら警察に提出した。といっても、みくるちゃんの場合、誘拐などの事件性がはっきりと証明できないからな。警察は積極的な捜査をしてくれる訳じゃないみたいだ。はっきり言って気休めだな。ただ、みくるちゃんが補導されたりすれば、こっちに連絡をくれるようにはなってる。それとは別に、オーナーが探偵を雇って探してるみたいだよ。いまのところ、なんの成果もあがってこないみたいだけどな」

「そうですか……」

 俺は肩を落とした。なんだ、俺が動くまでもなく、店長たちは動いてたんだな。しかし、そこまでしても、いまだ見つからないなんて。店長たちもこんなに心配させて、なにやってるんだよ、みくる。

 俺はイライラする気持ちを押し殺し、クローズの準備を終えると、バックルームに戻った。着替えを終え、ふと思い立ち、スマホを確認する。

 フェイスブックに、返信が来てる!

 俺ははやる気持ちを抑えてメッセージを開いた。

『同志よ諦めろ。あれは一夏の夢幻だった。楽しかっただろ? それでOK! ドンマイ、前向いてこうぜ!』

「…………はあ」

 メッセージを読んで、俺は落胆した。

 返信をくれたやつは、俺も土岐みくるに遊ばれた仲間だと思って励ましてくれたらしい。

 確かに、普通だったらそれが建設的な考えかもしれない。

 なのに、そう言われても土岐みくるの捜索をまだ諦めてない自分がいるらしい。

 絶対に、見つけ出して、一言文句を言ってやる。

 固く決意して、俺は家路を急いだ。

 しかし、その後も、土岐みくるの情報は得られない日々が続いた。

 ◇

 10月も半ばを過ぎたある日、久しぶりに早希さんが俺に声をかけて来た。

 俺はバックルームでストックの切れていたテーブルナプキンを折る作業をしているところだったので、驚いて振り返った。

 嫌々仕方なく声をかけたことがありありとわかる不機嫌な態度の早希さん。あの喧嘩以来ひと月くらい、まともに話せていないので、俺たちの間には気まずい空気が流れる。これはもう、別れたってことで良いんだよな。それにしても、いつもは徹底的に俺を無視していた早希さんの方から話かけて来るなんて、いったいどうしたんだ?

「なんか、優助くんのお友達だっていう人が来てますよ。呼んでくれってうるさいんで、行ってあげて下さい。奥の席に通してます」

「はあ……」

 頷いたものの、そんな友達を店に呼んだ覚えはなかった。訝しく思いながらも、言われた通りにフロアに向かう。えっと、奥の席、奥の席――って、なんだ、お前かよ。

 俺は、席に見知ったイケメンが座っているのを目に留め、落胆した。

「やあ! 返事がないから来ちゃった」

 池野はそう言うと、白い歯をきらりと光らせた。

 そう、来店して俺を呼び出したのは、キャバ嬢たちに土岐みくるの情報収集をさせて集めた情報を、俺にまとめて知らせてくれているキャバクラ「アフロディーテ」のボーイ、池野だった。しかし、土岐みくるとは関係のないプライベートの自慢やお節介(ドンペリ開けたとか、良いハンドクリームがあるからくれるとか)ばかりLINEに垂れ流して来るので既読無視していたのだ。

 不服ながらも、仕方なく池野のそばまで近寄ると、池野は満足そうに頷いて、いっしょに連れていた化粧の濃い女に目配せした。

「えー! これがみくるの言ってた王子様? みくるが言うくらいだから、どんなイケメンなのかって期待してたのに、全っ然ふつうじゃん! 中の下?」

 女は、俺を見るといきなりディスって来た。はあ!? ざけんなよ。お前も化粧落としたらバケモンの口だろうが。

「こら、アヤカちゃん。失礼だよ。ごめんゆう君。この子馬鹿なんだ」

「やーん。ひっどーい!」

 池野は笑顔でさらりと毒を吐いたが、アヤカと呼ばれた女は秋だというのに露出度の高い服を来た身体をくねらせて喜んでいる。さすがイケメンと言うべきか、このアヤカが単に馬鹿なのか。

「ゆう君、彼女はうちの店の女の子で、みくるちゃんの先輩にあたる。んでもって、みくるちゃん捜索を手伝ってくれてる1人なんだ。どうしてもゆう君の顔が見たいって聞かなくて連れて来た」

「はあ。すみませんね。実物がこんなんで」

 俺が嫌味を言うと、アフロディーテのキャバ嬢、アヤカはケラケラと笑い出す。

「やっだ! 気にしちゃった? ごめんごめん! 大丈夫! アヤカあんたとだったらヤレるよ。自信持って!」

「俺がお断りします」

 即答すると、アヤカはますます喜んで笑った。

「やだー可愛いー♡ 照れてるー♡」

 いや、照れてねえよ。どんだけポジティブなんだ。俺がげんなりしているのを見かねて、池野が話を変えてくれた。

「ねえ、アヤカちゃんたちは、目星いお客にはもうだいたいみくるちゃんのこと聞いてくれたけど、何も情報を掴めなかったんだ。ゆう君のほうはどうなの? 最近フェイスブックから返信返ってきた?」

「一応……、みくるの情報を知っているっていう男からは返信があったよ」

 俺が答えると、池野は顔を輝かせた。

「なんだ、よかったじゃん。で、なんて?」

「いや、それが……会って話がしたいって言ってくるんだ。今度の日曜日、○○駅前のスタバで14時に待ち合わせてる」

「ええ? なんで~? さくっと教えてくれたって良いのにね、そいつ超ケチじゃね!?」

 アヤカが憤る。池野は慎重に言葉を選んだ。

「ケチって言うか、わざわざ会いたいって言って来るくらいだから、ゆう君に興味があるのかな? なんの用があるのか想像できないけど、気をつけた方がいいよ。みくるちゃん関連の男ってことは、元カレの可能性だってある訳だし」

「ああ、わかってる。フェイスブックの写真を見た限りでは、ひょろガリだったけど、用心にこしたことないからな。注意するよ」

 俺が答えると、急にアヤカは大きくため息をついた。

「いいな~。みくる。愛されてるな~。そうまでして、自分のこと探してくれるなんて、素敵。みくるが王子様って言ってた気持ちわかるなあ。あんた、優しいんだね」

 アヤカは、俺をキラキラした瞳で見上げて来た。

「いや、そんな良いもんじゃねえよ。ただ、あいつが馬鹿過ぎて放っておけないだけで」

「やーん。そういうのが、なんか良いんじゃん。くそう。略奪しちゃおうかな。ね、今度ホテル行かない? アヤカ、みくるよりテクニシャンの自信あるよ?」

 いや、それはない。香水臭い身体をくねらせて色気を振りまいて来たアヤカに、俺は若干ひいた。

「酷いなあ。アヤカちゃんには僕がいるでしょ?」

 池野が苦笑した。お前ら、そう言う仲だったのかよ。

「池野くんはダメ。アヤカみたいなの、ほかにいっぱいいるでしょ」

「あはは」

 池野はまた苦笑した。いや、そこ否定しないんかい。こいつら腐ってやがんな。
話はそこで一段落した。

 ちょうどその時、早希さんが出来立てで湯気の上がるメニューを運んで来た。

「お待たせしました。かぼちゃのラビオリ、ほうれん草とベーコンのクリームソースハロウィン仕立てです。もう一品もすぐにお持ちしますね。優助くん、そろそろ」

「あ、はい」

 最後に俺を冷たい声で呼ぶと、早希さんはさっさと下がっていった。こっえー。ふつうに返事しちまったぜ。

「じゃあ、そろそろ仕事に戻るわ。せっかくだからゆっくりしていけよ」

 俺がそう切り出すと、池野は頷いた。アヤカは、すでに俺に興味をなくしていて、到着したメニューに夢中のようだった。

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