3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件

みりん

15 時計広場

 土岐みくるの実家から逃げ出した俺は、めちゃくちゃに走り回って、気づけば駅前の時計広場に着いていた。

 広場の片隅に立ち、上がった息を整える。

 ちょうど、あの土岐みくるを待ちぼうけた日と同じところに立って、広場を眺めた。5年経っても、景色はそれほど変わっていない。ただ一箇所、古い店だったところが潰れて、現在工事中のようだった。鉄筋の土台ができたところらしく、土煙の上がる中、男たちが作業に没頭しているようだった。

 それを何の気なしに眺めていると、そこで働いていた大工のうちの1人が、一直線に俺のもとへ走ってきた!?

 作業服に身を包み、頭にはタオルを巻いている若い男。見覚えがあった。というか、こいつは、間瀬じゃねえか!

 中2当時、俺をいじめていた主犯格であり、みくるを寝取った張本人の脳筋馬鹿の間瀬。その間瀬が、なんで俺の方に向かって来るんだ!?

 俺は混乱した。

 しかし、向こうがこちらに向かって来ているのに、逃げ出すのは癪だった。精一杯胸を張り、ふんぞり返ってやつがこちらに来るのを待った。

「お前、大岡だよな、大岡優助! 久しぶり!」

「!?」

 やけにフレンドリーに話しかけられて拍子抜けした。

「……」

「そう固くなるなよ。俺だよ、俺。間瀬だよ。覚えてるだろ?」

「そりゃな」

 あれだけのことをされりゃ忘れられないだろうよ。

 俺がおそらく引きつった顔で肯定すると、間瀬はそわそわと工事現場の方を気にしながら口を開いた。

「なあ、俺いま見ての通り仕事中なんだわ、お前、今晩時間あるか? 話があるんだ。時間作ってくれよ」

 突然の申し出に、さらに驚いた。というか、間瀬は印象が随分変わった。元々ガタイが良かったが、より引き締まって見える。大工の作業がそうさせたんだろうか。黒く染め直した髪はスポーツ刈り。因縁つけてまわってた昔と違って、話のわかる気のいい兄ちゃんみたいになっている。

「間瀬―! どこ行ってやがる殺すぞ!」

 現場監督らしい禿げたオヤジに怒鳴られて、間瀬は「やべ」と言って俺に目配せしてきた。

「20時に中公園な。じゃ、俺仕事戻るわ。絶対来てくれ!」

「あ、おい!」

 間瀬は、俺が引き止めるのも構わず、工事現場へ戻っていってしまった。

 元イジメの主犯格だったとは思えない爽やかさを振りまいて去っていってしまった間瀬を俺は呆然と見送る。あれは誰だ? 本当にあの間瀬か? それに、話ってなんだ? まさか、今更になって、土岐みくるを寝取ったことを謝ってくれるとでも言うつもりか?

 そんなものに興味はないが、間瀬なら、土岐みくるの居場所に心当たりがあるかもしれない。なにせ、高校に入って別れたらしいが、それでも数年あの土岐みくると付き合っていた間瀬だ。3日でフラレた俺よりは、よっぽどやつのことに詳しいだろう。

 どうせ土岐みくるの手がかりはゼロなんだ。せっかくだから、その話とやらを聞いてやろうじゃねえか。無視するのは、逃げるみたいで癪だしな。

 ◇

 中公園とは、俺たちが通ってた中学の横にある、ブランコと砂場とちょっとした運動場からなる公園だ。昼間は未入園児と母親でそれなりに賑わうが、日の落ちて暗くなった20時前には人の姿は見えなかった。

 コーラを片手にベンチで待っていると、私服姿の間瀬がやってきた。羽虫の集まる街灯に照らされた間瀬の顔には、爽やかな微笑が浮かんでいて、薄気味悪いほどだ。

「わりい。待たせたな」

 そう言って間瀬は、俺のとなりに腰掛けた。

「いや、時間通りだが。それより、話ってなんだよ?」

 俺はさっそく本題に入った。こいつと雑談する気にもなれない。

「いや、みくるが上京して、お前と暮らしてるって噂で聞いたから、うまくやれてるか心配でな」

「ちょっと待て、なんでお前がそれを知ってるんだよ?」

「あー。みくるが男友達に自慢して回ってたからな。よっぽどお前と同棲できて嬉しかったんだろ。みくる、お前のこと好きだからな。それをお節介が俺に回してきたんだよ」

「……」

 俺は間瀬の言葉をうまく飲み込めず、リアクションできなかった。

 みくるが俺を好きだと、こいつの口から言われるとは思わなかった。意味がわからない。

「いやー、それにしても、元サヤに収まってよかったよ。俺がお前とみくるの仲引き裂いただろ? すまん。あの時は悪かった。許してもらえるとは思ってないけど、ずっと謝りたかったんだ。サンドバックにして殴ったことも謝る。申し訳なかった!」

 間瀬は、そう言って俺に頭を下げた。

 予想はしていたが、本当に謝られるとは思ってなかったので、驚く。

「お前、本当に間瀬か? 人間が違い過ぎて、誰だかわからないレベルだぞ」

 俺がそう答えると、間瀬はやっと顔を上げて、苦笑した。

「ああ、よく言われる。あの頃の俺は、始終むしゃくしゃして、当り散らすことしかできないガキだった。傲慢だったよな。でも俺も、お前と同じ目に遭って、初めて人の気持ちが分かって……いろいろ考えて。それでやっと変われたんだ。聞いてるだろ? 俺とみくるが別れた原因。随分噂になって、他校にも響き渡ってたからな」

「……みくるの浮気癖が原因で別れたって聞いた」

 俺が聞いたままを正直に伝えると、間瀬は首肯した。

「ああ。だが正確には癖じゃないんだ。俺とみくるが別れた高2のあの時が初めてだった。知っての通り俺とみくるは中2から付き合ったが、それまでの3年は男友達は多かったが誰かれかまわず寝てまわるようなことはなかった。だが、その初めてであいつは派手にやらかして……1週間で5人の男と順番にヤリまくった。それも、ご丁寧に相手の男は全員俺のダチばかり狙って。あの時はさすがに参ったよ。ダチと彼女をいっぺんに失って人間不信にもなった」

 俺はそのあまりにも壮絶な内容に、かける言葉を失った。

 間瀬1人に浮気されただけの俺でも、これだけ引きずっているというのに、友達だと思っていたやつと寝て回られたら……想像するだけでゾッとする。間瀬の場合、因果応報というか、同情してやる気にはなれないが。

「ほんと……、あいつはどうしようもないクソビッチだな」

 俺はもはや悲しくなってそう呟いた。

「いや、俺が悪いんだ」

 意外なことに、間瀬は首を横に振った。

「みくるには、高校進学と同時に別れを切り出されてたのに、無視してずっと付き合わせてたから。あの時、みくるがぶっ壊れた時も、もう何度目かわからない別れ話を無視した喧嘩中だった。離婚して離れて暮らしてたみくるの親父さんが亡くなったんだ。みくるは自分の父親のことは、母親を殴るから嫌いだと言ってた。だが、みくるは父親が亡くなってから、すごい荒れてて……。俺はそれもあって心配で別れたくなかったんだが、逆効果でな。実力行使に出られた。しかも、それを隠しもせず、にこにこ笑って報告してくるんだ。今日は誰それと寝たってな。心が折れたよ。ああ、こいつは俺じゃ無理なんだなって悟った」

「そりゃ……大変だったな」

「まあな。でも、俺よりもその後のみくるの方が大変そうだった。女からは毛虫みたいに嫌われるし、男からは後腐れなくやらせてくれるって狙われるし。みくるもそれで、言い寄ってくる男全員を拒まないもんだから、みくるを巡って男同士で喧嘩が始まるしで。おまけに、そうまでしてみくるを求めた男たちの中に、お前を超える男が現れなかったみたいだしな。みくるは、お前のことをずっと忘れられなかった。もちろん、俺と付き合ってる間も。正直、羨ましいよ。みくるにそんなに想われて」

 間瀬は苦笑した。

「こんなこと言うと、嫁に殺されるけどな」

「嫁……お前、結婚してるのか?」

 間瀬は頷いた。

「ああ。不細工だけどな。みくるに裏切られて失意のど真ん中で慰めてくれたのがいまの嫁だ。腹にガキがいるんだ。俺のために飯を作って待っててくれる」

「そうか。……おめでとう」

「さんきゅ」

「お前は、土岐みくるから卒業したんだな。俺は……まだダメだ。彼女ともうまくいってないし」

「彼女って、みくるとうまくいってないのか?」

 間瀬は、驚いた顔をした。なんで驚くんだよ。

「違う。土岐みくるとなんか付き合う訳ないだろ。あんなクソビッチ。いくら、いくら家庭環境があれで、メンタルが弱いからって……。ほだされて付き合うつもりはないよ……。だいたい、3年もったお前と違って、俺は3日で浮気されてるんだぞ。忘れられないだの何だの……あれも適当に言ってるだけだろ」

「違う! なんだよお前、みくるから聞いてないのか?」

 すごい形相で見つめられて、俺は戸惑う。

「聞くって、何をだよ」

「だー、馬鹿みくる。へらへら笑って大事なこと何も伝えられなかったパターンか」

「な、なんだよ。何があるんだよ」

「いいか、みくるは、お前を時計広場に待ちぼうけさせたあの日、俺とは寝てないんだ」

「は?」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品