3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件
3 クソビッチ土岐みくるの実態
「ねー、なんでずっと黙ってるの? おーい。聞こえてるう? ゆう君?」
「……」
俺は後ろからちょこちょことついて来ているみくるからの呼びかけに一切応じることなく、自転車を転がして歩いた。
今日はランチのオープンからディナーの途中、20時までのシフトだった。皆で15時頃に賄いを食べたのに、もう腹が減っていたから帰りにコンビニで弁当を買い、俺の一人暮らしのマンションへと帰る途中だった。
文句を垂れながらも、みくるはついて来る。
いっそ自転車をかっ飛ばしてこのうるさい女を置いて帰ってやろうか。悪魔の声が何度も囁いたが、職を失えば仕送りだけでは生活が厳しいので、仕方なく俺はイライラを押し殺して、なんとか黙って家まで歩いた。
駐輪場に自転車を停め、3階の部屋まで帰り着いた。
玄関の電気を付けて、誰もいない部屋に入る。
「とりあえず、適当に座っとけ。とりあえず腹減ったから話は後だ」
「はーい☆」
元気よく返事をしたみくるは、俺の後をついて部屋に上がり込む。
俺は確かマグカップがあったはずだと思い出し、キッチンに備え付けの棚の奥を探った。記憶通り、普段使わないマグカップを発見し、取り出す。この1人暮らしの家にはほとんど客は来ないので、普段自分が使っているコップの他には、このマグカップくらいしかコップの類はない。
その貴重なひとつを厄介な居候のために用意する俺。
確か、ティーバッグがまだ残ってたはずだから、それでも出してやるか。飯食ってから、落ち着いて話しを聞こう。
まずは、なんでこの女が家出なんかして来たのか事情くらいは吐かせよう。オーナーは家庭の事情としか教えてくれなかったが、そんなんで納得できるか。相談に乗って、解決できそうなら解決してとっとと家に帰してやる。自主的に家に帰った分には、オーナーも俺に何も言わんだろう。
問題は、土岐みくるが俺に大人しく事情を吐くかだな。知り合いだとは言え、5年以上まともに話してないんだから、そんなの他人と変わらない。そんな他人に面倒そうな家庭の事情とやらをすんなり吐くかどうか。いや、吐いてもらわないと困る。帰らせる口実を作れないからな。とにかく飯食わせて、くつろいだ話しやすい空気を作ればなんとか……。
しかし、そんな段取りを思案している俺を尻目に、みくるは何故か突然、爆笑し始めた。驚いて俺は振り返る。1人で爆笑し始めるなんて、気でもふれたか?
そんな俺の目に飛び込んで来たのは、土岐みくるが俺のベッドに座り、18禁の大音ミコの同人誌を読んで爆笑している姿だった。
「あははははは! あはははは! なにこれっ! 超エロい! ご主人さまぁっ♡ だって。ぷくく」
「わっ馬鹿お前っ何読んで!?」
「だーって机の上に置いてあったんだもん! 暇だったから♡」
そうだ。昨日俺面倒だったから同人誌机の上に置いたまま寝たんだった。しかも、朝は急いでたから片付ける暇もなく、そのまま放置して出てきてしまった。
「それにしても、ゆう君ってこういうのが好きなんだねー。優助の助は、スケベのスケ♡」
「小学生か!馬鹿言ってないで、返せ」
俺が土岐みくるの方へ近寄って同人誌を取り返そうとすると、土岐みくるはするりと逃げて、俺の背中へ回る。俺はイラアっとして睨み付けると、土岐みくるはニヤニヤとにやけた。
「なになにー? あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡」
「!?」
土岐みくるは、同人誌のページを開き、大きな声で嬌声を上げ始めた。
「あっ♡ あっ♡ らめえっ♡」
「なっおまっ」
同人誌を音読してやがる!?
しかも、感情を込めて。鼻にかかった甘ったるい声で、連続で啼くみくるの声は、AVもびっくりの臨場感で。
俺は頭の中でブチっと血管が切れる音がしたような気がした。こいつ、馬鹿にしすぎだろ!
「やめろ馬鹿!」
俺は土岐みくるから同人誌を奪い返そうと追うが、みくるはするりと避けて、同人誌の音読を続けた。
「やあっ♡ ご主人さまっ♡ らめ♡ おっき過ぎ……ぷくく。くくあはは! 確かにこの絵はおっき過ぎる! 死ぬ! 死んじゃうから! あはは! ぷふふ。やあらめえ♡ あっ♡ あん♡ あっ♡ うわっと」
ぼふん、と音を立てて、土岐みくるは俺のベッドに沈んだ。
俺が咄嗟に出した足に引っかかってよろけたのだ。
隙を見逃さず馬乗りに乗っかって、俺は土岐みくるから無事同人誌を取り上げた。見下ろして、睨み付ける。
「てめえふざけんなよ。あんま舐めてると犯すぞ」
土岐みくるは、さすがにビビるかと思ったが、予想は外れた。
にっこり笑ったのだ。
「いいよ♡」
「はあっ!?」
「しようよ♡ せっかく久しぶりに再会したんだしっ! 前はえっちする前に別れちゃったもんね。それに、住ませてもらうんだから、最初からそれくらい覚悟してたし」
みくるは、当然とでも言いたげな調子でミニスカートをたくし上げ始めた。ピンク色のレースのパンツがモロに見える。しかも紐パン。
俺はそのエロいパンツを慌ててワンピースを引っ張って隠した。
「馬鹿が! 久しぶりに再会したからとか、同居するからとか、そんなのヤる理由にならないだろ何語喋ってんだよクソビッチが! だいたい、お前はオーナーの女なんだろうが! できるか!」
俺は吐き捨てて立ち上がり、同人誌をタンスの上に置いた。ここなら背伸びをしても土岐みくるには届かないだろう。抑えきれない殺意を自覚しながらも、俺はなんとか殺人犯にならずに踏みとどまっていた。
「ちぇー。ゆう君、相変わらず真面目だなー」
「お前が不真面目過ぎるんだっ」
「心配しなくても、オーナーはああ言ってたけど、みくるとゆう君がやっても怒らないよ。だって、みくるセフレいるって知ってるけど、怒らないもん」
セフレ? って、あのセフレ? セックスフレンド?
「はあああああ!? お前、オーナーとの不倫だけに飽き足らず、セフレまでいんのかよ!?」
「うん♡ キャバクラのボーイの池野くん。大きすぎるから一回しかしてないけど、キャバクラ紹介してくれたし優しいよ」
「キャバ……お前、キャバ嬢なのか?」
「うん。先月19歳になったから今度初めて働くんだけどね。東京来てお金困るなーって言ったら池野くんが自分の働いてるお店紹介してくれたの。明日面接あるんだけど、みくるなら可愛いから絶対合格するって♡」
だろうな。アホだし男ウケするし、ぴったりの職だろうよ。ていうか、キャバクラに合格しない人間なんているのか? 俺はその辺詳しくないが。
この女が喋る度に俺の怒りのボルテージは上がっていくが、予想に反し、土岐みくるは事情をペラペラ喋ってくる。飯を食って落ち着いてからと思ってたが、もうそんな段取りは面倒になった俺は、このまま話しを聞き出すことにした。
というか、水商売なんかやめて若いんだからまともな仕事探せよと、こんこんと説教したい気分になっていたが、俺にはそんな権利も義務もない。言っても聞かなそう、というか話しが通じない人種なんだと再確認させられて、とにかくそういう人種へのアレルギーで俺はどうにかなりそうになりながら言葉を探した。
「お前……キャバクラなんかで働くくらいだったら、謝って実家帰らせてもらえよ。おふくろさん心配してるんじゃねえか?」
「心配なんかしてるはずないよ! みくる、あの人に追い出されたから東京来たんだから。追い出されてせいせいしたけどね。あんな人大嫌い! もう二度と顔も見たくないよ」
土岐みくるはベッドに座って吐き捨てた。いつも笑顔の土岐みくるが初めて見せた負の感情に俺は少し驚く。こいつでも怒ったりすることあんのか。まあ、当然か。
それにしても追い出されたって……。またどうせ、お前のただれた男関係のせいで勘当でもされたってことか? この言いぶりじゃ、解決の糸口さえ見つからない。
俺は、土岐みくるを実家に帰すという目論見が外れ、絶望的な気分になっていた。
「まあまあ、そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ♡ みくるキャバ頑張るし!」
「心配してねえよ! 調子乗るな!」
「えええ。だって、ゆう君は優しいからなー」
「優しくねえよ! お前に優しくしても俺に何の得もねえだろ」
「ええ? でも、男の子は皆みくるといると楽しくて気持ちくて最高って言ってくれるよ♡ ゆう君もやったら分かるよ。みくるはウェルカムだよ♡」
「誰がお前となんかやるか馬鹿が!」
「きゃー♡ こわーい♡」
落ち着けよ、俺。昔好きだった女がクソビッチだったからってなんだ。それくらいで傷つく必要ないだろ。イラつく必要もない。俺の嫁はミコだし、とにかくオーナーが海外出張から帰って来るまでの辛抱だ。
「いいか、お前がいくらアホでもビッチでもオーナーに頼まれたから仕方なく置いてやる。ただし、同居には条件をつける。ひとつ、家賃は折半すること。そのキャバクラで稼いだ金ができたら、日割りで計算した家賃の半分持て。そしてもうひとつは、そのただれたオトコ関係を精算することだっ! だいたい、他のオトコがいるのに、男の家に住むなんて頭おかしいだろ!」
「はーい。ありがとうゆう君! 二階堂さんも池野くんもきっと分かってくれると思うの。いまは別れるの大変な人がいない時でよかった♡」
俺は頭を抱えたくなった。割り切れない奴とも無差別にやってしまっていたらしい土岐みくるの迂闊さに。今まで何人、この可愛らしい顔に騙されてきた男がいるんだろうか。
そして何より腹立たしいのは、俺もそのうちの1人だと言うことだ。
「ゆう君、みくるお腹減ったー。早くご飯食べよー!」
土岐みくるは座っていたベッドから元気よく立ち上がると、机の上に無造作に放り出されていたコンビニ袋からチョコレートを取り出した。
「お前、まさかそれが飯だとか言わないよな?」
「え? そうだよ? みくるの今日のご飯は、Taishoの板チョコ☆ みくるの90%はチョコレートで出来てるの♡」
俺は呆れて突っ込む気にもなれなかった。
土岐みくるはオトコ関係だけじゃなく、食生活もただれたダメ人間だった。よくそれでニキビのひとつも出来ないよな。
俺はため息をひとつ吐くと、黙って冷凍庫からもやしを取り出した。
「ゆう君、もやしなんか食べるの? 信じられない! みくる野菜食べたら死んじゃう子なの。すごいねー。尊敬する!」
「そんな安い尊敬はいらない。そしてもやしを食うのはお前だ。土岐みくる。安らかにシネ」
「ふえええええ!? やだよ! みくる食べないからね!」
「じゃあ、野宿だな」
「うえええええええ!? ゆう君!? どうしちゃったの!? そんな意地悪な子だった!?」
「お陰様で優しいだけのオトコからは卒業したんでね!」
俺はみくるがもやしに恐れおののき挙動不審になる様を見て、少しだけ、今日の溜飲を下げたのだった。
「……」
俺は後ろからちょこちょことついて来ているみくるからの呼びかけに一切応じることなく、自転車を転がして歩いた。
今日はランチのオープンからディナーの途中、20時までのシフトだった。皆で15時頃に賄いを食べたのに、もう腹が減っていたから帰りにコンビニで弁当を買い、俺の一人暮らしのマンションへと帰る途中だった。
文句を垂れながらも、みくるはついて来る。
いっそ自転車をかっ飛ばしてこのうるさい女を置いて帰ってやろうか。悪魔の声が何度も囁いたが、職を失えば仕送りだけでは生活が厳しいので、仕方なく俺はイライラを押し殺して、なんとか黙って家まで歩いた。
駐輪場に自転車を停め、3階の部屋まで帰り着いた。
玄関の電気を付けて、誰もいない部屋に入る。
「とりあえず、適当に座っとけ。とりあえず腹減ったから話は後だ」
「はーい☆」
元気よく返事をしたみくるは、俺の後をついて部屋に上がり込む。
俺は確かマグカップがあったはずだと思い出し、キッチンに備え付けの棚の奥を探った。記憶通り、普段使わないマグカップを発見し、取り出す。この1人暮らしの家にはほとんど客は来ないので、普段自分が使っているコップの他には、このマグカップくらいしかコップの類はない。
その貴重なひとつを厄介な居候のために用意する俺。
確か、ティーバッグがまだ残ってたはずだから、それでも出してやるか。飯食ってから、落ち着いて話しを聞こう。
まずは、なんでこの女が家出なんかして来たのか事情くらいは吐かせよう。オーナーは家庭の事情としか教えてくれなかったが、そんなんで納得できるか。相談に乗って、解決できそうなら解決してとっとと家に帰してやる。自主的に家に帰った分には、オーナーも俺に何も言わんだろう。
問題は、土岐みくるが俺に大人しく事情を吐くかだな。知り合いだとは言え、5年以上まともに話してないんだから、そんなの他人と変わらない。そんな他人に面倒そうな家庭の事情とやらをすんなり吐くかどうか。いや、吐いてもらわないと困る。帰らせる口実を作れないからな。とにかく飯食わせて、くつろいだ話しやすい空気を作ればなんとか……。
しかし、そんな段取りを思案している俺を尻目に、みくるは何故か突然、爆笑し始めた。驚いて俺は振り返る。1人で爆笑し始めるなんて、気でもふれたか?
そんな俺の目に飛び込んで来たのは、土岐みくるが俺のベッドに座り、18禁の大音ミコの同人誌を読んで爆笑している姿だった。
「あははははは! あはははは! なにこれっ! 超エロい! ご主人さまぁっ♡ だって。ぷくく」
「わっ馬鹿お前っ何読んで!?」
「だーって机の上に置いてあったんだもん! 暇だったから♡」
そうだ。昨日俺面倒だったから同人誌机の上に置いたまま寝たんだった。しかも、朝は急いでたから片付ける暇もなく、そのまま放置して出てきてしまった。
「それにしても、ゆう君ってこういうのが好きなんだねー。優助の助は、スケベのスケ♡」
「小学生か!馬鹿言ってないで、返せ」
俺が土岐みくるの方へ近寄って同人誌を取り返そうとすると、土岐みくるはするりと逃げて、俺の背中へ回る。俺はイラアっとして睨み付けると、土岐みくるはニヤニヤとにやけた。
「なになにー? あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡」
「!?」
土岐みくるは、同人誌のページを開き、大きな声で嬌声を上げ始めた。
「あっ♡ あっ♡ らめえっ♡」
「なっおまっ」
同人誌を音読してやがる!?
しかも、感情を込めて。鼻にかかった甘ったるい声で、連続で啼くみくるの声は、AVもびっくりの臨場感で。
俺は頭の中でブチっと血管が切れる音がしたような気がした。こいつ、馬鹿にしすぎだろ!
「やめろ馬鹿!」
俺は土岐みくるから同人誌を奪い返そうと追うが、みくるはするりと避けて、同人誌の音読を続けた。
「やあっ♡ ご主人さまっ♡ らめ♡ おっき過ぎ……ぷくく。くくあはは! 確かにこの絵はおっき過ぎる! 死ぬ! 死んじゃうから! あはは! ぷふふ。やあらめえ♡ あっ♡ あん♡ あっ♡ うわっと」
ぼふん、と音を立てて、土岐みくるは俺のベッドに沈んだ。
俺が咄嗟に出した足に引っかかってよろけたのだ。
隙を見逃さず馬乗りに乗っかって、俺は土岐みくるから無事同人誌を取り上げた。見下ろして、睨み付ける。
「てめえふざけんなよ。あんま舐めてると犯すぞ」
土岐みくるは、さすがにビビるかと思ったが、予想は外れた。
にっこり笑ったのだ。
「いいよ♡」
「はあっ!?」
「しようよ♡ せっかく久しぶりに再会したんだしっ! 前はえっちする前に別れちゃったもんね。それに、住ませてもらうんだから、最初からそれくらい覚悟してたし」
みくるは、当然とでも言いたげな調子でミニスカートをたくし上げ始めた。ピンク色のレースのパンツがモロに見える。しかも紐パン。
俺はそのエロいパンツを慌ててワンピースを引っ張って隠した。
「馬鹿が! 久しぶりに再会したからとか、同居するからとか、そんなのヤる理由にならないだろ何語喋ってんだよクソビッチが! だいたい、お前はオーナーの女なんだろうが! できるか!」
俺は吐き捨てて立ち上がり、同人誌をタンスの上に置いた。ここなら背伸びをしても土岐みくるには届かないだろう。抑えきれない殺意を自覚しながらも、俺はなんとか殺人犯にならずに踏みとどまっていた。
「ちぇー。ゆう君、相変わらず真面目だなー」
「お前が不真面目過ぎるんだっ」
「心配しなくても、オーナーはああ言ってたけど、みくるとゆう君がやっても怒らないよ。だって、みくるセフレいるって知ってるけど、怒らないもん」
セフレ? って、あのセフレ? セックスフレンド?
「はあああああ!? お前、オーナーとの不倫だけに飽き足らず、セフレまでいんのかよ!?」
「うん♡ キャバクラのボーイの池野くん。大きすぎるから一回しかしてないけど、キャバクラ紹介してくれたし優しいよ」
「キャバ……お前、キャバ嬢なのか?」
「うん。先月19歳になったから今度初めて働くんだけどね。東京来てお金困るなーって言ったら池野くんが自分の働いてるお店紹介してくれたの。明日面接あるんだけど、みくるなら可愛いから絶対合格するって♡」
だろうな。アホだし男ウケするし、ぴったりの職だろうよ。ていうか、キャバクラに合格しない人間なんているのか? 俺はその辺詳しくないが。
この女が喋る度に俺の怒りのボルテージは上がっていくが、予想に反し、土岐みくるは事情をペラペラ喋ってくる。飯を食って落ち着いてからと思ってたが、もうそんな段取りは面倒になった俺は、このまま話しを聞き出すことにした。
というか、水商売なんかやめて若いんだからまともな仕事探せよと、こんこんと説教したい気分になっていたが、俺にはそんな権利も義務もない。言っても聞かなそう、というか話しが通じない人種なんだと再確認させられて、とにかくそういう人種へのアレルギーで俺はどうにかなりそうになりながら言葉を探した。
「お前……キャバクラなんかで働くくらいだったら、謝って実家帰らせてもらえよ。おふくろさん心配してるんじゃねえか?」
「心配なんかしてるはずないよ! みくる、あの人に追い出されたから東京来たんだから。追い出されてせいせいしたけどね。あんな人大嫌い! もう二度と顔も見たくないよ」
土岐みくるはベッドに座って吐き捨てた。いつも笑顔の土岐みくるが初めて見せた負の感情に俺は少し驚く。こいつでも怒ったりすることあんのか。まあ、当然か。
それにしても追い出されたって……。またどうせ、お前のただれた男関係のせいで勘当でもされたってことか? この言いぶりじゃ、解決の糸口さえ見つからない。
俺は、土岐みくるを実家に帰すという目論見が外れ、絶望的な気分になっていた。
「まあまあ、そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ♡ みくるキャバ頑張るし!」
「心配してねえよ! 調子乗るな!」
「えええ。だって、ゆう君は優しいからなー」
「優しくねえよ! お前に優しくしても俺に何の得もねえだろ」
「ええ? でも、男の子は皆みくるといると楽しくて気持ちくて最高って言ってくれるよ♡ ゆう君もやったら分かるよ。みくるはウェルカムだよ♡」
「誰がお前となんかやるか馬鹿が!」
「きゃー♡ こわーい♡」
落ち着けよ、俺。昔好きだった女がクソビッチだったからってなんだ。それくらいで傷つく必要ないだろ。イラつく必要もない。俺の嫁はミコだし、とにかくオーナーが海外出張から帰って来るまでの辛抱だ。
「いいか、お前がいくらアホでもビッチでもオーナーに頼まれたから仕方なく置いてやる。ただし、同居には条件をつける。ひとつ、家賃は折半すること。そのキャバクラで稼いだ金ができたら、日割りで計算した家賃の半分持て。そしてもうひとつは、そのただれたオトコ関係を精算することだっ! だいたい、他のオトコがいるのに、男の家に住むなんて頭おかしいだろ!」
「はーい。ありがとうゆう君! 二階堂さんも池野くんもきっと分かってくれると思うの。いまは別れるの大変な人がいない時でよかった♡」
俺は頭を抱えたくなった。割り切れない奴とも無差別にやってしまっていたらしい土岐みくるの迂闊さに。今まで何人、この可愛らしい顔に騙されてきた男がいるんだろうか。
そして何より腹立たしいのは、俺もそのうちの1人だと言うことだ。
「ゆう君、みくるお腹減ったー。早くご飯食べよー!」
土岐みくるは座っていたベッドから元気よく立ち上がると、机の上に無造作に放り出されていたコンビニ袋からチョコレートを取り出した。
「お前、まさかそれが飯だとか言わないよな?」
「え? そうだよ? みくるの今日のご飯は、Taishoの板チョコ☆ みくるの90%はチョコレートで出来てるの♡」
俺は呆れて突っ込む気にもなれなかった。
土岐みくるはオトコ関係だけじゃなく、食生活もただれたダメ人間だった。よくそれでニキビのひとつも出来ないよな。
俺はため息をひとつ吐くと、黙って冷凍庫からもやしを取り出した。
「ゆう君、もやしなんか食べるの? 信じられない! みくる野菜食べたら死んじゃう子なの。すごいねー。尊敬する!」
「そんな安い尊敬はいらない。そしてもやしを食うのはお前だ。土岐みくる。安らかにシネ」
「ふえええええ!? やだよ! みくる食べないからね!」
「じゃあ、野宿だな」
「うえええええええ!? ゆう君!? どうしちゃったの!? そんな意地悪な子だった!?」
「お陰様で優しいだけのオトコからは卒業したんでね!」
俺はみくるがもやしに恐れおののき挙動不審になる様を見て、少しだけ、今日の溜飲を下げたのだった。
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