3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件
5 土岐みくるの理論
オーナーが帰国する3日前に迫った深夜だった。
この一週間、真面目に終電まで働いて1時半頃俺の部屋に帰って来る生活を続けていた土岐みくるは、その日も同じように1時半頃に帰って来た。そして、いつも通りならそろそろ寝ようかと準備している俺に気をつかって速攻で風呂に入るのだが、その日は違った。
眠い目をこすりながらベッドに入る俺に、おずおずと声をかけて来たのだ。
「あのね、ゆう君。お願いがあるんだけど……」
いやに下手に出てくる。土岐みくるにしては珍しい。気の向くままに振る舞い、乳を押し付けてくるような土岐みくるでも、遠慮という文字を知っていたようだ。何か悪いものでも食べたんだろうか。
「なんだよ。気持ちわりい」
「あのね! 自転車貸して!」
「無理! 俺も使う」
話しは終了したとばかりに俺はベッドに入るが、みくるはそんな俺にすがりついた。
「わーん。じゃあじゃあ、駅まで迎えに来てくれるのでもいいんだけど。ほら、みくるって可愛いから、夜中に1人で外を出歩くのは危険でしょ?」
「ああん? 知るか。やだよ。1時過ぎに駅まで迎えに行くなんて。甘えんな」
「そこをなんとか! 無理だったら自転車貸してよう。どっちか! お願いっ!」
半泣きになって耳元でギャーギャー騒いでくるので、俺は無視して寝ることもできない。仕方なく返事を返す。
「だから、どっちも却下だって言ってるだろ。俺はもう寝る。うるさい黙れ」
「ううう。ですよねー。言ってみただけ。仕方ない、みくる頑張って走って帰る……。せめて、ドアの鍵は開けといてくれると嬉しいな」
寂しそうにそう土岐みくるは言い、ため息をついた。
「……それくらいなら、別にかまわない」
俺はそれだけ言うと、寝返りをうって土岐みくるに背を向けた。
それにしても、こいつは何を張り切ってるんだ? ゆっくり歩いて帰ればいいだろ。
俺の家の周りは都内なこともあり、どの道も街灯が整備されていて、駅からの帰り道はかなり明るい。それに、大学の最寄り駅でもあるから、遅くまで学生がうろついているし、人目があるぶん危険も少ないはずだった。
だから俺は、相手にしないでとっとと眠りについた。
だが、俺は土岐みくるが超絶美少女だということを失念していた。翌日、俺はそれを思い知ることとなる。
◇
バン!
と勢いよく玄関の扉が開かれ、土岐みくるがなだれ込んで来た。そして、入って来た勢いそのままに扉を閉めると、すぐさま鍵を施錠し、玄関にヘタり込んだ。息が上がっていて大きく深呼吸を繰り返していた。どうやらここまで本当に走って帰ってきたらしいと分かり、俺は驚いた。
「おまえ……マジで走って帰って来たのかよ」
俺は呆れながら、冷蔵庫に突っ込んであった新品のペットボトルの水を差し出した。
土岐みくるはへにゃへにゃと微笑み、礼を言ってそれを受け取ると、ごくごくと飲んだ。そのとき、ふいにインターホンが鳴った。
ピンポーン。
顔を見合わせる俺と土岐みくる。
いま何時だと思ってるんだ? 深夜1時半を過ぎてる。
訝しげに扉を見た瞬間、またインターホンが鳴る。続けざまに3回。そして、間をおかず扉をガンガンと叩く音が続いた。
「きゃあっ!」
「なんだ!?」
土岐みくるは叫び声をあげて、靴を脱ぎ散らかすと俺の後ろに隠れた。俺もとっさのことに気が動転する。扉を叩く音は鳴り止まない。俺とみくるは扉を凝視して固まっていた。
「みくるちゃーん! 僕だよー! 井戸川だよー!」
男の野太い声が響いた。
「……おい。おまえ、呼ばれてるぞ」
土岐みくるを見ると、四つん這いで部屋の奥に逃げようとしているところだった。しかし、俺の怒りを押し殺した声を聞き、恐る恐る振り仰いで来た。
「あはは」
土岐みくるはから笑いで誤魔化そうとする。しかし、扉をガンガンと叩き続ける近所迷惑なおっさんの声は続いたままだ。
「みくるちゃーん♡ 怖がらないで! 僕だよ、井戸川だよ! 今日も楽しかったね! でもお店だけじゃなくて、僕は君のすべての時間が欲しいんだ! 欲しいものはなんでも買ってあげるし、優しくしてあげるからね! もう働かなくてもいいようにしてあげる! だからここを開けて! 僕のうちに連れて帰ってあげるよ!」
犯人は、みくるのキャバの客だと自白し、訳のわからないことをわめいている。
俺は始めこそ動転してビビったが、犯人の正体がわかった瞬間、しょうもないゴタゴタに巻き込まれた怒りで恐怖を忘れた。
「おい、いい条件みたいだぞ。どうするんだ?」
親指で玄関扉を差して尋ねると、土岐みくるはぶんぶんと勢い良く首を横に振った。涙目である。
「むりむりむりむり! 話通じない系は無理なの!」
俺は深くため息を吐いた。そして、扉を見た。相手は頭のいかれたおっさんが1人。そして、こっちは俺と、みくるの2人。包丁やらフライパンやら、武器も十分に用意がある。それらを一瞬で把握した俺は……偶然持っていたiPhoneを耳に当て、さくっと通報した。
十数分後、近くの交番から警官が駆けつけ、あえなくみくるのキャバの客・井戸川は御用となった。
十数分も玄関の扉を叩き続ける執念も怖いが、おかげで現行犯逮捕となった。警官に少し話を聞かれたが、深夜遅いので、明日、日が昇ってからまた警察に来てくれということで、その日の話は終わった。
警官をにこやかに追い返し、扉を閉めると俺は仁王立ちで土岐みくるを睨みつけた。
「おいおまえ、そこに座れ」
「えーっと、みくる今日はもう遅いから早くお風呂入りたいなー……すみません、座ります」
土岐みくるは正座をすると、疲れたようにため息をついた。
「ため息つきたいのは俺の方だわ。なんだよ今のは! なんでおまえの客がストーカー化してるんだ!?」
「えっとー、みくるにもそれがさっぱり、わかんないなーなんて……あはは」
「あははじゃねえよ! 一体どうやったら一週間ちょっとで客をストーカー化させられるんだよ! しかもあいつ、おまえが迷惑に思うなんて毛ほども考えてなかったみたいだぞ。だいたいヤバそうな奴だって話しててわからなかったのかよ! どうせいつもの調子で好きとか会いたいとか言いまくったんだろうが、気を持たせるのも適当に加減できるだろうがっ!」
俺が至極もっともなことを言ったのに、土岐みくるは不思議そうに首を傾げた。
「すきとか、だいすきとか、愛してるとか、そういうのはみくるは言わない主義なの。気を持たせるのを加減? って、どうやってするの? 大抵の男の子はみくるが笑っただけでみくるのこと大好きになっちゃうんだけど……?」
天然なので、本人に自覚がないのが怖いが、土岐みくるは全女子を敵に回す発言をあっさり吐いた。そして、その発言内容は俺の古傷までも見事にえぐった。ああそうだよ、土岐みくるが笑っただけで自分に気があると勘違いしたのは他でもないこの俺だ。
「だが! 笑っただけでオトコを落としてたら人間関係構築できないだろうが! 今まで19年生きてきて、それに関する対処法を何も考えて来なかったとは言わせねえぞ!」
「ええ? 対処法なんてほんとにないよー」
「じゃあ、どうやって男あしらって来たんだよ!」
「うーん。あしらうっていうかー、みくるのこと大好き過ぎて困っちゃうなーって時は、その人に何回かやらせてあげれば満足して離れてくれるかな? 男の人って、手に入れるまでが楽しくて、手に入ったら満足するでしょ? 手に入らないって思うと悲しくなってもっと欲しくなっちゃうから、みくるはその人が満足するまで楽しく遊ぶことにしてるの。それに、最終、みくるはセフレもいっぱいいて忙しいから、いつも一緒にはいられない子なんだなーってわかってくれたら、束縛するの諦めて離れていってくれるし」
「はあっ!?」
なに言ってるんだこのアマ。
「今回のイドガワさんはー、ゆう君が、寝たら家追い出すって言うから、ちょっと無理やり切ろうとしたら寂しくなっちゃったみたいなの。寂しくて不安になって暴走しちゃったみたい。失敗☆」
「失敗☆ じゃねえよ! 全敗じゃねえか! おまえの理論は頭が悪すぎる! そんなのどっかのヤリチン男の理論だろうが! そんなことばっかしてると、いつか刺されても文句言えねえぞ! 人を傷つけるのはやめろ!」
「えー。でも、向こうが勝手にみくるに幻滅して嫌いになるんだから、男の子たちは傷ついてないよ? みくる、幻滅してもらえるまで頑張るもん。だからむしろ、いい夢見れたーって評判だよ? すっごく楽しかったーって」
「だーっ! おまえの周りは馬鹿ばっかりだな! 傷つけてないとしても、おまえが傷つくだろうが!」
土岐みくるの頭の悪さに発狂しそうになりながら俺が怒鳴ると、みくるはきょとんとした顔をした後、くすくすと笑った。
「ぷふふ。みくるは平気だよ♡ 皆と仲良くできて楽しいもん♡ なぁに? ゆう君、みくるのこと心配してくれてるの?」
「ちっげーよ! おまえの頭の悪さに呆れ果ててるだけだこのクソビッチが!」
「やーん♡ 照れなくてもいいのに♡」
「照れてねえわボケ! こっちは自宅に変態を招き寄せられて迷惑被ってんだ! おまえにもっと自覚持ってもらわねえと困るからキレてんだよ! こんなこと二度と御免だからな!」
しかし、土岐みくるはその後いくら罵っても嬉しそうに笑う。
「大丈夫だって♡ イドガワさんは捕まったことだし、みくるいっぱい稼いで、ちゃんと家賃払うから安心してね♡」
「ほんとだろうな。まったくもって信用ならんが」
「みくる、疲れちゃったから、お風呂入ってもう寝るね♡」
ご機嫌な土岐みくるが風呂に行ったので、そこでその夜の話し合いは打ち切られた。
◇
明け方、俺は何故か目が冷めた。
俺は一度眠りにつくと目覚ましが鳴るまでなかなか覚めない質なのだが、その日は何故か偶然目が覚めた。深夜に自宅にストーカー野郎や警官が来たばかりで、興奮して眠りが浅かったのかもしれない。
俺はiPhoneをチェックして、まだ5時になったばかりだと確認してため息をついた。布団をかぶりなおす。今日はベッドはみくるの番だったので、急遽買った安物の布団で寝ていたのだが、あるいはそのせいで眠りが浅かったんだろうか。
ともかく俺は起きてしまった。
そして、寝ようと試みようとして、俺は固まった。
「パパやめて――やめて」
何事かと思って俺はベッドを振り返った。
土岐みくるは、ブランケットを被り、小さく丸まっていた。しばらく見ていたが、どうやら寝ているらしい。ということは、いまのは寝言? うなされているのか?
「――ママ、泣かないで」
弱々しく、頼りない、子供のような声だった。
俺は息を呑んだ。
土岐みくるの家庭環境が複雑なことは知っていた。中学の頃から。
土岐みくるの父親はDV男だったらしい。らしいというのは本人から直接聞いた訳じゃなくて、中学で噂になっていたのを耳にしただけだから、本当のことはよく知らなかったから。そして、中学に上がる前に土岐みくるの両親は離婚したらしい、ということも噂で聞いていた。
だが、本人はそれを気にしているなんて素振り一切見せなかったから、あの女の中で家庭環境なんて大した意味を持たないんだと思っていた。
だが、土岐みくるには、俺の知らない辛い過去があったらしい。
「ママ、泣かないで――」
泣きそうな声で寝言を喋る土岐みくる。そして、眠る土岐みくるが占領しているベッドの横に敷いた布団の中で息もできずに固まる俺。
ふと俺は思った。
土岐みくるは手当たり次第にいろんな男と寝て来たらしいが、その中に何人、土岐みくるが悪夢にうなされたりすることを知っている男はいるんだろうか、と。
この一週間、真面目に終電まで働いて1時半頃俺の部屋に帰って来る生活を続けていた土岐みくるは、その日も同じように1時半頃に帰って来た。そして、いつも通りならそろそろ寝ようかと準備している俺に気をつかって速攻で風呂に入るのだが、その日は違った。
眠い目をこすりながらベッドに入る俺に、おずおずと声をかけて来たのだ。
「あのね、ゆう君。お願いがあるんだけど……」
いやに下手に出てくる。土岐みくるにしては珍しい。気の向くままに振る舞い、乳を押し付けてくるような土岐みくるでも、遠慮という文字を知っていたようだ。何か悪いものでも食べたんだろうか。
「なんだよ。気持ちわりい」
「あのね! 自転車貸して!」
「無理! 俺も使う」
話しは終了したとばかりに俺はベッドに入るが、みくるはそんな俺にすがりついた。
「わーん。じゃあじゃあ、駅まで迎えに来てくれるのでもいいんだけど。ほら、みくるって可愛いから、夜中に1人で外を出歩くのは危険でしょ?」
「ああん? 知るか。やだよ。1時過ぎに駅まで迎えに行くなんて。甘えんな」
「そこをなんとか! 無理だったら自転車貸してよう。どっちか! お願いっ!」
半泣きになって耳元でギャーギャー騒いでくるので、俺は無視して寝ることもできない。仕方なく返事を返す。
「だから、どっちも却下だって言ってるだろ。俺はもう寝る。うるさい黙れ」
「ううう。ですよねー。言ってみただけ。仕方ない、みくる頑張って走って帰る……。せめて、ドアの鍵は開けといてくれると嬉しいな」
寂しそうにそう土岐みくるは言い、ため息をついた。
「……それくらいなら、別にかまわない」
俺はそれだけ言うと、寝返りをうって土岐みくるに背を向けた。
それにしても、こいつは何を張り切ってるんだ? ゆっくり歩いて帰ればいいだろ。
俺の家の周りは都内なこともあり、どの道も街灯が整備されていて、駅からの帰り道はかなり明るい。それに、大学の最寄り駅でもあるから、遅くまで学生がうろついているし、人目があるぶん危険も少ないはずだった。
だから俺は、相手にしないでとっとと眠りについた。
だが、俺は土岐みくるが超絶美少女だということを失念していた。翌日、俺はそれを思い知ることとなる。
◇
バン!
と勢いよく玄関の扉が開かれ、土岐みくるがなだれ込んで来た。そして、入って来た勢いそのままに扉を閉めると、すぐさま鍵を施錠し、玄関にヘタり込んだ。息が上がっていて大きく深呼吸を繰り返していた。どうやらここまで本当に走って帰ってきたらしいと分かり、俺は驚いた。
「おまえ……マジで走って帰って来たのかよ」
俺は呆れながら、冷蔵庫に突っ込んであった新品のペットボトルの水を差し出した。
土岐みくるはへにゃへにゃと微笑み、礼を言ってそれを受け取ると、ごくごくと飲んだ。そのとき、ふいにインターホンが鳴った。
ピンポーン。
顔を見合わせる俺と土岐みくる。
いま何時だと思ってるんだ? 深夜1時半を過ぎてる。
訝しげに扉を見た瞬間、またインターホンが鳴る。続けざまに3回。そして、間をおかず扉をガンガンと叩く音が続いた。
「きゃあっ!」
「なんだ!?」
土岐みくるは叫び声をあげて、靴を脱ぎ散らかすと俺の後ろに隠れた。俺もとっさのことに気が動転する。扉を叩く音は鳴り止まない。俺とみくるは扉を凝視して固まっていた。
「みくるちゃーん! 僕だよー! 井戸川だよー!」
男の野太い声が響いた。
「……おい。おまえ、呼ばれてるぞ」
土岐みくるを見ると、四つん這いで部屋の奥に逃げようとしているところだった。しかし、俺の怒りを押し殺した声を聞き、恐る恐る振り仰いで来た。
「あはは」
土岐みくるはから笑いで誤魔化そうとする。しかし、扉をガンガンと叩き続ける近所迷惑なおっさんの声は続いたままだ。
「みくるちゃーん♡ 怖がらないで! 僕だよ、井戸川だよ! 今日も楽しかったね! でもお店だけじゃなくて、僕は君のすべての時間が欲しいんだ! 欲しいものはなんでも買ってあげるし、優しくしてあげるからね! もう働かなくてもいいようにしてあげる! だからここを開けて! 僕のうちに連れて帰ってあげるよ!」
犯人は、みくるのキャバの客だと自白し、訳のわからないことをわめいている。
俺は始めこそ動転してビビったが、犯人の正体がわかった瞬間、しょうもないゴタゴタに巻き込まれた怒りで恐怖を忘れた。
「おい、いい条件みたいだぞ。どうするんだ?」
親指で玄関扉を差して尋ねると、土岐みくるはぶんぶんと勢い良く首を横に振った。涙目である。
「むりむりむりむり! 話通じない系は無理なの!」
俺は深くため息を吐いた。そして、扉を見た。相手は頭のいかれたおっさんが1人。そして、こっちは俺と、みくるの2人。包丁やらフライパンやら、武器も十分に用意がある。それらを一瞬で把握した俺は……偶然持っていたiPhoneを耳に当て、さくっと通報した。
十数分後、近くの交番から警官が駆けつけ、あえなくみくるのキャバの客・井戸川は御用となった。
十数分も玄関の扉を叩き続ける執念も怖いが、おかげで現行犯逮捕となった。警官に少し話を聞かれたが、深夜遅いので、明日、日が昇ってからまた警察に来てくれということで、その日の話は終わった。
警官をにこやかに追い返し、扉を閉めると俺は仁王立ちで土岐みくるを睨みつけた。
「おいおまえ、そこに座れ」
「えーっと、みくる今日はもう遅いから早くお風呂入りたいなー……すみません、座ります」
土岐みくるは正座をすると、疲れたようにため息をついた。
「ため息つきたいのは俺の方だわ。なんだよ今のは! なんでおまえの客がストーカー化してるんだ!?」
「えっとー、みくるにもそれがさっぱり、わかんないなーなんて……あはは」
「あははじゃねえよ! 一体どうやったら一週間ちょっとで客をストーカー化させられるんだよ! しかもあいつ、おまえが迷惑に思うなんて毛ほども考えてなかったみたいだぞ。だいたいヤバそうな奴だって話しててわからなかったのかよ! どうせいつもの調子で好きとか会いたいとか言いまくったんだろうが、気を持たせるのも適当に加減できるだろうがっ!」
俺が至極もっともなことを言ったのに、土岐みくるは不思議そうに首を傾げた。
「すきとか、だいすきとか、愛してるとか、そういうのはみくるは言わない主義なの。気を持たせるのを加減? って、どうやってするの? 大抵の男の子はみくるが笑っただけでみくるのこと大好きになっちゃうんだけど……?」
天然なので、本人に自覚がないのが怖いが、土岐みくるは全女子を敵に回す発言をあっさり吐いた。そして、その発言内容は俺の古傷までも見事にえぐった。ああそうだよ、土岐みくるが笑っただけで自分に気があると勘違いしたのは他でもないこの俺だ。
「だが! 笑っただけでオトコを落としてたら人間関係構築できないだろうが! 今まで19年生きてきて、それに関する対処法を何も考えて来なかったとは言わせねえぞ!」
「ええ? 対処法なんてほんとにないよー」
「じゃあ、どうやって男あしらって来たんだよ!」
「うーん。あしらうっていうかー、みくるのこと大好き過ぎて困っちゃうなーって時は、その人に何回かやらせてあげれば満足して離れてくれるかな? 男の人って、手に入れるまでが楽しくて、手に入ったら満足するでしょ? 手に入らないって思うと悲しくなってもっと欲しくなっちゃうから、みくるはその人が満足するまで楽しく遊ぶことにしてるの。それに、最終、みくるはセフレもいっぱいいて忙しいから、いつも一緒にはいられない子なんだなーってわかってくれたら、束縛するの諦めて離れていってくれるし」
「はあっ!?」
なに言ってるんだこのアマ。
「今回のイドガワさんはー、ゆう君が、寝たら家追い出すって言うから、ちょっと無理やり切ろうとしたら寂しくなっちゃったみたいなの。寂しくて不安になって暴走しちゃったみたい。失敗☆」
「失敗☆ じゃねえよ! 全敗じゃねえか! おまえの理論は頭が悪すぎる! そんなのどっかのヤリチン男の理論だろうが! そんなことばっかしてると、いつか刺されても文句言えねえぞ! 人を傷つけるのはやめろ!」
「えー。でも、向こうが勝手にみくるに幻滅して嫌いになるんだから、男の子たちは傷ついてないよ? みくる、幻滅してもらえるまで頑張るもん。だからむしろ、いい夢見れたーって評判だよ? すっごく楽しかったーって」
「だーっ! おまえの周りは馬鹿ばっかりだな! 傷つけてないとしても、おまえが傷つくだろうが!」
土岐みくるの頭の悪さに発狂しそうになりながら俺が怒鳴ると、みくるはきょとんとした顔をした後、くすくすと笑った。
「ぷふふ。みくるは平気だよ♡ 皆と仲良くできて楽しいもん♡ なぁに? ゆう君、みくるのこと心配してくれてるの?」
「ちっげーよ! おまえの頭の悪さに呆れ果ててるだけだこのクソビッチが!」
「やーん♡ 照れなくてもいいのに♡」
「照れてねえわボケ! こっちは自宅に変態を招き寄せられて迷惑被ってんだ! おまえにもっと自覚持ってもらわねえと困るからキレてんだよ! こんなこと二度と御免だからな!」
しかし、土岐みくるはその後いくら罵っても嬉しそうに笑う。
「大丈夫だって♡ イドガワさんは捕まったことだし、みくるいっぱい稼いで、ちゃんと家賃払うから安心してね♡」
「ほんとだろうな。まったくもって信用ならんが」
「みくる、疲れちゃったから、お風呂入ってもう寝るね♡」
ご機嫌な土岐みくるが風呂に行ったので、そこでその夜の話し合いは打ち切られた。
◇
明け方、俺は何故か目が冷めた。
俺は一度眠りにつくと目覚ましが鳴るまでなかなか覚めない質なのだが、その日は何故か偶然目が覚めた。深夜に自宅にストーカー野郎や警官が来たばかりで、興奮して眠りが浅かったのかもしれない。
俺はiPhoneをチェックして、まだ5時になったばかりだと確認してため息をついた。布団をかぶりなおす。今日はベッドはみくるの番だったので、急遽買った安物の布団で寝ていたのだが、あるいはそのせいで眠りが浅かったんだろうか。
ともかく俺は起きてしまった。
そして、寝ようと試みようとして、俺は固まった。
「パパやめて――やめて」
何事かと思って俺はベッドを振り返った。
土岐みくるは、ブランケットを被り、小さく丸まっていた。しばらく見ていたが、どうやら寝ているらしい。ということは、いまのは寝言? うなされているのか?
「――ママ、泣かないで」
弱々しく、頼りない、子供のような声だった。
俺は息を呑んだ。
土岐みくるの家庭環境が複雑なことは知っていた。中学の頃から。
土岐みくるの父親はDV男だったらしい。らしいというのは本人から直接聞いた訳じゃなくて、中学で噂になっていたのを耳にしただけだから、本当のことはよく知らなかったから。そして、中学に上がる前に土岐みくるの両親は離婚したらしい、ということも噂で聞いていた。
だが、本人はそれを気にしているなんて素振り一切見せなかったから、あの女の中で家庭環境なんて大した意味を持たないんだと思っていた。
だが、土岐みくるには、俺の知らない辛い過去があったらしい。
「ママ、泣かないで――」
泣きそうな声で寝言を喋る土岐みくる。そして、眠る土岐みくるが占領しているベッドの横に敷いた布団の中で息もできずに固まる俺。
ふと俺は思った。
土岐みくるは手当たり次第にいろんな男と寝て来たらしいが、その中に何人、土岐みくるが悪夢にうなされたりすることを知っている男はいるんだろうか、と。
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