名無しの魔法使い

さとう さん

#3 小鳥と目覚め

 チチチ、チチチ、と小鳥が歌いました。
 カーテンから漏れる光は窓際のベッドで眠る少女の瞼の裏まで照らし、緩やかに朝を知らせます。
 窓に背を向けるように身を捩らせた少女はゆっくりと目を開け、体を起こしました。黒髪の寝癖頭は右へ左へゆらゆらと揺れ、細い指で瞼を擦ります。大きな欠伸をひとつこぼし目尻に涙を浮かべた少女、ナサリは寝ぼけた青い目で部屋を見渡し、停止しました。
(……どこ?)
 チチチ、チチチ、と小鳥が笑いました。

(いや待って本当にどこ!? え、森は? ゴーレムは!?)
 飛び起きたベッドの他に、机と椅子と空の本棚が壁際にあるだけの簡素な部屋で、ナサリは自身の記憶を辿ります。
(ゴーレムが倒れて、びっくりして、それから……?)
 ナサリは椅子の上に置かれた自分の鞄に気付き、中から一冊の手帳を取り出してパラパラとページをめくります。それぞれのページには日付とその日にあった出来事が簡単に綴られていましたが、昨日のページは白紙。自分の記憶だけが頼りです。
(頼りないよ!)
 机に向かって途方に暮れたとき、コンコンコンと窓がノックされました。
「ひっ」
 ナサリは肩を大きく揺らし、反射で窓の方を見ると、そこには昨日出会ったナサリと同じ黒髪青目を持つ青年が、ニコニコと手を振っていました。
「え? え?」
 青年は「あ、け、て」と口をぱくぱく動かすのと同時に、片手で窓を持ち上げる動作をして窓の開け方を説明します。慌ててベッドに膝を乗せて窓を開けると、青年はナサリの口に赤い苺を押し付けました。
「ん!?」
「おはようナサリ。はい、食べてー」
 苺をさらに押し付けられたナサリは訳がわからないまま口を開けて齧りました。小さな一口でしたが、甘酸っぱい味が十分に広がり目を輝かせます。一方、押し付けてきた青年は目を丸くしてナサリを見つめ、
「本当に食べるとは……」
と呟き、ナサリに頭を叩かれました。
「自分で押し付けたくせに!」
「あはは、ごめんごめん」
 楽しそうに笑う青年は齧られた苺を投げると、苺でいっぱいの籠で頭を隠します。ナサリが慌てて宙に浮かんだ苺をキャッチしたとき、今度はドアの方からノックが聞こえました。ナサリは振り向き、青年は頭を低くしましたが頭の上に乗せた苺の山が隠れていません。
「起きたなら、着替えて朝ごはん」
 開いたドアから茶髪で猫っ毛の青年、ジェンがエプロン姿で仁王立ちしていました。今日もつり目が厳しいです。
「はい……」
 ナサリは窓の外に伸ばしていた手を膝に収めました。
「お前も早く苺持って来い」
「バレてたか」
 頭を上げて窓から顔をひょっこりと覗かせた青年に、ジェンはため息をこぼし、
「頭隠して苺隠さず」
 青年が頭に乗せた苺の籠を指さしました。
「わざと」
 籠を胸の前に持ち直し、青年はべっと舌を突き出します。

 ナサリはそんな二人に挟まれて、一言。
「あの、着替えるので出てもらえませんか……?」

 バサバサバサ、と小鳥が飛んで行きました。

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