今日も俺は採取系の依頼をこなす。

ノベルバユーザー69231

出会い

初めて魔物を"殺した"日は、それ以降何もする気になれなかった。この宿では、昼飯は出ないことがわかっていたので、近くの店に寄ったくらいだ。その後は、ずっと俺の部屋に立て籠もっていた。”出てきなさい”とか”具合でも悪いの”とかの声は聞こえない。俺は異世界に居るんだ、と実感した。


部屋の中で、”殺した”感覚を茫然と見つめている。手にはまだ重い感覚が残っていた。重さの中に心地よさが姿を現している。この心地よさは何だろうとか考えている内に夕飯知らせる音が聞こえた。一旦、考えるのを止めて、虫を育てるために下に降りる。
”グーグー”とお腹で虫が鳴っている。その鳴き声が、暗い思考の渦で目を覚ます鍵になった。今日くらいは虫のために贅沢をしてもいいかもしれない。そう思いながら、俺は飯の席に座った。




出された食事はコッペパン、お肉、緑色をした栄養だ。この街で出される肉は大体、ホーンラビットかオークの肉だと教えてもらった。ちなみに昼飯はホーンラビットの肉だった。店の店主は親切に教えてくれたり、料理もおいしかったりと明日も行ってもいいかもしれない。


うーん、豚っぽいしオーク肉かな。
そう結論付けて、食べてみると豚肉だった。まぁ、予想道理なので驚きはない。ウサギ肉と知らずに食べた店のお肉の方が驚きがあった。だからだろうか。ウサギ肉の方がおいしく感じるのは。



追加料理も完食して席を立つ。この宿では銅貨1枚を払って追加料理を頼むことができる。そうおじさんから聞いた時、銅貨3枚の宿の追加料理が銅貨1枚って割に合わなくね、と考えたが甘かった。追加された料理の量がハンパなかった。普通はある程度稼げるようになった中級冒険者が1日の仕事終わりにたくさん食べられるようにとの心遣いだそうだ。

今日は記念日なのかと聞かれた時に、はっとした。
そう言えば、今日は俺が初めてレベルアップした”記念日”じゃないですか。思考の渦が消える。やっとのことで、今も感じる高揚感の説明がついた。

俺にとって、レベルアップとはその程度のものだったのか、”殺した”感覚が強すぎたのかは闇の中だ。多分、後者だと思うが踏ん切りがつかない。。

ゴブリンを倒してからステータスを見ていなかった。レベルアップしているかもしれないと思い、ステータスを開こうとしたが、止めた。
部屋に戻り、鉄球の着いたボロボロの剣を握りながら思う。



この重さは忘れてはいけないものだ。




・・・

それから十数日間は、同じような日々を続けた。ゴブリン4匹相手に魔法を使わずに倒せる所まで上達した。ホーンラビットなら5匹まで大丈夫だった。6匹一斉に相手をしたことがないので、上限はよくわからない。少し進んだエリアで新たに出てきたコボルトと呼ばれる灰色の毛を持つ二足歩行の狼は手ごわかった。初見では、1匹も狩れなかった。少しづつ慣れてきたが今でも3体中1匹は魔法で対処している感じだ。


"今日までの変わり映えのない生活には飽きたでしょう。だから明日は気分を変えて遠出しましょう。"
ケティさんに依頼完了を伝えるため、冒険者ギルドに出向いた時にケティさんによって伝えられた。



この世界の住人はみな職業を持っている。冒険者はもちろん、店の店主でも武器屋の職人でも皆が職業を持っている。ここで言う職業とはステータスに現れる職業の事だ。皆が武士か、魔導士か、又は技術者かと職業を選んでいる。つまり、それなりに強いという事だ。俺と同じで?職業レベルは上がらないものの、普通に生活していくだけでもレベルは上がる。加えて人は年を重ねるごとに”成長”していく。事実、俺が頻繁に行く店の店主のステータスは俺よりも強い。魔法だってそうだ。皆、1つ以上の属性を持っている。
まとめるとDランク以下の依頼は出してもらっている色が強い。そんな依頼をずっと放置しているわけにもいかない。最低でも2、3日したら強制依頼と言って、無理矢理押し付ける。その番が俺にまわってきた。

宿に帰り、伝えられたことを整理した。以前、おじさんによって伝えられたことも踏まえてまとめたせいか、それなりに時間がかかってしまった。どんな理由であってもありがたいことには変わらない。すべての女性が美人に見えてしまうくらいにゴブリンと戯れていたので、無理もない。こんなこと口にできるはずもないが。


夕飯を食べて、体を洗い終わった後に依頼の確認をする。
今回の依頼は毒消し草をとってきてほしいという依頼だ。『鑑定』がある俺にとってはやりやすい。いや、違うか。どちらかと言えば、その事を踏まえて俺に渡してきたのだろう。

今回の依頼は俺の昇格試験でもある。明日への期待と不安からなる音が俺の目を開かせたままにする。
”切り替えていこう”と布団を被り直した。しかし、音は止まない。暗闇の中で聞こえる一定のリズムを刻む音は、夜遅くまで俺の胸のあたりで響き続けた。






昨日は夜遅くまで眠れなかったが、何とか時間通りに指定された場所に着くことが出来た。今回の依頼は馬車を使って移動する。”強制依頼”と言う体で依頼を受けたので、馬車の運賃を幾らか負担してくれた。全くありがたい仕様だ。銅貨3枚を渡し、馬車に乗せてもらった。
馬車に揺られている最中は、緊張してずっと腰に差した剣の持つ部分をいじり続ける。護衛役であろう鎧に身を委ねた剣士が俺のことを心配して声をかけてくれた。”俺もそんな頃があったなー。”と言いながら、自分の体験談を剣士は話してくれた。が、魔物の名称だけを言われても想像がつかないものが多い。あまりすごさが分からない。




話が終わってから少し進んだ所で、俺は馬車を下りた。今、目の前で分かれている十字路を右折したら目的地までもう少しだ。馬車の持ち主である商人のおじさんとその護衛は十字路を直進して、次の街に行くそうだ。おじさんと護衛にお礼を言ってから、馬車を下りた。他の馬車が着ている様子は見えなかったので、おじさん達がある程度先に進んだのを見送った後、歩き出した。




少しと言われたが、結構な距離を歩いている気がする。いや、見逃さないために道端に生えている草にもいちいち足を止めて、『鑑定』を使っている。だから、本当に気がするだけかもしれない。ケティさん曰はく、野原に大量に生えていると報告された。分かってはいるが、道端の草にも目を光らせるのは緊張しているからだろう。


森についてしまった。馬車を下りてからは1本道だったので、間違いようがない。俺が来る日も来る日も通った”ゴブリンの森”よりずっと森らしい。先が見えない洞窟のように暗い森が俺の目の前にどっしりと構えている。ちょっと足を止めて考えてみる。


右折してきたのは間違いない。俺には概念の伝達さんがついているので、意識の齟齬はない。野原と言われたら俺の思い浮かべる野原だ。断じて、こんな”THE迷宮”と感じる暗き森の事を言っている可能性は少ない。哲学的に言うと、右は右で、少しは少しだ。この森を超える距離を少しとは言わない。


・・・
ならば、一番の可能性が高いのはこの森の先を歩いて行くとそう遠くない内に野原があるという事だろう。森の中、という情報を伝え忘れたという事か・・・。


悩んだ末に、俺は暗い迷路を進み始めた。森を突き進む事10歩、俺は暗闇の中で”孤立”した。【点灯ライト】はすでに唱えた。しかし、ダンジョンのように光は広がっていかなかった。ダンジョンはむしろ光を歓迎しているようだった。”その言葉を待っていた”と言うかのようだった。しかし、この森では違う。嫌でも、この魔法が異質だと伝わってくる。1歩進むたびに弱くなった光はもう、俺の周りを照らすのが精一杯になった。その程度の光でさへ、俺が進むたびに歯を食いしばって必死に耐えているかのように苦しそうに揺れた。叫び声をあげているかのようだった。



俺は光を求めた。




しかし、ビー玉くらいの2つの光と出会った時に俺が感じたのは恐怖だった。目の前の光も俺の事を強く求めているのがわかる。俺よりも強く貪欲に、その目はしっかりと俺をとらえて居た。
とっさに『鑑定』を使い、ステータスを見た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーフェンリル
レベル*493


【消えろ】
レベルを見た瞬間に魔法を発動していた。勝てるか勝てないかの議論の余地をしている場合じゃなかった。暗い世界では魔法が発動したのかわからなかった。それが恐怖心に拍車をかける。今までは、”これは昇格試験だ”とか”恐怖を克服させるための試練だ”とか心の中で呟き、自信を保っていた。

だが・・・、違った。
(ふざけるな。)
俺は泣き叫んだ。

「ウウォ~ン」
俺の叫びに応える声があった。後ろを向いて確信する。俺はここまで誘われたのだと。暗闇の中に両手では足りない程の光るビー玉が俺を見つめていた。背筋が凍る。喰われると直感で思った時、俺はひたすらに同じ言葉を叫びながら恐奥深くへと走って行った。俺は恐怖に負け、理性を失った。


【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】
・・・







気付くと俺は転んでいた。頭を中心に体全体を覆った衝撃が恐怖を痛みに塗り替える。痛みは冷静でいられる。
点灯ライトは完全に力つきたのか、俺は目を失っている。転んだのにも関わらずに手を動かすが俺の周りには何もなかった。嫌でも孤独を感じさせる。触ることでしか俺を俺と認識できない。不安が爆発した。やたらめったらに走ったのでどう行けば戻れるのかわからない。死ぬまでここから出られない可能性がある。いや、その可能性が高い。恐怖が再び爆発した。

(どうしろってんだよ。)
先程のような怒りが含まれた力強い声ではない。苦しみから出る孤独でか弱い声しかもう出すことができなかった。起き上がると、体育座りをして、顔をうずめた。





目から雫が落ち続ける。服を媒介に混ざり合った二つの液体が織りなすかすかな潮のにおいだけが俺を励ます。汚れて濡れた服の重さを感じられることが救いだった。どうやら俺はまだ生きていたいようだ。
においを感じるのは今の状況を必死に受け止めようとしているから。
服が重く感じるのは動こうとしているから。




突然射貫かれるような感覚がして立ち上がり、詠唱する。
【消えろ】

なぜか手ごたえを感じることができた。このままではどうにもならないと考え、動いた。

【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】【消えろ】
・・・
一瞬でも詠唱を止めれば、食い千切られる様な鋭い感覚を先程から感じている。喉が枯れてきたが詠唱を止めない。しばらくするとかすれ声に変わっていく。つらいが、あきらめない。





大きな闇を感じる。今までとは別格の重圧だった。必死に声を絞り出した。
【消・・・え・・・ろ。】

重圧が消え去り、急に体が軽くなった。なぜだろうか、直感的に”これで終わり”と感じた。
そのまま歩き続けると光る二つの実を見つけた。ビー玉のようなサイズだが、光に鋭さは感じなかった。なぜか親近感さへ感じる。最後の力を振り絞って、『鑑定』を使い詳細を見た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーエリクサーの実
体の欠損や状態異常を完璧に回復させる。最高の回復薬。これを超える薬や魔法は見つかっていない。入手はとても困難。試練を乗り越えてきた”勇者”と”想い人”の二人を治せるように二つの実をつけたといわれている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

実を採り、説明通りに片方を食べた。体中から力が湧いてくる。
(はぁ~。草じゃなくて実じゃないか。大は小を兼ねるって言うし、これを持って行けば合格にしてくれるかな。)
声帯も復活していた。気の抜けた独り言を言ってから、その場を去る。








帰り道は憂鬱にならなかった。相変わらずに暗いままだが、鋭い視線を感じることはない。祝福してくれる感じさへする。残った実から出る光が帰り道を照らしているかのような明るい感覚だった。適当に進むと簡単に出られた。



明るさに感謝しながらそのまま十字路まで歩いて行った。元気があふれ出てくるので、もう少し歩こうと思い、そのまま直進する。

・・・
驚きで目を丸くしてしまった。そこら中に生えていました毒消し草が。何気なく『鑑定』を使った俺自身をほめながら草を抜こうと茎の部分を握ると、急に目から汗が出てきた。あれ、おかしいな。自然と口が開き声が漏れる。止まらなかった。
(寂しかった。俺のせいだって気付いてた。でも女神様のせいにしないとやっていけなかった。
苦しかった。あれほど恐怖していた人を消すことが簡単に出来てしまった事が。暗かったから見ていない。でも、何百回と詠唱したんだ。誰かが犠牲になっていてもおかしくないよ。
恐ろしかった。誰かが近くにいるせいで、魔法が発動しないことが。
怖かった。魔法が発動しないせいで、俺が死ぬことが。だから、魔物も人も木もすべて消そうって心に決めて、詠唱していた。
認めたくない。こんな俺を。)

寂しくなって、苦しくなって、恐ろしくなって、怖くなって涙があふれだしてくる。嗚咽が混じった声で、今までの気持ちを草に語り掛けた。


土が柔らかくなって、抜きやすそう。涙をぬぐうと濡れた土を見て、そう感じた。自然と笑顔になる。


手に力が入らなかったのか、草も手も濡れてすべりやすかったのか、抜きやすくはなかった。それでも必死になって抜き、よれよれになった草を握り,ふと思ったことを語りかけた。

「でも、おかしいよね。エリクサーの実を食べたんだから”状態異常”は消えているはずなんだけど・・・。」






































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