才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第七話

☆☆☆


 寮に帰ったオレは、この土日に四葉と二階堂先輩と遊んだ楽しくも色々と疲れた……そんな記憶を思い出していた。

「ふぅ……」

 寮のベッドに横たわり、色々と思考を巡らして頭を掻く。千石と三枝の勝負はもう明日だ。
 ただの凡人であるオレに出来ることなくんて少ないし、もはや無いに等しいように思える。それでも……オレは何かしなくちゃいけないような気がしてならない。
 そう……久方ぶりに感じるこの感覚は、すっかり馴れ親しんだオレだけが知っている、オレの唯一の武器。

「よし! とりあえず走るか!」

 何が出来るってわけでもないが、少なくとも努力は怠らないようにしよう。オレが千石揚羽を超えるためには……それしかないのだから。


☆☆☆


 月曜日。
 オレと五門の時のように、放課後の体育館を貸し切っての試合に観客席は詰め詰めになっていた。
 オレは体育館の隅の方から、コート中心で睨み合う三枝と千石を眺めていた。
 すると、そんなオレのところにいつのまにか七星風紀委員長が隣に立っていた。

「うおっ……し、七星先輩」
「こんにちは……お隣ええですか?」
「え……嫌です」
「え?」
「え?」

 まさか断られると思わなかったのか、隣で七星先輩が目を丸くしていたので、オレも驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。
 普通に断るだろ。逆に了承すると思っていたのだろうか。

「まあ、あんたの許可はいらへんけど」
「じゃあ、訊かないで下さい」
「千葉はん、うちは先輩。うちがどうしようと、あんたには関係のあらへんこと……そうとは思おりまへんか?」

 なんだろう……人権ごと否定されている気がする。
 七星先輩は手に持つ扇子を畳み、壁に背を預けて両腕を組んで立つ。他の生徒たちは、七星先輩に気付くと……ササっと道を開けてコートの二人が見やすくなった。

「あら……おおきに。うち、お願いもしてへんのに……」

 いえ、すっごく見えないから邪魔だという雰囲気を醸してましたっすぅ。
 オレと全く同じことを考えていたのか、生徒たちは七星先輩と……あと、オレを交互に見てビクビクしていた。

「あれ……オレ、何が怖がられるようなことしたっけなぁ……」

 自然と口から出ていた呟きに、隣でそれを聞いていた七星先輩が全く呆れた風に肩を竦め、扇子の先をオレに向けて言った。

「千葉はんには自覚がなさそやけど……あんたは他の生徒から恐れられてはるよ?」
「そうなんすか?」
「うちや生徒会長はんが、ちょくちょくちょっかいかけはるからねぇ……当然」
「は、はぁ……?」

 抑揚のあるゆったりとした喋り方と扇子により、気品溢れる上品な佇まいの七星先輩に、オレは気圧されるように生返事を返してしまう。

「あら……そろそろ始まりはるようやねぇ」
「ん……」

 オレはその七星先輩の言葉でハッとなりコートに目を向けると、ハーフコートを使って千石と三枝が向かい合っているところだった。
 そして、三枝がボール持ち、一度千石にパスしてからそれを千石が三枝にパスする。試合開始の合図だ。
 その瞬間に、稲妻が走ったが如き速さで二人がコートを駆け回る。

「は、はやっ……」
「怖い怖い……流石、千石はんやけど……三枝はんも怖い怖い」

 七星先輩までもそう溢してしまうほど、圧倒的な速さで二人は動いていた。
 やがて、三枝がシュートしたボールを千石が常人離れしたジャンプ力でキャッチして攻守交代。
 今度は千石が攻撃側となり、再び嵐が如き攻防が始まる。
 あぁ……こんな光景見せられちゃ、見えていた千石の背中が遠退いていく。そんな喪失感がオレを襲ったが、不意に七星先輩から声をかけらて我に帰った。

「あんたはどっちが勝つと思おいになりはる?」
「え? さ、さぁ……どっちが勝つかなんて分かんないです」
「ふうん? でも、差は分かったとあらへん?」
「…………」
「そないな顔しいひんで欲しいわぁ……うちは風紀委員長。本来なら、こういう催しは止める立場やのに止めない理由を考えたことありはる?」

 そういえば……五門の時に、釘を刺された。なのに、七星先輩はこうしてオレと会話して、コート上で行われている戦いを静観していた。

「本来は止めるべき……やけど、千石はんが三枝はんを成長させるキッカケになりそうやと……そう思おりはったから、うちは止めへん」

 才能を伸ばすためなら、何でもやっていいけどそれ以外のこと……分不相応なことはするなということだろうか。
 オレは眉を顰めて、相手がみんなから恐れられているような風紀委員長であることも忘れて口を開いた。

「オレ、あんたらのその要領を得ない言い方嫌いだな」
「あら、随分と調子に乗ったようなことを言いはる」
「そうかよ……だけど、これだけは言わせて貰う」

 オレは七星先輩の方に向き、背筋を正した。みんな恐れられている? バカ言え……よく見れば、千石なんかよりもずっと優しいじゃないか。千石の方が怖い。色々と。

「オレはこれからも辞めないからな。いつか、あんたも負かす」
「…………怖い怖い。でも、うち……そういう男の子はええと思おりはるよ? ふふ……精々、頑張りぃ?」


 言われなくても……そうムッとしながら、オレは改めて千石と三枝の戦いを見守った。


☆☆☆


 結果としては、三枝が負けた。
 試合は接戦だったが、後半千石が伸びてきて突き放され……12対10。何度もデュースになったが、結局は千石の勝利になった。だが、これで十分に実力を見せつけられただろう。
 バスケ部員の女の子達は顔を引攣らせているし、効果覿面のようだ。
 で、試合が終わって直ぐに七星先輩が風紀委員と共に野次馬達を退散させ……三枝も部活に向かった。
 オレはというと、試合が終わってもずっと黙りを決め込んでいる千石と共に、千石エリアでいつも通りお茶していた。

「なあ」
「…………」

 無視ですか。新手の虐めですか。
 ほう……この数々の虐めを乗り越えたオレに向かって挑戦状を叩きつけるわけですか? まあ、千石の挑戦状とかビリビリに破り捨ててなかったことにするけどな。怖いし。

「千石さんや。千石揚羽さんや…………あーげーはーちゃん? 揚羽ー!」
「っ……は、恥ずかしいから名前はやめて」
「やっと反応したか……」

 意地を張るのもやめたのか、千石はため息を吐いてようやくオレに目を向けてくれた。相変わらず鋭い瞳が白ぶちメガネのレンズ越しにオレを射抜き、端正で綺麗な顔立ちがムッとした表情をしていた。

「で……何かしら?」
「いや、仲直りしたいと」
「別に……元からそんなに仲なんて良くないでしょう? 私とあなたは……利害関係なのだから。仲良くする必要だって、ないもの……」

 千石は目を伏せながらギュッとスカートの裾を握りしめ、そんなことを言った。
 仲良くする必要はない……たしかに、利害関係だけならそんな必要もないんだけどな。
 今日の一件で遠退いた千石の背中、だがオレの中に燃える闘志は未だ健在だ。オレはまだ、諦めていない。
 この女を超えてやることが、オレが千石に恩返しできる唯一の方法なのだから。

「オレは……仲良くしたいけどな」
「え……」

 あ、と思った時には既に遅い。ついつい本音が口を突いて出てしまったようだ。不覚……。
 オレは覚悟を決め、頭を掻きながら続けた。

「いや……えーっと、あれだ。別に好きとかそんなんじゃなくて……普通に今まで通り、ここでバカやってなんやかんやとお前に扱かれる毎日が割と気に入ってんだよ」
「……マゾ?」
「否定できねぇんだよなぁ……」

 我ながらそう思う。

「あーほら、千石みたいな可愛い女子と二人っきりになれるチャンスだしな! ははは」
「か、可愛い……そうね。たしかに、私は可愛いわ」

 おや? 千石の頬が若干赤いぞ? 地味に効果有りか……?
 千石は暫くモジモジしながらも、やがて諦めたように再びため息を吐いた。

「私も、意地を張るのはやめるわ……」
「ん?」

 急にどうしたと目を向けると、千石は顔を赤面させ、指を忙しなく動かしながら続ける。

「私……千葉くんが、誰かのために動こうとすることに対して嫉妬してしまったの」
「は? 嫉妬?」
「ええ……妬いてしまったの。だって、そうでしょう? 千葉くんは私を目指して……私を超えるために私が協力しているのだもの。そんなあなたが、他の誰かのために何かしようとしているところ見たら……胸の辺りがモヤモヤして、ついキツく当たってしまったの」

 千石はそう言って大きな胸に手を当てて俯く。
 ふむ……それって……つまり?

「何? 千石さんってオレのこと好きなの? それならそう言えよな! 全くツンデレだなぁ!」

 いや、千石の場合はクーデレかな? まあ、どっちでも同じ気はするけど。
 オレがそんなアホなことを言うと、千石は虫を見る目でオレに軽蔑の視線を向けてきた。

「一度、死んだらいいんじゃないかしら?」
「千石……人間死んだら終わりだから、一度も二度もないぞ?」
「――――ッ!!」
「ちょっ……ま、待て! 関節技はヤバイ! 腕十字はヤバイ!」

 何がヤバイって、オレの関節もヤバイけど一番は千石の胸に若干手が触れていることです。
 一回くらい死んでもいいような気がしてきた。まる。

「全く……」
「い、いたい……」

 暫くして千石の拘束が解かれ、スカートを直す千石と肩を抑えるオレの妙な構図が生まれた。

「ったく……すっかりいつもの調子だな」
「でも、これが気に入っているのでしょう? マゾくん」

 チバに掛けているとしたら酷いもんだ。掛けられてねぇじゃねぇか。まんまだよそれ。
 ただし、否定はできない。

「……あぁ、そうね」

 と、唐突に千石は人差し指をオレに向けてきた。
 なんだ? と思ったところで千石は口を利かせた。

「私と勝負しましょう」
「ほう……千石からとは珍しい。今のところオレが全部勝ってるのは言うまでもないが、なんだ?」
「卑怯な手で勝っておいてよくも堂々と……でも、これは私が必ず勝てるわ」
「で? どんな勝負なんだ?」

 オレが訊ねると、千石は勿体ぶる子供のように溜めを作ってから優しい声音でこう言った。

「……先に相手のことを好きなった方が、負けよ。簡単でしょう?」
「…………あぁ、それもオレが勝てる気がするんだが」
「安心なさい。私があなたを好きになることなんてあり得ないもの」
「随分と自信があるみたいだな。だが、オレもお前を好きなることはないぞ? おおう?」
「なら、勝負しましょう」

 いつになく挑戦的な千石に、オレもつられて不敵な笑みを浮かべた。
 どっちも好きになることなんてないかもしれないし、はたまたその逆もあるかもしれない。この勝負に、オレの姑息な手も使えないし……何度もお手上げな勝負が成立してしまったと、オレは肩を竦めた。




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