才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第九話

 ☆☆☆


 日曜日が終われば月曜日……翌日は火曜日で、例のサッカー勝負の日となる。ここまで一週間……ひたすらに蹴り続けた感触はオレの血肉へと変わり、ボールはオレの相棒である。

 朝からギャル子やゲラゲラ男子と一戦交えながら、ようやくやってきた昼休み……そういえば今日は千石がいるのだと思い出したオレは、早速千石エリアへと足を進める。

 先週一度行かなかっただけだが、随分と久しく足を運んでいない気になってしまう。

 千石エリアへ着いてノックして入ると、案の定……千石揚羽はコーヒーを片手に昼食の用意をしていた。テーブルには千石の分と……そして、約束通りオレの分がしっかりと置かれていた。

「よぉ」
「あら、こんにちは。ほら……約束のお弁当よ」
「すまん……食費は後日で頼む」
「構わないわ。さっ……食べましょう」

 オレは逸る気持ちを抑えつつソファにどっかり座り、本日のお弁当を見てみる。

 のり弁が中心で、オカズにはタコさんウインナー、卵焼き、ポテトサラダがある。デザートは可愛らしいウサちゃん林檎である。

 あらやだ……可愛いわ……。

「「いただきます」」

 二人で手を合わせ、オレはまず最初にタコさんウインナーを口の中に放る。……ふむ、なるほど美味い。絶妙な塩加減と焼き加減だ。続いて口をつけたのはのり弁……甘さがある白米と醤油の利いた鰹節と味付け海苔が口の中でミックスされ……何とも言えぬ幸福感を覚えた。

 それからオレは黙って……次々に千石のお弁当を食べて気が付いたらなくなってしまっていた。

 オレは名残惜しく思いながら、「ごちそうさん」と箸を置く。と、まだお弁当を食べていた千石は何か気になるようでチラチラとオレを見ていた。

 ん?

「なんだ?」
「え……あ、いえ……味はどうだったのかしらとね。く、口に合ったか……気になったのよ」
「千石お前なぁ……美味いに決まってるだろ?じゃなきゃ、お弁当作って欲しいなんて頼む訳ないじゃないか!」
「そ、そう?それなら……い、いいのだけれど……ふふ」

 めずらしく歯切れが悪いなと思ったが、次の瞬間には機嫌良さそうに自分のお弁当を食べ進めていた。

 いやはや……本当に美味かった。特に卵焼き。砂糖たっぷりで非常にオレ好みの甘い卵焼きでありました……。さすがに、千石揚羽ともなれば砂糖と塩を間違えるなんてベタな真似はしないようだ。

 完璧超人なだけあって何でもできるし……料理以外の家事全般だって彼女にとっては朝飯前だろう。

「嫁に欲しいくらいだなぁ……」

 まあ、オレと千石がそういう関係になるとかはあり得ないんだろうけど……おや?と、オレは何やら食べ進める箸を止めて固まる千石が不思議で首を傾げた。

 どうしたのだろうか。

「お、お嫁さんなんて……私とあなたはそのような関係じゃないはずよ……で、でもあなたがそれを望むなら吝かではないのだけれど……ないのだけれど!」
「……は?何言ってんのお前」
「――――ッ!?な、何でもないわ」

 顔を真っ赤にする千石はそれを誤魔化そうとコーヒーを口にしていた。が、前にも言ったようにコーヒーと白米とか最悪だと思っているオレは若干引いた。

 その組み合わせは……ないわ。ないわー……。


 ☆☆☆


「特訓の方は大丈夫だったかしら?」
「あぁ……特訓はな。過程でいろいろあったけど……」

 一ヶ崎とか、四葉とか……あと犬飼な。

 オレがそこら辺を濁すと、まるで全部お見通しだと言わんばかりに千石は片眉を吊り上げ、ため息を吐きながら口を開く。

「一ヶ崎さんと……四葉さんね。それと、犬飼さん」
「よく分かったな……」
「一ヶ崎さんは前にも聞いているし……少し事情があるのよ。犬飼さんに関しては元々あなたを付け回しているのは知っていたもの」
「おい、なんで教えなかったんだ?」
「必要なさそうだったのだもの……彼女は百夜くんが好きで、基本的に彼の言うことを聞くけれど……操り人形ではないもの。しっかりと自分で善悪が判断できる子よ。でなければ、【隠密】の才能なんてただでさえ危険な才能……学校側が放置しないもの」
「は?どういうことだ?」
「言わなければ分からないの?今のあなたなら多少、知恵は回るでしょう?」
「む……」

 そう言われてしまうと……自分で答えを出したくなってしまう。オレは目を瞑り、いくらかの情報から類推し、答えを推測する。

 つまり、【隠密】の才能ってのは極端な話だ……犯罪にも利用できてしまうということだ。それを言うなら、他にも犯罪利用できる才能なんて……そもそも、犯罪と照らし合わせてしまえば幾らでも出てくる。

 たしかに、そのなかでも【隠密】は抜きん出ている気はするが……万引きとか。

「一つ、あなたに教えておくけれど……私たちの自由は飽くまで学校が提供するリソースの中での話よ。最低限の社会秩序さえ守っていれば、この学校では多くのことが許されるわ」

 逆に言えば、その最低限を超えたらアウトというわけだ。なんなら虐めもアウトなんじゃないんですかね?ですかね?なに?セーフなの?あーん……。

 オレが内心でそんなことをぶつぶつ考えていると、そらを見透かしたように千石は微笑んで言った。

「色彩高校の理事長に会ったことがあるのだけれどね……とても変わった人よ。『人は苦難の中で己を磨くことができるが、それができるのは一部の人だけ。その選ばれた人以外は、選ばれた人を育てるためのエサでしかない』という大層な持論を持った人ね」
「随分と怖い考え方だな……そりゃあ」
「そうね……」

 オレの率直な意見に千石は肩を竦めて同意を示した。

 才能を伸ばすものに居場所はあっても、それ以外の全てに居場所はない。オレたちの自由は、結局才能に依存していることになる。

「まあ、今はこんなことを考えても仕方ないでしょう。あなたは明日のことだけを考えなさい。噂ではどちらが勝つか賭け事までされているらしいわよ?」
「へー」

 多分、それ賭けにならないだろ。なぜなら、全員五門に賭けるからだ。オレに賭けるような……そんな酔狂な輩がいるようには思えない。

「おまえだったらどっちに賭ける?」

 ふと、何気なく投げた問いに千石はキョトンとした仕草をすると口元に手をやり、クスリと妖艶に笑った。

「さて……どっちかしらね?」


 ☆☆☆


 放課後となり……今日は千石の指示で身体を休めて英気を養えということなのでさっさと家に帰ろうと荷物を纏める。そして、オレが教室を出て直ぐに……その後に続いて教室を出てきた四葉がオレに声を掛けくる。

「い、一緒に帰らない?それとも……今日も特訓かな……?」
「……はぁ。いや、特訓じゃない。というか、話しかけんなって言ったと思うんだが?」

 中々折れない奴だと思って言うと、四葉はテレテレと俯きながらオレの問いかけに答えた。

「え、えと……えと……。酷いことも沢山……言われたし、傷付いたけど……全部全部、アタシのためだって分かるから……」
「は?オレは別にお前のためになんて何もしてねぇよ」
「そ、それでも……千葉くんが皆の前で大立ち回りしたから……アタシのこと嫌ってた六実むつみさんが……最近はアタシに意地悪しなくなったの」

 は?誰?六実?

 オレが頭上にハテナを浮かべていたからか、慌てて四葉は……六実という人物が例のギャル子だというのとを教えてくれた。へぇ……初めて知りました。まる。

 オレがあの場で、あの時……四葉を含むクラスの女子全員に浴びせかけた暴言により、四葉に向かっていた悪意は同情とかそんなものに切り替わり……全ての悪意がオレに向けられたのだろう。

 だが、それは結果でしかない。それに感謝しているのだとしたら、お門違いだ。

「だから、オレはお前のためにやったわけじゃない。それは結果だ。オレは常々そう思ってたんだよ」
「うん……それでも、アタシは……うん。アタシは千葉くんに感謝してるの……」
「…………」

 性格に似合わず……どうも頑固な女の子である。

 オレは降参の意を示し、両手を挙げてやれやれと首を振った。

「分かったよ……じゃあ、一緒に帰るか?」
「う、うん!…………えへへ」

 嬉しそうにオレの後ろで笑っている四葉は、先を歩くオレの隣までパタパタ小走りで追い付くと……オレと並んで歩き出す。

 オレは歩くの遅いなぁ……なんて思いながら周囲からの、「なんであんな奴が美少女と!?」的な視線を受けてドヤ顔する。そんな最中、今度は廊下の向かい側からカバンを背負ってこちらに走ってくる一ヶ崎と遭遇した。

 戦う
 逃げる
 無視する←

 オレは四葉を連れて一ヶ崎を無視する。すると、一ヶ崎はオレの視界の中でピョンピョンと跳ね……苦笑する四葉が一ヶ崎に声を掛けた。

「こんちには、一ヶ崎さん。今は……帰り?」
「うん!お二人もお帰り〜?うちも一緒に帰っていいかな?いいよね!」
「勝手に決めんなよ……」
「じゃあ、ダメなの?美少女二人と下校だぞ〜?本当は嬉しいくせに〜」

 うりうり〜っと一ヶ崎は肘でオレの腹を小突いてくる。う、うぜぇと思っていると……一ヶ崎は何かに気がついたようにオレの腹に手を置いた。

「…………前より筋肉付いてる」
「は?」

 オレは何言ってんだこのアマと……そこまで考えて、そういえば一ヶ崎はオレの肉体を見たことがあったのだった。まあ……一週間とはいえ特訓してたから少しくらいは筋肉が増えていてもおかしくはない。

「筋トレしてたんだねー?」
「してねぇよ」
「ボール蹴ってるだけじゃ腹筋なんてつくわけないじゃん。頑張ってるんだね〜」
「…………」

 うざい。

 オレは何かを悟ったかのような一ヶ崎に対し、心底そう思った。ふと、四葉の方を見ると手をワキワキとさせてオレの腹筋に手を伸ばそうとしていたのでペシッと叩いておいた。

「あうぅ……」
「さり気なく触ろうとするな」
「いいじゃん!減るもんじゃないし!ねぇ?」
「う、うん……!」
「オレのライフが減るんだよ!」

 なんだったら触らせてやってもいいが、その代わりに四葉のおっぱいを揉ませろ!一ヶ崎は平らだからいらん。

 そんなこんなで……流れで一ヶ崎とも一緒に帰ることとなったオレの両隣には美少女が二人。両手に華という状況で、男子諸君の妬みの視線が大変心地良い。

 ふはははは!ザマァ。

 勝ち誇った表情で玄関口までやってきたオレは、今度は玄関口前で恒例の生き倒れ作家の二階堂先輩に遭遇した。

 二階堂先輩は敏感にオレの気配を感じ取ったのか、バッと仰向けへ転がると……オレの隣にいる四葉と一ヶ崎を見ていつもの変人的余裕な笑みが消え去った。特に、四葉を見たときは首を傾げる程度だったが……色葉を見たときの顔が無表情だった。

「おやおや……今日は随分と大所帯じゃないかね?…………色葉くん?」
「まあまあ……羨ましいのかな〜?…………フーちゃん先輩?」

 二階堂先輩は立ち上がって一ヶ崎と額をぶつけて睨み合い、一ヶ崎は負けじと二階堂先輩と張り合っている。巨乳と貧乳の戦いか……なんか興味あるなと他人ごとのように考えていると隣で四葉が何やら感動していた。

「どうした?」
「あ、憧れの……二階堂先輩っ」

 あぁ……そういえば、四葉は【剣道】の才能なんて持っているが……本当は二階堂先輩のような文才が欲しかったのだった。だから、憧れているのだろう……それはよかったな。

 オレは三人にキャッキャとしている女……所謂、姦。女が集まってうるさいという奴だ。姦そのものの意味は全然違うんですけどね。

 そんな下らないことを考えている内に、二階堂先輩と一ヶ崎の言い争いが過激さを増していた。

「馬鹿!」
「変人!」
「変人ではない!」
「馬鹿じゃないもん!」

 どっちも当てはまってるよ。

 オレはガキかよ……と頭を掻いて、そろそろ止めてやるべきかと口を開き掛けて思わず口を閉ざした。なにやらゾワゾワと背中に寒気を感じたオレはその場で振り返り……オレの視線の先で千石揚羽が満面の笑み(目は笑っていない)で立っていた。

「あら?楽しそうね……千葉くん?」
「う、うぃっす」

 オレの反応に二階堂先輩と一ヶ崎も千石の登場中に気が付き、二人とも顔を不機嫌そうにしていた。一方、四葉は憧れの二階堂先輩と……そして学校一の才女である千石の登場に瞳を輝かせていた。マイペースね……君。










コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品