才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第七話

 ☆☆☆


 お昼休み。

 ついつい癖で千石エリアに向かおうとしていたオレは、その途中でそういえば千石は家庭の事情とやらでいないのだったと……それを思い出してどこで飯を食おうかと足先を彷徨わせる。

 そういえば……あいつに飯作ってもらう約束してたから少し残念だな。

 今日もまた購買のパンでも買おうかなと思った折に、廊下をウロウロしていたオレの前に木刀を腰に挿した四葉刀華が……オレを見つけるとお弁当片手にパタパタとオレのところまで走ってきた。

「ね、ねぇ!お、お弁当…………作り過ぎたから、一緒に食べよ?…………だ、ダメかな?」
「…………だ、大丈夫っす」
「ほ、本当に!?あ……ありがと」

 い、いえいえ……それよりも僕の喉元に突き付けている木刀を下ろしてくれませんか?少し四葉さんが怖いです……朝の一件から四葉は休み時間になるとオレに声を掛けてくるようになった。木刀片手に……。

 しかも、姿が美少女で男子から人気が急上昇したせいで女子は四葉へ手を出しにくくなってしまうという状況になった。なんなら、今まで通りオドオドしているが木刀持っているし、容姿が変わっただけだが恐ろしいオーラのようなものを纏っていることは依然として変わっていないために……ギャル子達は四葉を恐れてオレにちょっかいも掛けられなくなっていた。

 これが……これこそが四葉刀華の才能である【剣道】の一端ということだろう。彼女が纏う剣気であり、一般人がそれに触れれば忽ち恐ろしくて震え上がってしまうような……そういう気迫を纏う才能なのだろう。

 オレは普段からもっと怖い――千石の気迫に触れているからか平気だが、それでも木刀を突き付けてくるのやめてくんない?怖いんだよ……マジで。

「うれ……嬉しい?」
「は?何が?」

 オレと四葉は人気のない教室棟裏の草地にあるベンチに座り、オレは四葉が作り過ぎたという弁当を食べていた。本当は千石のを食うはずだったんですけどね……先に四葉の手料理を食べることになろうとは。

 四葉は珍しく和かに微笑み、口を開く。

「アタシが……地味でブサイクじゃなくて。き、綺麗に……なったかな?可愛い?」
「あーまあ……可愛いな」
「本当?……アタシが可愛くなって嬉しい?」

 こいつは何を言っているのだろうか……オレは頭を掻いて、ふとオレがクラスメイト全員に喧嘩を売った昨日のことを反芻する。

 オレは四葉に向かってかなり酷い暴言をぶちまけているのだが、どうしてこの女はオレに弁当なんぞ分け与えているのだろうか。

 あの時、オレは釣れたのがブサイクでやれやれだと言っていた気がする。そのことと今、四葉が言ったことを繋げれば自ずと答え出た。

 オレに気に入られるためにイメチェンしてきたってことか?

 はて……その答えが正解が不正解かは全く皆目見当もつかない。つかないが……それでも、無邪気に嬉しそうにしている四葉を見るにオレを嵌めようとかいう魂胆は見られなかった。

「……?どうか……した?」
「いや……べつに」

 まあ、何にせよだ。

 オレは四葉の弁当を食べながら、グニグニと腹部に押し付けられている木刀の切っ先を尻目に見ながら、この木刀……何とかならないのかなと遠い目をした。


 ☆☆☆


 そうやって事あるごとに付き纏う四葉は、放課後に高速で身支度するオレに追いすがる勢いで帰りの準備をすると、教室を出ようとするオレに声を掛けてきた。

「ま……待って!あ、アタシと……帰ろ?」
「…………い、いやオレは――」

 別に帰るわけじゃないと口にしようとして、ゲラゲラ男子がオレの言葉を遮るように声を張り上げた。

「四葉さんさぁ!そんなクズよりも、俺と帰ろうよー?なんならこのあとカラオケ行かね?」
「い、いやです……」
「えーなんで?絶対俺と一緒の方が楽しいって!そんなクズよりもさぁ。ね?ね?ねー?」

 しつこいゲラゲラ男子に目を向けられた四葉は、助けを求めるようにオレに目を向けてくる。

 …………まあ、四葉を助けるついでにここはいい加減に四葉を突き放してしまおう。

「ははは、こんなブスがお好みならどうぞ。オレは今から可愛い子ちゃんとデートだからな」
「なっ……て、てめぇ!四葉さんになんてこといいやがる!四葉さんはどう見ても可愛いだろ!」
「ならどうぞもらってくれよ。こんな低レベルな女の子が欲しけりゃあるくれてやらぁ!」

 と、オレがそこまで叫んだところで木刀がオレの頬を掠めていった。

 おや?

 見ると、四葉が木刀を抜刀した姿勢で止まっており……木刀が完全に振り抜かれていた。オレもそうだが、周りの生徒はあまりの剣速に驚き……口を開けて呆然としていた。

「ま、また……やっぱり、アタシじゃダメ……なの?アタシ、可愛くない?……千葉くん、アタシのこと……嫌い?」

 今にも泣きそうな四葉は、オレの喉元に木刀を押し付けて問いかけてくる。これ……オレ死ぬんじゃないだろうか……。

 だが、オレにはオレの矜持がある。それを折り曲げるようなことだけはしない。

「嫌いだ。近寄るな。話しかけるな。ブスはブスと仲良やってろ!」
「――――っ!」

 オレは四葉の木刀がくるかと身構えたが、四葉は怒り出すことなくその場に崩れ……とうとう泣き出した。泣き出した美少女……四葉刀華を見たクラスメイト達はオレを完全な悪として責め立てるような視線を向けてくる。

「なんだあいつ……調子乗りすぎだろ……」
「四葉さんが気を遣って話しかけてくれてんのに……」
「ふざけんなよ……あいつ」

 まあ、色々と影でこそこそ言われているわけだが……オレは泣いている四葉を見下ろし……教室を出ようとする。その前に一回振り返り、クラスメイト達にニヤリとゲス顔を向けておいた。

「「あ!?」」

 クラスメイト達はそれで激昂し、オレを許さないと叫ぶ生徒や、四葉を心配して駆け寄る生徒もいた。

 オレはそれを最後に見て……ようやくサッカーの練習が出来ると思って校庭に向かう。その途中、案の定というべきか出るのが遅くなったため既に玄関口前に二階堂先輩がぶっ倒れていた。

 いやいや本当に相変わらずだなぁ……オレはカバンからカレーパンを一つ取り出して、大層お腹が減っているだろう二階堂先輩の近くに寄って揺する。

「ほら……カレーパンがありますよ」
「…………あまり私をバカにしゅるな!いつもお腹を空かしているわけではないのだぞ?少年……しかし、折角の恵みだし有り難く貰っておこう」

 そう言って二階堂先輩はクルリと仰向けに直り、オレからカレーパンを受け取るとムシャムシャ食べて直ぐに立ち上がった。

「大変美味であった!」
「それは何よりですね」
「うむ!で、少年はこれからサッカー勝負のための特訓かね?」
「え?えぇ……まあ」
「そうか。私は少年を応援しているかな!あまり気張らず……肩の力を抜いて頑張るといいさ。この私のようにな!まあ、肩の力を抜きすぎて原稿が期限ギリギリになってしまうのだがね……」

 ダメじゃねぇかそれ。

 やはり、あれだけ告知されているから二階堂先輩もサッカー勝負のことは知っているようだ。オレを応援してくれるというので、オレは少なからずそれを嬉しいと感じた。

「まあ……ボチボチ頑張ります」
「ああ、そうするといい。あと、あまり格好付けるのもよくないぞ?」
「は、はい?何の話しですか?」
「ふっふっふっ……惚けるのは良くないな!私は見ていたぞ?教室で少年が女の子を泣かせていた場面をな!」
「えぇ!?」

 な、なに!?なんでだよ!?

「驚いているな?」
「そりゃあ……まあ」

 ドヤ顔の二階堂先輩に対し、オレはそもそもなんで三年が二年の教室まで来てんだよ感が半端なかった。それより、あの場面を見ていたのならもっと罵倒されていてもおかしくないはずだが……と、そんなオレが持つ全ての疑問を取っ払うように二階堂先輩は腕を組んで答えた。

「少年は最近特訓のために出るのが早いからな……今日は早めに待機していたのだが来ないから気になって少年の教室をチラ見しに行ったのだ。そしたら、少年がクラスメイトに罵詈雑言の嵐を浴びせかけているのが聞こえてな。何事かと思ったが……全く少年らしいと思ったものさ」
「どういうことですか?我ながら最低な奴だと思ってるんですが……」
「そうかい?少年がそう思っているのなら……そうなのかもしれないな……。私としては優しいとも思えなかったし、女の子泣かせるのは紳士としてどうかと思うがね。だが、少年の真意に気付けないほど私はの読めない作家ではないぞ?」

 オレの真意……そんなものはないんですが……。

 オレはうへぇという顔をすると、二階堂先輩にその顔を見て笑われた。

「ふふふ……素直じゃないな。やはり、少年は私よりも千石さんのような女性が好みかい?」
「せ、千石は……関係ないです」
「分かっているとも。少年は素直じゃないからね……いやはや、全く。私はそんな少年が嫌いじゃないんだ……頑張りたまえよ?はっはっはっ」

 二階堂先輩は最後にオレの肩を激励するように叩くと、高笑いしながら去っていく。二階堂先輩もまた……変人の皮を被った一ヶ崎のようなもの内に何かを秘めている感じがした。

 ただの変人、ただの馬鹿、そしてただの凡人……もしかしたら、オレたちのあの妙な関係は何かもっと重要なものだったのではないだろうか。お互いに、三人して外面だけの関係だったオレたちは……少しずつだが何か変わりつつある。


 ☆☆☆


 一人で黙々と壁当てをする。周りでは運動部がガヤガヤと青春の汗でも掻いているのだろう。独りぼっちなオレには縁遠いものだなぁ……と、オレはシミジミに思う。

 オレは脳裏に刻まれた――身体に覚えこませられた痛みから千石揚羽のシュートを反芻し……それを真似るようにシュートを放つ。

 うーん?ちょっと腰が入ってなかったな……振り抜くのも遅い。千石はもっと速かったし、全身の力をボールに伝えている感じだった。あいつみたいになりたいとは思わないが……あいつに近づければ、もっと強く鋭くできるはずだ。

 オレはただガムシャラに試行錯誤し、ボールを蹴り続ける。飽きることなくボールを一人で蹴るオレは、正にボールが友達と言って差し支えないサッカー少年となっていた。




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