才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第五話

 ☆☆☆


 オレは球種の多さを活用して千石の裏を掻いてシュートを決める。下手なフェイントを掛けても千石揚羽には通用しないが、完璧超人である千石揚羽にも隙というのは存在する。それは、今日までに行った三回の勝負で学んだことだ。

 そして、その千石揚羽の弱点はおよそ万人にも言える弱点……千石揚羽は突発的な出来事には弱い。反射神経云々の問題ではなく、平常時から思考が戦闘時に切り替わる一瞬の間隙に……天才も凡人も違いはないということだ。

 開幕早々のシュートに始まり、緩急等を付けたシュートに惑わされればいくら完璧超人といえど五回に一回はシュートが入る。それでもやはり千石はすごいと……改めて思わされる。

「ふぅ……私相手にこれだけ入るのなら五門くん相手でも問題ないでしょう。彼には持久力がないわ。そこ突く作戦しかないわ」
「はぁ……はぁ……分かってる。エースストライカーの五門……あいつのシュートを素面で止めるのは難しい」
「分かってるわね……じゃあ、次は防御よ。私のシュートと彼のシュートは同等か……私より劣るくらいだから安心なさい」
「…………」

 安心できないオレがいる。

 というか千石さんって女子なのに力が男子並みっていうのがヤバイ。なんなの?サイボーグなの?

 オレは大人しくゴール代わりの壁前に立ち、千石と対峙する。千石はボールを地面に置くと、オレを一瞥し……素早い助走から神速の蹴りがボールに叩き込まれ、ボールはその衝撃でブワッと飛んできた。

 もはや砲弾なんですけど……。

「いっ!?」

 オレは真正面に飛んできたボールを受け止めようと身体を張り、飛んできたボールを抱え込むようにキャッチする。その際に尋常じゃない衝撃が身体を駆け巡り、オレは苦悶した。

「いっつ……」
「…………正面に放った私のボールを止められるなら問題ないわね。恐らく、五門くんは調子にのって初回は正面にシュートするわ」
「……?その心は?」
「勘よ。あの手の輩は自己主張が強いもの。必ず正面にシュートするわ。後々のために、ここは絶対に止めるのよ?」
「まあ……そうだな」

 なんなら、うまくいけばそのままオレの勝ちだ。まあ、オレのシュートが全部入るわけじゃないし……そこまで自信過剰になっちゃいないが……。

「さあ、次は行くわよ」
「お、おう!」

 それから千石は上下左右を駆使した高等テクニックのオンパレードでオレをアホみたいに疲弊させた。足の使い方、腰から上半身に駆けて連動する様は機械だ。機械のように正確で完璧なシュートを千石揚羽は決めてくる。オレはただそれを必死になって追い縋り……数回に一回止めるのやっとだった。

 もっと早く動いかないと……ボールを蹴られてからだと早すぎて身体が追いつかねぇよ!蹴られる前にどこへシュートするか予想して、あとボールの軌道も読んでそっちに飛ばないと間に合わない……。

「――――くん?」

 だが、いざとなったら可能なのか?千石が相手だとして……五門が相手だとして。

「千葉くん?」
「…………お?なんだ?」
「いえ……深く考え込んでいるように見えたから……次いくわよ?」

 少し考え事に集中しすぎたらしい。千石はオレの様子を伺いながらも、次のシュートをしていた。オレは気合いを入れ直し……集中して千石の全体を捉える。

「…………」

 一瞬、千石が呆気にとられるようにしていたが……直ぐに頭を振ると勢いをつけてボールを蹴り放つ。

 千石の視線、足の角度、腰の向き……ボールの軌道を読んだオレは右に大きく跳んだ。千石は目を見開き……ボールはオレの予想通りゴールの右にスレスレに飛んできた。

 オレは右手を伸ばしてボールを弾くようにするも……あまりの威力にオレの手が弾かれ、しかも壁に当たって跳ね返ったボールが運悪くオレの後頭部を強打した。

「いって!?」

 オレは地面に落ちると同時に頭を抑えた。

 ち、ちくしょう……タイミングは完璧だったがなんつー貫通力してやがるんだ!あれを止めるなら身体全体で受けないも止められそうにもない……オレのチカラじゃ片手で止められそうにもない。

 千石はオレの様子を見に駆け寄ってくると、一声掛けてきた。

「大丈夫かしら?」
「ま、まあ……大丈夫だ」
「そう……それより今の、私がボールを蹴る軌道を読んだのね?」
「お、おう。まあ、結果はあのザマだけどな……恥ずかしい限りだよ……」
「いえ……そんなことないわ。ボールの軌道を読むなんて芸当……誰にでもできることじゃないわ」
「そんなことねぇだろ?」

 そう言うオレに千石は呆れた様子で首を横へ振る。

「その他大勢がするのは当てずっぽうよ。大体この辺とアタリをつけて、目視で微調整する……あなたがやったことは完全な予測よ。蹴られる前にどこへボールが飛んでいくかを完全に読み入っていたわ」

 尋常ならざる集中力と洞察力が成せる業だと、千石揚羽が珍しくオレを褒め称えていた。

 ははは!もっと褒めるがいい!

「……きっと、中間テストでの経験が活きているのでしょうね」
「は?どういうことだ?」
「そのままの意味よ。勉学へ費やした時間に比例して、あなたの集中力や頭の回転が早まっているのよ……脳だって使わなければ鍛えられないわ。あなたは、中間テストを死ぬ気で勉強して臨んだ……そこで獲得したものが花開いているということよ」


 ☆☆☆


「いってて……」

 オレは帰りにドラッグストアで湿布等の薬を購入し、家へ到着するなりそれらを貼っていた。殴られたり等したので、お風呂は控えて濡れタオルで身体を拭くに留める。

 こんだけ腫れた状態で風呂なんか入ったら明日がヤバイことになってしまう。

「はぁ……」

 と、柄にもなく溜息を吐いてしまった。明日からの高校生活はさらに有意義になりそうでオレは楽しみで仕方ないですぅ……シクシク。

 今日は色々疲れたし……早く寝てしまおうとオレは布団に潜り込み……ふと、スマホちゃんが誰かからの着信を知らせるメロディを流した。

 オレは頭を掻きつつ、一体誰だと思ってスマホの画面に目を落とすと……オレに電話を掛けてきた人物が千石揚羽だと判明した。

 せ、千石から電話とか珍しいというか初めてじゃね?

 オレは内心でドキドキしながら電話に出た。

『もしもし』
「もしもし……千石か?」
『ええ、私よ。少し報せることがあって電話したわ。今は大丈夫かしら?』
「あ、あぁ……全然バッチリ大丈夫だな」
『テンション高いわね……』

 そんなことないし!?別に初めて女の子と通話してるとか思ってないし!?嬉しくないし!?

 千石は電話口の向こうで溜息を吐くと、続けた。

『で……非常に申し訳ないのだけれど、私の家の都合で三日ほど練習に付き合えないわ』

 なに?三日?

 オレは反射的に自室カレンダーに目を向け、サッカー勝負の日から逆算して数えて見ると……つまり、サッカー勝負の前日まで練習できないということになる。つまり、オレの最終兵器たる千石揚羽という手札が使えなくなったということだ。

 オレは思わず素面で訊いた。

「マジっすか」
『マジよ』
「大マジ?」
『超マジね』

 終わった。オレの人生がここにきてついにご終了のお知らせです。みなさん、今日まで本当にありがとうございました。サッカー勝負を境にオレの物語は終了です。また、どこかでお会い致しましょう……。


【完】



 いやいや。

『私がいなくても……あなたなら大丈夫よ』
「…………まあ、それなり頑張ってはみるけどよ」
『大丈夫よ。もう教えるべきことは教えたもの……とにかく、あなたにできることをすることね』

 それじゃあと……千石は電話を切っていった。プツーっとスマホちゃんの向こう側で繋がっていた千石との会話が切れるのと同時にオレは一人ぼっちとなってしまった。

 周りを見渡せば三十六景敵ばかりの中を、オレは戦わなくてはならなくなる。

 こうして一人になると、どれだけ千石揚羽という存在が大きかったかが理解できる。千石はオレの精神面でも大きな支えとなっていたのだ。なぜなら、学校の全員から嫌われようとも……オレの側にはあいつだけはいると思えたからだ。

 そして、その支柱は消え去り今やオレは片足一本で剣山の上に立つという苦行を強いられる羽目となった。

 退路はなく、前には茨の道。続く先に何があるかなんて分からないが……それでもオレは一人で切り抜けなくてはいけない。

「はぁ……」

 オレは本日二度目の溜息を吐いて天井を仰いだ。






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