才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……
第四話
☆☆☆
野口が死んだ。
さて、どうしてオレが序盤からこんなにも鬱々としているかと言うとだ。掻い摘んで説明すると、オレ氏二階堂先輩と色葉ちゃんと例の件で土日も美少女とデートするじゃん?で、例の如く色彩デパートと喫茶店入るじゃん?
さすがに、オレも男だしここは奢ろうと――二階堂先輩に関しては前回奢ってもらったし――した結果……土日2日間の総額でオレの財布にいらっしゃった野口が死んだのだ。
玉で幾らか帰ってきても、失った野口は戻らない……オレはそうしみじみに思う。
二階堂先輩と色葉ちゃん、この二人との関係は未だ継続中である。この奇妙な裸を見せる関係――見せ合う関係だったら良いのになと常々思う――が始まってから一週間。
土日を挟んで今日は月曜日。そして、何を隠そう今日の月曜日さんは祝日!つまり、学生という身分にのみ与えられた休日なのだ。
で、目下オレは暇を持て余して寮でゴロゴロとしている。全寮制の我が校に与えられた一人部屋……絶賛、オレは暇である。
ゲームでもしようかなと思い立ち、朝起きてから数時間ほどヌクヌクと潜り込んでいた布団から抜け出し、春先の若干冷たい空気が肌を撫でる感覚にオレは身震いした。
オレはキッチンでコップ一杯の水を飲み、ふと狭い領域の部屋にある小さなテーブルの上に置きっぱにしていたスマホちゃんがバイブルしたのに気が付いた。
はて?オレにメールとか『ルアイン』を休日に送ってくるような酔狂な輩はいないはずだが……。
オレはコップ片手にスマホちゃんをテーブルから拾い上げ、オレに『ルアイン』を送ってきた相手を見て危うくコップ諸共スマホちゃんを落としかけた。
おっと……信じ難い現実から目を逸らしかけた。
オレはコップをテーブルを置き、改めて送信者の名前を見る。オレに朝から『ルアイン』を送ってきたのは何を隠そう……大天使たる一ヶ崎色葉ちゃんだった。
早速メッセージの内容に目を通す。
『おはよー!起きてる〜?今から男子寮に行くから部屋番教えて〜><』
なん……だと……?
オレはバッと後ろを振り返り、オレの秘蔵コレクションが積まれたある一箇所をみる。
ま、まずい!このコレクション達を隠さねば……!
オレは色葉ちゃんにメッセージを返しつつ、秘蔵コレクションをクローゼットの奥へ打ち込んで隠す。あとは大丈夫……だよな?
そして暫くした後に、インターホンが鳴り玄関を開けると色葉ちゃん可愛らしい私服姿で立っていた。
「おはよ〜!」
「うん。どうぞ上がって?」
「うん!おっじゃましま〜す」
色葉ちゃんは元気よくオレの部屋に遠慮なく入っていく。な、なんで来たんだ……?今日は特に約束していなかったはずだが……。
オレはそんな疑問を浮かべながら、色葉ちゃんにそこら辺に座ってもらい、オレはどうして買ったのか分からない客ようのコップにお茶を注いで色葉ちゃんに出した。
おや?目から汗が……。
「はい。お茶」
「あぁーありがとう!」
はい、天使。
オレは何となくホッコリとしま気分になる。色葉ちゃんはいつものように、「たはは〜」と笑いながら言った。
「突然ごめんねー?実は……前にも言ったと思うんだけど、締め切りが本当に近くて……」
「あぁ、じゃあ今日もその件で?」
「うん……お願いできるかな?」
「もちろん!」
はい、出ました。色葉ちゃんお得意必殺上目遣い。もはやオレは即答で頷いてしまった。さすがだわ……。もはや、上目遣いに抗えないっす。はい。
色葉ちゃんはオレが頷くと嬉しそうにパァっと明るく花を咲かせ、早速と言わんばかりに手荷物からタブレットPCを取り出していた。
じゃあ、オレもいつも通り脱ぐかと思い……なんか変態じゃね?と思った時だった。ピンポーンと我が家のインターホンが再び鳴ったのだ。
はて?今日は『アマジョン』で配達も頼んでいないはずだし、実家から何か送ってくるような両親でもないはずだ。出前とか頼んだ覚えもないし……セールス?は、ここ高校の寮だしなぁ。
そこで友達という単語が出てこない辺り、オレの現状がかなり悲観的であると感じるのは言うまでもない。まる。
「誰か来たみたいだね?」
「……うん。ちょっと出てくる」
「うん!」
はい、天使。
オレは玄関まで行って開けてみると……来訪者はとんでもない人がだった。
「やあ!少年!」
「いっ!?」
そう笑顔で言ったのは二階堂文先輩だった。な、なんで二階堂先輩がここに!?
オレが理由を探ると、それに答えるかのように依然として楽しそうな笑みを浮かべている二階堂先輩が口を開く。
「むふふ〜。寮母さんに訊ねたら教えてくれたのだ!」
個人情報保護法って適応されるだろうか。
「突然押しかけて申し訳ないとは思うが……少年の連絡先も知らなかったのでな。め、迷惑だっただろうか?」
そう言いながら二階堂先輩は胸元が大きく開いた私服でオレを誘惑してくる。
ははは。
迷惑かってん迷惑に決まってんだろ!今は色葉ちゃんと二人っきりでイチャイチャする時間なんだよ!二階堂先輩はお呼びじゃないので、丁重にお帰り頂こう。
「迷惑なわけないじゃないですか!どうぞお入り下さい!」
「おぉ!ありがとう!お邪魔します」
二階堂先輩は普段の変人ぶりからは想像できないような礼儀正しさで、我が家に上がった。色葉ちゃんとは違い、どこか遠慮がちである。
え?なになに?お帰り頂くんじゃないかって?いや、あのおっ(ry
そしてオレはこのとき……二階堂先輩の魅惑的な双丘に目と意識と神経を向かわせていたためにすっかりタブレットPCを準備して待機していた色葉ちゃんのことを忘れていた。
結果……、
「…………む?」
「………んー?」
オレの部屋にいる色葉ちゃんと、オレの部屋の前にいる二階堂先輩が鉢合わせた。
二人は暫く顔を見合わせた後、全く同時にオレへ目を向けてきたので……目を合わせないようにオレはそっと目を逸らした。
「「これ、どういうこと?」」
「…………」
ははは。
モテる男は辛いよね!本当に……。
「ははは」
オレに許されていることは笑うこと。乾いた笑い声が、オレの口から漏れ出て行き、それは空気に溶けて消えて行った。
☆☆☆
オレを挟み、向かい合って座る二人。
片や、人気イラストレーターで天然系ビッチである一ヶ崎色葉。片や、日本屈指の小説家で変人系ビッチである二階堂文。
変人系ビッチってなんだよ……。
まあ、それはともかく。二人とも学校では有名人な美少女。その二人がこうして男の部屋で同時に集まるというのは、多分もうないだろう。多分。それを実現したオレに感謝して欲しいくらいである。
マジで。
「で?どうしてフーちゃん先輩がいるのかな〜?」
「それはこっちの台詞だと思うがね……?色葉くん」
ゴゴゴという効果音が二人から聞こえる。後にオレは、この二人の仲が実は頗る悪いということを知るのだが……今のオレが知る由もない。
「ま、まあまあ二人とも仲良く……」
「「うるさい」」
「あ、はい」
色葉ちゃんと二階堂先輩に睨まれたオレは一瞬で黙った。美少女に睨まれるって妙に緊張しちゃうよね!ちょっと怖いんですけどぉ……。
「うちはシュウくんと約束があってここにいるんだもんねー!フーちゃん先輩は早く帰ったらどうかな!」
今日は約束してないけどね。
「ほう?実は私も少年と約束があって今日ここに来たんだが?」
今日は約束してないけどね。
「なーに嘘ついちゃてるのかな〜フーちゃん先輩は!」
「色葉くんも嘘は良くないな!」
二人はその場で立ち上がり、睨み合いながら言い争いがエスカレートしていく。ちなみにオレは相変わらず座ったまま、一人お茶を飲んでいた。
「うち本当に約束してたもん!」
「私だって本当に約束していた!」
だからしてねぇって言ってんだろ!
いい加減オレも仲裁に入ろうと……立ち上がったところで、ギロリと二人から睨まれた。
「シュウくん!うちと約束してたよね!?」
「少年!私と約束していたはずだね!?」
してねぇんだよ!約束!してない!
物凄く叫び上がりたいが、猫被りがバレるのは宜しくない。対人スイッチをしっかりオンに、オレはいつもの笑顔を被って答える。
「い、いやぁ……今日は誰とも約束なんてしてないよ?」
と……オレが穏便に済ませようと事実を述べると、二人とも信じられないようなものを見る目でオレを見てきた。
あれ?
「な、なんでそんなこと言うの!最低!スケベ!変態!」
「そうだぞ少年!最低だ!スケベ!変態!」
「ちょっ……オレ――僕はスケベでも変態でもないです!」
なんでオレが変態扱いされなきゃならん!とういうか、男子高校生を裸にさせて触って写真撮ってるお前らの方が変態じゃねぇか!
事実を述べただけなのに、何故か美少女二人(人の話聞かない)から罵倒を受けた。なんなの?こいつら勝手に脳内で記憶改竄してんの?
というか、オレの部屋に来たときに突然来てごめんみたいなこと言ってたじゃねぇか!ふざけんな。
オレの堪忍袋もそろそろ限界だと思った時……二階堂先輩がまるでオレを責め立てるように口を開いた。
「いつも……私のおっぱいばかり見てるじゃないか!」
「…………」
おいちょっと待て。バレてた?
オレがギクッというのを表情に出してしまったからか、色葉ちゃんが変質者を見る目でオレを見て小柄な自分の身体を守るように両手で肩を抱いた。
二階堂先輩はともかく色葉ちゃんの貧相な身体に興味ねぇよ!
「うわぁ……シュウくんって本当に変態さんなの?」
「ち、ちがうよぉ……?今のは二階堂先輩が勝手言ってるだけで……」
「何を言う!いつも私の胸ばかり見て、ニヤニヤ笑っていたではないか!」
何言っちゃってくれてんの?
「そ、そういえば……うちも気持ち悪い顔でジロジロ見られたことが……」
気持ち悪い!?
バカな……誰からも嫌われなさそうな当たり障りのない笑顔が?もしや、天使とかなんとか思ってた時に、それが表情に出ていたんだろうか……と、そこまで考えてオレは「あ」と一つ気がついた。
オレの才能は【器用貧乏】。全てが中途半端に終わる才能……どれだけ演技してもオレの演技は中途半端に終わってしまうのだ。つまり、どれだけ笑顔を取り繕っても必ずどこかで綻びが出来てしまうということ……。
二階堂先輩も色葉ちゃんも、オレを蔑むような目で見た後お互いに顔を見合わせて睨み合い……怒って叫ぶ。
「「もう帰る!」」
オレはそんな自分の才能にある重大な欠点にようやく気がつき……そして、その時には二人とも帰って行ってしまった。
一人、自分の部屋に取り残されたオレはやっちまったなと額に手を当ててベッドに寝転んだ。
☆☆☆
翌日学校。
昨日の件で色々考えた結果、とりあえず二人の誤解を解こうという方向性で行くことにした。誤解を解いて、好感度をまた地道に上げていくしかない。
「はぁ……」
思わず口からため息が出て行く。
ある業界では美少女からの蔑みの目はご褒美らしいが、ノーマルであるオレに関して言えば全くもって耐え難い目立った。
というか、あれ絶対オレ悪くないだろ。ちょっと油断してたのは認めるけれども……。
色彩高校の教室棟玄関口までそのまま鬱な気分で歩いていたオレは……ふと目の前に人の気配を感じて避けようとするも、どういうわけか向こうからオレに肩を当てるようにぶつかってきた。
オレは身構えていなかったためにぶつかった衝撃でよろめき、ただでさえ苛々していたオレはぶつかってきた相手に怒鳴ろうと顔を上げる。
すると、視界には玄関口で何十人という生徒達が男女問わずオレを蔑みの目で見ており、オレはこの異様な光景に呆然としてしまった。悪意という悪意、敵意という敵意を一身に受けるオレという謎の図。
オレは不穏な気配に眉を顰め、態とオレに肩をぶつけてきたと思われる男子生徒に声を掛ける。
「何かな?」
オレが笑顔で取り繕いながら言うと、男子生徒は何やら目配せして……こっちを見ていた数人の男子生徒を呼び寄せるといきなりオレの身体を拘束し出した。
「なっ……!」
なすすべもなく拘束され、頭を抑えられ、両手を抑えられ、無理やり膝を曲げられたオレは無様な姿を晒す。
「きゅ、急に何を……」
それでも猫を被りながら状況把握を行うとするオレの元へ、カツンカツンというローファーの音を響かせて、教室棟から一人の男子生徒が群衆を掻き分けて玄関口からオレのところまで泰然と歩いてきていた。
拘束されて無抵抗なオレの目の前まで来たその男は、派手な金髪で日本人離れした高身長と堀の深い顔立ち、引き締まった身体つきをしているのが着崩した制服の上からでも分かる美男子。白馬の王子様が現実にいるのなら、きっとこういう奴のことだと思うほどにそいつは恰好良い。
男のオレでもそう思うのだから、女子なんてメロメロだろう。実際、その美男子を見て女子がキキャーキャー言っている。
「やあ、千葉修太郎くんで……よかったかい?」
薔薇が似合いそうな美男子はオレのことを知っているのか、魅力的な笑顔でそう言った。それで男も女も揃って顔を赤くしている。
…………オレの名前を知るこの美男子の名前は百夜万里。見た通りの美男子であり、勉強もスポーツも何でも出来る【万能】という天才的才能を持つ男であり、オレと同じ二学年。
【器用貧乏】という才能の正に上位互換たる【万能】。つまり、オレの上位互換が百夜万里という男のなのだ。
オレはこの異常事態に下手をするのは良くないと、まずは百夜の問いに頷いておく。本当はとっても首を横へ振りたかったが、嘘をついてもどうせ直ぐにバレると思ったので仕方なく頷いた。
百夜はそれを見ると、「よかった」と花を咲かせるような笑顔で続ける。
「千葉修太郎くん……僕は君が許せない」
ビシッと百夜がオレに指を指して言う。ポーズも言動もカッコいいが、話の前後に脈絡がなさすぎてわけが分からない。
百夜はそんなオレの気配を察してか、人差し指を立ててオレに分かりやすいように説明する。
「実はある筋から君に関する噂を聞いてね……」
「噂……?」
「そう……噂では、君はお昼休みや放課後に裸で女子生徒に迫るようなド変態野郎だそうだ」
お、おいちょっと待てぇ!
それはとてつもなく否定したいが、何気に否定し難いほどに事実。迫ってはないが、女子生徒に上半身を脱いだことは本当だ。迫ってはないけど!
「しかも、それだけでは飽き足らず両手純真無垢な二階堂先輩や一ヶ崎さんのような可憐な女の子にも言い寄って行為を強要しようとしている――二股ヤリチンクソ野郎という噂もあるんだ」
…………。
あ、ちょっと意味が分からなくて思考停止してた。状況を整理すると、どうやらオレには女子生徒に裸で迫るド変態容疑と、二階堂先輩と色葉ちゃんに無理矢理エッチなことをしようと迫る二股ヤリチンクソ野郎という嫌疑がかけられているらしい。
なるほど意味が分からない。
強ち間違っていないが、間違ってる。違くないけど、違うだろ!
同じ事柄である二つの容疑が一人歩きし、オレに妙な容疑がかかっていた。
裸見せてるのは他でもない二階堂先輩と色葉ちゃんだし!無理矢理関係を迫ったこともねぇよ!
なんとか反論してやろうと口を開きかけたオレに、再び百夜が言い放つ。
「それに本人たちからも確認をとっていてね。君はよく二階堂先輩の胸をジロジロと見ていたそうだね?」
「ぐっ……」
そ、それは……事実だが……。
「君は、一ヶ崎さんの身体も舐め回すようにニヤニヤ見ていたそうだね?」
「ぐっ!?」
い、いや……別に舐め回すように見てはねぇよ!?
だか、ここではどんな発言も地雷にしかならないような気がして反論できない。それを図星だと思ったのか、百夜はやれやれと肩を竦めた。
「もしかして……全部本当なのかい?」
「全部じゃねぇよ!……っ」
しまった!と思った頃には遅い。百夜はおやおやという目でオレに視線を向けた。
「化けの皮が剥がれてきたみたいだね。それに全部しゃないということは、本当のことも混じっているということなんだよね?」
「ぐぐ……」
どれだけ弁解し、事実を言おうにもこの場を支配しているのは百夜だ。つまり、どんな言葉も揚げ足取られてそれでお終い……今のようにオレの立場がさらに悪くなるだけだ。
だからオレは沈黙を選ぶ。何を言われても無視だ。気にするな……。
百夜はそんなオレを見て調子に乗って口を開く。
「たしかに、二階堂先輩も一ヶ崎さんも魅力的な女性さ。でも、無理矢理関係を迫るのは良くないな。しかも、他の女子生徒に裸で襲い掛かるなんてね……?」
襲い掛かってねぇよ!なんでさっきよりも悪化させてやがる!ふざけんな!
「だんまりかい?全部図星だったかい?」
百夜は容赦なくオレを責め立てる。周りもオレが完全に悪だと決めつけた視線を向けてくる。集団心理にも似たような状況だが、この空間の絶対支配者は百夜だ。百夜の決定が全てであり、もはやオレにこれを覆すことは出来ない。
あぁ……そうかいそうかい。なら、分かった。いいだろうよ……もう何もかも。
オレは拘束が弱まった男子生徒による拘束を振り解いて立ち上がり、息を一杯に吸い込むと同時に対人スイッチをオフにした。
「だぁぁぁぁあ!!さっきから大人しく聞いてりゃあ好き勝手言いやがって!そもそも裸になれって言ってきたのはあいつらなんだよ!なんでオレが変態扱いされなきゃなんねぇんだ!」
そうだ。オレは何も悪くないじゃないか。ただ、人のお願いや頼み事を聞いていただけだ。それがどうしてこんな風に責められなきゃならない?誰かのためにずっと動いていたオレが、報われないなんておかしいだろ?
そんな自己中心的な考え持つのは、オレが真に自己犠牲ができる出来た人間じゃないからだろう。そんな自分が心の底から嫌になる。
だが、それでも開いた口は塞がらない。
「大体、二階堂の奴はあの胸以外に取り柄なんざねぇだろ!普段は下駄箱で倒れてるような変人じゃねぇか!毎回毎回パンを恵んでやってんのはこっちだぞ!感謝こそされても責められる言われわねぇんだよ!」
そもそも、御礼に触らせてくれるというネタは向こうから切り出してくるのだ。なぜそれでオレが責められる?おかしくないか?
「一ヶ崎の奴もそうだ!あんな貧相な身体に興味なんかあるわけねぇだろ!てめぇ目ん玉付いてんのか!?よく見りゃあ分かんだろ!あたま空っぽのバカだぞあれは!」
人のことを疑わない。信じるお人好し。オレみたいな奴に付け込まれるような馬鹿だ。それに付き合わされているオレの身にもなって欲しい。
それからオレは完全にブチ切れ、今まで積もりに積もったストレスというストレスを登校中の全生徒に披露するという黒歴史的偉業を成し遂げた。
死にたい。
☆☆☆
そんなオレ歴史の中で最も大きな事件から一週間……進級してから三週間も超えて、クラスはすっかり仲良し。誰かさんを除いては……。
教室のど真ん中の席で一人、購買で買ったパンを食べるオレ。その机の上には沢山の罵詈雑言の落書きと、机の中には誰かのお菓子のゴミなどがブチまけられている。
周りで騒ぐ男子生徒の中には、パンを食べるオレに向かって消しゴムのカスを投げるという子供染みたことをする奴もいる。女子生徒のグループはそれを見て、クスクス笑っていた。
完全に一人ぼっち。孤立した。
ははは……。
オレは自嘲気味に笑い、パンを食べ終える。オレは大人だからな……消しゴムのカスを飛ばされて怒らないさ。
さて、外界の全てと意識を切り離そうとスマホちゃんにイヤホンを挿した時……オレに向かってグループで連んでいたクラスメイトの男子が言った。
「なんで平然と学校に来れるんだろーなぉ二股ヤリチンクソ野郎は」
「んだとこの野郎!」
オレはブチ切れて、オレを嘲笑った男子をぶん殴った。
平然とだと!?ふざけんな!オレが悪くねぇ!
オレはただ頼み事を聞いてやってただけだ。今殴った奴だって、オレに頼み事をしたことがあった。そしてオレは、それを無償で引き受けている。その恩も忘れ、そのように罵倒を言われる筋合いなどオレにはない。
その後、生徒指導の先生が来るまでオレはクラスで暴れまわったせいか再びオレの評判が下がった。
もう落ちるところまで落ちていると思っていたが……意外なほどに完全ではないらしい。まだまだオレの評判が落ちると思うと、逆にどこまで落ちるかやってみたいものだが……また暴力沙汰が起きたら停学すると生徒指導の先生に釘を刺されたので、暴力沙汰はやめようと思う。
代わりにさっきの男……あいつの下駄箱にはオレの机の中にあるゴミを入れよう。
こうして、オレ――千葉修太郎の高校生活は幕を閉じましたとさ……。
【完】
☆☆☆
その日の授業が終わり、オレは身支度を整えてさっさと帰る。教科書等の持ち物は全て家へ持ち帰り、上履きも持ち帰っている。
オレは革靴の中に仕掛けられていた画鋲を適当な奴の靴に忍ばせて教室棟を出た。他にいる下校中の生徒すらオレを見るなり蔑んだ視線やクスクスと嘲笑う視線を向けてくるので、学年問わずオレもこれで有名人と晴れたなれたわけだ。
わーい!わーい!
死ね。
流石に神経を擦り減らして毎日を過ごすのは厳しいものがある。とはいえ、転校というのもな……実家の両親にこんならこと話せるわけがない。
虐め程度ならオレの心が折れることはないが、精神的疲労で死ぬかもしれない。
そんな風にオレが下を向きながら歩いて……ふと、誰かとすれ違った。フワリと風吹き、鼻孔を甘い香りが擽る。
反射的に振り返ると、すれ違ったその人物も振り返ってオレをみていたために目が合う。と、そこには絶世の美女がいた。一瞬、誰だと思ったが……オレは直ぐにこの美少女が誰かを思い出す。
二階堂文や一ヶ崎色葉も有名だが、それを超える超有名人……綺麗な黒髪を靡かせてオレの目の前にいるのは千石揚羽という女子生徒だ。
色彩高校に沢山の天才や、その卵がいる。しかし、その中でもあまりにも才能が他とは違って逸脱しすぎた天才の中の天才と呼ぶべき才能を……彼女は持っていた。あの【万能】の才能というチート才能を持つ百夜万里すらも超える才能……千石揚羽は【完璧超人】という才能を持って生まれたオレとは次元の違う世界に住む天才少女だ。
やることなすこと完璧にこなし、初めてすることでさえも失敗することなく完璧。それが【完璧超人】千石揚羽。
「…………」
「…………」
お互いに顔を見合わせたまま、春風の中で立ち竦む。やがて、どちらからともなく何となく会釈したオレと彼女は同時に踵を返してお互い向かうべきところへと足を進める。
これが……オレと、オレの運命を変える千石揚羽との出会いだった。
これは終わりの話で、始まりの話。これからの苦難を告げる出会いだった。
野口が死んだ。
さて、どうしてオレが序盤からこんなにも鬱々としているかと言うとだ。掻い摘んで説明すると、オレ氏二階堂先輩と色葉ちゃんと例の件で土日も美少女とデートするじゃん?で、例の如く色彩デパートと喫茶店入るじゃん?
さすがに、オレも男だしここは奢ろうと――二階堂先輩に関しては前回奢ってもらったし――した結果……土日2日間の総額でオレの財布にいらっしゃった野口が死んだのだ。
玉で幾らか帰ってきても、失った野口は戻らない……オレはそうしみじみに思う。
二階堂先輩と色葉ちゃん、この二人との関係は未だ継続中である。この奇妙な裸を見せる関係――見せ合う関係だったら良いのになと常々思う――が始まってから一週間。
土日を挟んで今日は月曜日。そして、何を隠そう今日の月曜日さんは祝日!つまり、学生という身分にのみ与えられた休日なのだ。
で、目下オレは暇を持て余して寮でゴロゴロとしている。全寮制の我が校に与えられた一人部屋……絶賛、オレは暇である。
ゲームでもしようかなと思い立ち、朝起きてから数時間ほどヌクヌクと潜り込んでいた布団から抜け出し、春先の若干冷たい空気が肌を撫でる感覚にオレは身震いした。
オレはキッチンでコップ一杯の水を飲み、ふと狭い領域の部屋にある小さなテーブルの上に置きっぱにしていたスマホちゃんがバイブルしたのに気が付いた。
はて?オレにメールとか『ルアイン』を休日に送ってくるような酔狂な輩はいないはずだが……。
オレはコップ片手にスマホちゃんをテーブルから拾い上げ、オレに『ルアイン』を送ってきた相手を見て危うくコップ諸共スマホちゃんを落としかけた。
おっと……信じ難い現実から目を逸らしかけた。
オレはコップをテーブルを置き、改めて送信者の名前を見る。オレに朝から『ルアイン』を送ってきたのは何を隠そう……大天使たる一ヶ崎色葉ちゃんだった。
早速メッセージの内容に目を通す。
『おはよー!起きてる〜?今から男子寮に行くから部屋番教えて〜><』
なん……だと……?
オレはバッと後ろを振り返り、オレの秘蔵コレクションが積まれたある一箇所をみる。
ま、まずい!このコレクション達を隠さねば……!
オレは色葉ちゃんにメッセージを返しつつ、秘蔵コレクションをクローゼットの奥へ打ち込んで隠す。あとは大丈夫……だよな?
そして暫くした後に、インターホンが鳴り玄関を開けると色葉ちゃん可愛らしい私服姿で立っていた。
「おはよ〜!」
「うん。どうぞ上がって?」
「うん!おっじゃましま〜す」
色葉ちゃんは元気よくオレの部屋に遠慮なく入っていく。な、なんで来たんだ……?今日は特に約束していなかったはずだが……。
オレはそんな疑問を浮かべながら、色葉ちゃんにそこら辺に座ってもらい、オレはどうして買ったのか分からない客ようのコップにお茶を注いで色葉ちゃんに出した。
おや?目から汗が……。
「はい。お茶」
「あぁーありがとう!」
はい、天使。
オレは何となくホッコリとしま気分になる。色葉ちゃんはいつものように、「たはは〜」と笑いながら言った。
「突然ごめんねー?実は……前にも言ったと思うんだけど、締め切りが本当に近くて……」
「あぁ、じゃあ今日もその件で?」
「うん……お願いできるかな?」
「もちろん!」
はい、出ました。色葉ちゃんお得意必殺上目遣い。もはやオレは即答で頷いてしまった。さすがだわ……。もはや、上目遣いに抗えないっす。はい。
色葉ちゃんはオレが頷くと嬉しそうにパァっと明るく花を咲かせ、早速と言わんばかりに手荷物からタブレットPCを取り出していた。
じゃあ、オレもいつも通り脱ぐかと思い……なんか変態じゃね?と思った時だった。ピンポーンと我が家のインターホンが再び鳴ったのだ。
はて?今日は『アマジョン』で配達も頼んでいないはずだし、実家から何か送ってくるような両親でもないはずだ。出前とか頼んだ覚えもないし……セールス?は、ここ高校の寮だしなぁ。
そこで友達という単語が出てこない辺り、オレの現状がかなり悲観的であると感じるのは言うまでもない。まる。
「誰か来たみたいだね?」
「……うん。ちょっと出てくる」
「うん!」
はい、天使。
オレは玄関まで行って開けてみると……来訪者はとんでもない人がだった。
「やあ!少年!」
「いっ!?」
そう笑顔で言ったのは二階堂文先輩だった。な、なんで二階堂先輩がここに!?
オレが理由を探ると、それに答えるかのように依然として楽しそうな笑みを浮かべている二階堂先輩が口を開く。
「むふふ〜。寮母さんに訊ねたら教えてくれたのだ!」
個人情報保護法って適応されるだろうか。
「突然押しかけて申し訳ないとは思うが……少年の連絡先も知らなかったのでな。め、迷惑だっただろうか?」
そう言いながら二階堂先輩は胸元が大きく開いた私服でオレを誘惑してくる。
ははは。
迷惑かってん迷惑に決まってんだろ!今は色葉ちゃんと二人っきりでイチャイチャする時間なんだよ!二階堂先輩はお呼びじゃないので、丁重にお帰り頂こう。
「迷惑なわけないじゃないですか!どうぞお入り下さい!」
「おぉ!ありがとう!お邪魔します」
二階堂先輩は普段の変人ぶりからは想像できないような礼儀正しさで、我が家に上がった。色葉ちゃんとは違い、どこか遠慮がちである。
え?なになに?お帰り頂くんじゃないかって?いや、あのおっ(ry
そしてオレはこのとき……二階堂先輩の魅惑的な双丘に目と意識と神経を向かわせていたためにすっかりタブレットPCを準備して待機していた色葉ちゃんのことを忘れていた。
結果……、
「…………む?」
「………んー?」
オレの部屋にいる色葉ちゃんと、オレの部屋の前にいる二階堂先輩が鉢合わせた。
二人は暫く顔を見合わせた後、全く同時にオレへ目を向けてきたので……目を合わせないようにオレはそっと目を逸らした。
「「これ、どういうこと?」」
「…………」
ははは。
モテる男は辛いよね!本当に……。
「ははは」
オレに許されていることは笑うこと。乾いた笑い声が、オレの口から漏れ出て行き、それは空気に溶けて消えて行った。
☆☆☆
オレを挟み、向かい合って座る二人。
片や、人気イラストレーターで天然系ビッチである一ヶ崎色葉。片や、日本屈指の小説家で変人系ビッチである二階堂文。
変人系ビッチってなんだよ……。
まあ、それはともかく。二人とも学校では有名人な美少女。その二人がこうして男の部屋で同時に集まるというのは、多分もうないだろう。多分。それを実現したオレに感謝して欲しいくらいである。
マジで。
「で?どうしてフーちゃん先輩がいるのかな〜?」
「それはこっちの台詞だと思うがね……?色葉くん」
ゴゴゴという効果音が二人から聞こえる。後にオレは、この二人の仲が実は頗る悪いということを知るのだが……今のオレが知る由もない。
「ま、まあまあ二人とも仲良く……」
「「うるさい」」
「あ、はい」
色葉ちゃんと二階堂先輩に睨まれたオレは一瞬で黙った。美少女に睨まれるって妙に緊張しちゃうよね!ちょっと怖いんですけどぉ……。
「うちはシュウくんと約束があってここにいるんだもんねー!フーちゃん先輩は早く帰ったらどうかな!」
今日は約束してないけどね。
「ほう?実は私も少年と約束があって今日ここに来たんだが?」
今日は約束してないけどね。
「なーに嘘ついちゃてるのかな〜フーちゃん先輩は!」
「色葉くんも嘘は良くないな!」
二人はその場で立ち上がり、睨み合いながら言い争いがエスカレートしていく。ちなみにオレは相変わらず座ったまま、一人お茶を飲んでいた。
「うち本当に約束してたもん!」
「私だって本当に約束していた!」
だからしてねぇって言ってんだろ!
いい加減オレも仲裁に入ろうと……立ち上がったところで、ギロリと二人から睨まれた。
「シュウくん!うちと約束してたよね!?」
「少年!私と約束していたはずだね!?」
してねぇんだよ!約束!してない!
物凄く叫び上がりたいが、猫被りがバレるのは宜しくない。対人スイッチをしっかりオンに、オレはいつもの笑顔を被って答える。
「い、いやぁ……今日は誰とも約束なんてしてないよ?」
と……オレが穏便に済ませようと事実を述べると、二人とも信じられないようなものを見る目でオレを見てきた。
あれ?
「な、なんでそんなこと言うの!最低!スケベ!変態!」
「そうだぞ少年!最低だ!スケベ!変態!」
「ちょっ……オレ――僕はスケベでも変態でもないです!」
なんでオレが変態扱いされなきゃならん!とういうか、男子高校生を裸にさせて触って写真撮ってるお前らの方が変態じゃねぇか!
事実を述べただけなのに、何故か美少女二人(人の話聞かない)から罵倒を受けた。なんなの?こいつら勝手に脳内で記憶改竄してんの?
というか、オレの部屋に来たときに突然来てごめんみたいなこと言ってたじゃねぇか!ふざけんな。
オレの堪忍袋もそろそろ限界だと思った時……二階堂先輩がまるでオレを責め立てるように口を開いた。
「いつも……私のおっぱいばかり見てるじゃないか!」
「…………」
おいちょっと待て。バレてた?
オレがギクッというのを表情に出してしまったからか、色葉ちゃんが変質者を見る目でオレを見て小柄な自分の身体を守るように両手で肩を抱いた。
二階堂先輩はともかく色葉ちゃんの貧相な身体に興味ねぇよ!
「うわぁ……シュウくんって本当に変態さんなの?」
「ち、ちがうよぉ……?今のは二階堂先輩が勝手言ってるだけで……」
「何を言う!いつも私の胸ばかり見て、ニヤニヤ笑っていたではないか!」
何言っちゃってくれてんの?
「そ、そういえば……うちも気持ち悪い顔でジロジロ見られたことが……」
気持ち悪い!?
バカな……誰からも嫌われなさそうな当たり障りのない笑顔が?もしや、天使とかなんとか思ってた時に、それが表情に出ていたんだろうか……と、そこまで考えてオレは「あ」と一つ気がついた。
オレの才能は【器用貧乏】。全てが中途半端に終わる才能……どれだけ演技してもオレの演技は中途半端に終わってしまうのだ。つまり、どれだけ笑顔を取り繕っても必ずどこかで綻びが出来てしまうということ……。
二階堂先輩も色葉ちゃんも、オレを蔑むような目で見た後お互いに顔を見合わせて睨み合い……怒って叫ぶ。
「「もう帰る!」」
オレはそんな自分の才能にある重大な欠点にようやく気がつき……そして、その時には二人とも帰って行ってしまった。
一人、自分の部屋に取り残されたオレはやっちまったなと額に手を当ててベッドに寝転んだ。
☆☆☆
翌日学校。
昨日の件で色々考えた結果、とりあえず二人の誤解を解こうという方向性で行くことにした。誤解を解いて、好感度をまた地道に上げていくしかない。
「はぁ……」
思わず口からため息が出て行く。
ある業界では美少女からの蔑みの目はご褒美らしいが、ノーマルであるオレに関して言えば全くもって耐え難い目立った。
というか、あれ絶対オレ悪くないだろ。ちょっと油断してたのは認めるけれども……。
色彩高校の教室棟玄関口までそのまま鬱な気分で歩いていたオレは……ふと目の前に人の気配を感じて避けようとするも、どういうわけか向こうからオレに肩を当てるようにぶつかってきた。
オレは身構えていなかったためにぶつかった衝撃でよろめき、ただでさえ苛々していたオレはぶつかってきた相手に怒鳴ろうと顔を上げる。
すると、視界には玄関口で何十人という生徒達が男女問わずオレを蔑みの目で見ており、オレはこの異様な光景に呆然としてしまった。悪意という悪意、敵意という敵意を一身に受けるオレという謎の図。
オレは不穏な気配に眉を顰め、態とオレに肩をぶつけてきたと思われる男子生徒に声を掛ける。
「何かな?」
オレが笑顔で取り繕いながら言うと、男子生徒は何やら目配せして……こっちを見ていた数人の男子生徒を呼び寄せるといきなりオレの身体を拘束し出した。
「なっ……!」
なすすべもなく拘束され、頭を抑えられ、両手を抑えられ、無理やり膝を曲げられたオレは無様な姿を晒す。
「きゅ、急に何を……」
それでも猫を被りながら状況把握を行うとするオレの元へ、カツンカツンというローファーの音を響かせて、教室棟から一人の男子生徒が群衆を掻き分けて玄関口からオレのところまで泰然と歩いてきていた。
拘束されて無抵抗なオレの目の前まで来たその男は、派手な金髪で日本人離れした高身長と堀の深い顔立ち、引き締まった身体つきをしているのが着崩した制服の上からでも分かる美男子。白馬の王子様が現実にいるのなら、きっとこういう奴のことだと思うほどにそいつは恰好良い。
男のオレでもそう思うのだから、女子なんてメロメロだろう。実際、その美男子を見て女子がキキャーキャー言っている。
「やあ、千葉修太郎くんで……よかったかい?」
薔薇が似合いそうな美男子はオレのことを知っているのか、魅力的な笑顔でそう言った。それで男も女も揃って顔を赤くしている。
…………オレの名前を知るこの美男子の名前は百夜万里。見た通りの美男子であり、勉強もスポーツも何でも出来る【万能】という天才的才能を持つ男であり、オレと同じ二学年。
【器用貧乏】という才能の正に上位互換たる【万能】。つまり、オレの上位互換が百夜万里という男のなのだ。
オレはこの異常事態に下手をするのは良くないと、まずは百夜の問いに頷いておく。本当はとっても首を横へ振りたかったが、嘘をついてもどうせ直ぐにバレると思ったので仕方なく頷いた。
百夜はそれを見ると、「よかった」と花を咲かせるような笑顔で続ける。
「千葉修太郎くん……僕は君が許せない」
ビシッと百夜がオレに指を指して言う。ポーズも言動もカッコいいが、話の前後に脈絡がなさすぎてわけが分からない。
百夜はそんなオレの気配を察してか、人差し指を立ててオレに分かりやすいように説明する。
「実はある筋から君に関する噂を聞いてね……」
「噂……?」
「そう……噂では、君はお昼休みや放課後に裸で女子生徒に迫るようなド変態野郎だそうだ」
お、おいちょっと待てぇ!
それはとてつもなく否定したいが、何気に否定し難いほどに事実。迫ってはないが、女子生徒に上半身を脱いだことは本当だ。迫ってはないけど!
「しかも、それだけでは飽き足らず両手純真無垢な二階堂先輩や一ヶ崎さんのような可憐な女の子にも言い寄って行為を強要しようとしている――二股ヤリチンクソ野郎という噂もあるんだ」
…………。
あ、ちょっと意味が分からなくて思考停止してた。状況を整理すると、どうやらオレには女子生徒に裸で迫るド変態容疑と、二階堂先輩と色葉ちゃんに無理矢理エッチなことをしようと迫る二股ヤリチンクソ野郎という嫌疑がかけられているらしい。
なるほど意味が分からない。
強ち間違っていないが、間違ってる。違くないけど、違うだろ!
同じ事柄である二つの容疑が一人歩きし、オレに妙な容疑がかかっていた。
裸見せてるのは他でもない二階堂先輩と色葉ちゃんだし!無理矢理関係を迫ったこともねぇよ!
なんとか反論してやろうと口を開きかけたオレに、再び百夜が言い放つ。
「それに本人たちからも確認をとっていてね。君はよく二階堂先輩の胸をジロジロと見ていたそうだね?」
「ぐっ……」
そ、それは……事実だが……。
「君は、一ヶ崎さんの身体も舐め回すようにニヤニヤ見ていたそうだね?」
「ぐっ!?」
い、いや……別に舐め回すように見てはねぇよ!?
だか、ここではどんな発言も地雷にしかならないような気がして反論できない。それを図星だと思ったのか、百夜はやれやれと肩を竦めた。
「もしかして……全部本当なのかい?」
「全部じゃねぇよ!……っ」
しまった!と思った頃には遅い。百夜はおやおやという目でオレに視線を向けた。
「化けの皮が剥がれてきたみたいだね。それに全部しゃないということは、本当のことも混じっているということなんだよね?」
「ぐぐ……」
どれだけ弁解し、事実を言おうにもこの場を支配しているのは百夜だ。つまり、どんな言葉も揚げ足取られてそれでお終い……今のようにオレの立場がさらに悪くなるだけだ。
だからオレは沈黙を選ぶ。何を言われても無視だ。気にするな……。
百夜はそんなオレを見て調子に乗って口を開く。
「たしかに、二階堂先輩も一ヶ崎さんも魅力的な女性さ。でも、無理矢理関係を迫るのは良くないな。しかも、他の女子生徒に裸で襲い掛かるなんてね……?」
襲い掛かってねぇよ!なんでさっきよりも悪化させてやがる!ふざけんな!
「だんまりかい?全部図星だったかい?」
百夜は容赦なくオレを責め立てる。周りもオレが完全に悪だと決めつけた視線を向けてくる。集団心理にも似たような状況だが、この空間の絶対支配者は百夜だ。百夜の決定が全てであり、もはやオレにこれを覆すことは出来ない。
あぁ……そうかいそうかい。なら、分かった。いいだろうよ……もう何もかも。
オレは拘束が弱まった男子生徒による拘束を振り解いて立ち上がり、息を一杯に吸い込むと同時に対人スイッチをオフにした。
「だぁぁぁぁあ!!さっきから大人しく聞いてりゃあ好き勝手言いやがって!そもそも裸になれって言ってきたのはあいつらなんだよ!なんでオレが変態扱いされなきゃなんねぇんだ!」
そうだ。オレは何も悪くないじゃないか。ただ、人のお願いや頼み事を聞いていただけだ。それがどうしてこんな風に責められなきゃならない?誰かのためにずっと動いていたオレが、報われないなんておかしいだろ?
そんな自己中心的な考え持つのは、オレが真に自己犠牲ができる出来た人間じゃないからだろう。そんな自分が心の底から嫌になる。
だが、それでも開いた口は塞がらない。
「大体、二階堂の奴はあの胸以外に取り柄なんざねぇだろ!普段は下駄箱で倒れてるような変人じゃねぇか!毎回毎回パンを恵んでやってんのはこっちだぞ!感謝こそされても責められる言われわねぇんだよ!」
そもそも、御礼に触らせてくれるというネタは向こうから切り出してくるのだ。なぜそれでオレが責められる?おかしくないか?
「一ヶ崎の奴もそうだ!あんな貧相な身体に興味なんかあるわけねぇだろ!てめぇ目ん玉付いてんのか!?よく見りゃあ分かんだろ!あたま空っぽのバカだぞあれは!」
人のことを疑わない。信じるお人好し。オレみたいな奴に付け込まれるような馬鹿だ。それに付き合わされているオレの身にもなって欲しい。
それからオレは完全にブチ切れ、今まで積もりに積もったストレスというストレスを登校中の全生徒に披露するという黒歴史的偉業を成し遂げた。
死にたい。
☆☆☆
そんなオレ歴史の中で最も大きな事件から一週間……進級してから三週間も超えて、クラスはすっかり仲良し。誰かさんを除いては……。
教室のど真ん中の席で一人、購買で買ったパンを食べるオレ。その机の上には沢山の罵詈雑言の落書きと、机の中には誰かのお菓子のゴミなどがブチまけられている。
周りで騒ぐ男子生徒の中には、パンを食べるオレに向かって消しゴムのカスを投げるという子供染みたことをする奴もいる。女子生徒のグループはそれを見て、クスクス笑っていた。
完全に一人ぼっち。孤立した。
ははは……。
オレは自嘲気味に笑い、パンを食べ終える。オレは大人だからな……消しゴムのカスを飛ばされて怒らないさ。
さて、外界の全てと意識を切り離そうとスマホちゃんにイヤホンを挿した時……オレに向かってグループで連んでいたクラスメイトの男子が言った。
「なんで平然と学校に来れるんだろーなぉ二股ヤリチンクソ野郎は」
「んだとこの野郎!」
オレはブチ切れて、オレを嘲笑った男子をぶん殴った。
平然とだと!?ふざけんな!オレが悪くねぇ!
オレはただ頼み事を聞いてやってただけだ。今殴った奴だって、オレに頼み事をしたことがあった。そしてオレは、それを無償で引き受けている。その恩も忘れ、そのように罵倒を言われる筋合いなどオレにはない。
その後、生徒指導の先生が来るまでオレはクラスで暴れまわったせいか再びオレの評判が下がった。
もう落ちるところまで落ちていると思っていたが……意外なほどに完全ではないらしい。まだまだオレの評判が落ちると思うと、逆にどこまで落ちるかやってみたいものだが……また暴力沙汰が起きたら停学すると生徒指導の先生に釘を刺されたので、暴力沙汰はやめようと思う。
代わりにさっきの男……あいつの下駄箱にはオレの机の中にあるゴミを入れよう。
こうして、オレ――千葉修太郎の高校生活は幕を閉じましたとさ……。
【完】
☆☆☆
その日の授業が終わり、オレは身支度を整えてさっさと帰る。教科書等の持ち物は全て家へ持ち帰り、上履きも持ち帰っている。
オレは革靴の中に仕掛けられていた画鋲を適当な奴の靴に忍ばせて教室棟を出た。他にいる下校中の生徒すらオレを見るなり蔑んだ視線やクスクスと嘲笑う視線を向けてくるので、学年問わずオレもこれで有名人と晴れたなれたわけだ。
わーい!わーい!
死ね。
流石に神経を擦り減らして毎日を過ごすのは厳しいものがある。とはいえ、転校というのもな……実家の両親にこんならこと話せるわけがない。
虐め程度ならオレの心が折れることはないが、精神的疲労で死ぬかもしれない。
そんな風にオレが下を向きながら歩いて……ふと、誰かとすれ違った。フワリと風吹き、鼻孔を甘い香りが擽る。
反射的に振り返ると、すれ違ったその人物も振り返ってオレをみていたために目が合う。と、そこには絶世の美女がいた。一瞬、誰だと思ったが……オレは直ぐにこの美少女が誰かを思い出す。
二階堂文や一ヶ崎色葉も有名だが、それを超える超有名人……綺麗な黒髪を靡かせてオレの目の前にいるのは千石揚羽という女子生徒だ。
色彩高校に沢山の天才や、その卵がいる。しかし、その中でもあまりにも才能が他とは違って逸脱しすぎた天才の中の天才と呼ぶべき才能を……彼女は持っていた。あの【万能】の才能というチート才能を持つ百夜万里すらも超える才能……千石揚羽は【完璧超人】という才能を持って生まれたオレとは次元の違う世界に住む天才少女だ。
やることなすこと完璧にこなし、初めてすることでさえも失敗することなく完璧。それが【完璧超人】千石揚羽。
「…………」
「…………」
お互いに顔を見合わせたまま、春風の中で立ち竦む。やがて、どちらからともなく何となく会釈したオレと彼女は同時に踵を返してお互い向かうべきところへと足を進める。
これが……オレと、オレの運命を変える千石揚羽との出会いだった。
これは終わりの話で、始まりの話。これからの苦難を告げる出会いだった。
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