才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第三話

 ☆☆☆


 それからオレは千石揚羽指導の下……勉強に次ぐ勉強という苦行の毎日を送っている。
 寮に帰ってからも風呂に入り、飯を食ったタイミングで『ルアイン』を交換した千石から『ルアイン』の無料通話機能によりひと時も勉強から解放されることはない。

 夜の十時を回った頃……さすがに疲れて軽く伸びをすると、スマホを通じた女子寮にいる千石が本のページを捲る音と共に言った。

「手を止めない」
「へいへい……」

 オレは頭を掻きながらも、首を鳴らして再び机と睨めっこする。正直、オレ一人なら既に投げ出しているだろう。勉強、飽きた。

 だが、それを千石が許さない。オレが疲れて妥協しようとしたところで機敏にそれを察知した千石が、上手くオレの尻を叩いてくる。休む暇もないし、寝る時間も削られている。文字通り、テストまでの残り時間を死ぬ気で勉強している状況だ。

 あぁ……疲れたー!やってらんねぇ〜。

「真面目にやりなさい」
「あ、はい」

 底冷えするような千石の叱咤に、オレは震えながら手を進める。恐怖政治ですね!分かります。

 オレが今格闘しているのは数学だ。二年最初の中間テストは一年の復習が多分に含まれているため難易度は高くない。しかし、オレの場合基本的な計算はともかく……テスト後半の問題にある応用問題で躓くことが多い。

 オレはここで分からない応用問題が一つ出てきたので、写メって千石へ問題文を送る。すると、千石は本を読む手を止めるようにパタンッと音を立てて携帯を弄り出す。そして、問題文を読んだ千石からオレは問題の解き方やポイントを懇切丁寧に教えてもらった。

「あぁ……なるほどな。さすがは千石揚羽だな。教えるのも完璧じゃねぇか」
「…………下らないことを言っていないで頭を働かせて手を動かしなさい。この私が教えて、満点を取れないなんて許さないわよ」

 そう言って再びオレたちの間に沈黙が訪れ、オレは黙々と千石に教えてもらったことを参考に問題を解いていく。

 ふと、スマホの向こうから何やら袋を開ける音がしたかと思うと……サクサクだとか、ボリボリだとか……例えるなら、まるでポテトチップスなどのお菓子を食べている音が漏れていた。それに続いて、プシュッという炭酸の音が聞こえたかと思うと、「んーっ!?」という千石らしからぬ歓喜の悲鳴が聞こえた気がした。

「…………な、何やってんだあいつ」

 スマホ越しでも上機嫌なのが分かるほど、千石は楽しそうだ。自分の部屋でお菓子パーティーでもしているのではないだろうか。

 オレは幸せそうにお菓子を食べ、炭酸飲料をラッパ飲みする千石のミスマッチな姿を想像して苦笑してしまった。ないない。あの堅物女に限ってこれはないな!


 ☆☆☆


 寮に帰って勉強……日が明けていつもの通りいじめっ子との激戦を終えた後はお昼休みに図書室で千石と勉強……放課後も定時まで図書室で千石と勉強……で、また寮に帰って勉強。

 オレの人生これだけ必死に勉強したことがあるだろうか。もはや何往復も歴史の暗記を行い、数学の問題を解き、英語を読み込む。理解したことも人は直ぐに忘れるからと言って毎日毎日千石は同じことを復習させる。

 人間、一週間同じことを繰り返せばそれが習慣になると言っていたが本当だ。これだけ勉強をしていたせいか、オレの中では勉強することが当たり前になってしまっていた。勿論、千石付きだけど……。

 やがて、ゴールデンウィークに入り学校がなくなってからは朝から千石のモーニングコールで起こされて勉強。お昼を食べて勉強。夕食を食べて勉強……。

 必死になって覚えたことはすっかり頭に浸透してしまい、抜けることはなくなった。ストレスが溜まっても、千石は頃合いを見計らったようにオレに声を掛けてくる。千石の毒舌にイラッとして怒鳴るのもいつものことだ。

 で……今日と明日でゴールデンウィークが終わり、中間テストが始まるという頃である。いつも通り、千石からモーニングコールのチャイムが鳴り……は?チャイム?

 オレはバサッといい感じに暖かい布団ちゃんから起き上がり、ピンポーンと我が部屋のインターホンが鳴っていることに気が付いた。

 だ、誰だ?

 時間を見ると朝の七時。ちなみに、この時間には千石からモーニングコールがある。美少女からのモーニングコールだよ!やったね!とかは、ぶっちゃけ二日目で鬱陶しいだけになった。ちなみに、三日目で憂鬱になりました。まる。

 オレは怪訝に思いながら、玄関まで行って扉を開けると……、

「あら、おはよう」

 オレは玄関を閉めた。

 なんか見えたな……気の所為かな?黒髪が綺麗な清楚系美少女が居たような気がする……と思ったところで玄関の戸をノックする音が聞こえたので、ガチャっと開けて外をチラ見すると……、

「な、なんで締めるのよ……」

 オレは玄関を閉めた。

 ふむ……やはり、何か見えたな。白いパーカーにジーンズ系のホットパンツで黒のニーソでスニーカー……めっちゃカジャアルな服装の美少女が居た気がしたな。おかしいな……。

 

 そ、そんなわけないよな?

 オレは再び玄関をそっと開いた。すると、玄関にできた隙間に千石が手を滑り込ませると信じられないような腕力で勢いよく玄関を開け放ち、呆然とするオレに千石は思いっきり脛へキックをかましてきた。

「いって!?な、なにすんだ!」
「それはこっちの台詞よ。なぜ玄関を閉めたのかしらね?」

 いやいや、だって千石がオレの部屋に来るとか思わないだろ……普通。

 オレは蹴られたり脛を撫でながら、そんなことを思った。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品