才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……
第四話
☆☆☆
千石の突然な訪問に驚愕しつつも、部屋に入れた後……とりあえず、お茶でも出してやるかとキッチンに立ったオレに千石が口を挟む。
「私がやるから……あなたは座って居なさい」
そう言った千石の言葉に甘えて座り、千石が冷蔵庫を見たり食器棚を見たりしているのをボーッと眺めていた。
暫くしてお茶を注いだコップ二つを手に持った千石がやってきて、オレの前にコップを置き向かい側に正座して座った。上品な座り方で、相変わらず背筋の張った姿勢は美しいに尽きる。もはや、背骨が鉄で出来ているのではないかと疑うレベル。
オレは千石が用意してくれたお茶を飲み、ホッと一息……千石も一口飲むとそれを皮切りに口を開いた。
「酷い顔ね」
「…………誰かさんに毎日毎日勉強させられてるからな」
「自分のため……でしょう?」
「…………」
オレは千石の問いに黙りこくり瞳を閉じる。重たい瞼で今にも眠りに落ちてしまいそうな程、身体も頭も疲労していた。
「今日は勉強しなくてもいいのか?」
オレは瞼を開けて目の前に座る千石にそう訊ねた。千石は少し間を開けてから頷き、答える。
「ええ。もう、あなたなら大丈夫……テスト中前まで煮詰めていざ当日に疲れてぜんぜんダメでしたでは話にならないもの。だから、今日はお休み……明日は軽く復習する程度で問題ないわ」
「そ、そうなのか……しかしだなぁ」
やはり、不安に思うオレがいる。これで本当に満点に……千石揚羽と肩を並べることができるのかという不安。もっと勉強するべきなのではないかという不安……。不安で不安で仕方がない。
そんなオレの焦燥感を感じ取ったのか、苦笑気味に微笑んで言った。
「……安心なさい。私が教えたあなたなら大丈夫よ。それより、今日はゆっくりと身体と頭を休めなさい。そのために私が来てあげたのだから」
「はぁ……?よくわかんねーけども……どういうことだ?」
「察しの悪い男ね……つまり今日一日、私はあなたために色々とやってあげるということよ。お世話係さんよ」
あぁ……そういうこと。
察しもクソも疲れてて頭が回らない。しかし、今日一日オレのために働いてくれるというのなら……それはとても良いことだ。うん。
オレと千石は一種の契約関係にある。オレは自分のために千石の見たい美談を見せる対価に、千石はオレに協力するという……オレが優位な契約関係。不平等極まりない……が、どちらかというと虐げられているのはオレの方な気がする。
「さて、では何かして欲しいことはあるかしら」
して欲しいこと……。
こんな契約関係にあるわけで、正直オレの数少ない良心が痛む。これじゃあ今までオレを散々利用してきた奴と同じだ。だからオレは、千石がピンチになったら助けるつもりだし、オレだけが協力してもらうなんて考え方はしていない。
だから、別に……オレのためにそこまでする必要はないとオレは千石に言おうと口を開いた。
「膝枕をお願い……オナシャス!」
オレはバッと身体を機敏に動かして土下座して頼み込んだ。
え?なになに?さっきまでのイケメンな発言はどうしてたって?ちょっと何言ってるか分からないでござるwww
膝枕は男の夢である。それか叶えられる状況で叶えないのは、据え膳食わぬは男の恥的なアレである。もはや違法。法に取り入れたら良いと思います。そしたら、どんなことも合法で良い世の中になるね!
その国崩壊しそうだな……。
千石は一瞬キョトンした後に頬を赤らめて、恥ずかしそうにしながらも布団の上まで移動して正座し、ポンポンと自分の膝を叩いた。
「し、仕方ないわね……いいわよ?」
「……っ!」
せ、千石さん!オレはお前のことを少し勘違いしていたよ……。君は毒舌キャラじゃなくて、毒舌ツンデレキャラだったんだね?実はオレのこと好きなんだね?
などと考えていた折に、千石は持参していたであろうハンカチを広げて自分の膝に広げていた。オレが頭上にハテナを浮かべると、千石は怪訝そうにしながらも口を開いた。
「あなたの髪が肌に当たると気持ち悪いじゃない」
あーん?なるほど……どうやらオレのライフが削り取られたようだ。僕は瀕死です……。
オレはそんな下らないことを考えながら布団に潜って千石の膝に頭を乗せる。ハンカチ越しでも伝わる太腿の柔らかさと千石から漂う甘い香り……くんかくんかしたいが、多分やったらオレは殺されると思ったのでやらなかった。
誰だよ据え膳食わぬは何とか言ってた奴。普通に死ぬぜ?これ……。
あ、オレか。
千石の顔が真上にあり、いつもよりずっと近くに千石の双丘と顔があるためにオレは四苦八苦してしまう。千石はそんなオレに追い打ちをかけるように、頭を優しく撫でてきた。オレは子供かって……。
「ふふ……いい子いい子」
「ガキじゃねぇぞ……」
「いいじゃない。少年の心は忘れてはいけないものよ?」
それはお前言う言葉じゃない。いつまでも少年の心を忘れない男性諸君が口にする言葉だ。しかも、オレを子供扱いするなということに関しては無関係である。
が、ここは黙っていよう……。いや別に頭を撫でられるのが気持ち良いとかそういうのは全然ないですよ?ええ勿論。
オレはそれから暫く……大人しく千石に撫でられながら瞳を閉じる。薄れていく意識の中、千石はただひたすらに優しくオレの頭を撫でてくれた。
☆☆☆
眠りから目覚めたオレは……何やら柔らかいものが顔にあるぞ?と思い目を開けると……視界真っ暗。夜になってしまったのだろうかと、顔の前にあるものをどかそうとすると……ムニュッとオレの手に柔らかいものが触れた。
おや?
状況整理……多分、オレの頭の下にあるのは千石の膝。つまり、依然として膝枕は継続中。はい、答えが出ましたね?正解は千石さんのおっぱいです。触ってしまいました……非常にヤバいです。
オレは膝と胸に挟ませるという中々に幸せな状況と、その後に起こる報復から逃れるためにそこから抜け出して布団から起き上がる。すると、オレに膝枕をしたまま眠ってしまったのか……千石がウトウトと前屈みに眠っていた。どうやらそれで千石の大きな胸の上辺だけオレに触れていたようだ。
オーマイ、ゴッド。
時計を見ると時刻はお昼の十二時。朝七時からずっとこのままでいたというのだろうか……?
オレは頭をガシガシと掻き、無防備に眠っている千石を布団の上で横にしてやる。さすがに掛け布団はオレが使ったものだと嫌がると思い掛けなかった。
「昼飯でも作るか……」
オレはそう思い立ち、キッチンで簡単な料理を作るか。卵と白米、ネギと中華ソース……後は油と、ウインナーでいいか。
オレはササっとフライパンに白米を踊らせ……そうしてチャーハンを二人分作った。何ともまあ普通のチャーハンに我ながら苦笑してしまう。やはり、どこまで行ってもオレは人並みなのだと痛感してしまう。だが、中間テストだけは……。
と、オレはチャーハンを一人で食いながらそんなことを考えていると……布団からヨロリと千石が起き上がった。チラチラと首を回し、あの凛とした表情が魅力的な千石とは思えないようなダラシない表情で辺りを見回し……オレと目があった瞬間に首まで真っ赤にして口をワナワナさせた。
「――――ッ!!」
「……飯、チャーハン作っといたから食えよ。ププッ」
「…………」
千石は悔しそうに表情を歪ませながらも、いつもの凛とした千石に戻って大人しくテーブルの前に正座して、「頂くわ……」と呟いてチャーハンを口にする。
「普通ね」
「しばくぞ」
もはや定例化したやり取りも済ませて、それからは黙々と千石はチャーハンを食べた。やがて、オレと千石は食べ終わった食器を洗って手持ち無沙汰になってしまった。
ここまで勉強しないってのも……久しぶりだ。
ふと千石を見ると、千石もオレを見ており目があった。千石はそのタイミングで口を開く。
「他に何かして欲しいことはないのかしら?」
「…………そうだなぁ」
ない。ないが、ここで何もないというのも勿体ない。あの才女たる千石揚羽が何でもしてくれるというのだ。強いて言うなら、おっぱいを揉ませてくれと頼みたいところだがさっき揉んだし……なんならそんなお願いしたら殺されそうなのでしない。
あぁ……そうだ。これにしよう。
「じゃあ、お前のこと……聞かせてくれ」
「……?私のこと?そんなこと聞いてどうしようというの?」
「別に何となくだよ」
「そう……私に興味があるのね」
そういう言い方をされると語弊があるのだが……まあ、大体合っている。勘違いしないでよね!別にあんたのことが好きなわけじゃないんだからね!飽くまでも興味があるだけなんだからね!
キモいな……。
千石は逡巡するようにしてから、「そうね……」と続ける。
「私は可愛いわ」
「まずそれが最初に出てくる辺りがさすがだわー」
尊敬するよ。本当に。
バカじゃねぇの?
「あら、ありがとう」
褒めてないんだよなぁー……と、心の中で遠い目をしながらオレは思考がぶっ飛んだ天才少女を見つめた。うん、たしかに可愛い。
「あとは……モテるわ」
死ね。
え?何なの?訊いたのは俺だけどこれはオレのライフとかを削りに来ているっている解釈でいいのですかね?しかも、当然のように言ってくるのだから驚きだ。
「私、小学校低学年まではみんなと同じ……普通の女の子だったわ」
と……急に千石は潮らしい雰囲気で語り出す。
「小学校四年生の頃、私の生まれ持った才能――【完璧超人】の才能が花開いたわ。やる事全てが完璧で、なす事全てが一流のスーパー小学生よ」
彼女は【完璧超人】という才能を開花させてから、様々な偉業を成し遂げている。その武勇伝は数知れず、若き天才は様々な場所に招かれたが全て蹴ったという。その真意までは、千石から教えてくれることはなかったが……。
ともかく、千石は日本に残り普通の学生も過ごすことにしたという。無論、それに反対する人間は大多数でその才能を生かそうと万人が押しかけたという。だから、彼女はそいつらに条件を付けたらしい。
『私に何か一つでも勝てるのならどこへでも行くわ』
結果は言わずもがな千石の圧勝。誰一人として、どの分野においても千石揚羽を負かす者はいなかったという。
そして、千石は最強であるが故にそんな自分を嫌い、完璧であるが故に落胆した。最終的に世界でも屈指の才能を伸ばす学校……色彩高校へやってきたが、ここでも結果は同じ。彼女に及ぶ者は誰一人としていない。
「だから、私は一つの迷信を……前時代的な『努力』という言葉を信じているのよ。それだけが、私を否定してくれる唯一の存在と信じて」
完璧である千石が『努力』を盲信する理由がこれだという。誰も自分に勝てず、誰も自分に追い付けないと悟った傲慢な女の末路。事実そうなのだから、目も当てられない。凡人であるオレからすれば羨ましい限りだが……所詮、凡人では天才の思考は分からないということである。
精々、オレに出来ることは『努力』すること。それだけである。
ふと……オレは一つ千石に勝負を挑むことにした。
「なあ、千石。オレとじゃんけんしよう」
「え……?じゃんけん?」
「そうだ。ほれ、いくぞー?じゃーんけーん」
「えっちょっと……!」
オレは有無を言わせずに、「ポン」っと手を出す。結果は意外なことにオレがパーで千石がグーである。人間、突然の出来事には反射的に出しやすい手を出してしまう。それは天才少女も例外ではないし、しかもオレは今ズルをした。
千石が手を出す直前まで彼女の手を注視、何を出すかを寸前まで見極めていた。つまり、後出しである。無論、天才美少女の千石がそれに気付いていないはずがない。
「なっ……こ、これは無効よ!あなた後出しをしたわね!?」
「ははは。千石……オレはじゃんけんしようと言っただけで明確なルールは決めてないよなぁ?つまり、後出しが禁止されていないわけだ」
「そ、そんなの……ただのこじ付けじゃない!」
「はいはい。負け犬の遠吠え乙ですwww」
「――――ッ!」
千石が憤慨してオレの脛を蹴ってきた。例の如く、オレはそれで悶絶するわけだが……オレはそれで良いと思った。いや、別にMとかじゃないですよ?
ただ、一度足りとも負けを知らずに生きてきた千石にオレはどんな形であれ敗北を味あわせてやりたかったのだ。勿論、千石は悔しがって今度はちゃんとしたルールの下にじゃんけんをしようと勝負を申し込んできたのだが……オレはそれを鼻で笑った。
「勝ち逃げするでござるwww」
「こ、この――ッ!」
「いって!?」
その日、何度めになるか分からない脛キックを受けた。
千石の突然な訪問に驚愕しつつも、部屋に入れた後……とりあえず、お茶でも出してやるかとキッチンに立ったオレに千石が口を挟む。
「私がやるから……あなたは座って居なさい」
そう言った千石の言葉に甘えて座り、千石が冷蔵庫を見たり食器棚を見たりしているのをボーッと眺めていた。
暫くしてお茶を注いだコップ二つを手に持った千石がやってきて、オレの前にコップを置き向かい側に正座して座った。上品な座り方で、相変わらず背筋の張った姿勢は美しいに尽きる。もはや、背骨が鉄で出来ているのではないかと疑うレベル。
オレは千石が用意してくれたお茶を飲み、ホッと一息……千石も一口飲むとそれを皮切りに口を開いた。
「酷い顔ね」
「…………誰かさんに毎日毎日勉強させられてるからな」
「自分のため……でしょう?」
「…………」
オレは千石の問いに黙りこくり瞳を閉じる。重たい瞼で今にも眠りに落ちてしまいそうな程、身体も頭も疲労していた。
「今日は勉強しなくてもいいのか?」
オレは瞼を開けて目の前に座る千石にそう訊ねた。千石は少し間を開けてから頷き、答える。
「ええ。もう、あなたなら大丈夫……テスト中前まで煮詰めていざ当日に疲れてぜんぜんダメでしたでは話にならないもの。だから、今日はお休み……明日は軽く復習する程度で問題ないわ」
「そ、そうなのか……しかしだなぁ」
やはり、不安に思うオレがいる。これで本当に満点に……千石揚羽と肩を並べることができるのかという不安。もっと勉強するべきなのではないかという不安……。不安で不安で仕方がない。
そんなオレの焦燥感を感じ取ったのか、苦笑気味に微笑んで言った。
「……安心なさい。私が教えたあなたなら大丈夫よ。それより、今日はゆっくりと身体と頭を休めなさい。そのために私が来てあげたのだから」
「はぁ……?よくわかんねーけども……どういうことだ?」
「察しの悪い男ね……つまり今日一日、私はあなたために色々とやってあげるということよ。お世話係さんよ」
あぁ……そういうこと。
察しもクソも疲れてて頭が回らない。しかし、今日一日オレのために働いてくれるというのなら……それはとても良いことだ。うん。
オレと千石は一種の契約関係にある。オレは自分のために千石の見たい美談を見せる対価に、千石はオレに協力するという……オレが優位な契約関係。不平等極まりない……が、どちらかというと虐げられているのはオレの方な気がする。
「さて、では何かして欲しいことはあるかしら」
して欲しいこと……。
こんな契約関係にあるわけで、正直オレの数少ない良心が痛む。これじゃあ今までオレを散々利用してきた奴と同じだ。だからオレは、千石がピンチになったら助けるつもりだし、オレだけが協力してもらうなんて考え方はしていない。
だから、別に……オレのためにそこまでする必要はないとオレは千石に言おうと口を開いた。
「膝枕をお願い……オナシャス!」
オレはバッと身体を機敏に動かして土下座して頼み込んだ。
え?なになに?さっきまでのイケメンな発言はどうしてたって?ちょっと何言ってるか分からないでござるwww
膝枕は男の夢である。それか叶えられる状況で叶えないのは、据え膳食わぬは男の恥的なアレである。もはや違法。法に取り入れたら良いと思います。そしたら、どんなことも合法で良い世の中になるね!
その国崩壊しそうだな……。
千石は一瞬キョトンした後に頬を赤らめて、恥ずかしそうにしながらも布団の上まで移動して正座し、ポンポンと自分の膝を叩いた。
「し、仕方ないわね……いいわよ?」
「……っ!」
せ、千石さん!オレはお前のことを少し勘違いしていたよ……。君は毒舌キャラじゃなくて、毒舌ツンデレキャラだったんだね?実はオレのこと好きなんだね?
などと考えていた折に、千石は持参していたであろうハンカチを広げて自分の膝に広げていた。オレが頭上にハテナを浮かべると、千石は怪訝そうにしながらも口を開いた。
「あなたの髪が肌に当たると気持ち悪いじゃない」
あーん?なるほど……どうやらオレのライフが削り取られたようだ。僕は瀕死です……。
オレはそんな下らないことを考えながら布団に潜って千石の膝に頭を乗せる。ハンカチ越しでも伝わる太腿の柔らかさと千石から漂う甘い香り……くんかくんかしたいが、多分やったらオレは殺されると思ったのでやらなかった。
誰だよ据え膳食わぬは何とか言ってた奴。普通に死ぬぜ?これ……。
あ、オレか。
千石の顔が真上にあり、いつもよりずっと近くに千石の双丘と顔があるためにオレは四苦八苦してしまう。千石はそんなオレに追い打ちをかけるように、頭を優しく撫でてきた。オレは子供かって……。
「ふふ……いい子いい子」
「ガキじゃねぇぞ……」
「いいじゃない。少年の心は忘れてはいけないものよ?」
それはお前言う言葉じゃない。いつまでも少年の心を忘れない男性諸君が口にする言葉だ。しかも、オレを子供扱いするなということに関しては無関係である。
が、ここは黙っていよう……。いや別に頭を撫でられるのが気持ち良いとかそういうのは全然ないですよ?ええ勿論。
オレはそれから暫く……大人しく千石に撫でられながら瞳を閉じる。薄れていく意識の中、千石はただひたすらに優しくオレの頭を撫でてくれた。
☆☆☆
眠りから目覚めたオレは……何やら柔らかいものが顔にあるぞ?と思い目を開けると……視界真っ暗。夜になってしまったのだろうかと、顔の前にあるものをどかそうとすると……ムニュッとオレの手に柔らかいものが触れた。
おや?
状況整理……多分、オレの頭の下にあるのは千石の膝。つまり、依然として膝枕は継続中。はい、答えが出ましたね?正解は千石さんのおっぱいです。触ってしまいました……非常にヤバいです。
オレは膝と胸に挟ませるという中々に幸せな状況と、その後に起こる報復から逃れるためにそこから抜け出して布団から起き上がる。すると、オレに膝枕をしたまま眠ってしまったのか……千石がウトウトと前屈みに眠っていた。どうやらそれで千石の大きな胸の上辺だけオレに触れていたようだ。
オーマイ、ゴッド。
時計を見ると時刻はお昼の十二時。朝七時からずっとこのままでいたというのだろうか……?
オレは頭をガシガシと掻き、無防備に眠っている千石を布団の上で横にしてやる。さすがに掛け布団はオレが使ったものだと嫌がると思い掛けなかった。
「昼飯でも作るか……」
オレはそう思い立ち、キッチンで簡単な料理を作るか。卵と白米、ネギと中華ソース……後は油と、ウインナーでいいか。
オレはササっとフライパンに白米を踊らせ……そうしてチャーハンを二人分作った。何ともまあ普通のチャーハンに我ながら苦笑してしまう。やはり、どこまで行ってもオレは人並みなのだと痛感してしまう。だが、中間テストだけは……。
と、オレはチャーハンを一人で食いながらそんなことを考えていると……布団からヨロリと千石が起き上がった。チラチラと首を回し、あの凛とした表情が魅力的な千石とは思えないようなダラシない表情で辺りを見回し……オレと目があった瞬間に首まで真っ赤にして口をワナワナさせた。
「――――ッ!!」
「……飯、チャーハン作っといたから食えよ。ププッ」
「…………」
千石は悔しそうに表情を歪ませながらも、いつもの凛とした千石に戻って大人しくテーブルの前に正座して、「頂くわ……」と呟いてチャーハンを口にする。
「普通ね」
「しばくぞ」
もはや定例化したやり取りも済ませて、それからは黙々と千石はチャーハンを食べた。やがて、オレと千石は食べ終わった食器を洗って手持ち無沙汰になってしまった。
ここまで勉強しないってのも……久しぶりだ。
ふと千石を見ると、千石もオレを見ており目があった。千石はそのタイミングで口を開く。
「他に何かして欲しいことはないのかしら?」
「…………そうだなぁ」
ない。ないが、ここで何もないというのも勿体ない。あの才女たる千石揚羽が何でもしてくれるというのだ。強いて言うなら、おっぱいを揉ませてくれと頼みたいところだがさっき揉んだし……なんならそんなお願いしたら殺されそうなのでしない。
あぁ……そうだ。これにしよう。
「じゃあ、お前のこと……聞かせてくれ」
「……?私のこと?そんなこと聞いてどうしようというの?」
「別に何となくだよ」
「そう……私に興味があるのね」
そういう言い方をされると語弊があるのだが……まあ、大体合っている。勘違いしないでよね!別にあんたのことが好きなわけじゃないんだからね!飽くまでも興味があるだけなんだからね!
キモいな……。
千石は逡巡するようにしてから、「そうね……」と続ける。
「私は可愛いわ」
「まずそれが最初に出てくる辺りがさすがだわー」
尊敬するよ。本当に。
バカじゃねぇの?
「あら、ありがとう」
褒めてないんだよなぁー……と、心の中で遠い目をしながらオレは思考がぶっ飛んだ天才少女を見つめた。うん、たしかに可愛い。
「あとは……モテるわ」
死ね。
え?何なの?訊いたのは俺だけどこれはオレのライフとかを削りに来ているっている解釈でいいのですかね?しかも、当然のように言ってくるのだから驚きだ。
「私、小学校低学年まではみんなと同じ……普通の女の子だったわ」
と……急に千石は潮らしい雰囲気で語り出す。
「小学校四年生の頃、私の生まれ持った才能――【完璧超人】の才能が花開いたわ。やる事全てが完璧で、なす事全てが一流のスーパー小学生よ」
彼女は【完璧超人】という才能を開花させてから、様々な偉業を成し遂げている。その武勇伝は数知れず、若き天才は様々な場所に招かれたが全て蹴ったという。その真意までは、千石から教えてくれることはなかったが……。
ともかく、千石は日本に残り普通の学生も過ごすことにしたという。無論、それに反対する人間は大多数でその才能を生かそうと万人が押しかけたという。だから、彼女はそいつらに条件を付けたらしい。
『私に何か一つでも勝てるのならどこへでも行くわ』
結果は言わずもがな千石の圧勝。誰一人として、どの分野においても千石揚羽を負かす者はいなかったという。
そして、千石は最強であるが故にそんな自分を嫌い、完璧であるが故に落胆した。最終的に世界でも屈指の才能を伸ばす学校……色彩高校へやってきたが、ここでも結果は同じ。彼女に及ぶ者は誰一人としていない。
「だから、私は一つの迷信を……前時代的な『努力』という言葉を信じているのよ。それだけが、私を否定してくれる唯一の存在と信じて」
完璧である千石が『努力』を盲信する理由がこれだという。誰も自分に勝てず、誰も自分に追い付けないと悟った傲慢な女の末路。事実そうなのだから、目も当てられない。凡人であるオレからすれば羨ましい限りだが……所詮、凡人では天才の思考は分からないということである。
精々、オレに出来ることは『努力』すること。それだけである。
ふと……オレは一つ千石に勝負を挑むことにした。
「なあ、千石。オレとじゃんけんしよう」
「え……?じゃんけん?」
「そうだ。ほれ、いくぞー?じゃーんけーん」
「えっちょっと……!」
オレは有無を言わせずに、「ポン」っと手を出す。結果は意外なことにオレがパーで千石がグーである。人間、突然の出来事には反射的に出しやすい手を出してしまう。それは天才少女も例外ではないし、しかもオレは今ズルをした。
千石が手を出す直前まで彼女の手を注視、何を出すかを寸前まで見極めていた。つまり、後出しである。無論、天才美少女の千石がそれに気付いていないはずがない。
「なっ……こ、これは無効よ!あなた後出しをしたわね!?」
「ははは。千石……オレはじゃんけんしようと言っただけで明確なルールは決めてないよなぁ?つまり、後出しが禁止されていないわけだ」
「そ、そんなの……ただのこじ付けじゃない!」
「はいはい。負け犬の遠吠え乙ですwww」
「――――ッ!」
千石が憤慨してオレの脛を蹴ってきた。例の如く、オレはそれで悶絶するわけだが……オレはそれで良いと思った。いや、別にMとかじゃないですよ?
ただ、一度足りとも負けを知らずに生きてきた千石にオレはどんな形であれ敗北を味あわせてやりたかったのだ。勿論、千石は悔しがって今度はちゃんとしたルールの下にじゃんけんをしようと勝負を申し込んできたのだが……オレはそれを鼻で笑った。
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