rowdy(仮名)

錫メッキ

2-3(帰還編)

1等車の、ひときわ豪華な客室に男性の怒声と女性の啜り泣きが響く。


「お前はどうして何時もそうなんだ!
このグズ!」


「ごめんなさいごめんなさい、貴方を怒らせるつもりは無かったの。」


パシッ!


黒い乗馬用の鞭が振るわれると同時に、
女性の太ももに赤い線が走る。


「チッ…」


男性は忌々しげにその姿を見ると、
手に持っていた鞭を女性に投げつけ食堂車に行く、とだけ吐き捨てると乱暴に部屋を出た。


…コンコン


「お嬢様…」


入れ替わる様に控えめなノックと共に入室した、
帽子をかぶった青年が心配そうに女性に駆け寄ると、
女性の両手をギュッと握った。


「お嬢様、もう止めてください!
これでは旦那様も浮かばれません。
それに俺達使用人もこんなこと望んじゃいないんです!」


「…やめて頂戴。
こんなところを彼に見られたらまた怒られてしまうわ。」


女性は握られた手をそっと振りほどくき、少し赤く腫れた目を伏せた。


「それに、あなたの旦那様はもう父じゃなくて彼のはずよ…」


「…申し訳ありません、ですが!」


座りこんでいた女性は、
言葉を続けようとする青年を拒否するように立ち上がると、背中を向け俯いた。


「…目が腫れてしまったわ、冷たい布布の用意を。
あと、食堂車に行くので着替えたいわ、メイドを二人呼んできて頂戴。」


「…畏まりました。」


これ以上の言葉は無理と悟ったのだろう青年は、
納得できない顔で丁寧にお辞儀をするとそのまま部屋を出た。


________________


同時刻・食堂車両


1等車の食堂車両は内装は豪華で美しく、
棚に飾られたワインやシャンパン等のボトルがキラキラと輝いている。

ちょうど昼食時のせいか、備え付けられたテーブルにはチラホラと客がいた。


「あら、ルーカス。
奇遇ですわね、
仕事をしない貴方と会うなんて珍しい事もあるものだわ。」


「やぁ、アリステラ、それにマルコシアス!後ろに居るのはレイかい?
君達もこの列車に乗っていたなんて驚きだよ!
今日は知り合いによく会う日だなぁ!」


アリステラと呼ばれた少女はカチャリとティーカップをソーサーに置くと、
優雅に足を組んだ。
胸元に飾られた十字架がキラリと光る。


「…お久しぶりです。」
レイと呼ばれた少年は只々無表情で無感情に挨拶を返すと、そのままアリステラの斜め後ろに立ったまま微動だにしない。


「おぉ!ルーカス殿!
久し振りですな!」


そして、それとは正反対の場所…
だいぶ目線の低い、
正確にはアリステラの足元から聞こえた溌剌とした声の主にルーカスは笑顔を向ける。


「久しぶりだね、マルコシアス!
それは君の信仰心の表れかい?」


「えぇ!信仰とは痛みです。
痛みは神の試練!
私は今ぁッ!
試されていると同時に信仰を捧げているのですッッ!!」


そう言って俯くと両手の平に敷いたギザギザの石を強く握る。


「素晴らしいじゃないかマルコシアス!
君のその信仰心は素晴らしい宝だ!
僕は誇りに思うよ!」


両手を上げて喝采するルーカスの様子を見ながらアリステラは目の前にあったケーキにフォークを刺した。
苺が皿の上を転がる。


「よく言いますわね。
何事にも無関心な貴方がそんなことを言うなんて、
一周回って面白おかしく聞こえますわ。」


「そうかなぁ…君には僕がそんなに冷たい人間に見えるのかい?」


「そうですわね…神の前では生命は等しく平等である、
なんて言ってる間は貴方のことを冷たい人間だと思いますわ。
だってあなたの言っていることは、
自分は神以外の存在は等しく無関心である。
という主張と全く同じですもの。」


そう言ってチラリとルーカスを見る。


「そこまで分かってて僕を軽蔑しない君は十分優しい人間だと思うよ。」


「…そう、貴方は…」


冷たい人でもあるけど可愛そうな人なのね、
そういったアリステラの声は突然目の前に現れた男の声にかき消された。


「ちょっとアンタ達!
こんな公衆の面前で何やってるのよ恥ずかしいわね!」






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