記憶のない冒険者が最後の希望になるようです

パクリ田盗作@カクヨムコン3参戦中

第44話 微睡む夢とチャンスの過去



その日、チャンスは夢を見た。
そこは、ただただ白だった。

チャンスではない誰かの記憶が流れ込んでくる。


ソレには名前がなかった。ただ黒と呼ばれ、言われるがままに己を鍛え、命令されるがままに人を殺していた。
自我らしい自我もなく、希薄な意思で命令されるがままに己を鍛え、殺し続けた。


それに変化が訪れたのはとある少女の暗殺に失敗した時だった。


その少女を護る護衛達によって暗殺は阻止され、返す刀で暗殺組織を壊滅させられた。


「……どうすんだ? ソレ」
「……ガキを手にかけんのは、今の俺の趣味じゃねぇよ」


暗殺組織を壊滅させた集団がソレを囲んで相談しあう。
ソレはただ茫然としていた。何をすればいいのか命令されていないからだ。


「じゃあ、どうすんだ? お前が引き取って育てんのか?」
「面倒だから、ダーヴィスに丸投げするわ」


こうしてソレは少女の命を狙ったのに、護衛達に殺されることなく、ナブー王国の商人ダーヴィスに預けられる。


こうして、ソレは自分の形を得た。
自分で考えるのは新鮮だった。
ターゲットに近づくための演技ではない、本当の喜怒哀楽の意味を初めて理解した。
女冒険者マトイとして、彼女は歩き出したのだ。


そんなある日、記憶を失ったという少年に出会った。
その真っ直ぐで裏表のない人格にマトイは、何故か惹かれた。


マトイはチャンスに惹かれているのだ、異性として。
それは気の迷いか、一目惚れかは不確かだが、そこには恋愛感情が確かにあった。
ただ、人格に目覚めて数年の彼女にとって恋愛感情が何たるかを理解できるはずもなく、この初恋を自覚するのは、もう少し先のことだろう。


その時、きっと彼女は自分が女であるという本当の意味を理解するだろう……


そこで夢は終わる。


「………」


寝ているチャンスを起こそうとしてユイは手を伸ばす。


(疲れてるのかな……激しい戦いだったって聞いてるし)


近づいても起きる気配もなく、ぐっすりと寝ているチャンスの寝顔を見てユイは起こすべきか悩みだす。


「……ばか、誰でも受け入れちゃうんだから」


幸せそうに寝ているチャンスの寝顔を見てユイは呟く。
脳裏に浮かぶのは昨晩のチャンスとエリザベートの二人の姿。


「って、馬鹿は同じ……私の方が、ひどいよね。だって、自分勝手に、受け入れてもらえるかもって思って……」


ユイはチャンスの頬をぷにぷにとつつきながら独り言をつぶやく。


「……駄目ね、アズラエルの前でこんなの見せられない。だって、こんなやきもち焼いてるなんて――」
「やきもち?」


頬を突かれたチャンスは目を覚まし、ユイの独り言を聞いてしまう。
ユイはチャンスの頬を突いたまま硬直する。


「えっと……おはよう?」
「ち、が、わ、わすれ……ッ」


困った様子で挨拶をするチャンス。
ユイはボンっと顔を真っ赤にしてわたわたしながら、先ほどのことを忘れてほしいとチャンスに訴える。


「わ、わかった、忘れ――」
「―――やっぱり……忘れないで」


忘れるとチャンスが言おうとすると、ユイはチャンスの袖をつかんで忘れないでと囁く。


「えっ――――」
「……朝食、用意してくれるって、ちゃんと、起きてきてね? チャンス」


そういうとユイは振り向くことなく小走りにチャンスの部屋から出ていく。


(えっと……やききもちしてることを忘れないで?)


チャンスはユイが走り去った方向を呆然と見ながら先ほどの発言を思い出し、反復する。


(ぇ、えええ、ええええええええ!? ど、どういう――!?)


結局チャンスが朝食にありつけたのは全員が食べ終えたころだった。




「西方の冒険者たちよ、大義であった」


朝食を終えたチャンス達はメイリュウ神社へと向かい、依頼達成の報告をする。
メイリュウ神社の巫女白蛇はあぐらをかきながらキセルを咥え、チャンス達をねぎらう。


「さて、褒美の方だが……チャンスとやら、記憶を取り戻す覚悟はあるか?」
「……あります」


白蛇の問いにチャンスは唾を飲み込んで返事をする。


「よかろう、ならばゆくぞ?」


白蛇はカンっと灰皿にキセルを叩いて煙草の灰を落とすと立ち上がる。


「龍虎河車 冥府周転 ひふみよ……ふるべ……ゆらゆらと……ふるべ」


白蛇は祝詞を唱えながら三度柏手を叩くと、チャンスが崩れ落ちる。


「チャンス!?」


崩れ落ちたチャンスを見てマトイ達が駆け寄ろうとする。


「チャンスは深層意識の奥へと潜り込んだ。目を覚ませば記憶を取り戻すであろう。桜、布団を敷いて寝かせておけ」
「はっ!」


崩れ落ちたチャンスを抱き抱えて呼び起こそうとするのを白蛇は止め、巫女の一人桜に布団を敷くように命令する。


(ここは……どこだ……?)


一方ラスト・チャンスは自身の深層意識へと潜り込み、既視感のある風景を見ていた。


(そうだ、思い出した! ここは地球の日本だ!)


コンクリートのビル群、交差点を渡る人々の群れ、その光景を見てチャンスは自分が何者か思い出していく。


交差点を渡る人々の中に日本人だった頃の自分がいた。
交差点を渡り、仕事場へと向かう途中、爆音と同時に交差点に車が突っ込んできた。


車道側の信号はまだ赤なのに暴走車はブレーキを踏む様子はない。逃げ惑う人々、誰かが子供が!と叫んだ。


交差点のど真ん中に幼稚園児と思われる女の子が取り残されていた。
チャンスは走り出し、暴走車から子供を護ろうと突き飛ばして……


「そこであなたは死にました」
「誰?」


遠くから女性の声が聞こえ、チャンスは声がした方向を向く。
そこには一人の女性がいた。黄金の天使の輪を浮かべ、太陽のような輝きを持つ光の髪、漆黒の翼を持つ女性だった。


「貴方は? ……いや、僕は貴方を知ってる! 僕をこの世界に生まれさせてくれた、太陽の女神アルテナ様!!」


チャンスが目の前の女性に向かって叫ぶ。太陽の女神アルテナと呼ばれた女性は微笑む。


「やーっと、思い出せたか。まあ、地球の魂をこのエリンに転生させるときに発生した負荷で記憶を失うだけで済んだのはマシなほうだが」
「貴方は……破壊神グランガイン」


太陽の女神アルテナに寄り添うように現れたのは、真祖吸血鬼エルダー・ヴァンパイアマー・ヘイロンと戦った時にチャンスの力を覚醒させた角付きの兜を装着した大男だった。


「……思い出した……僕は死んで、貴方達の世界に呼ばれて……僕はまたどこかの誰かを救う為に……」
「そう、異世界からの転生者ディヴァイン・ソウル、ラスト・チャンスとして生まれました」


アルテナの言葉でチャンスは全て思い出す。日本で子供を護るために死んだチャンスの魂はエリンと呼ばれるこの世界に召喚され、世界を救う役目と引き換えにこの世界エリン・ワールドに転生トリップした。


転生時の負荷で一時的に記憶を失い、彷徨っている時にダーヴィスとマトイと出会い、ここまで旅してきた。


真祖吸血鬼エルダー・ヴァンパイアマー・ヘイロンはまだオリハルコンを狙っている。奴がオリハルコンを手に入れて神へと進化すれば、この世界は永遠の闇に閉ざされる。異世界からの転生者ディヴァイン・ソウル、ラスト・チャンス、真祖吸血鬼エルダーヴァンパイアマー・ヘイロンを討伐せよ」


チャンスが記憶を取り戻したのを見て、グランガインは真祖吸血鬼エルダーヴァンパイアマー・ヘイロンの討伐を命じる。


真祖吸血鬼エルダーヴァンパイアマー・ヘイロンを必ず討伐して見せます!」


チャンスが答えるとアルテナとグランガインは満足したようにうなずく。


「頼みましたよ、我らが子よ」


夫婦神のその一言と共にチャンスの意識は遠のく。


「はっ!?」
「あ、チャンス! 目が覚めたっ!?」


チャンスが目を覚ますと心配そうに顔を覗き込むマトイ達の姿が視界に入る。


「全て思い出せたか?」


白蛇が顔を覗き込ませて記憶が戻ったか、チャンスに問いかける。


「僕は……」


チャンスはマトイ達に自分が何者か語る。
仲間たちは最初は記憶が戻ったことに喜んでいたが、チャンスが語る内容に仲間たちの表情は様々な形に変わっていく。


「チャンスは生まれ変わる前からお人よしだったんだ」


マトイは呆れた表情でため息をつく。


「流石父上です!」


アズラエルは自分の父親が神から指名を携わっていることに尊敬し、喜ぶ。


「………まさか、終末戦争の七勇者と同じ異世界からの転生者ディヴァイン・ソウルとは……」


ユイ、吉比姫、富貴は絶句している。


「終末戦争の七勇者?」
「この世界を滅ぼそうとした魔王シディアスを討伐した七人の勇者の話よ。勇者全員が異世界からの転生者ディヴァイン・ソウルだったって言われてるの」


チャンスが効きなれない単語に反応すると、ユイが簡単に終末戦争と七勇者の物語を語る。


「………」


チャンスとあまり接点のない桜は詐欺師を見るような顔だった。


「さて、チャンスよ、これからどうする?」
「え? どうするって?」


不意に白蛇がチャンスに今後のことを聞いてくる。


「マー・ヘイロンは確実にフソウの大領主就任式で何かを仕掛けてくる。神から討伐を命令されておるのだろう? お主が協力を求めるなら手を貸そう」


白蛇はキセルに煙草の葉を詰めると火をつけてぷかりと一服する。


「マー・ヘイロンを討伐した後は? 仕官したいなら紹介してやるし、なんなら守護者にならぬか」
「えっと……」


白蛇も吉比姫と同じ勧誘をしてきてチャンスは戸惑う。


「まあ、終わった後のこともよく考えろ。それから、桜」
「あ、はい……」
「何か困った事があったら、この者を頼れ。侍としても、ちゃんとした腕前の持ち主だぞ?」


急に白蛇に呼ばれて慌てて返事をする桜。
白蛇は桜を指さして困りごとがあれば頼る様にとチャンスに伝える。


「え? いいんですか?」
「……任務外、でしたら、ですが……」


チャンスは急に振られて戸惑い、桜も先ほどまでチャンスに寄せていた感情が抜けきっていないのか、言葉が硬かった。


「お気遣い、痛み入ります……」
「ま、まぁ、向こうよりかはマシかなー、と」
「向こう?」
「……いえ、こちらのことです」


桜は歯切れの悪い言葉でごまかす。


「……いや、徳川家にも客人が来てるらしくての? 桜の姉弟子が、世話役してるのだよ。ま、観光してれば会うこともあるかもな?」
「はぁ……」


白蛇も奥歯にものが挟まったような言い方をする。チャンスは桜と白蛇の様子から徳川家という家に来ている客人が問題あるのだろうかと邪推する。


「悪い人ではないんですよ? ただ、自分は幼女と少女を愛でる紳士ロリコンだと豪語していまして……それはそれとして――改めて、自己紹介を。桜と申します、苗字は神職に入るときに捨てました。お見知りおきを」
「ラスト・チャンスです。……よろしくお願いします。とりあえず、今後の身の振り方を考えておきます」


そういって依頼達成の報告会は完了し、解散することになった。

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