記憶のない冒険者が最後の希望になるようです
第41話 真祖吸血鬼撃退
「なるほど、最後の希望……か、ならば! 貴様を殺してその希望を絶望に染めてやろう!!」
リー・ヘイロンの両袖から大量の符が噴き出す。その数は千を超え、チャンスを包み込むように乱舞する。
「なっ!?」
「言い忘れていたが、私は東方魔道士だ! 五行八卦 四神炎 八卦爆っ!!」
リー・ヘイロンが掛け声と同時に拳を握る。それが合図となって、符が高速で収束し――同時に、爆発した。
「ほう? 今のは成竜程度なら、骨まで砕く威力だぞ? まだ生きているのか」
強烈な爆発の中心部にいたチャンス。その身に着けた黄金の鎧は爆撃からチャンスを護った。
「グッ……負け……るかぁっ!!」
爆発のダメージは完全に防ぎきれなかったのか、チャンスは膝をつく。
「いいだろう、西方の故事に獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという。私が持つ最大の術でとどめを刺してやろう」
新たなる力に覚醒してもチャンスの力は真祖吸血鬼に届かない。
そう―――
「八時の方向、斜め73度です!」
――彼、ひとりでは。
「了解!!」
リー・ヘイロンが自分たちから意識を逸らすタイミングを未来視した霞が叫ぶ。
霞の指示に従ってマトイが錬成したマスケット銃の引き金を引く。
「ぐっ!?」
.無音の銃弾が、真祖の心臓を撃ち抜く!
(音速を超えて無音!? 概念クラスか!? 傷がなおらないっ!?)
撃ち抜かれた心臓が再生しないことに焦りを覚える。
「マー・ヘイロォォォォンッ!!」
「ええいっ! しぶといっ!!」
「自分の戯れを恨みなさい!!」
跳躍したエリザベートが、赤黒い血液で作られた脚甲でマー・ヘイロンを蹴り飛ばす。
「今ですっ! チャンスさん!!」
「おうっ!!」
仲間達が繋げた絶好の機会。ラスト・チャンスはそれを取り逃がさない為にも、双剣のファルシオンに持てる力全てを注ぎ込む。
双剣のファルシオンから噴き出す炎の威力が増し、太陽の如く輝く火柱となる。
「炎王十字剣!!」
「ぐおおおおおおおっ!!!!?」
十字に燃え上がる火柱がマー・ヘイロンを包み込む。だが、同時にチャンスが持っていた双剣のファルシオンが折れてしまう。
「剣が……あ……うっ!?」
剣が折れると同時にチャンスの身を包んでいた黄金の鎧が霧散化し、消え去っていく。
そして、鎧が消えると同時に全身の力がなくなったように地面に崩れ落ちる。
地面に倒れる前にエリザベートがチャンスを抱きかかる。
(うわっ……やわらかっ……)
「……大丈夫ですか? チャンスさん」
顔に当たる冷たさと柔らかさに視線を上げればエリザベートが申し訳なさそうな顔でチャンスを抱き抱えている。
「な、なんとか……エリザベス、さんは? マトイ、も、霞さん、も………」
「お二人も、無事ですよ? ……チャンスさんが、あんな力を持ってたなんて、さすがに、驚きました」
意識が朦朧とする中、チャンスは仲間の無事を確認する。
エリザベートはチャンスを安心させるように仲間たちの無事を伝える。
「エリザ、べート、さんも、みんなも、無事なら……よかった……」
(ああ、だめだ、このやわらかさと冷たさ、きもちいい……意識が、たもて……)
「ありがとうございます……でも、私は心配してもらう資格も……」
「ああ、お前に、そんな資格、あるわけない」
チャンスがエリザベートの無事を喜んでいると、エリザベートは唇を噛み締めて、顔を逸らしてチャンスの言葉を否定する。
そして、未だ燃え続ける火柱からマー・ヘイロンの声がした。
火柱が弾けると、全身大火傷を負いながら歩いてくるマー・ヘイロンの姿があった。
「今、生きているなら……血を吸ったな? 『自分が生き残るために村人の血』を――お前は、『コッチ側』だぞ?」
「そうです! あなたに襲われ、グールに満ちた村で!! 私はっ! あなたに復讐するためにっ! 村人の血を吸って生き延びました!!」
マー・ヘイロンは火傷を負った顔を手で覆いながら、エリザベートを指さす。
エリザベートは苦悶と憎しみに満ちた顔で、マー・ヘイロンの言った言葉を認める。
「例え、あなたと刺し違えたとしても私は――」
エリザベートは両手足に赤黒い血液の手甲と足甲をつけて構えを取ろうとするが
「が、あ………」
今にも気絶しそうだったチャンスが、最後の気力を振り絞ってマー・ヘイロンとエリザベートの間に立ちふさがる。
「……何のつもりだ?」
「チャンスさん……?」
チャンスの行動にエリザベートとマー・ヘイロンが戸惑う。
「ぼ、くの……」
チャンスは折れたファルシオンを握り締め、マー・ヘイロンを睨む。
チャンスは掠れる声を振り絞るように口を動かす。
「僕の仲間には、指一本触れさせないっ!! 来るなら来い!! 僕が、相手だああああああ!!」
チャンスはエリザベートを護るように両手を広げ、マー・ヘイロンに向かって叫ぶ。
「……チャンスさん」
チャンスの叫びを聞いてエリザベートは涙ぐむ。
「く、は、は――ハハハハハハハッ!!」
マー・ヘイロンはチャンスの叫びを聞いて、心底愉快そうに腹の底から大声で笑う。
「まさか、まさかっ! 異世界からの転生者がここまでの狂人とは!  いい! 凄くいいっ! 滾る! たまらない!! ここで殺すのが、惜しくなった!!」
マー・ヘイロンは、お気に入りの玩具を見つけた子供のように目を輝かせ、ゲラゲラ笑いながら一枚の符を取り出す。
「フソウの大領主就任式でまた会おう。舞台を整えて待っているぞ、ラスト・チャンス」
符が燃えると転移したのか、マー・ヘイロンの姿は消える。
「に、げんな、く、そ……!!」
チャンスは転移するマー・ヘイロンを追いかけようとするが、一歩踏み出そうとするが、膝に力が入らず気を失って倒れる。
「おっと、もしもの時のために控えてたのに、もう。ま、誰も死ななかったし、あいつも追い払えたし、何とか、丸く収まったね」
マトイは抱き抱えたチャンスの耳元に顔を寄せる。
「お疲れ様、チャンス。護ってくれてありがとう」
マトイは微笑みながらそっと呟いた。
「うっ……ここ……は?」
「っと、起きられましたね?」
チャンスが意識を取り戻すと、狐耳を生やした白髪の少女がチャンスの額に濡れた布を置いていた。
「あれ? あ、はい……あの」
「ああ、私は式神の樟葉と申します。丸一日、あなた様は眠ってらしたのですよ?」
チャンスは目の前の狐耳の幼女と面識がなく、困惑した表情で名前を聞こうとすると、狐耳の幼女は空気を読んだのか、自己紹介とチャンスがどれだけ寝ていたか話す。
「え? 丸、一日……!?」
「樟葉は、そちらを回復させる術がありましたので、この玉守神社まで、静様と同行した次第です」
チャンスと葛葉がそんな話をしていると、ドタドタドタと大きな音を立ててこの部屋に向かってくる足音が聞こえてくる。
「父上、気付かれましたか!?」
「あ、うん……むしろ、体の調子はいいぐらいだから安心していいよ……?」
「そういう問題ではありません!!」
ガラっと障子と呼ばれるスオウ建築独特の扉を引いてアズラエルが部屋になだれ込んでくる。
チャンスはまだ父上と呼ばれることに慣れていないのか、戸惑いながら元気であることをアピールするが、アズラエルは泣きそうな顔で横になっているチャンスに縋りつく。
「はいはい、人様の家なんだから騒いじゃ駄目よ?」
「あ……も、申し訳ありません」
遅れてやってきたユイがアズラエルを窘め、チャンスの傍に座る。
「……よいしょっと……心配かけて、ごめんね? ありがとう、アズラエル」
「うう……」
チャンスは起き上がるとアズラエルの頭を撫でてほほ笑む。
アズラエルは何か言いたそうにしているが、頭を撫でられて文句が言えないようだ。
「ユイ、みんなは?」
「ええ、マトイもエリザベートも、依頼主も無事よ? 吉比姫さんたちも、こっちに来て合流してるわ。この神社で、お世話になってるとこ」
「……そっか、よかった」
「……もう、そんな顔されたら文句も言えないわ」
仲間達の無事を確認できるとチャンスは心底ほっとしたような顔する。
ユイはチャンスのその顔を見てため息をつく。
「ん、ああ……心配かけてごめん、ユイ」
「私は、そんなんじゃ誤魔化されないんだからっ」
チャンスが謝罪するとユイが頬を膨らませてそっぽ向く。
「ふえ!? いや、誤魔化すとかじゃなくて……」
「母上だって私と一緒にやきもきしてたじゃないですか?」
「そんな事あったかしら? ……起き上がれるようになったら、ちゃんとマトいやエリザベートにも言うように、ね?」
ユイの仕草に慌てるチャンス。チャンスとユイを見てほほ笑みながら、アズラエルはチャンスが眠っていた時のユイの態度をばらす。
ユイはそっぽ向いたまま耳を赤くしてごまかして、他の仲間にも心配かけたこと謝りに行くようにと伝える。
「そうですね、もう少し体を休めてください」
樟葉がユイの言葉に同意し、チャンスを寝かせた。
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