記憶のない冒険者が最後の希望になるようです
第39話 真祖の吸血鬼
「ん?」
勾玉が奉納されている洞窟にいる太った中年男性がまた天井の岩肌を見ながら疑問の声を上げる。
「おや、おやおや? まさか、まさか、まさか――!? 『あの時のシスター』かっ!! まさかグールにもならず、吸血鬼に転化してたか!!」
男は邪悪な笑みを浮かべて天井を見つめている。
「ハハハハハハハッ!! 『戯れ』もやるものだ! まさか、あのシスターにここまでの素質があるとは!! いいねぇ! あのシスターがここで死ねば一気に傾くぞ!!」
男は袖口から一枚の符を取り出す。
「ならば! 人形でなく、私が相手してやるのが筋合いというものだ!!」
男が符を高く投げると、符は燃える代わりに男の姿が洞窟から消え去った。
洞窟に残されたのは静寂と黒い泥に覆われ、穢されても抵抗を続ける勾玉のみだった。
「攻撃が来るよっ、チャンス!!」
「わかってる!!」
超巨大スケルトンがその拳を振り下ろす。
「きゃ――」
「怪我はない?」
超巨大スケルトンから振り下ろされる拳を回避するチャンス達。
吹き上がる粉塵と巻き起こる瓦礫に霞が巻き込まれそうになると、チャンスが抱き抱えてその場飛びのき、無事を確認する。
「———!!」
超巨大スケルトンの攻撃を回避した直後、チャンスは今まで感じたことがない悪寒を感じる。
「フハハハハハハッ!!!」
「マー・ヘイロンンンンンン!!!!」
突如上空に黒い道士服の太った中年男性が現れて、高笑いを周囲に響かせる。
その男を見た瞬間、エリザベートは怨嗟と殺意のこもった声で男の名前を喉が張り裂けるほどの力を込めて叫ぶ。
「ああ、やはりおま―――」
お前かと言い切る前にエリザベートは跳躍し、拳に赤黒い血液のような色の手甲を纏わせてマーと呼ばれた中年男性に殴り掛かる。
マーは慌てた様子もなく、エリザベートと同じ赤黒い血液の色をした手甲を腕に纏わせて受け止める。
「クハハ、思った以上に使いこなしてるな!! でも――」
「う、あああ、あああああああああああ!!」
マーは受け止めたエリザベートの拳をぐしゃりと握り潰す。悲鳴を上げるエリザベートの首筋を空いてる手でつかみ上げる。
「温すぎる!!」
マーは腕力だけでエリザベートを地面に投げ飛ばす。エリザベートはなすすべなく地面に叩きつけられ、叩きつけられるだけでは投げ飛ばされた時の勢いは消えなかったのか、地面を抉る様に滑っていく。
「エリザベートさん!?」
(なんだ、なんだ、なんだあれ!? 人の形をしているのにおぞましいナニカに見える――!!)
突如現れたスキンヘッドの中年デブの男、マー・ヘイロン。エリザベートを投げ飛ばした力からして脅威であることはチャンスでも理解できた。
だが、見た目とは裏腹の怪力よりももっとおぞましいナニカがあると、チャンスの直感が訴え続けている。
「真祖――吸血鬼の!?」
「おや、その目は『未来を見通す太陽神の権能』をもってるな? 人の身には、過ぎた力たぞ」
チャンスに抱き抱えられた霞がマー・ヘイロンの正体を看破する。マー・ヘイロンも霞の左右で色の違う瞳を見てその瞳の力の正体を見破った。
「マアアアアアア――……ッ!!」
「フン、気安い、と言いたいところだけどな? 『娘』になら、特別に許してやるぞ? エリザベート」
投げ飛ばされたエリザベートが立ち上がる。纏っていたローブはズタボロだが、地面を抉った時に負った傷が徐々に再生していく。
その様子を上空から見下ろすマー・ヘイロンはエリザベートを娘と呼び、挑発するように手招きをする。
そのマー・ヘイロンの背後に瞬間移動したようにマトイが現れ、錬成したダガーナイフで片腕を切り落とす。
(手応えがおかしい――やっぱり、殺せない!!)
「お? おおっ!」
マー・ヘイロンは自分の腕が落ちたことに驚きの声を上げる。だが、切り落とされた腕からは出血することもなく、空中で落下を止めて、意志を持っているかのように傷口に戻っていき、接合する。
「いやいや、限りなく不老不死に近い真祖にここまでやるか。もしかして、その目は……なるほど、魔眼だな?」
「チャンス、こいつは私が足止めする! エリザベートと霞をつれて、逃げて!!」
マー・ヘイロンは接合した腕を回して調子を確かめながら、マトイを睨む。
マトイはチャンスの方を向くと、悲壮と覚悟を決めた顔で二人を逃がすように叫ぶ。
「逃げる? マトイを置いて?」
マトイの叫びを聞いてチャンスの記憶がフラッシュバックする。
馬のいない鋼鉄の4輪馬車。その馬車の中にいる両親と自分。
母の腹部は膨らんでおり、少年の姿をしたチャンスは母のお腹に耳を当てて、生まれてくる命の鼓動を聞き取ろうとしていた。
突如馬車の中に響く耳障りな警報音と悲鳴、視線を警報がした方に目をやれば、自分たちが乗る鋼鉄の馬車に迫ってくる巨大な鋼鉄の馬車。
衝撃、激痛、痛みで意識が朦朧とする中、最後に見たのは、横転した鋼鉄の馬車に下敷きになった母の姿だった。
「チャンスさん! 上―-!!」
霞の声で現実に戻るチャンス。頭上を見ると超巨大スケルトンが足を上げてチャンス達を踏みつぶそうとしている。
チャンスの中に怒りが沸き起こる。
頭上に迫る超巨大スケルトンも、マー・ヘイロンと呼ばれる真祖吸血鬼も、チャンスの大切な人を傷つけようとする。チャンスから大切な人を奪おうとする。
【業怒の時が来た。大いなる業怒は激怒の時。大いなる激怒は憤怒の時。汝、目覚めの時が来た。我、汝を導かん。汝の業怒を解き放て! 汝の名は最後の希望なりっ!!】
「ウオオオオオオオオオ!!!」
社の森に響き渡るチャンスの咆哮。
チャンス達を踏み潰そうとしていた超巨大スケルトンがなぜか横転し、森の木々を巻き込んで倒れ、獣や鳥たちが逃げ惑う。
「ほう? スケルトンの足裏を殴って転倒させたか」
「チャンス……さん?」
チャンスは無言で霞を地面に下ろすと背負っていた双剣のファルシオンを構える。
一部始終を見ていたマー・ヘイロンは面白そうに微笑む。
「ウラアアアアアア!!」
チャンスは雄たけびを上げて超巨大スケルトンへと向かって走る。
チャンスは起き上がろうとする超巨大スケルトンの脚に飛び乗り、駆けあがる。
超巨大スケルトンは上半身を起こすと、自身の体を駆けあがってくるチャンスを捕まえようと腕を伸ばす。
「ハァアアアアアッッ!!」
チャンスは跳躍して超巨大スケルトンの右手を回避すると、その右腕に飛び乗る。
超巨大スケルトンはもう片方の左手でチャンスを叩き潰そうとする。
チャンスは双剣のファルシオンを右腕に刺すと、右腕から飛び降りる。
飛び降りたチャンスはファルシオンの柄から伸びてる鎖を握り、空中ブランコの要領で超巨大スケルトンの肋骨へと次々と飛び上っていき、鎖を引っ張る。
超巨大スケルトンの右腕に刺さっていたファルシオンが抜けて、チャンスの手元に戻ってくる。
「炎王十字剣!!」
ファルシオンを十字に交差させ、超巨大スケルトンの頭部に向けてファルシオンを振り下ろす。
超巨大スケルトンの頭部に十字の傷ができたかと思うと、傷口から炎が噴き出し、スケルトンの全身を包み、焼き尽くす。
「ふむ、太陽の概念を含ませた炎か……その力からして、貴様……異世界からの転生者だな」
「ウオオオオオオ!!!」
一部始終を見学していたマー・ヘイロンはチャンスに向かって話しかけるが、チャンスは雄たけびを上げてマー・ヘイロンに突撃していく。
「ふむ、力に飲まれたか? ま、いいよ。しばし遊んでやろう、小僧」
マー・ヘイロンは構えをとってチャンスを待ち構えた。
          
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