記憶のない冒険者が最後の希望になるようです
第37話 落とし子討伐作戦 後編
「で、私はどうすればいいの?」
「思い切り、全力全開の最大火力を出してください。私が一点集中させます」
奥の社で緊張した面持ちで戦闘準備をするユイ達。
社の外では落とし子が相変わらず徘徊し、何かを探している。
「了解!!」
「今から一分、お願いします!!」
社から飛び出たユイが炎を生成する。ユイが作り出す炎をアズラエルが両手で包み込み、収束させようとする。
「あいよ!!」
士郎がアズラエルの合図とともに飛び出し、抜刀術の構えをとる。
――残り、60秒……短いようで長い時間の戦いが始まる。
(炎を――収束してる……!)
ユイは自分が生み出す炎がアズラエルの手で収束されていくのを見て驚愕する。
なぜならこれは、本来ならば不可能な技だったからだ。
法の守護と執行を司るルクレチウス、その神から授かった炎は全てを燃やし尽くす。
まがりなりにもこれを可能としたのは、アズラエルがユイの魔力から生まれたことよってのルクレチウスの加護の一端を受けついているからだ。
(お願い、お願い、お願い!!)
アズラエルの切なる願いがルクレチウスの断罪の炎を、一点に集中していく――
「Tick-Tuck」
その炎の力を感じ取ったのか、徘徊していた落とし子ガユイ達がいる方向をぎろりと睨む。
「卑猥な目で見てんな、この変態野郎!!」
落とし子の前へ飛び出した士郎が自分を棚に上げたような叫びを上げて抜刀する。
ユイが見た一振りで三回斬撃が発生する剣技で落とし子を切り刻んでいく。
士郎の斬撃で切り刻まれた落とし子。痛覚はなく、意に介した様子もない。
時が巻き戻るように着られた場所に歯車や螺子が集まり傷を塞いでいく。
「ずっり! だが――覚悟の上だっつの!」
士郎は再度納刀から抜刀し、落とし子を攻撃する。
無数の魔力で生み出された刃は、落とし子の細い両足首の関節を狙う。
唯一、斬線が通る――断ち切れる箇所だ。
(まともに戦うつもりなんざ、毛頭ねぇよ!)
士郎が納刀すると同時に落とし子の足と足首がずれ落ち、転倒する――残り、45秒、士郎の決死の攻撃は時間を稼ぎ、同時に落とし子の巨体の移動の基点でもある、動く事を封じたのだ。
落とし子は攻撃を諦めない。両手で上半身を起こすと、錆びついた歯車が無理やり動かされているような不快な金属音を響かせて大口を開ける。
落とし子の開いた口に魔力が収束されていく。
(魔力収束、ブッパか!?)
「悪い、頼む!!」
「了解!! 畏み畏み申す、深山幽谷の化身よ、艱難辛苦より我らをお護り願い申す!!」
収束される魔力を見て士郎は次の攻撃の予測を立て、静に助力を求める。
静は柏手を二回打ち、祝詞を唱える。
すると、落とし子の体を支えている手元の地面が揺れて地割れをお越しバランスを崩す。
バランスを崩した落とし子の口に収束されていた魔力は空の彼方へと撃ち放たれ消える。
(よし、大砲は逸らしたぜ! 連発可能とか言うなよ!?)
――残り、35秒。士郎は心の中で思い浮かぶ限りの善なる神々に祈りを捧げて時間を稼ぎ続ける。
「Tick-Tuck」
だが、士郎の祈りは善なる神々に届かぬ――落とし子の背中から無数の螺子と歯車が盛り上がったかと思うと二対の腕が生え、ユイたちに向けて伸びていく。
「よ、んほ――!?」
「一本は樟葉が受け持ちます!!」
「もう一本は私がっ!!」
樟葉が袖口から符を取り出し、落とし子の伸びる腕の一本投げつけると爆発が起こり、腕が破壊される。
静が柏手を打つと地面から先端の尖った岩山が突き上がり、もう一本の腕を串刺しにして止める。
「く、こっちに――!!」
残り二本の腕がアズラエルとユイの二人に向かって飛んでくる。
「!?」
士郎がアズラエル達の前に立ちふさがり、抜刀術で三本めの腕を切り飛ばす。
「悪い、40秒しか稼げなかった。さすがに、弾けんのは一本までだわ」
――残り、20秒。最後の一本を防ぎきれず、凶刃がユイとアズラエルの二人に迫る。
(ま、しゃねーな。あの時も……誰も助けることができなかった無力な俺にできるのは、身代わりぐらいか。可愛いロリっ子守って死ねるなら本望さ)
脳裏に浮かぶ、自分の手の中で冷たくなっていく少女を思い出しながら、士郎は笑いながらその身を呈して、アズラエル達を護ろうとする。
その瞬間、落雷の如き轟音が渓谷に響き渡り、落とし子の最後の腕の一本が見えない何かに弾かれて逸れていく。
「え?」
アズラエルは目の前で起きたことが信じられなかった。
「え? なんで――」
静はなぜその存在が目の前にいるのか理解できなった。
「ガアアアアアアアアアアーーーッ!!!」
雷鳴の如き轟く咆哮を上げたのは亜竜ディグ。アズラエル達を護るようにその雄々しき姿を見せて、落とし子を睨んでいた。
「グル――!!」
「『乗れ』っつてんのもしかして? かっけえなぁ、おい」
ディグは頭を下げて士郎に声をかける。
士郎はなぜかディグが言ってる言葉がわかったのか、その背に飛び乗る。
「 全力で、ぶちかます! 任せたぜ、同士!!」
「ガアアアアアアアアッ!!」
――残り、15秒。ディグは士郎を背に乗せて咆哮を上げて、疾走する。
「Tick-Tuck」
落とし子は忌々しげに士郎達を睨み、口を開き、無数の螺子や歯車を吐き出す。
「ガアアアオオオーーーッ!!」
亜竜ディグが咆哮を上げる。咆哮は轟音の砲撃となり、落とし子が吐き出す螺子や歯車を吹き飛ばしていく。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
士郎は裂帛の気合を込めて抜刀し、落とし子の上半身を支えていた両腕を一刀両断する。
「Tick-Tuck」
落とし子は即座に再生能力を発揮し、士郎に切断された四肢をつなぎ合わせる。
「その馬鹿げた再生速度だって十分に、時間稼ぎになんだよ!!」
――残り、2秒。十分時間を稼いだ士郎はディグの背で笑みを浮かべる。
「母上!!」
「任せなさい!!」
士郎達が時間を稼いだことで落とし子を倒す切り札は完成した。
ユイのエストックに宿る炎は凝縮に凝縮を繰り返し、炎の色は紫に染まり紫電を発している。
「いっけええええええええええええええ!!」
ユイがエストックを振り下ろす。凝縮された炎は目では追えない速さで落とし子へと一直線へと向かい……紫の炎が触れた瞬間、落とし子の存在一つ残さず一瞬にして焼き尽くしてしまった。
「あー、しんど、もうだめ……」
落とし子の消滅を確認すると、士郎はディグの背中に大の字に倒れる。
「グルッ!」
「いってっ!?」
『いつまで乗ってる、さっさと降りろ!』と言いたげに、ディグは短く唸り声を上げると士郎を背中から落とす。
疲れて油断していた士郎は地面に落とされ、悲鳴を上げる。
「いや、本当、助かったよ……後で、白蛇様にもかけあって正式に報酬上乗せするよ」
同じようにその場にへたり込む静。無理もない、御山への修行に出て山を降りようとしたら落とし子に出会い、ユイ達が助けに来るまでずっと奥の社に隠れていたのだから。
「もう、炎じゃなくて雷だったけど……」
「炎を極限まで凝縮、爆発的に熱量を上げたんです。ぷらずまぁ? とかいうのになったんですよ」
ユイは最後に自分が放った紫の炎の威力に驚愕している。アズラエルは親に褒めてもらおうと必死にアピールする子供のように紫の炎の減少を説明していた。
「お前も危ないところを助けてくれてありがとう、ディグ」
「ぐるる……」
アズラエルはディグのことを思い出すと、お礼を述べて頭を撫でる。
ディグは気持ちよさそうに喉を鳴らして、もっと撫でろと擦り付けてくる。
「…………」
(ま、無事ならよかったっと。とっとと、帰るかね)
士郎はアズラエル達の無事を確認すると黙って立ち去ろうとする。
(……修行不足だな。基礎からやり直すか)
士郎はメイリュウ神社での死人の侍との戦闘、水鏡神社での落とし子との死闘を思い出し、自分の腕の未熟さに気づいた。
「あ、あの……」
アズラエルは、こっそり立ち去ろうとしていた士郎に気づき、声をかける。
「何? おれ___」
「ありがとうございました!」
士郎は軽薄そうな顔でお礼はいらないと言おうとしたが、それを妨害するようにアズラエルが元気よくハキハキとした声でお礼を述べる。
「あなたが手伝ってくれたおかげで、誰も怪我をせずにすみました……ありがとう、ございました」
「…………」
アズラエルは満天の笑みを士郎に向けてもう一度お礼を述べる。
士郎はその眩しく純真な笑顔にしばし言葉を失う。
「よしっ、結婚しよ?」
「え? お断りします」
そして、何を思ったのか、士郎は唐突にアズラエルに結婚を申し込む。
アズラエルもいきなりのことで驚いたが、士郎の求婚を拒絶する。
「はは! ですよねー。じゃあ、元気でな」
士郎は断られたことにショックを受けたような芝居をしてそそくさと立ち去ろうとする。
(そうやって軽蔑してくれ。俺は尊敬や憧れを抱かれるような男じゃないんだ……)
士郎の脳裏に浮かぶ血まみれの少女。士郎は頭を振ってその記憶を強引に追い払うと下山した。
「……他人の危機を、敵に背を向けて助けに行くか……アホか……悪いアホではないが……」
そんな士郎達の達の戦いを見ていた存在がいた。
高く聳える岩山の山頂に死装束のような真っ白い着流しを着た赤髪の長髪の男。
骨に直接皮が張り付いたようなガリガリに痩せた男だった。
「ダンナが呼び出した落とし子も水鏡の奪取に失敗、俺もハバキリの奪取に失敗……こりゃめちゃくちゃどやされるぞ」
男は袖から一枚の符を取り出す。
「ダンナも勾玉の奪取に失敗してくれりゃ、俺もどやされねぇんだが……天地でも引っくりがえらない限り無理だろうねぇ……あー、帰りたくねえなぁ」
男は愚痴を言いながら、符を空に投げる。すると符が燃え上がり、男の姿は岩山から消えた。
          
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